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ナニコレ?


 ある日突然、塾舎から川を隔てて50mほど離れたアパートの玄関口に「たばこ」の看板が置かれた。1・2階に2部屋ずつある普通のアパートであり、商店を営むような構造にはなっていないはずだ。それなのに、何故??
 「ナニコレ珍百景」というTV番組があるが、思わず写真を撮った私は投稿してやろうかと思ったほどだ。この後塾にやってきた生徒に写真を見せてやると、皆不思議そうに大笑いした。「何で?」ごく普通のアパートにこの看板はいくらなんでも不似合いだ。本当に不思議だった。
 
 だが、この不思議さは翌日になって倍加した。看板がない!!忽然と消えてしまった・・。いったいどこへ?
 と言っても、もともとあんなところに看板があるほうが変なのだから、これで平常に戻ったわけで、何も不思議がることではないのだろうが、それにしてもあの看板は何だったんだろう?犬の弁慶でも連れながら、いかにも散歩しているように見せかけながらあの部屋の辺りを探索して来ようかとも思ったが、変な人が出てきて見咎められたりしたら厄介だ。そう言えば、あの部屋には時々スーツ姿の男性が何人か入っていくのを見たことがある。ひょっとしたらどこかの会社の事務所として使われているかもしれない。まともな会社だったらいいが、ひょっとして怪しい会社だったり、危ない宗教団体だったりしたら、中に引っ張り込まれて詰問を受けるかもしれない。くわばらくわばら・・・。
 
 だけどあれこれ妄想をたくましくするのは楽しいものだ。その時私の脳裏に浮かんだ、あの看板についての妄想を記してみよう・・。

 突然ドアが開いた。
「何か御用ですか?」
 スーツ姿の恰幅のよい男がにこやかな顔をしてたずねた。私は狼狽しながらもそれを押し隠すように、ゆっくりと答えた。
「いえ、別に・・。」
「ええ、タバコですね。今日看板を出したばかりなのに早速お客さんが来てくださるなんて光栄です。さあ、中にお入りください」
「タバコなんて私吸いませんから結構です」
「何をおっしゃいます。遠慮はいりませんよ、さあ入って下さい」
男が開けたドアの隙間から部屋の中が見える。人影は他にはないようだが、何か独特な香りが漂ってくる。その香りをかいだらふっと心が緩んだ。
「じゃあ、ちょっとだけ」
そんなことを言いながら私が一歩中に入ると、すぐに男はドアを閉めた。一瞬闇が周りを領したが、次の瞬間明かりが点いた。光に目が慣れないのか、部屋の中が曇っているように見える。先ほどの香りはその煙が原因なのか・・。
「で、何をご入用で」
靴を脱ぎかけた私に男が尋ねた。
「何って?」
「どんな葉を?」
「葉って?」
「ご安心ください。私どもから秘密が漏れるようなことは決してございませんから」
「秘密?」
男はそれ以上形式的な問答は御免だとばかりに、大きく頷きながら、
「初めてってことはないですよね、あの看板を見ていらっしゃったんだから」
「まあ、そうですけど」
『タバコ』と書かれた看板を不思議に思っていたのは確かだが、いったいどんな意味があるというのだ。聞いてみようかと思ったが、
「じゃあ、今回は私どもがブレンドした葉を一度お試しになられてはどうでしょう。かなり評判がいいですよ」
「・・・」
「それでよろしいですか?」
「ええ、まあ・・・」
私は言われるままにお金を差し出し、それと交換に小さな紙包みを受け取った。
「では、また」
そう言って男はドアを開けて、私を促した。私はほのかに漂う煙が外へ漏れていくのを追うようにして外へ出た・・。


 なんてね・・・。
 あな恐ろしや、絶対近寄らないでおこう!!
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