昨年なくなった姉の一周忌の会合があった。
「ちょっとだけ故人を偲び、美味しい料理と会話を楽しむ会」という洒落た名前の通り、故人にゆかりのごく親しい人の集まりだった。
不心得にも私は交通渋滞の影響で、10分ほど遅刻をしてしまったのだが、会場では温かく迎えてくれ、すんなり雰囲気に溶け込んだ。会場は千種区の丸鮨本店。
ごくごく親しい、数人の姉の友人の周りの席にめぐまれ、今まで知らなかった話を聞くことが出来た。気取りのない思い出話は、いかにも本人らしい行動のエピソードが豊富に含まれ、時の経つのを忘れた。
こうして色々話を聞くにつけ、姉は随分まわりの人に愛されていたし、彼女が文字通り自由奔放に生活できたのは、本人の哲学と、周りへの配慮もさることながら、関係各位のご好意によるところが多かったとつくづく感じた。
なかんずくご主人の愛情は並外れて深く、なくなってから今日までの言動を見るにつけ、思わず唸ってしまう。
例えば遺骨の処理(焼成した遺骨で焼き物をつくる)、澄んでいた自宅の佇まいを変える(彼女が好んでいた着物を飾る)、追悼文集を編集する、彼女を追悼する歌を読み曲を依頼してつける。
その歌をこの席で聞いたのだが、コーラスで歌われた曲を聴き、思わず涙してしまった。
料理は、たしかに美味しく、集まった人も和やかで、雰囲気はとても良く、気持ちのよい会合であった。
「ちょっとだけ故人を偲び、美味しい料理と会話を楽しむ会」という洒落た名前の通り、故人にゆかりのごく親しい人の集まりだった。
不心得にも私は交通渋滞の影響で、10分ほど遅刻をしてしまったのだが、会場では温かく迎えてくれ、すんなり雰囲気に溶け込んだ。会場は千種区の丸鮨本店。
ごくごく親しい、数人の姉の友人の周りの席にめぐまれ、今まで知らなかった話を聞くことが出来た。気取りのない思い出話は、いかにも本人らしい行動のエピソードが豊富に含まれ、時の経つのを忘れた。
こうして色々話を聞くにつけ、姉は随分まわりの人に愛されていたし、彼女が文字通り自由奔放に生活できたのは、本人の哲学と、周りへの配慮もさることながら、関係各位のご好意によるところが多かったとつくづく感じた。
なかんずくご主人の愛情は並外れて深く、なくなってから今日までの言動を見るにつけ、思わず唸ってしまう。
例えば遺骨の処理(焼成した遺骨で焼き物をつくる)、澄んでいた自宅の佇まいを変える(彼女が好んでいた着物を飾る)、追悼文集を編集する、彼女を追悼する歌を読み曲を依頼してつける。
その歌をこの席で聞いたのだが、コーラスで歌われた曲を聴き、思わず涙してしまった。
料理は、たしかに美味しく、集まった人も和やかで、雰囲気はとても良く、気持ちのよい会合であった。