![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/66/3363df3508f07dd23412cc83b395b2fd.jpg)
富岡製糸場入り口
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0b/f7/d1b05fbcee2f1e6c1d7e42567c6d2d47.jpg)
東置繭場1階通路
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/69/4fc7b0716a66d405d4d3b22b7154d582.jpg)
通路天井
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/3d/152284da610254cf337891f51f1210b9.jpg)
置繭場全景
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/2d/f927630fc1a09072ec9130fea9d80ff3.jpg)
ガイド
今回の同年会旅行のメインの目的地は富岡製糸場である。2014年世界産業遺産に登録された戦前の日本の主力産業生糸の工場である。諏訪にも縁が深い片倉工業が経営に携わっていた。
そもそもこの工場は明治5年官営の生糸製糸の伝習生養成を目的として設立されたらしい。ここで修行した工女が全国に散らばり各地で技術指導を行ったという。工女の誇りと使命感を刺激する意味でもかなり巧妙な仕組みであった。
この工場の設計施工、稼働などはフランス人ブリュナがおこなった。政府と5年契約を行い、工場内に住居を与えられ夫人と住んだという。当時としては画期的な週休制、一日8時間労働などを行い、この面でも全国の範たるところを見せた。
この工場は昭和62年迄操業し115年の歴史を誇った。なおここの女工館は教えに来たフランス人の教師の宿舎として建てられたものである。
生糸生産工程を理解するには実際に稼働している岡谷の蚕糸館の方に分があるが、ここでは明治政府の意気込みを感じることはできる。合わせて見学すると理解は一層深まるだろう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/13/495479d3d3672c480e3ae9476aac18ba.jpg)
繰糸所入り口
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/31/72/523d519f7fdbb6c3d1bf9937bf55ce61.jpg)
繰糸所内部
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/c0/b1f3a6afca0f463da416a5b868d8e35f.jpg)
繰糸所天井梁
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/ca/1add29fc77997a753826c8df7bfc62fb.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/e0/0b881f6307dc61a4ea8a3a704ed65ccd.jpg)
ブリュナ館
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/01/a0/896b8b4c261f442edb0a02cfc7bb766f.jpg)
診療所
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/13/2a/67811187e6fe3ff73a25c4e77fcef725.jpg)
女工館