【種は漢方薬の生薬や杏仁豆腐の香りのもとに】
家の近くにある高齢者福祉施設のアンズのつぼみが綻び始めた。高さ3mほどの木が5本。毎年すぐそばのソメイヨシノより少し早く咲き始める。薄桃色の一番花がニッコリうれしそう。初夏に南高梅大の実を付け、黄色く熟すと収穫される。施設入居者に生の果実として供されるのか、それともジャムやシロップ漬けに加工されるのだろうか。
バラ科サクラ属。中国東部原産で薬用として日本に伝わったといわれる。だから別名カラモモ(唐桃)。種は杏仁(きょうにん)と呼ばれ、咳止めやぜんそく、風邪予防用の生薬として使われ、杏仁(あんにん)豆腐の香りのもとにもなる。果実として食されるようになったのは明治以降のことらしい。果肉はベータカロチンやリンゴ酸に富み、疲労回復や冷え性に効くという。旧約聖書の「創世記」に出てくるエデンの園の「禁断の木の実」は、長くリンゴのことだといわれてきた。だが、最近では聖書学者の間でアンズではないかという説に傾いているそうだ。
古代中国の呉の国。董奉という医師は貧しい人から治療費をもらわない代わりに、病気が治ったら裏山にアンズの苗を植えてもらった。それが続くうち、いつしかアンズが茂る立派な林ができていた――。この故事から医術に優れた立派なお医者さんを「杏林」と呼ぶようになったという。日本にも「杏林」や「キョーリン」を冠した医大や製薬会社、ドラッグストアなどがあるが、いずれもその故事に由来しているそうだ。「母死後の目に一杯の花杏」(岸田稚魚)。