mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

いま、自然に生きるとは

2016-09-06 15:18:49 | 日記
 
 養老孟・藻谷浩介『日本の大問題――現在をどう生きるか』(中央公論社、2016年)を、旅の行き帰りに読む。藻谷浩介は『里山資本主義』で成長ばかりが経済ではないと具体的に陳述していて、好感を抱いていた。養老の、末尾に話す言葉が全体を象徴している。
 
《養老……学問はもともと非組織戦だったと思います。ところが、マルクスのころから変わってきて、組織戦になってきたところがあります。学問を実践しようという輩が出始めたからでしょう。学問は実践しないからこそ意味がある。それを学んでいる人の頭が変わることで、世界がひとりでに違ってくる、それでいいということです。ひとりでにではなく人の行動を換えようとすると、とんでもないことになる。……考えが変わっていくのは脳にとって自然なことで、たとえば、年をとることでも変わってきます。だからできるだけ自然に任せていい。僕はこれまで、自分の頭で考えよう、と言い続けてきたのですが、それではどうしたって、非組織戦にならざるをえないのです。そして実は、そういう抵抗の仕方が最も強靭なのです。》
 
 不思議・好奇心が探究への糸口であったのは間違いなかろうから「学問はもともと非組織戦だった」というのはその通りだが、ギリシャ哲学にしても、たちまち「活用」されるようになりソフィストを生み出して、のちにソクラテスに散々こき下ろされている。「学問を実践しようという輩」は別にマルクスを待つまでもなく、出現しているわけだ。たぶん読書人としての養老孟は、不思議・好奇心それ自体の行き着くところを、それとして保証することが長年積み重なって、「学問」の醸し出す社会的素養の裾野がゆっくりと沁みとおって広がることを想定して、「自然に任せていい」と言っているのであろう。彼のいう「脳化社会」は、頭で考えることを最優先することを揶揄しているから、動物としての人間存在の原点を忘れるなと警告していると思われるが、近代の、それも極めつけのマルクスに突っかかるのは、ちょっと大雑把にすぎる。
 
 養老の「組織戦」というのを推定させる記述は、次のように書き込まれる。
 
《人間は陰謀説をつくりたがる。自分以外の人間、特に敵対する勢力には戦略や深謀遠慮があると妄想しやすい。でも相手にそれだけの計画性があるかというと、ほとんどないのだと思います。……ウォール街には誰それはこういう考えで儲けたという伝説がたくさんあるのですが、それを数学者が分析して、そんほとんどすべてが「まぐれ」でしかなかったと実証したんです。経済学の知識も、数学も、経験も、大儲けとは全く関係がない。戦略なんてその程度のものですよ。》
 
 つまり「戦略」というのは、都合よく後づけでつけた理屈であって、それに基づいて何かを展開するということは逆に、理屈によって人の動きを縛る結果にしかならないと、「脳化社会」の弊害を一緒にして片づけている。マルクスというよりも、養老自身が自らを培ってきた「知」の足元からひっくり返してしまおうとする気炎をうかがわせる。そのあわいの感性が、私の養老好みを誘うのかもしれない。だが養老は、足元を崩すところまでは踏み込まない。いかにも読書人らしく、老人の知恵を匂わせるばかりである。
 
 養老のイメージする「非組織戦」を私が印象深く考えるようになったのは、1960年代の前半。イタリアの言語学者、アントニオ・グラムシの「ヘゲモニー論」によってである。グラムシは知る人ぞ知るイタリア共産党の創始者の一人。彼は、第一次大戦後のヨーロッパで(社会主義ソビエトを中心に)隆盛であった権力奪取の社会主義革命論に対して、「知的・道徳的・文化的ヘゲモニーをかたちづくることが、根柢的な社会革命である」と主張し、まず権力を奪取してすすめようという「上からの革命」に対して、日常的な次元の「変革から革命へ」の道筋を提起していた。そこには、積年の積み重ねによる文化の継承と変革という、経験則的な「我が身」の現存在に連なる変容がイメージされていて、周辺に渦巻く政治闘争に辟易していた私の気持ちを惹きつけたのであった。
 
 それは今でも、間違っていなかったと思う。というよりも、己自身が間違うことを前提にして考えたら、「前衛」として戦略を打ちたててそれに社会の間尺を併せようとすること自体が、逆立ちした発想だと思う。もっとも人間存在自体が、自然に働きかけ、はや自然から逸脱したかたちでしか存在できないようになっている。「自然」そのものがなんであるか、わからなくなっているし、自分のつくりあげた自然こそが心地よいと感じて、身の感じる「じねん」を忘れてしまっている。「自然/しぜん」に対する畏敬を失わず、それにうまく適応している「身」を保ちつつ「自然/じねん」という生き方をするという志だけが、かろうじて「自然に生きる」かたちとして残されている。我が身に聞け! 身の応えが鈍くなるなら、その感性を磨け! ひたすら自然と一体になるという不可能性を、絶望の哲学とせず、趣味の運動論として掲げつづけよっ、てところか。
 
 そんなことを、長良川の鵜飼いを観て天然アユを味わう旅の往還に、考えていたのでありました。