昨年秋、ベコニアが枯れてしまって土も一緒に死んでしまったと思っていた。
その後、生気のないその土に小さな芽が顔をだした。こんな土でも、芽吹く雑草が愛しくて、ずっと水をやっていた。時には米のとぎ汁を肥料代わりにやっていた。するとその芽はにょきにょきと成長し、逞しい葉っぱでいっぱいになった。小さな植木鉢では物足りない、といわんばかりに生い茂った。でも葉ばかり。やっぱりただの葉っぱなのかなと思った。
ある日、葉とは違う何かを見つけた。まさかと見守っていたら、それは花芽だった。暖かい日にはぐんと成長して、みるみるツボミになった。そして今日、ついに真っ白で可憐な花を咲かせた。雑草だと思っていたその植物は、ペチュニアだった。
「雑草」なんていう範疇は人間が決めたもので、植物にはいわれない分類だと思う。真夏、暑さにゆれるムクゲという花が好きである。別名「タチアオイ」。この花が雑草だということを、ある時知った。
雑草であろうが、命は命。立派に花を咲かせる。
死んだと思った土に芽吹いたその命を大切にしてよかった。花屋さんで売られるペチュニアの苗よりも、はるかにたくさんの花芽が開花準備をしている。
そして、土も命を吹き返したようである。
その後、生気のないその土に小さな芽が顔をだした。こんな土でも、芽吹く雑草が愛しくて、ずっと水をやっていた。時には米のとぎ汁を肥料代わりにやっていた。するとその芽はにょきにょきと成長し、逞しい葉っぱでいっぱいになった。小さな植木鉢では物足りない、といわんばかりに生い茂った。でも葉ばかり。やっぱりただの葉っぱなのかなと思った。
ある日、葉とは違う何かを見つけた。まさかと見守っていたら、それは花芽だった。暖かい日にはぐんと成長して、みるみるツボミになった。そして今日、ついに真っ白で可憐な花を咲かせた。雑草だと思っていたその植物は、ペチュニアだった。
「雑草」なんていう範疇は人間が決めたもので、植物にはいわれない分類だと思う。真夏、暑さにゆれるムクゲという花が好きである。別名「タチアオイ」。この花が雑草だということを、ある時知った。
雑草であろうが、命は命。立派に花を咲かせる。
死んだと思った土に芽吹いたその命を大切にしてよかった。花屋さんで売られるペチュニアの苗よりも、はるかにたくさんの花芽が開花準備をしている。
そして、土も命を吹き返したようである。