ほぼ週刊イケヤ新聞ブログ版

コピーライター・ミュージシャン池谷恵司の公式ブログです。
私的メールマガジン「ほぼ週刊イケヤ新聞」のブログ版です。

死への準備教育、ドイツ生まれの上智大学名助教授 アルフォンス・デーケン

2008年03月17日 01時11分38秒 | ガン・腫瘍・乳ガンについての体験的メモ
前回のコンテンツの補足です。

死への準備教育、ドイツ生まれの上智大学名助教授 アルフォンス・デーケンの言葉が翌日の同欄に載っていました。

ドイツ生まれの上智大学名助教授 アルフォンス・デーケン(75)は哲学者でカトリック司祭でもある。80年代から日本で「死への準備教育」を教えてきた。

死を見つめ、生きる意味を問い直す死生額を深めようと世界各地のホスピスを訪れ、日本に紹介した。ソンダーズとも旧知の仲。その縁で東京での講演は上智大になった。

「死にゆく患者、家族をどのくらいあたたかく見守ることができているかは、その社会の成熟度を評価する尺度になる」。デーケンの思いは、ホスピスの母と同じである。

母の乳ガンについての備忘録3_セカンドオピニオンのメリットは多大でした

2007年10月04日 04時02分24秒 | ガン・腫瘍・乳ガンについての体験的メモ
母の乳ガン・抗ガン剤治療・セカンドオピニオンについての備忘録3_セカンドオピニオン

母が煩った乳ガンについて、セカンドオピニオンについての備忘録です。
久しぶりにこのコーナーを更新しています。



前回までのはなしはこちらです。

家の近くでみつけた、乳ガンについてのセカンドオピニオンを受け入れている「浜松オンコロジーセンター・渡辺医院」に電話し、比較的すぐに予約が取れたので渡辺医師にセカンドオピニオンを聴くことにした。

● 場所はJR浜松駅よりほど近いところでした。
● 料金について。浜松オンコロジーセンターでの母親のセカンドオピニオンは1万円もかからなかった、と記憶しています。
● 母が迷っていたのは「部分切除/全面切除」だったので、その旨を伝えると、いずれも治癒率は変わらないので、どちらが自分として納得がいくのかを優先してください、ということだった。これについてはいままでの主治医の説明と同じだったが、第二の意見を聞くことで安心はしたようだった。
● むしろ、セカンドオピニオンで参考になったのは、主治医の説明の根拠となっていた現状の乳ガンの進行度の判断で、つまりステージがいくつなのか、したがって5年後生存率、あるいは10年後生存率はどの程度かといことなのだが、それについての判断は異なっていた。
→これは結構驚いた、というのはその状況で判断すべきのベースとなることが、医師によって判断が違うということで、セカンドオピニオンというのは、判断そのものを仰ぐだけでなく、その基本となる判断材料そのものの再精査となる。これは患者にとっては大きい。
● セカンドオピニオンは、おそらく医師にとっては決して儲かる治療ではないとおもうが、(クスリも出さないし、カウンセリングに近いので面談時間は長い、30分程度会ったと思う)非常に真摯な態度で話を聞いてくれる、これは患者にとってはとても心強いことである。
● 第二の意見を聞くことで、ある意味で患者が主体的に自分の病気についての現状判断、治療方針を考える、選ぶことの契機になる。一人の医師の言うことだけであれば、そのとおりやるかやらないか、だけだが、二つの意見を聞けば、主体的に選ばざるを得ないし、その選択の責任は自分にあることが自覚される。これはある意味で厳しいことだが、真実であり、自覚的になれるだけでも大きなメリットだ。ただし「自主的な選択」は、迷いもするので、強い、理知的な自己を必要とする。
● 自分が迷っている以外の点で、アドバイスを受けることもあり、これもメリットといえるだろう。
→当時母がフォーカスしていたのは、あくまで手術の手法で、部分か全面か、だったが、渡辺医師は、腫瘍内科の立場から、ごく初期の腫瘍でも「タンポポの種が飛ぶように、体中に小さなガン細胞は蒔かれていると考えた方がいい」という立場だった。
→ガンは原発性と再発ガンがあるが、原発性は進行度と程度によるが取りこぼしなく取れれば基本的にはOKである。致死ではない。しかし、再発ガンは基本的には切除しても意味がないと考えるようだ。再発ガンはクリティカルなのだ。だから、先に再発を抑えるために抗ガン剤を使うほうがいい。
術前化学治療というが、メリットは多大で、イチバンのメリットは実際にガンが目に見えているうちに抗ガン剤を使うと、抗ガン剤の効果が実証できる。効いているのか。効いていないのか、どの程度効いているのか。
切除した後の抗ガン剤治療は、基本的には効果が目視できないので、あくまで確率論での投与となり、効いているかどうかのエビデンスを得ることは難しい。
→母はその意見をもっともだと考え、術前化学治療を受けたいと思うようになった。
そして、主治医の診察の時に、それを告げようと決心したようだった。






