
漫画「ストップ! ひばりくん」などで知られ1970年代から現在まで活躍してきた江口寿史の、かわいい女の子のイラストだけを集めた展覧会。
…とまとめてしまうと、なんだか単調な空間をイメージしてしまうかもしれませんが、筆者はぜんぜん飽きずに、楽しく見ることができました。
会場内はすべて撮影OKというのもすごいなあ。

「三原順の世界展」のときと同じようなことを書きますが、筆者は、彼の事実上のデビュー作にして代表作の野球ギャグマンガ「すすめ! パイレーツ」を、連載当時の「少年ジャンプ」もしくは直後に出たコミックスで読んでいた世代で、実は今回も会場で「すすめ!パイレーツ」完全版全4冊を大人買いしてしまったほどなのですが、意外なほど笑えなかったのです。
それは、マンガがつまらなかったからではなく、何度も読んでいてかなりのネームを暗記しており、先の展開があらかたわかっていたためでした(笑)。
なにせ筆者は、誰かが
「マッチ1本 かじのもと」
といえば
「ポーの一族 はぎおもと」
とつい続けてしまうし、
「いえいえ礼にはおよびません」
というべきところを
「いえいえ礼には横須賀線」
と言ってしまうし、カラオケで誰かがツイストの「宿なし」を歌っていると
「おいらは山梨、おまえ奈良」
と唱和してしまう人間だし、きりがないのでもうやめますが、とにかく、脱線に次ぐ脱線、抜群のスピード感、流行モノを取り入れる感度の高さ、旺盛なパロディ精神などなど、どれをとっても画期的で、ばかばかしさ(オモロカシサ)の極致ともいえるギャグ漫画でした。
なので、客観的に、彼のマンガやイラストを知らない人が会場に来て楽しめるかどうかは、ちょっとわからないのです。

さて、江口寿史『すすめ!パイレーツ』のどこが最も画期的だったのでしょうか。
これが一番いいたかったのですが、このマンガの最大の功績は
複数の女の子をかき分けたこと
だと思います。
これね、ぜんぜんあたりまえのことじゃないんですよ。
江口寿史以前のアニメや少年漫画では、男の子は多様にかき分けられていましたが、女の子は、ただ女の子という存在でしかなかったのです。
もう少しいうと、かわいくて天使のような女の子1人しか、作品世界にはいなかったのです。
「宇宙戦艦ヤマト」も「科学戦隊ガッチャマン」も「ゴレンジャー」も「ドラえもん」も、主に登場する女の子は一人なのです。
「オバケのQ太郎」は、新シリーズになってからU子が登場しますし、「ど根性ガエル」にはミサ子が出てきますが、いずれもヒロイン格(P子や京子ちゃん)からはかなり隔絶したキャラクターです。
ところが「すすめ!パイレーツ」には、千葉選手の妻であるクミ子や、寮に住み着いてしまった泉ちゃん、粳寅満次に恋心を寄せる奈々など、複数の女性が、極端な個性の区別をせずに、ごく自然に登場するのです。
おそらく人気少年漫画では、1980年代以降は普通になりますが、はじまりは「すすめ!パイレーツ」だったのではないでしょうか。
もちろんこれは、この展覧会でもじゅうぶんに発揮されている彼の圧倒的な画力のたまものでしょう。
ちなみに、アニメで同じ役割を果たしたのは「機動戦士ガンダム」です。
ヤマトには森雪しか乗っていませんでしたが、ホワイトベースにはミライ、セイラ、フラウ・ボウの3人が乗り、ちゃんと描き分けられていました。

こういう市電を取り入れた絵などを見ていると、サービス精神旺盛な人だなあとつくづく思いました。
北海道の街角を背景にした絵はほかにもありました(ただし、ラベンダー畑とか小樽運河とか、そういう「いかにも」なものはないです)。
まあ、やっぱり東京が多いんですが。あと、出身地の水俣(千葉出身じゃないんだ笑)。
サービス精神といえば、旭川にやって来て即興のライブドローイングをしたり、来場した女性10人の似顔絵を描いたりといったあたりのフットワークの軽さにも驚きます。
旭川美術館のツイッターをチェックしていると、サイン入り図録の追加入荷! みたいな告知があったりして、いやほんと、こんな作家さん、めったにいませんよ。
頭が下がります。

雑誌やCDジャケットなどのイラストが多いのですが、雑誌連載当時の原画もあります。
手前は「すすめ!パイレーツ」ですが、このマンガの原画は2点ぐらいしかありません。
なかには「パパリンコ物語」の原画もありました。たしか「ビッグコミックスピリッツ」で、鳴り物入りで連載が始まったときは、筆者もたのしみにしていた記憶がありますが、江口寿史は「原稿を落とす(=締め切りにまにあわず休載になる)」ことも芸のウチになってしまったほどのマンガ家なので、この作品はけっきょく完結しないまま現在に至っています。

