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GRASSの日々折々

馬好きフォトグラファーが綴る日々の1ショット。

ライフライン「フェリーとしま」

2009年12月04日 | 日本の馬
鹿児島とトカラ列島の島々を結ぶのはフェリーとしま。
週2便、航行している。
そのうち1便は、カラ列島最南端に位置する宝島までの折り返し便。もう1便は、さらに南の奄美大島名瀬港まで航行する。宝島から名瀬港までは3時間。

私は週1便の名瀬便を選び、奄美大島から乗船することにした。けれどフェリーとしまは、海がしけると延期や欠航も珍しくないという。名瀬港に船が来なければ、私はトカラ列島に行くことができない。
夕方5時半近く、1時間遅れで名瀬港に入港してくる船を見た時は、安堵というより感動してしまった。

翌朝4時に名瀬港を出港、7時に宝島に到着。
港には大勢の人が集っていた。
人が乗船し、物資の積載が終了すると、15分ほど停泊していたフェリーとしまは汽笛をならしながらゆっくりと離岸し、次の寄港地小宝島へと向かう。見送る人、船で去る人、みんなが手を振っている。
フェリーとしまが再び宝島の港に来たのは、5日後だった。

1000トンほどの船フェリーとしまの船体に「TOKARA」という文字が書かれている。なんだか別世界に誘われたような気分になる。
この船の乗組員は、十島村(トカラ列島)出身の人が多いと聞いた。
トカラ列島に住む人々のライフラインといもいえる「フェリーとしま」は、どんな大きな豪華客船よりも頼もしく、逞しい。




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トカラ列島宝島のリキとハナ

2009年12月02日 | 日本の馬
皆既日食で有名になったトカラ列島。
正式な住所は、鹿児島県十島村です。

トカラ列島最南端の宝島は、トカラ馬のふるさと。30年前の写真や絵画、あるいは宝島の人たちの話によって、この島に多くのトカラ馬が飼われていたことを実感しました。

写真は、数十年ぶりに鹿児島本土から島に里帰りしたリキ(牡1歳)とハナ(牝1歳)。
宝島のトカラ馬保存会によって大切に飼育されています。
彼らは、宝島の風景に溶け込んでいました。30年前の姿ではなく、新しい未来への架け橋として。
リキとハナは、そういう存在なのだと思います。

リキとハナの日々の様子は、下記のブログで御覧いただけます。

「宝島・トカラ馬通信」内「YUKAの馬日記」


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トカラ列島宝島より

2009年11月17日 | 日本の馬
先週14日土曜日より、奄美大島経由でトカラ列島に来ています。
15日早朝、奄美大島名瀬港を出航した「フェリーとしま」で、旅程の最初の寄港地宝島に着きました。
今、村のコミュニティセンターでパソコンを借りてブログ更新しています。

宝島は、トカラ馬の故郷です。かつてこの島にたくさんのトカラ馬がいて、農耕に従事していましたが、ほかの在来馬と同じように機械化で数が減り、30年ほど前に鹿児島本土へと移されたのが最後、宝島には馬がいなくなりました。
宝島にトカラ馬を戻そう!そんな試みが去年実現、2頭のトカラ馬が鹿児島大学からやってきたのです。
島では保存会が発足し、専門家の指導を受けながら、子供たちが中心になって調教を進めています。

私はこの里帰りした1歳になるトカラ馬リキ(牡)とハナ(牝)を撮影するために、宝島を訪れました。
保存会の方のご協力を得て、リキとハナの写真をたくさん撮っています。馬遊びもさせてもらっています。
写真を今すぐにアップできないのが残念です。

予定では、明日18日の上り便で、中之島へ行くはずでしたが、天候が悪くフェリーの出航が延期になりました。天候の回復が遅れた場合、さらに予定は大幅に狂いそうです。
離島では多々あることと覚悟していましたが・・・。

でも、リキとハナに遊んでもらえるのが何よりです。

天候が回復するのを願いながら、続きは、また。

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白馬

2009年09月22日 | 日本の馬
先日に続いて、日本在来馬の話。

南の地域に多い「赤馬」に対して、北海道を故郷とするドサンコの毛色は多様。
中でも河原毛や左目毛などの白っぽい毛色が多い。
ドサンコのイメージは「ずんぐり、むっくり」だが、意外とスマートで見た目にも、美しい馬だと思う。

写真の2頭の白馬は、北海道静内にある北海道大学付属牧場で育てられている純粋なドサンコ。
きちんと血統管理された馬たちです。
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赤馬

2009年09月20日 | 日本の馬
在来馬と呼ばれる馬たちは、全国で8種。
北は北海道から南は沖縄・与那国まで、土地が違えば馬の雰囲気も違う。

八重山諸島や宮古諸島では、ほとんどが鹿毛馬だった。
数が少ないから単一的な毛色になるのかもしれないが、土地の人たちの好みもあるのかもしれないと思う。

八重山の民謡に「赤馬節」というものがある。
琉球の馬役人に献上された赤い駿馬を送り出した飼い主の喜びの気持ちを歌ったもので、今でも祝宴などで披露される代表的な民謡なのだそうだ。
赤馬とは鹿毛馬のことをいう。