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膵臓ガンを患った年上の友人が本日亡くなりました

2007年09月03日 23時47分57秒 | ガン・腫瘍・乳ガンについての体験的メモ
膵臓ガンを患った年上の友人が本日亡くなりました。本当に寂しいことでした。
一年半ぐらい前に膵臓ガンを患っていることをきき、その時はかなり悪い状況なのになんとかサバイヴして、小康状態の時には後久兵衛で一緒にお寿司を食べたり、いろんな個人的な相談に乗ってもらったりしていました。

しかしその方はもう自分には残された時間は短いことを悟っており、自分で戒名を付けてもらい、墓も用意し、葬式の準備も万端だったようです。家族葬ということで葬式は呼んでもらえないようですが。

人は、いつか死ぬ運命にあります。直接的にはガンもその理由でしょう。ガンでなくなるということはいったいどういうことなのでしょうか。そして近しい人をガンで失うというのはどういうことなのでしょうか。まだまだ元気でいて欲しかった、いろいろアドバイスを受けたかった気持ちでいっぱいです。

出会えて幸運でした。いろんなお話が出来、たくさんのものを得ることが出来ました。(僕からは与えられるものなど無かったのですが)。どうぞ安らかにお眠りください。さようなら。

残された私は「生きるということ/死ぬということ」がどういうことなのか、よく考えながら、よりよく生きていきたいと思います。

母の乳ガン・抗ガン剤治療・セカンドオピニオンについての備忘録2_病気の発見とセカンドオピニオンへ。

2007年08月30日 21時28分59秒 | ガン・腫瘍・乳ガンについての体験的メモ
母の乳ガン・抗ガン剤治療・セカンドオピニオンについての備忘録2_病気の発見とセカンドオピニオンへ。


このブログは本来全く自分の備忘録として、そして私が私的に配信していた「ほぼ週刊イケヤ新聞」の限られた読者のためのオマケ、もしくは画像を見てもらうためにはじめたものでした。(あ、このブログを止める挨拶ではありませんよ)。しかし、最近アクセスログを見ると、思ったより多くの方に読んでいただいているようで、大変嬉しく思っています。
ところでこのブログのアクセスログを見ていて気がついたのは、検索ワードで私のブログに来てくれる人の内、少なくない一定の割合の方が「乳ガン」「セカンド・オピニオン」「浜松オンコロジーセンター」「抗ガン剤」などのワードで検索されていることでした。私の母の乳ガンについての断片的なブログの記事をサーチエンジンがカタログしているようです。

※冒頭のバラの写真は、母が手術をしている間に撮ったものです。
5時間程度待っていたので、そのあいだに何枚か取りました。
たまたま時間の経過が光線で分かります。


前回は母の乳ガンに関する事態の時系列のアウトラインでした。
こちらです。
http://blog.goo.ne.jp/hoboike_diary/e/9349e09782bdf70706acd6305fd8c7ea

