GIGAZINE2018年02月21日 09時00分00秒
by lannyboy89
国際人権法の世界的権威であるPhilip Alston氏がアメリカを訪れ、カリフォルニア・ジョージア・プエルトリコ・ウエストバージニア・ワシントンD.C.を旅しながら各分野の専門家や市民社会団体、ホームレスたちなど、数多くの人々と会話して分かった「アメリカの貧困の現状」を公開しています。
OHCHR | Statement on Visit to the USA, by Professor Philip Alston, United Nations Special Rapporteur on extreme poverty and human rights*
http://ohchr.org/EN/NewsEvents/Pages/DisplayNews.aspx
アメリカでは福祉に関する予算がカットされ、セーフティーネットがうまく機能しない状態になっています。世界で最も裕福な国であり、テクノロジー先進国のアメリカですが、技術は問題を解決できず4000万人が貧困の中で暮らしています。
Alston氏によると、ロサンゼルスのスキッド・ロウでは毎日を何とかして生き延びている人がおり、サンフランシスコでは行き先のないホームレスに警察が「移動するように」と告げているのを目撃したほか、行政が衛生設備を担当していない地域では汚水が庭にたまっていたとのこと。また、成人のデンタルケアは保険の対象外だったことから全ての歯を失った人や、山のふもとに住んでいるため石炭灰の影響で病気になったり家族が死んでしまったりした人たちにも出会ったそうです。
もちろん、貧困層に対するケアを行っている行政も存在します。コミュニティで最も貧しい20%に対する社会的保護を手厚くする地域が存在するほか、ウエストバージニア州のチャールストンでは2万1000人に対して地域の医師らがボランティアで無料の医療や歯科ケアなどを提供していたとのこと。
アメリカの貧困全般について、Alston氏は以下のように述べています。
・多くの指標においてアメリカは世界で最も裕福な国の1つである。国防費は中国・サウジアラビア・ロシア・イギリス・インド・フランス・日本を合わせたよりも多い。
・アメリカ人1人あたりが支出する医療費はOECD平均の2倍である。しかし、1人あたりの医師数と病院のベッド数はOECD平均よりも少ない。
・2013年の乳幼児死亡率は先進国の中で最も高かった。
・他の民主主義国に比べてアメリカ人は「短命で病気になりやすい人生」を送りやすい。
・アメリカの不平等水準はヨーロッパ諸国の水準よりもはるかに高い。
・ジカ熱を含む熱帯病はアメリカにおいて驚くほどに一般的となった。1200万人のアメリカ人の寄生虫感染症が無視されており、2017年の報告によるとアラバマ州のラウンズ郡では十二指腸虫症がまん延している。
・アメリカでは肥満の罹患率が世界一である。
・水と衛生設備へのアクセスは、世界で36位である。
・アメリカの収監率はOECD平均の約5倍で、ロシアやタイ、トルクメニスタンよりも高い。
・青少年の貧困率はOECD平均では14%であるのに対し、アメリカでは約25%にも上る。
・アメリカの貧困率はカナダ・イギリス・アイルランド・スウェーデン・ノルウェーと比較しても最も高い。
・2016年の大統領選で投票に行ったのは有権者人口の約55.7%。OECD平均の投票率は75%で、アメリカの選挙投票率は世界28位に位置する。これは登録有権者の数が他国よりも少ないのが原因の1つで、アメリカの有権者人口のうち登録されている人は64%に留まり、日本の99%やカナダ・イギリスの91%という数字よりもはるかに低いもの。
◆貧しい人とは誰か?
