晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

続・市志から養老山(2) 11/1

2016-11-01 | 山・峠

2016.11.1(火)雨
 訂正峠名
 今回の山行記録を書きながら妙に違和感を感じていたことがある。「この峠与保呂峠と言ったかなあ?」ということである。ガイドブックにも地図にも与保呂峠とは記されていない、ネタを明かせば、ネット上の「あやべの峠一覧」から安易にこの峠名を使用してしまった。あらためて調べてみると、このブログでも何度も使っている峠名がある。八代峠であり、その根拠は寛政11年の丹波国大絵図である。いったい八代とはなんぞやと言うことになるのだが、与保呂の小字に矢城というのがある。峠名というのは越えていってその先にある土地の名前を付けるものである。市茅野から若狭に向かう峠が坪坂峠と言うがごときである。さすれば与保呂峠というのも間違いではなく、実際に使われていた峠名なのかもしれないが、由緒正しい八代峠をわたしは使いたい。といっても八代峠は上林側の呼び名で、与保呂側では上林峠、市志峠などと呼んでいたに違いない。 
 さて八代峠を養老山に向かって歩き始める。養老山と言うのはおそらく与保呂山の訛化 だろう。尾根道はきれいで迷うことは無い。注意するのは送電線の鉄塔をくぐるときぐらいだ。ところが途中から与保呂側にどんどん下っていくところがある。気持ちとしては稜線を忠実に辿っていると思っているので、不気味な感じがする。それでも地図を見ることもなく進んで行く。するとあるところで稜線に戻った、何かのピークを捲いたのだと思われるが、下手をするとそれが養老山かもしれない。もしそうだとするとやがて胡麻峠に飛び出すはずだ。それはそれでいいかと歩いていると養老山の標識のあるピークに辿りついた。

捲いたのは632mのピークだった。小休止の後下山にかかる。航空写真で見ると、養老山の直下に届いている林道がある。これを下れば市志から八代峠、養老山を巡る半にコースのいいルートが完成する。少し胡麻峠方面にゆくと何面すぐのところに林道が見える。ところがそこへ下る道が見つからない。やむなく矢代峠方面に少し戻ったあたりから、南に下りている切り開きを下ってみる。うまくすれば林道に出会うかなと思ったのだが、林道はそこまで来ていなかったようだ。来た道を登り返して、八代峠から下るかこの尾根をとことん下ってみるかの二つだ。工忠くんに聞くともちろん尾根を下ってみたいとのこと。幸い伐採道は続いていそうだし、地図を見れば最悪右手の沢に下りればルートがありそうだ。この尾根は養老山から南に下っている尾根で、道は登山道でもなく作業道でもなく、境界確認のために造られた切り開きのようである。そのうち緩くなると思いつつ下っていくがいつまでたっても急峻で、滑って転びながら下りていく。境界杭があり迷うことはないが、登る気はしない尾根だしエスケープルートとしても余計危険なルートである。上林トレールとしては採用しないルートと決定、案内テープは付けていない。いやと言うほど下って林道木和田(きわだ)支線に飛び出た。

これが尾根の末端だが、下ってこなければわからない。

本線とはすぐのところで、林道を20分ほど歩いてスイセンの広場に出、遅い昼食をとる。駐車場までは15分、2時までに帰宅できたので、綾部温泉で汗を流す。おわり

コメント
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