平和1丁目 ~牧師室より~

福岡市南区平和にあるキリスト教の平尾バプテスト教会の週報に載せている牧師の雑感

2016年2月21日 宗教と薬

2016年03月26日 21時33分19秒 | Weblog
宗教と薬

 花粉症の季節となり、薬の力に頼らざるを得ない日々が三か月ほど続くこととなる。薬を飲まなかったらどうなるか。鼻水が、たらたらと垂れてくる。目の周りが、やたらとかゆくなる。くしゃみが出る。何をするにも集中できなくなり、運転中は恐ろしい。
 ところが、薬を飲むと、そうした症状が止まる。かつては、花粉症の薬を飲むと、眠くなったりボッーとしてしまうといった状態だった。今の薬は、そうした副作用はなくなった。毎日、寝る前に二錠飲むだけでよい。ありがたいことだ。薬は、いろいろな苦痛や悪い状態から私たちを解放してくれる。
 ところが、覚せい剤といったものは、これは逆に、一時的には夢のようなスッキリとした状態をもたらしてくれるようだが、それが切れると今度は、それなしにはどうしようもない神経作用が起こり、ついには人間性を破壊してしまう。あのプロ野球のヒーローがこの覚せい剤を使って、ボロボロになって話題になっている。おそらく、ちょっとしたことがきっかけとなるのだろう。
 今日のニュースでは、鹿児島で100キロの覚せい剤が押収されたという。末端価格が70億円だそうだ。誰が使うのだろうかと遠いことのように思ってはならない。理性を放棄することを望んでいて、その気になれば誰の手にも簡単に入るのだろう。宗教をアヘンと言った人がいる。宗教も理性を捨てて気分的な心地よさだけを追求するなら、アヘンと変わらないと言われても仕方がないかもだ。


平良 師