一部の政治家やメディアは勤勉で愛国心が強く、企業家的な「裕福な人々」と、浪費家・負け犬・詐欺師といった「貧しい人々」のイメージを作り出しています。それゆえに「頑張って働けばアメリカンドリームは掴める」というイメージが生まれ、「福祉にお金をつぎ込むのは無駄」という発想が生まれてしまいます。
しかし現実には、裕福な人々は払うべき税金を払わず、財産を海外に移してし、アメリカのコミュニティに貢献することなく投機などで財をなしています。また、「貧困はヒスパニックやアフリカンアメリカンといった移民、有色人種のもの」というステレオタイプが存在しますが、実際には貧困状態にある白人は黒人よりも800万人も多く、人種や年齢に限定されることなく貧困に苦しむ人は存在します。
そして、「福祉給付授与者は働かずに優雅な生活を送っている詐欺師だ」というストーリーを語る政治家もいます。もちろんシステムを乱用する少数が存在する可能性は否定できないものの、Alston氏が出会った福祉給付授与者は「貧しい環境で生まれた人」や「精神的あるいは肉体的な障害や家庭崩壊、雇用差別といった自分ではコントロールできない事柄のせいで貧困に陥った人」が圧倒的に多かったそうです。
21世紀のアメリカ経済において自分のコントロールを超えた事柄によって貧困に陥る可能性がない人はむしろ少数であり、アメリカンドリームは急速に幻想と化しているとAlston氏は語りました。
◆貧困の程度
アメリカにおける貧困がどの程度であるのかについては議論があるものの、アメリカ合衆国国勢調査局が2017年9月に発表した内容によるとおよそ8人に1人のアメリカ人が貧困状態にあるとのこと。これは人口の12.7%にあたり、4000万人が貧困であるということを示します。そしてその約半数にあたる1850万人の家計収入が貧困線となる収入の2分の1です。
◆政策の問題
・民主主義の崩壊
アメリカは民主主義であり理論的には「一人一票」の投票権が存在するはずですが、現実には「一人一票」が実現されていません。まず、犯罪を犯すと公民権がはく奪されますが、黒人は犯罪化のターゲットになりやすいため、圧倒的に影響を受けやすいといえます。加えて、過料の支払いが完了するまで投票権は復活しません。
さらに、隠れた「公民権はく奪」も存在します。特定の有権者を優遇するために選挙区を改訂したり、投票場を変更したり、特定のグループが身分証を得にくいように車両管理局を設置したり、不必要にも関わらず身分証の提示を求めたりと、さまざまな行動によって貧困層の投票権が奪われています。
Alston氏はウエストバージニアの公務員から、「貧困状態にある人々は選挙制度に見切りをつけるのです」と、貧しい人々における「無感覚」という問題を指摘されたとのこと。政況を自分に有利に働かせるために、政治家のエリートたちが一部の人々を貧困状態のままにしておくという行動を取ることも考えられるとAlston氏は見ています。
・雇用に対する幻想
福祉予算の削減には「人は福祉に頼るのではなく働くべき」という考えが存在し、この背景には「社会には教育水準が低かったり障害があったり犯罪歴があったりしても職を得ることができる」「職を得るのにトレーニングや援助は必要ない」という幻想が存在するとのこと。また、このような人々は援助無しでも問題なく暮らせるだけの収入を得られると考えられていますが、Alston氏はスーパーマーケットの大手「ウォルマート」でフルタイムで働いてもフードスタンプなしでは生活できない人に数多く出会ったといいます。
アメリカの雇用率は長期的に低下しており、2017年には25歳から54歳までのアメリカ男性のうち雇用されたのは89%だったという内容が報告されています。また、オートメーションの影響を受けてこの傾向はさらに大きくなっていくものと見られています。
家計収入が貧困線となる「深刻な貧困」状態にある人は1999年には全体の40%でしたが、2015年には46%に増加。これは雇用率が低下することと合わせてセーフティーネットとの断絶が大きくなっているからだとAlston氏は述べました。
・基本的な社会保護の欠点
(1)先住民
