北海道美術ネット別館

アート、写真、書など展覧会の情報や紹介、批評、日記etc。毎日更新しています

長倉洋海「私のフォトジャーナリズム」(平凡社新書)

2011年03月01日 23時33分37秒 | つれづれ読書録
 フォトジャーナリスト長倉洋海ひろみさんの、事実上の自伝。
 南アフリカ、パレスチナ、エルサルバドル、アフガニスタン、イラン、フィリピン、コソボなど、世界各地の紛争地を歩いて写真を撮り続けてきた歩みがコンパクトに、しかし、臨場感とともにつづられている。
 自身の写真も多数挿入されている。

 ベイルートでは大虐殺に遭遇し、エルサルバドルでは乗るはずだったヘリコプターが空中爆破を起こす。旧ユーゴスラビアの道路は地雷だらけだ。
 読んでいるこちらも、肝を冷やす場面の連続だ。

 意外に思ったのは、長倉さんがそれぞれの現地について慎重に幅広く学んでからどういう撮影スタンスをとるかを決めるのではなくて、わりと衝動的に、出たとこ勝負でずんずん進んでいく点だった。
 彼の仕事で最も知名度の高いものと思われる、アフガニスタンのマスード司令官にまつわる一連の写真についても、マスードといえど「正義の味方」ではなくその立ち位置やバランスをアフガニスタン全体で考える必要がある-といった批判がないではない。しかし、長倉さんにそんなことを言っても、それは長倉さんの仕事じゃないんじゃないかと思う。
 彼は、NHKテレビの数分の映像で、マスードのことを知り、それからダリ語(アフガニスタンの言葉のひとつ)を学んで現地へと出発する。ここには、わたしたち新聞記者に特有の「第一報を抜く」ということへのこだわりも、国際政治学者や評論家に必要な全体への目配りという態度もない。ただ、ひたすら、厳しい環境を耐え抜き、現地の人たちと親しみ、その場その場の写真を撮る。それだけだし、それで十分なのだ。

 長倉さんがカメラを手に訪ねる地は紛争地ばかりではない。
 アマゾンの密林の奥に行き、急速に文明が入り込んで変貌を遂げていく先住民族にもレンズを向けている。ワニや、ピラニアの塩焼きを食べて、いっこうにおなかを壊したという話が出てこないから、彼はやはりタフなんだなあと思う。
 故郷の釧路をはじめ、国内各地でも撮影をしている。

 初めて見る光景を撮りながら、心の奥深くにしまわれていた記憶が蘇り、目の前の光景と重なっていく。「現在」を撮りながら、こうして過去とつながることができる。さらに、人の変わらぬあり様をみつめ、「これからも人はこのように生きていくのだろう」と感じるなら、私たちは未来にまで連なっていくことができるに違いない。 
(160ページ)
 


 ほかにも印象に残った言葉は多く、あちこちで多くの人に出会った長倉さんが自分の胸に刻んでたいせつにしてきた言葉でもあるのだろう。

「世界に惨状を伝えるために撮っている」と言えたら、どんなに楽だろう。だが、私は「自分の写真を撮る」ために、ここに来た。しかも、自分の写真がどんなものなのか、まだわかっていないのだ。 
(64ページ)
 

「ゲリラが善、政府軍が悪」ときれいに二分できればいいが、現実はそんなに単純なものではない。 
(130ページ)


 ナガクラさん、貧しい人がやさしいというのは不思議だよね。バナナを二本持っている人は、請われれば一本を分けてくれるけれど、トラック一杯に持っている人は少しも分けてくれない。 
(185ページ、ブラジルの先住民族のリーダー、アユトン・クレナッタの言葉)


 なお、長倉さんがどこの国に行ってもやみくもに戦場を目指すのではなく、きちんとしかるべき事務所に行って手続きをしてから撮影に踏み切っていることを、くどいくらいに書いていることにも、注意を喚起しておきたいと思う。


平凡社新書 900円
2010年11月発行、290ページ


http://www.h-nagakura.net/

長倉洋海写真展(2007年、画像なし)


最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
戦争から人間へ 長倉さんの本を読んで (怜な)
2011-05-22 11:33:37
ご紹介の本を読みました。

引用されている、185~188ページで
 ・・・鳥のように静かに降り立ち、静かに飛び去る、特別に何かを残さなくてもいいのではないか・・・。
心に触れてくるやさしさ、美しいものを美しいと言って、愛することをやめない。
その時どきを、いっぱいに生きなさい。と言われているようで、心強い言葉ですね。

良書のご紹介をありがとうございました。
また「おすすめ」を宜しくお願いいたします。

返信する
怜なさん、こんにちは (ねむいヤナイ@北海道美術ネット)
2011-05-23 21:17:38
いつもありがとうございます。
ほんとうはもっと本の紹介をしたいのですが、なかなか時間がなくて…。

おもえば2003年ごろはけっこう美術の本を読んでたな~と思います。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~artnorth/subbooks03.htm
返信する
美術書、お気に入りへ (怜な)
2011-05-23 22:12:55
こんばんは。
美術関係だけでも、すごい量を読まれたのですね。驚きました。

お気に入りを開いて、興味のあるのを読みたいと思います。
早速(彫刻家への手紙 現代彫刻の世界 酒井忠康著)図書館に予約しました。

購入だと、つい積読。図書館で借りて、これはと思うのを購入しています。
ご紹介をありがとうございました。
返信する
ぜんぶ読んだのではありません (ねむいヤナイ@北海道美術ネット)
2011-05-23 22:27:26
上にリンクをはったページの本は、全部よんだのではなく、背景に色がついていてやや詳しい紹介文が書かれているもののみが、読んだ本です。
それにしても、今よりは読んでるなあ。

酒井さんの本はわかりやすくておもしろいです。
ただ、小沢書店は倒産してしまったので、今となっては入手のむつかしいものも多いようです。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。