第2回目は、発見とセカンドオピニオンについて書こうと思います。

母の乳ガンは健康診断で発見されました。何年か健診にいっていなかったというのが、失敗でした。過去3年ほど弟が脳腫瘍で闘病していたため母はその看病に付きっきりとなり、自分の健診に行くほどの時間的・精神的な余裕がなかったようです。
結局健診では一発で分かってしまうたぐいの、つまり物理的にしこりがはっきりと有り、それによって皮膚の一部がひっぱられていたり、陥没していたりという状況だったのです。
これは、正直言って自己診断でも分かるぐらいの乳ガンの状況なのですが、なぜか母はそれを疑うことがありませんでした。健康であるときには、そういう症状はあっても見えないことにしてしまう、もしくはあってもたいしたことがないと勝手に判断してしまう、思いこんでしまうのかもしれません。

ここでの教訓は、健診は必ず行くべき。健診の機会がなければ作ればいいでしょう。そして、自分の体の変化は健康状態の如何に関わらず、モニターするべきだということです。

さて、健診で乳ガンが発見されたので、母は地元の大きな総合病院を選び精密検査を行ってほぼガンの状況が把握されました。初期ガンではなく進行ガンでした。ただ末期ガンではありませんでした。乳ガンの症状によるステージが示され、と診断されました。その後は治療計画が示され、それについての説明と、具体的なスケジューリングとなりました。手術をし、抗ガン剤(化学治療)を使用する。部分摘出であれば手術後に放射線治療を行う。ということでした。そして母は全摘出と部分摘出のチョイスをするように、と言われました。

主治医の説明では、全摘出は部分切除+放射線治療と等しい治療効果であるとのこと。全摘出、部分切除ともに、治療効果は同じと言われました。そしていずれにしても手術の予約だけは、ということになり、手術の日程だけは決まりました。

僕は男性なので乳房を温存するかどうかについての、生理的な感覚は分かりませんが、結構大きな違いなのに治療効果は同じ、というのは不思議な気がしました。

ここから母は全摘出/部分切除について、悩みはじめなかなか数日、もしくは数週間か、手術の内容を決められないまま時間が過ぎました。

この主治医はセカンドオピニオンを受け付けている医師だったせいもあるのでしょう、診察後はいつも、セカンドオピニオンはいつでも受けていいです、資料を渡しますので、とセカンドオピニオンについていつも協力的な姿勢だったので、母にセカンドオピニオンを勧めました。その後Webで調べると、セカンドオピニオンを受け付けている医師や病院が非常に少ないことに気づきました。気軽にできることではない、というのが現状だと思います。東京でも少ないのですから、地方ではなおさらでしょう。

ただ、幸いなことに母の住む場所の近くに、
浜松オンコロジーセンター(渡辺医院)http://www.oncoloplan.com/
というセカンドオピニオンを受け付けている腫瘍内科があることが、検索で分かりました。これはたまたまとはいえ非常に幸運でした。それ以外だったら新幹線で名古屋や東京まで行かないとダメ、という状況だったのでした。

そして主治医にセカンドオピニオンを浜松オンコロジーセンターで受けたい旨を告げ、資料を受取り(いや、直接送ってくれたのかもしれない)、まだ暑い夏の時期に母と駅から歩いて浜松オンコロジーセンターに向かいました。

ということで、セカンドオピニオンの様子は次回にします。

母の乳ガン・抗ガン剤治療・セカンドオピニオンについての備忘録1_時系列アウトライン

2007年08月24日 03時09分48秒 | ガン・腫瘍・乳ガンについての体験的メモ
母の乳ガンに関する備忘録 その1 母の乳ガンの時系列アウトライン

このブログは本来全く自分の備忘録として、そして私が私的に配信していた「ほぼ週刊イケヤ新聞」の限られた読者のためのオマケ、もしくは画像を見てもらうためにはじめたものでした。(あ、このブログを止める挨拶ではありませんよ)。しかし、最近アクセスログを見ると、思ったより多くの方に読んでいただいているようで、大変嬉しく思っています。
ところでこのブログのアクセスログを見ていて気がついたのは、検索ワードで私のブログに来てくれる人の内、少なくない一定の割合の方が「乳ガン」「セカンド・オピニオン」「浜松オンコロジーセンター」「抗ガン剤」などのワードで検索されていることでした。私の母の乳ガンについての断片的なブログの記事をサーチエンジンがカタログしているようです。

