タイトル---西田幾多郎氏の寸心日記より。第1234号 24.05.04.(金)
昭和59年6月4日購入した鎌田茂雄著『禅とは何か』より、西田幾多郎氏の寸心日記のごく一部をご紹介致します。
〇古来天性英邁の人も幾多の辛酸を経て始て大道を成す。余輩謭劣(せんれつ)なる者、豈等閑の思をなすべけんや。
〇光陰一過再来せず。須く念々刻々大憤志を起し妄念を去り大道に徹せんことを務むべし。大道は処によらず唯志による。
〇人は馬鹿正直にあらざれば道を成す能わず。
〇志を大にして小利小成を願うべからず。大器晩成。
〇私心を去れ。人に悪をかくすなかれ。良心に少しにても違ふことはなすなかれ。
〇工夫は念々着実にし等閑にすることなかれ。一寸の光陰も重んずべし。
〇安逸ハ恐ルベキ讐敵ナリ、人ハ時々刻々白刃頭上にカカル心持ニテ、居るルベシ。(以上明治三十一年)
私ごときとは天地の差がある西田博士のこの言葉に、どれほど励まされたことでしょう。購入してから片時も離さないで今日まできました。凡そ三十年間に垂々とします。一万日の間、3千回は繙いたと思います。西田先生、有り難うございました。
今日枕崎までお墓参りに行ってきましたが、食堂のテーブルに着いて3分以内に本を開きました。ご紹介したところを読み、ブログでご紹介しょうと思った次第です。
今朝の新聞に 「若者8割 将来不安」 と大見出しで出ています。仕事につけるか、生活していけるか等々であるようです。5月1日のブログに書きました「十分すぎるほど恵まれた結構な暮らしをしながら、その恩恵になれて、そのありがたさがわからなくなるものです」とあるように、指摘している部分があるような気がするのですが、いかがでしょうか。その責は誰にあるのでしょうか。
平和、平和、賃上げ、賃上げ、と拳を振り上げ、仕事よりか楽をするように指導・洗脳してきた今権力を有している偉い先生方にも一因があるのではないでしょうか。
どんな穢いと思われる仕事でも充実感があれば、健康と長生きができる筈だとは天風師の言でもあると思います。寧ろ、楽をした方が身体は蝕まれていくのだと思います。
天風師、安岡正篤師、幸田露伴、修身教授録をお読みください。そこに楽しく、且つ意義ある生き方が説かれています。もちろん『南洲翁遺訓』も、です。