ヤロン・ヘルマン(ピアノソロ)のコンサートを、錦糸町のすみだトリフォニーホールで見ました。
ヤロン・ヘルマンは、実はタワーレコードでデビューCDを衝動買いして初めて知ったピアニストだ。このデビューCDが素晴らしかった。パンフレットによればイスラエル出身の1981年生まれだからまだ20代後半。まだ新人で、日本でも完全に無名の存在といえるが、一聴し、これは久々の天才だと思ったので、初来日コンサートに出かけてきた。ゴンザロ・ルバルカバのピアノソロを聴きに行ったこともある、錦糸町のすみだトリフォニーホールだ。
急いでトリフォニーホールに向かっているとき、ホールの入り口付近で、なんと以前広告制作プロダクションで机を並べてコピーを書いていたことがあるW田さんと偶然会った。彼も僕と全く同じ趣旨で聴きに来ていたということで、驚く。知り合いが、このコンサートに来ているとは。W田さんはいい音楽を選んで聴くセンスが極めて高い方で、食に喩えれば魯山人もかくや、という極めつけの音楽グルメ。彼が来ていると言うことは素晴らしいに違いないと確信した。
ホールの入りは残念ながら満員とは言えない7割ぐらいの入り。ヤロンはふらりと黒いTシャツと黒いスラックスのシンプルないでたちで登場し、早速弾きはじめたわけだが、これが実に素晴らしいものだった。音色は比較的明るいものだったが、その和音の感覚、メロディのセンスは非凡にして斬新。第一部は現代音楽っぽい和声から始まったんだが、二曲目の賛歌のような美しい曲の最後あたりでは、美しい和音の限りない反復が怒濤のように魂に迫り、感動で泣きそうになってしまったぜ。曲によっては弦をミュートして、聴いたことのないような音、まるでアンソニー・ジャクソンのピック&ミュートのベース弾きのような音色も聴かせたし、ピアノの上においたグロッケンを使ったりして、カレンで美しい音世界を作り出したりしていた。それにしても、ピアノのソロは和音が自在。まるで、海と空の色が、午後から夕暮れ、そして夜へと移ろっていくような、グラデーションの美しい和音の動きには感嘆した。
第二部は、All The Things You Areなどジャズのスタンダードを題材にすることが多く、一部よりもややメロディアスな印象を持ったが、やはりインプロバイズは素晴らしい。ジャズイデオムであっても、現代音楽的な斬新さはつねにその背後に感じられる。アンコールで「さくら」を弾いたんだが、その桜は今までに聴いたことのないような、斬新で複雑で鮮やかなコードに乗せられており、信じがたいほどの美しい楽曲になっていた。
うなり声を出し、腰を浮かせてソロピアノを弾く姿から、キース・ジャレットを連想することももちろん多いんだが、そしてFacing Himという彼のオリジナル曲は、おそらくキース・ジャレットの「Facing You」というアルバムに由来していることは間違いないが、でも、キースの次の世代という、新しさも非常に強く感じた。 硬質なリリシズムと、ジャズだけに収斂しない多義的な現代的音楽性は、完全に新しい世代の登場を感じさせる。
たぶんだが、ブラッド・メルドーよりも、さらに新しいように思う。
今年の秋にはトリオで来日するようなので、いわゆるピアノトリオのフォーマットでの演奏も聴いてみたいモノだ。もうアルバムは出ているようなので聴いてみようと思う。