思えば母の乳ガンが発覚したとき、僕も必至でインターネットの検索をくり返しました。場合によっては学会の記録、学術論文にまで行き当たってしまうこともありました。もちろん内容は理解できないのですが。それでも少しでも情報がほしいと思って、必至に毎日検索していたことを思い出します。それは去年の今頃です。

それで思い立ちましたので、難しいことを考えずに、母の乳ガンに関する備忘録を不定期に連載していこうと思いました。もちろん第一の理由は自分のための備忘録です。この8月で、母は手術、化学治療、放射線治療までの予定していた治療計画をほぼ終えました。(ホルモン剤による治療は今後5年ないしは10年は継続されますが)。今までのことを記録しておくいい機会だと思います。それにブログという形でインターネットに載せておけば、マシンが飛んでもデータは残る、バックアップかよ、そーです。
そして第二は、今、昨年の僕のように乳ガンに関する情報を必至に探している方に、不正確ではありますが、実感、実体験に基づく情報を提供できるのではないかと考えたからです。
挫折しなければ、何回かに分けて冒頭のマインドマップ(マインドマップとは)を目次代わりに書いていこうと思っています。

初回はアウトラインとして、全体の概要だけ書いておきます。
1) 昨年(2006年7月)に私の母が健康診断に行きました。その際、マンモグラフィーで乳ガンが発見されました。
2) 地元の大きな総合病院医師で治療をすることとし、精密な検査を行い比較的細かい検査の結果を聴き、乳ガンの状況をモニターしました。I期またはIII期という判断でした。(肌への浸潤の有無でIかIIIかとなるが、そこは美容で判別できなかった)
3)いずれにしても手術が必要。手術をして抗ガン剤をやるという標準治療で行きたい、それにあたり、部分切除か全摘出かを決めるように、と言われた。部分切除+放射線治療と全摘出は母の乳ガンの場合、治療効果はイコールである、と言われた。
4)母は部分か全摘出かで非常に悩んだ。主治医はもともとセカンドオピニオンを受け付けている医師で、セカンドオピニオンについてもポジティブだった。母は部分か全摘出かについて、セカンドオピニオンを受けることを決めた。
5)インターネットで調べたところ、家の比較的近くに乳ガンのセカンドオピニオンを積極的に受け付けている「浜松オンコロジーセンター」(渡辺医院)を見つけたので受診した。主治医も協力してくれた。
6)セカンドオピニオンでは充分に時間を割いて相談に乗ってくれた。非常に有意義だった。母の悩んでいる点については、どちらでもいい、という判断だったが、乳ガンの進行度の判断は、主治医とは違った。また、渡辺先生は「ガンの非常識」(アドレス入る)という著書があるが、そこでも述べているように、手術よりも抗ガン剤を重視した視点でお話をしてくれた。(ガンは全身病という考え、これも後述する)。そこで母は術前化学治療つまり手術の前に抗ガン剤治療をしたい、と考えた。
7)主治医にはセカンドオピニオンの結果、術前化学治療をしたいと告げた。主治医は微妙に不機嫌になったと母は感じた。しかし、快く受け入れてくれ、抗ガン剤をはじめるためにはさらに細密な検査をするということになった。マンモ生検である。
8)マンモ生検の結果は、悪性度は比較的高い、ハーセプチンは不適応、ホルモン治療は適用。ホルモン治療(エストロゲン阻害剤よるホルモン抑制)が比較的効果が高いと思われる。抗ガン剤は副作用の効果のトレードオフをを考えるとしなくていいかもしれない、との結論となる。
9)抗ガン剤治療がないなら、術前化学治療という方針はもうないので、手術をすることとなる。母は部分切除に決める。ホルモン治療はすぐに開始し手術日まで続ける(約一ヶ月)。
10)11/7に手術。約一週間の入院後退院。手術直後、執刀した主治医からリンパの腫れを認めたので郭清したと伝えられる。切除した腫瘍も見せてもらった。リンパの腫れは転移リスクが高いことを示した。
11)手術時に切除したガン病巣の生検の結果が示された。ガンの悪性度は高い。ホルモン療法の適用は高い、までは同じ。しかしリンパと血管にガン細胞が見つかった。故に転移リスクは比較的高いことが明白となった。故に一度は止めた抗ガン剤治療だが、再度医師に勧められる。内容はAC療法とタキソール療法の2種類を時系列で、という治療計画であった。実際の抗ガン剤の効果のエビデンスの提示を医師に求めた。
12)エビデンスは提示された。英語の資料だったが非常に分かりやすいものだった。治療効果がある、ということ、延命効果がある、ということ、生存率ということなど、いままで非常に曖昧に理解していたことがよく分かった。(ここも後述します)
13)母は抗ガン剤をやるかどうかで、再度浜松オンコロジーセンターにセカンドオピニオンをとりにいった。(その時は主治医には言わなかったようだ。今回は母の一存でセカンドオピニオンを聞きにいった。僕は知らなかった)そこでは抗ガン剤はやったほうがいいのではないか、と言われた。ただしACだけでタキソールは不要ではないか、と言われた。
14)主治医が一時的に変わった。地元の総合病院には腫瘍内科の医師がいた。術後の化学治療に関しては腫瘍内科の医師が主治医となる。ただし主治医との連携が悪いことが気になった。これは大きい病院ならではのデメリットだろう。
15)母はセカンドオピニオンの意見も含めて、抗ガン剤を受ける決心をし、その旨腫瘍内科の医師に伝達。
16)AC療法開始。3週間おきに点滴投与。
17)2ヶ月ほどで頭髪が全脱毛。まつげ、眉毛も脱帽。だるさ、痺れなどの副作用が顕著。
18)AC療法後、タキソール療法。毎週点滴投与。
19)タキソール療法のほうが副作用が辛いようだった。手足などの痺れが激しいと本人が自覚症状。味覚障害もやや出る。
20)タキソール療法も終了。部分切除の時にセットだと言われた放射線治療が開始。毎日照射、25日連続。
21)手術、化学治療、放射線治療の3つがほぼ終了。ホルモン療法を再開。これは5年もしくは10年続く。

