晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

雨読 「葬儀の民俗学」  11/7 

2016-11-07 | 雨読

2016.11.7(月)曇り

「葬儀の民俗学」古代人の霊魂信仰
   筒井 功著 河出書房新社2010年3月初版 府立図書館借本筒井氏の著書3冊目である。

 同じ著者の本を続けて読むのは、ベースになる思想が一緒なので理解しやすい。サンカに関する著作もあるので次に読んでみたい。  
 本書は最終章の「「イチ」の今昔」を読みたくて借りたものである。タイトルは葬儀の民俗学だが葬儀というより葬送だろうと思う。この分野についてはかなり研究したので新たな発見はないだろうと予想したのだが、さすがに筒井氏は目の付け所が違っていて、興味ある記事が多分にあった。例えば青島に関する記事では、内陸部の青地名に注目している点である。奥武島、青島、大島などが海辺の葬送地であるとして葬送を行った人物は海人族と言えよう。彼らがやがて内陸に入っていったときやはり、池であったり河川などに同様の葬方で葬ったのでないだろうか。そしてその地が青であったり大であったりするのは不思議では無い。 例えば古代の綾部市では由良川は青野の辺りを斜めに横切っていたとそうだ。そうすると青野の一部は由良川の対岸か中州になっているはずだ。その地に遺体を置いて水葬としていたのではないかと想像している。

青野の由良川屈曲部分あたりはかつての水葬の地ではなかったかと想像しているのだが、、。
  墓のない村の話は鳥取県湯梨浜町浅津(あそうづ)の話で浄土真宗香宝寺でのことである。

YH香宝寺
そこでの葬送の場は寺の東に300mの小川のそばである。そこがいわゆる荼毘の場所で、焼かれた遺骨は砕かれて小川に流されるという。これこそわたしが今探究中の穴虫である。実は9年前自転車日本一周旅行中にそのお寺に泊まっている。もちろん当時は地名にも葬送にも、民俗学にも興味が無く、それらのことを知るよしも無かった。住職はその小川の名前も知らなかったと書かれている。もしそれが穴虫川であったなら、わたしの穴虫研究は完結する。もちろんその可能性はほとんど無いと思われるが、浅津に穴以後という地名を見つけた。以後(いご)というのは溝という意味があり、もしその小川が穴以後であったらと確かめたくていてもたってもいられない心境である。つづく

【今日のじょん】ニューモモちゃんが遊びに来た。ノーリードで走り回れるのがうれしいみたい。


元気なモモにじょんもたじたじ

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