自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

★夢を売るおっさん

2006年04月12日 | ⇒ドキュメント回廊

 金沢のソメイヨシノは今月6日に開花宣言がされたものの、その後は雨や風の日が多く桜の季節の実感に乏しい。通勤の意欲さえそぐ雨が憎らしく思うこともある。

   花が三部咲きだった先週末、兼六園の近くの料理屋で開かれた会合に出席した。金沢大学と地元民放テレビ局が共同制作した番組の反省会である。番組は、大学のキャンパス(2001㌶)に展開する森や棚田を市民ボランティアとともに保全し、農業体験や動植物の調査を通じて地域と交流する、大学の里山プロジェクトの一年をまとめたものだ。ハイビジョンカメラで追いかけた里山の四季は「われら里山大家族」というドキュメンタリー番組(55分)となって先月25日に放送された。

   この番組に登場する市民ボランティアは、今の言葉で「キャラが立っている」と言うか、魅力的な人たちがそろった。その一人、男性のAさんは「夢を売るおっさん」というキャラクターで登場した。65歳。岐阜県大垣市の農家の生まれで、名古屋市に本社がある大手量販店に就職した。金沢に赴任し、北陸の食品商社に食い込んで、業界では知られた腕利きのバイヤーだった。定年後に里山プロジェクトに市民ボランティアとして参加し、棚田の復元に携わる。

  「人を幸せにする里山づくり」がAさんの身上とするところ。「自然体験は知恵の鍛錬になる。真の生きる力を育てる」「定年後は第二の人生というが、自分が熱中し楽しめることをやるのが一番よい。元気の素はボアランティア活動だよ」と言って憚(はばか)らない。一時、ヒゲを蓄え、黙して語らぬ仙人のような風貌になった。クワを持ち、小屋作りのためにヨイトマケをした。棚田づくりのために人の輪を広げた。そして最近では余分な言葉がそがれて「夢」という一語ですべてを語るようになった。

  宴席にはAさんも参加した。持病を抱えているので量は飲まなかったが、「いい気分で酔った」と満足そうだった。

  帰途、信号待ちのタクシーの窓から兼六園周辺にボンボリが灯っているのが見えた。現役のときは一生懸命にモノを売り、定年になっからはクワを握って夢を売る。まるで「いぶし銀」のように味わい深い人生。酔った勢いで、ひと回り以上も先輩であるAさんのことをそう表現してみたくなった。

 ⇒12日(水)朝・金沢の天気  はれ 

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