と、アウトラインだけでもこんな感じでした。


下のPhotoは、手術当日、待合室で撮影したバラです。長い手術の間、ずっと撮影していたので、時間の経過が分かります。今日のPhotoは手術室に入った直後のものです。



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愛する人たちとの死別に比べれば、他のことはいずれも、人生で取るに足らない。

2007年06月25日 18時33分02秒 | ガン・腫瘍・乳ガンについての体験的メモ
2007年6月25日の朝日新聞の天声人語を読んでいた。内容にはたいして感銘を受けなかったが、一言、引用されている文言が強く心を打ったので個々の記しておきます。米沢富美子さんの著作で、米沢さんは物理学者だそうです。

「愛する人たちとの死別に比べれば、他のことはいずれも、人生で取るに足らない。」

(二人で紡いだ物語/米沢富美子著 朝日文庫)
二人で紡いだ物語

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あー、ずっと気持ちの中で上手く言えずに引っかかっていた言葉がこれだ。
弟を脳腫瘍でなくしたとき、痛感した。仕事やら何やらで、死別するまで本当に弟と一緒にいる時間を持てたのか、といわれると、否であって、仕事の都合に合わせて弟に会いに行ったというのが真実だ。

しかし、永遠に失われてしまった「時間」はもう取り戻すことができない。仕事なんて、人生では取るに足らないことなのだ。

僕が先日、会社を辞めた根本は、多分そこにある。

会社にいればいるだけ、その会社の組織の論理がどうしても憑依してしまう。仕事は大事だ、もちろん。やりがいもある。しかし、生き死にとか、家族や肉親への愛や彼らと過ごす時間に比べれば、取るに足らない。