大滝詠一の名盤「A LONG VACATION」を題材にした冒頭画像でも分かるように、音楽との親和性は高く、「すすめ!パイレーツ」には、イエローマジックオーケストラや、ボズ・スキャッグスをパロディ化した扉、デビュー間もないサザンオールスターズ、当時流行していたテクノバンド「DEVO」などへの言及など、ほとんど毎号のように当時のポップスが触れられていますし、発売されて間もないソニーのウオークマンをつけて歩いている猿山投手なども描かれています。
「TATSURO YAMASHITA」(山下達郎)と書かれたシャツを着て犬井さんが登場した回もあったよなあ。
そういうわけで、江口寿史の描く女の子は、イヤホンを着けていたり、レコードショップの袋を手にしていたりというのが、似合っています。
なので、ヤマハから出版されている季刊誌「音遊人」秋号で、「私の一曲」に吉田拓郎「高円寺」を挙げているのは、ものすごく意外でした。
もっとポップでおしゃれな路線の曲名を答えると思ったので。

この展覧会の巡回は来年の盛岡で最後らしいので、ファンは見逃す手はないですよ。
□公式サイト http://event.hokkaido-np.co.jp/eguchi/
2021年7月10日(土)~9月5日(日)午前9時半~午後5時(入場30分前)、月曜休み
道立旭川美術館(旭川市常盤公園)
一般1200(1000)円、高大生700(500)円、中学生400(300)円、小学生以下無料(要保護者同伴)
かっこ内はリピーター割引料金
身体障害者手帳や療育手帳、精神障害者保健福祉手帳をお持ちの方及びその介護者(1人)は無料
・JR旭川駅前から約1.7キロ、徒歩21分
・都市間高速バス「高速あさひかわ号」(札幌―旭川)の「4条1丁目」で降車、約640メートル、徒歩9分
・JR旭川駅北側の1条通の14番バス停(1条8丁目)から、3番、33番、35番のバスに乗り、「4条4丁目」で降車(3・33・35番)、徒歩5分
…とまとめてしまうと、なんだか単調な空間をイメージしてしまうかもしれませんが、筆者はぜんぜん飽きずに、楽しく見ることができました。
会場内はすべて撮影OKというのもすごいなあ。

「三原順の世界展」のときと同じようなことを書きますが、筆者は、彼の事実上のデビュー作にして代表作の野球ギャグマンガ「すすめ! パイレーツ」を、連載当時の「少年ジャンプ」もしくは直後に出たコミックスで読んでいた世代で、実は今回も会場で「すすめ!パイレーツ」完全版全4冊を大人買いしてしまったほどなのですが、意外なほど笑えなかったのです。
それは、マンガがつまらなかったからではなく、何度も読んでいてかなりのネームを暗記しており、先の展開があらかたわかっていたためでした(笑)。
なにせ筆者は、誰かが
「マッチ1本 かじのもと」
といえば
「ポーの一族 はぎおもと」
とつい続けてしまうし、
「いえいえ礼にはおよびません」
というべきところを
「いえいえ礼には横須賀線」
と言ってしまうし、カラオケで誰かがツイストの「宿なし」を歌っていると
「おいらは山梨、おまえ奈良」
と唱和してしまう人間だし、きりがないのでもうやめますが、とにかく、脱線に次ぐ脱線、抜群のスピード感、流行モノを取り入れる感度の高さ、旺盛なパロディ精神などなど、どれをとっても画期的で、ばかばかしさ(オモロカシサ)の極致ともいえるギャグ漫画でした。
なので、客観的に、彼のマンガやイラストを知らない人が会場に来て楽しめるかどうかは、ちょっとわからないのです。

さて、江口寿史『すすめ!パイレーツ』のどこが最も画期的だったのでしょうか。
これが一番いいたかったのですが、このマンガの最大の功績は
複数の女の子をかき分けたこと
だと思います。
これね、ぜんぜんあたりまえのことじゃないんですよ。
江口寿史以前のアニメや少年漫画では、男の子は多様にかき分けられていましたが、女の子は、ただ女の子という存在でしかなかったのです。
もう少しいうと、かわいくて天使のような女の子1人しか、作品世界にはいなかったのです。
「宇宙戦艦ヤマト」も「科学戦隊ガッチャマン」も「ゴレンジャー」も「ドラえもん」も、主に登場する女の子は一人なのです。
「オバケのQ太郎」は、新シリーズになってからU子が登場しますし、「ど根性ガエル」にはミサ子が出てきますが、いずれもヒロイン格(P子や京子ちゃん)からはかなり隔絶したキャラクターです。
ところが「すすめ!パイレーツ」には、千葉選手の妻であるクミ子や、寮に住み着いてしまった泉ちゃん、粳寅満次に恋心を寄せる奈々など、複数の女性が、極端な個性の区別をせずに、ごく自然に登場するのです。
おそらく人気少年漫画では、1980年代以降は普通になりますが、はじまりは「すすめ!パイレーツ」だったのではないでしょうか。
もちろんこれは、この展覧会でもじゅうぶんに発揮されている彼の圧倒的な画力のたまものでしょう。
ちなみに、アニメで同じ役割を果たしたのは「機動戦士ガンダム」です。
ヤマトには森雪しか乗っていませんでしたが、ホワイトベースにはミライ、セイラ、フラウ・ボウの3人が乗り、ちゃんと描き分けられていました。