在来馬は、風土や土地の人々の生活の中で育てられた。
毛色もまた、風土がつくりあげるものなのかもしれない。

写真は、与那国島の子馬たち。
3つ子みたい。


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対馬のモニュメント

2009年09月12日 | 日本の馬
馬の産地を訪ね歩いていると、土地独特の馬モニュメントが楽しい。
中でも長崎県対馬の空港に設置されたセットが印象的だった。

手前のモニュメントはもちろん対馬の対州馬。実際の馬はもう少しスマート。
後にある建物は、対馬椎根地区の伝統的建築、石屋根。対馬で産出される板状の石で屋根を葺いた高床式の建物で、倉庫として使用されていたものだという。

対馬で思い出すのは、果てしなく広がっていた山並み。
対州馬が、坂の上り下りが得意だということに納得だった。
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隠岐西ノ島の馬

2009年09月05日 | 日本の馬
鳥取米子に住む友人から、梨が送られてきた。
今年の初物である。
かの地で栽培されているのは「二十世紀」。水分が多めでさっぱりとした甘さ、この時期に美味しい旬の味!

その友人と一緒に数年前旅をした隠岐にも馬がいる。
初日に訪れた島前西ノ島では、絶好の天気に恵まれた。
今朝のテレビ番組「旅サラダ」では隠岐西ノ島が紹介され、馬の姿も映し出された。懐かしく見入る。
馬たちは元気だろうか。
つい最近、雑誌の取材で隠岐を訪れたという友人の話では、馬の数が減っているとのことだった。

隠岐の馬は、在来馬の認定を受けていない。特に保存活動が行なわれているわけではなく、育った馬が送り出される先は長野か九州である。
それでも島の観光をアピールするポスターには、必ず馬がいる。
馬がいる風景は、それだけで人を魅せるのだと思う。

西ノ島も知夫里島も、是非もう一度訪れてみたい馬産地です。


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雨の中の馬たち

2009年09月04日 | 日本の馬
数年前、どこの航空会社でも「誕生日チケット」を発売していた。誕生日前後に利用すると運賃が半額になるというもの。
宮崎都井岬や隠岐への便を利用したことがある。

けれど私の誕生日は、秋の台風や秋雨前線に悩まされる時期。
案の定、都井岬では台風に遭遇し、隠岐では秋雨前線にぶつかった。
馬はもちろん、私もずぶぬれになって撮影したことを思い出す。

撮影は晴れた日が一番。
でもできあがった写真を、私は案外気に入っている。
写真は隠岐知夫里島。
雨がふりしきる中、馬たちはとどまることなく、縦横無尽に走り回っていた。
そんなシーンには、なかなか遭遇できない。
雨が味方してくれることもある。


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都井岬の彼岸花

2009年08月19日 | 日本の馬
彼岸花は、きっちりとお彼岸の日に咲く花だ。
なぜ花にお彼岸の日がわかるのかずっと不思議だった。
菊を育てている人いわく、彼岸花は昼と夜が同じ時間にならないと咲かないのだとか。
なんて賢い!

数年前、9月の終わりに宮崎県都井岬を訪れた。
彼岸花が一面に咲いていた。その花畑の中で馬たちが遊んでいるシーンは、忘れられない風景。

お盆が過ぎて、日が短くなってきた。
彼岸まであとひと月ほど。
今年も都井岬では彼岸花咲く丘で馬たちは過ごすのだろうか。
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回想録・日本の馬たち(2)~南部馬の面影~

2009年05月15日 | 日本の馬
著書『遠野馬物語』にも書いたのですが、私が初めて遠野を訪れた夏の思い出。

荒川高原に遊ぶ馬の群れにすっかり感激していたとき、馬の飼い主さんらしき人がやってきて、遠野の馬の歴史などを熱く語った後、一頭の黒い馬を指さして「あれが昔から遠野にいる南部馬の面影が一番残っている馬ですよ」と教えてくれました。
南部馬は、古来より名馬の誉れ高い日本の馬ですが、明治から昭和にかけて国が大々的な「改良」を図り、その結果、純粋な南部馬はいなくなってしまったのです。

けれど遠野では、今も南部馬の血を色濃く持った馬がいるとの事でした。それが写真の馬です。
後に、その馬は乗用馬生産者組合の一人Jさんが大切にしている牝馬だとわかりました。残念ながら、昨年その馬は亡くなったのですが、産駒たちは馬術競技大会などで活躍を始めています。また、雑誌などで女優さんや俳優さんと一緒にグラビアのモデルになることが多い娘もいます。

伝説の南部馬は、馬術世界だけでなく、たとえば流鏑馬や祭りなど日本の伝統行事で活躍の場を再び広げているのかもしれません。

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