人生のプライオリティを再認識し、それを日々意識しながら生きる。


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乳ガンのセカンドオピニオン、浜松オンコロジーセンター(渡辺医院)についてのコメント

2007年03月01日 10時45分39秒 | ガン・腫瘍・乳ガンについての体験的メモ
このブログをご覧いただいている方の中で、「浜松オンコロジーセンター」「乳ガン」「セカンドオピニオン」などの検索Wordでいらっしゃっている方が多いので、そのあたりのことを書いておきます。

浜松オンコロジーセンターを知ったのは、母親(69歳)が乳ガンであることがわかり、手術の手法について主治医と話しているときでした。

主治医は浜松聖隷病院の腫瘍外科の方。部分切除か、全摘出か、それぞれのメリットとリスク、術後について何度か話しましたが、母がなかなか自分では決められなかった。そのときに主治医自身もセカンドオピニオンを受け付けている人だったので、セカンドオピニオンを聴きに行く旨伝えたわけです。

セカンドオピニオンは僕がインターネットで検索しました。すぐにインターネット上でセカンドオピニオンを受け付けていると明示している病院や医院の少ないことに驚愕しました。

しかし幸運なことに実家の側にあったのが、浜松オンコロジーセンタでした。インターネットで調べた電話番号で予約し(比較的直ぐに予約が取れました)母と出かけました。JR浜松駅からほどちかいところです。ただ歩くとちょっとあるのでJR浜松駅からでしたらタクシーを使われた方がいいかもしれません。

オンコロジーセンターの医院長の渡辺先生は非常に聖隷から回されてきた資料を見ながら、非常にていねいに説明してくれました。その時に説明されたのは母の症例の場合、全摘出と部分摘出+放射線治療の比較ではほとんど差はないこと、むしろ問題は再発のリスクの見積もりと、再発リスクに対して抗ガン剤をどう使っていくのか、抗ガン剤を使うことにするなら効果がわかりやすい術前化学治療を選択した方がいい、ということでした。これらは主治医からは提示されなかったことなので、非常に参考になりました。

浜松オンコロジーの渡辺先生は、腫瘍内科が専門です。腫瘍内科とは、抗ガン剤のスペシャリストということです。

医療の世界では外科が圧倒的に歴史も長く強いわけで、ガンでもまずは外科的に取り除くことがまずは劇的な治療効果があるため、ほとんど外科メインで話が進みます。ただ、外科的な処置の後は抗ガン剤の出番になります。そして実際のところ、ガンが命に関わる事態になるのは再発・転移のステージなのです。その場合すでに手術は選択できないことがほとんど、つまり抗ガン剤の使い方が命に関わるわけです。その意味で外科手術の前に手術後の抗ガン剤の使い方のプランを立てることが非常に重要です。しかし外科医との話ではなかなかそこまで話が至りません。その意味で、腫瘍内科にセカンドオピニオンを聞いた、というのはとても良かったと思います。

長くなったので、結論ですがセカンドオピニオンはとてもいいと思います。浜松オンコロジーセンターでの乳ガンに対するセカンドオピニオンは非常に良かったし、渡辺先生もとてもていねいにわかりやすく話をしてくれました。(たぶんボランティア的なアプローチだと思います、時間をかけて話をしてくれました)。

セカンドオピニオンを聞いて良かったという理由は、それまで主治医が前提としているいくつかのことが、別の医者の視点では違うことがあるから。
ちなみに母のケースでは、ガンのステージの認識が違いました。主治医はステージ3、セカンドオピニオンではステージ2でした。

デメリットもあります。主治医がセカンドオピニオンに非常に理解がある母のケースでも、やや主治医の態度が硬化した(ように母には見えた)点がありました。これは母親なの中で精神的な負担になりました。