こういう市電を取り入れた絵などを見ていると、サービス精神旺盛な人だなあとつくづく思いました。
北海道の街角を背景にした絵はほかにもありました(ただし、ラベンダー畑とか小樽運河とか、そういう「いかにも」なものはないです)。
まあ、やっぱり東京が多いんですが。あと、出身地の水俣(千葉出身じゃないんだ笑)。
サービス精神といえば、旭川にやって来て即興のライブドローイングをしたり、来場した女性10人の似顔絵を描いたりといったあたりのフットワークの軽さにも驚きます。
旭川美術館のツイッターをチェックしていると、サイン入り図録の追加入荷! みたいな告知があったりして、いやほんと、こんな作家さん、めったにいませんよ。
頭が下がります。

雑誌やCDジャケットなどのイラストが多いのですが、雑誌連載当時の原画もあります。
手前は「すすめ!パイレーツ」ですが、このマンガの原画は2点ぐらいしかありません。
なかには「パパリンコ物語」の原画もありました。たしか「ビッグコミックスピリッツ」で、鳴り物入りで連載が始まったときは、筆者もたのしみにしていた記憶がありますが、江口寿史は「原稿を落とす(=締め切りにまにあわず休載になる)」ことも芸のウチになってしまったほどのマンガ家なので、この作品はけっきょく完結しないまま現在に至っています。

大滝詠一の名盤「A LONG VACATION」を題材にした冒頭画像でも分かるように、音楽との親和性は高く、「すすめ!パイレーツ」には、イエローマジックオーケストラや、ボズ・スキャッグスをパロディ化した扉、デビュー間もないサザンオールスターズ、当時流行していたテクノバンド「DEVO」などへの言及など、ほとんど毎号のように当時のポップスが触れられていますし、発売されて間もないソニーのウオークマンをつけて歩いている猿山投手なども描かれています。
「TATSURO YAMASHITA」(山下達郎)と書かれたシャツを着て犬井さんが登場した回もあったよなあ。
そういうわけで、江口寿史の描く女の子は、イヤホンを着けていたり、レコードショップの袋を手にしていたりというのが、似合っています。
なので、ヤマハから出版されている季刊誌「音遊人」秋号で、「私の一曲」に吉田拓郎「高円寺」を挙げているのは、ものすごく意外でした。
もっとポップでおしゃれな路線の曲名を答えると思ったので。

この展覧会の巡回は来年の盛岡で最後らしいので、ファンは見逃す手はないですよ。
□公式サイト http://event.hokkaido-np.co.jp/eguchi/
2021年7月10日(土)~9月5日(日)午前9時半~午後5時(入場30分前)、月曜休み
道立旭川美術館(旭川市常盤公園)
一般1200(1000)円、高大生700(500)円、中学生400(300)円、小学生以下無料(要保護者同伴)
かっこ内はリピーター割引料金
身体障害者手帳や療育手帳、精神障害者保健福祉手帳をお持ちの方及びその介護者(1人)は無料
・JR旭川駅前から約1.7キロ、徒歩21分
・都市間高速バス「高速あさひかわ号」(札幌―旭川)の「4条1丁目」で降車、約640メートル、徒歩9分
・JR旭川駅北側の1条通の14番バス停(1条8丁目)から、3番、33番、35番のバスに乗り、「4条4丁目」で降車(3・33・35番)、徒歩5分
そういわれてみると、女性複数体制というのは、マンガ、アニメ、特撮を通じてほとんどなかったですね。
今、ふと気になって調べてみたら、スーパー戦隊シリーズでも1984年くらいかららしいですね。
私はこの展覧会に行っていないのですが、いろいろな方の文章を読むと、「女の子」と大空ひばりは巧妙に分かれていて、皆さん意識的に書いているんだろうなと思いました。
あと、私が「パイレーツ」といえば一番最初に思い出すのは、花形見 鶴かな。
そうなんですよ。ドラえもんが好例だと思うのですが、男の子はいろんな人がいるのに、女の子は基本的に
「天使のようなかわいい子」
か、せいぜいその子と対極にある人しか登場しない。少女マンガは別にして、個性を持った存在として女の子を自然に描きわけたのは江口寿史が最初だといえるのではないでしょうか。いいかえれば、女の子の個性を最初に描いたのが「すすめ!パイレーツ」だと思います。
(なお「ど根性ガエル」には後半、初ちゃんが登場しますが、これは洋子先生、南先生、梅さんをめぐる三角関係を、解決するための作戦だというのが私の見立てです)
花形見 と 鶴 の間をそんなにあけると、ご本人に「カツ、カツ、カツ」としかられますよ(笑)。