アメリカにおける先住民のコミュニティには極度の貧困が広がっているとのこと。先住民の人々は文化を守りつつも貧困を解決する第一歩として連邦政府によって認知されることを求めています。ラコタの人々の年収は1万2000ドル(約130万円)以下で乳幼児死亡率はアメリカ全体の死亡率の約3倍高く、3カ月に9人が自殺し、うち1人は16歳だったとのこと。自殺者の存在にもかかわらず、連邦政府が行っていた自殺防止のプログラムは打ち止められました。
また、先住民の話から、先住民コミュニティの貧困についてのデータを集め、ヘルスケアサービスへのアクセスを向上させ、個人・企業からの攻撃から守るための策が緊急に要されるとAlston氏は記しています。ナバホ族は利子400%のローンを組んでおり、腎臓・肝臓・膵臓のがんを患う割合が高いとのことです。
(2)子ども
アメリカでは子どもの18%、1330万人が貧困状態にあり、これは貧困層のうち32%を占めます。特に子どもの貧困率が高いのはミシシッピやニューオリンズ、ルイジアナといったアメリカ南部。ステレオタイプに反して貧困の子どものうち31%は白人、24%が黒人で、36%はヒスパニック系、1%は先住民となっています。幼児や乳児に限定すると、黒人の子どものうち42%、ヒスパニック系の子どものうち32%、先住民の子どものうち37%が貧困ですが、一方で白人の子どものうち貧困なのは14%にとどまります。
ポジティブな面を見ると、メディケイドの拡大と児童医療保険プログラムによって貧困の有無にかかわらず95%の子どもが医療保険を有しているということ。また補助的栄養支援プログラムといったサポートプログラムが貧困の子どもを援助しています。
(3)大人のデンタルケア
医療保険制度改革によって子どもは歯科治療を行えるようになりましたが、一方で大人の歯科治療は保険でカバーされないままです。このため、低所得者や貧困にある人は歯科治療を避けることがあり、2011年には当時24歳だった男性が、歯の感染症が脳にまで達して死亡しています。
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・問題を隠すために犯罪化が行われてる
2017年12月に示されたアメリカ合衆国住宅都市開発省のデータによると、アメリカのホームレスの数は55万3742人。うち7万6500人がニューヨークに、5万5200人がロサンゼルスにいます。多くの都市でホームレスの行う「公共の場で行う野宿」「物乞い」「排尿」などは犯罪として規定されており、ホームレスの行動が犯罪で処罰されることで、雇用や住宅へのアクセスからさらに遠のいてしまいます。ホームレスは「無礼な行動を行っている人」としてではなく、コミュニティや政策が生み出した痛ましい出来事だと見るべきとのこと。
・ジェンダーと貧困
貧困の結果、女性はより大きな負担を背負うと統計的には示されています。これは、貧困女性はより暴力にさらされやすく、性的嫌がらせを受けやすく、労働市場に差別されやすいといということを意味します。また、極度の貧困状態にあるシングルマザーの数は、1995年には10万人以下でしたが、2012年には70万4000人に増加しています。福祉サービスが縮小することで、その負担は家族をケアする女性に向かったのですが、これは最も認識されていない事柄の1つ。議会は男性が支配的であり、福祉費用が削減された結果に誰も気を留めません。
・貧困層の人種差別
周囲が貧困層を「悪いもの」だと扱うと、当事者にもその価値観が内面化され、当然認められる権利を求めたり、何とかしようと努力することに対して抵抗感が生まれてしまいます。これはさまざまな形で現れており、人種的な格差について言うと、Alston氏はアラバマの田舎で汚水に囲まれた家を見たそうですが、州保健省はこのような家がどのくらいあるのかを知らないどころか調べようとする計画もなかったそうです。一方、白人の大部分は都市部に住んでおり、そのような環境とは縁がありません。政府の目に入るのは都市部の下水設備だけであり、大部分が黒人住民である田舎エリアは行政から認識されないという状況になっているとのことです。
https://gigazine.net/news/20180221-usa-extreme-poverty/