さらに、これはデメリットではなく、逆にいいことだと思うのですが、医師と患者が同じ土俵で話す必要がある、同じ土俵で話すべきであることがハッキリする、と言うことです。
自分の病気に関する知識が貧弱だったり勉強心がない場合、セカンドオピニオンをとっても理解はできないし、セカンドオピニオンに基づいて主治医と話すこともできないでしょう。なにより、医療プランのチョイスを自分で選択する必要があるわけです(だからセカンドオピニオンなんです)。これは受け身に医療を受けてきた人(もちろん僕も僕の母もそうです)、あまり考えたり悩んだりしたくない人には難しいことかも知れません。何も考えずに主治医の言うとおりの治療をするというチョイスは、依存度は高いですが自分で医療を、つまり生き方を選択する、という精神的負担からは逃れられることができます。

追加していえば、ガンの場合、主治医はほとんど腫瘍外科だと思いますがセカンドオピニオンを腫瘍内科からとるというのは、非常にいいことのように思いました。現在のガン治療の考え方の最先端は、非常に初期のガンでも微少転移は起きていると考えて対処する方向にあります。ガンは初期でも全身病と捉える。だから外科手術はもちろんするしその精度は高くあるべきだが、主戦場は抗ガン剤にある、という考え方です。抗ガン剤は非常に進化しています。新しいクスリもできており臨床例も増えています。ガンが分かった時点で腫瘍内科の先生と話をするのは非常に価値があることだと考えています。

いま母親は外科術を終えて、抗ガン剤治療中です。

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乳ガンのセカンドオピニオンをもらいに「浜松オンコロジーセンター・渡辺医院に出かけた」

2006年10月08日 22時33分08秒 | ガン・腫瘍・乳ガンについての体験的メモ
母親の乳ガンの話の続きです。

浜松聖隷病院乳腺科の主治医はセカンドオピニオンを受け付けていた医師だったせいか、母親にもセカンドオピニオンはいつでも歓迎する、と明言していた。

最初母親はセカンドオピニオンの意味すら知らなかったが、意味を説明すると当初は「不要」と行っていたにもかかわらず、数日後に実家に電話するとセカンドオピニオンをもう申し込んだ、と行った。僕が送った資料の中にセカンドオピニオンを受け付けている医師のリストがあったのだがそこに、JR浜松駅近くの「浜松オンコロジーセンター・渡辺医院」という病院があり、積極的にセカンドオピニオンを受け入れている、ということだった。そこに申し込んであったのだ。

母に付き添ってセカンドオピニオンを受けるべく「浜松オンコロジーセンター・渡辺医院」にいくと、写真の本が置いてあった。このの渡辺先生が書いた本だということで買ってみた。待合室で順番が来るまで読んでいたが、腫瘍内科、つまり抗ガン剤の重要度が近年以下に高まっているかが分かった。昨日書いたのはそのことだ。いままで100年以上にわたって、ガンの最も効果的で強力な療法は外科手術であり、それが治療の王道だったわけだ。しかし外科治療は局所治療であり、転移・再発を防ぐ全身治療=抗ガン剤をはじめとする化学治療は手術後の予防的なものとされてきた。

乳ガンなどの比較的切除が容易で進行度の遅いガンに対しては、近年、手術前に全身治療=ホルモン療法、ハーセプチン、抗ガン剤などを行い、ガンそのものにどの程度治療効果があるかを確認するという「術前化学治療」が行われることがある。これは今までの術後化学療法を標準的な治療だとすると、新しい考え方の療法だと言える。

母はこれをセカンドオピニオンで聞いた。抗ガン剤が効けば腫瘍はかなり縮小するし、腫瘍の種類などによっては抗ガン剤を使わずともホルモン療法などで十分腫瘍の活動を抑えことが出来るかもしれない、とも渡辺先生は言った。かなり明るい希望が持てた。

しかし、このセカンドオピニオンを聴き、その療法をやりたいという気持ちをを主治医に伝えることを母親は躊躇していた。

セカンドオピニオンは、素晴らしい面がたくさんあるのは事実だが、このようになかなか難しい面がある。

ちなみに、渡辺医院にはMacintoshのSE30が3台ずらりと並んでいた。懐かしや。以前からかなりのMacintoshフリークとみた。SE30を褒めると嬉しそうだった。



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