タイトル----『菜根譚』前第116章の紹介。第700号 22.12.27(月)
『菜根譚』前第116章
巧を拙(せつ)に蔵し、晦を用(もっ)てして而(しか)も明にし、屈を以て伸となす。真に世を渉(わた)るの一壺(こ)にして、身を蔵するの三屈なり。
非凡な才能を内にかくして拙いようにふるまい、すぐれた知恵をくらましながらも明察することを失わない。清節を守りながらも俗流に身をまかせ、身をかがめるのはやがて身を伸ばさんがためである。このような態度が、真に世間の海を渡る上での貴い浮き袋であり、わが身を安全に保つ隠し場所である。
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要は、どんなに学問しようが謙虚でありなさい、至誠の精神を持ち続けなさい、ということであります。このことは、西郷南洲翁の遺訓とされる『南洲翁遺訓』全般に亘って説かれているものです。西郷南洲翁が語り、それを荘内の酒井忠篤公率いる七十名の藩士たちが、薩摩の武にある西郷屋敷で、それぞれが記録し荘内に持ち帰り、文章化し刊行したのが『南洲翁遺訓』なのであります。
西郷南洲翁は明治の時の人であり、その他の重鎮と言われた人々との書簡も数多残されています。そういうものは西郷南洲翁を知る上では迚も意義あるものではありますが、通常言う『南洲翁遺訓』の範疇には入らないのであります。