屯田物語

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防災の備え

2004年11月01日 | 日常
台風及び新潟県中越地震で被災された方々に心からお見舞い申し上げます。
テレビで地震発生のメカニズムを専門家が何度も説明されていますが、わたしのところはどうなのかって考えます。
札幌市北区の屯田地域は泥炭で地盤が軟らかいそうです。
それゆえ、自宅のマンションの土台は25mの杭を地盤に打ち込んであると説明があったように憶えております。
そのときは納得してましたが、今度の新潟県中越地震のような大きな地震が起きたら、泥炭地区のため液状化現象が発生しやすいのではないかと心配しているしだいです。
だからといって、特に防災の備えをはじめたわけではなく、妻と万が一に備えて準備しとかないとねって脳天気な会話をしているだけです。
災害は自分のところにこないと勝手に思い込んでいるだけですが、昨年居眠り運転にぶつけられて大きな交通事故となったとき、携帯がないため後ろの車の方が自分の携帯で警察に電話してくれました。そのとき、やっと携帯が必要と思ったわけでして、自分の身に火の粉がふりかからないとその気にならない典型的な見本ですね。
東京にいる息子は防災の備えは万端のようです。彼のホームページにも自分の防災用品を公開しています。うさログ防災用品
息子に比べて、父親のわたしに緊迫感がなくこれではいけないと反省しています。

写真は居眠り運転にぶつけられたわたしの車です。
災害は忘れたころにやってくる、気をつけましょう!

古代史のロマン

2004年11月01日 | 日常
「熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな」
額田王の歌ということは授業で教わったが、この歌の歴史的背景など知らなかった。
歴史検定のため古代史を学ぶなかで、この歌が百済救済(白村江の戦い)のため熟田津から軍船が出陣する様子を詠んだものであることを知ったとき、歴史の面白さ、楽しさを改めて感じた。
この軍船は最初難波津から船出したときは、中大兄・大海人両皇子や二人に愛された額田王も乗っていたらしい。
壬申の乱は、天智天皇の子、大友皇子と天智天皇の弟大海人皇子との皇位継承の争いであるが、額田王をめぐる男女の争いが遠因とする説もある。
それにしても、当時の天智天皇(中大兄)と天武天皇(大海人)を巡る相関図は複雑であり、現代人にはとても理解しがたいが、古代史のロマンは壬申の乱にあると思う。

写真は蘇我馬子の墓といわれる「石舞台」