少し前の新聞をめくっていたら、先週土曜日(1月25日)の北海道新聞夕刊「まど」欄に「父の遺作展」と題して、比志恵司(やすじ)さんのことが載っていた。
比志さんは昨年5月、84歳で亡くなっていたという。11月、夕張美術協会の仲間たちが地元で遺作展を開いたというのだ。
そのコラムによると、比志さんは
「私は画家ではなく教員」「見る人に楽しんでもらう」が口癖。生徒に芸術の魅力を熱心に語った。
という。
筆者はあまり親しく話をした記憶はないが、新道展や自由美術北海道展でよく作品を拝見していた。
浮遊感のあるやわらかな抽象画が持ち味だった。
夕張美術協会では会長、のちに顧問を務めたが、会長在任中は、夕張市美術館の閉館問題などがあり大変だったと推察する。
昨年の新道展は札幌で見ることができたのだが、比志さんの遺作などを見た記憶がない。
ご冥福をお祈りします。
関連記事へのリンク
■自由美術北海道グループ展 (2009、画像なし)
■自由美術北海道グループ展 (2008)
道新プラザ・ギャラリーがオープン (2007、画像なし)
比志恵司・松原攻2人展(2007、画像なし)
■Finish and Begin 夕張市美術館の軌跡1979-2007、明日へ (2007、画像なし)
■第48回 新道展 (2003、画像なし)
■第47回新道展(2002、画像なし)
自由美術展 (2001、画像なし)
比志さんは昨年5月、84歳で亡くなっていたという。11月、夕張美術協会の仲間たちが地元で遺作展を開いたというのだ。
そのコラムによると、比志さんは
「私は画家ではなく教員」「見る人に楽しんでもらう」が口癖。生徒に芸術の魅力を熱心に語った。
という。
筆者はあまり親しく話をした記憶はないが、新道展や自由美術北海道展でよく作品を拝見していた。
浮遊感のあるやわらかな抽象画が持ち味だった。
夕張美術協会では会長、のちに顧問を務めたが、会長在任中は、夕張市美術館の閉館問題などがあり大変だったと推察する。
昨年の新道展は札幌で見ることができたのだが、比志さんの遺作などを見た記憶がない。
ご冥福をお祈りします。
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