いきなり、話が変わって、つじつまがあわなくなってしまうのには、当然の理由がある。それは、話を変える方に理由があって、たとえば、ウソをなんとか気づかせないようにするために、話を合わせようとして、結局つじつまがあわなくなるという場合である。
それが、バレてしまえば、真実が顕になるのだが、そうなったからといって、別にどうってことはないのだが、そのことで、人は、自分がノケモノになっていたことで、傷つけられたと思い、憂鬱になったり、人を恨んだりしたり、疑心暗鬼に陥ったりするのである。
人間、お互い一人では生きていけないにも関わらず、その中での位置関係によって、自分ひとりでも生きていけると誤解する向きもでてくる。金の力、権力のまえにひれふす人々を見慣れているうちに、その力を絶対だと思うようである。そして徒党を組んで、自分たちの利益を守る。中国共産党なんて最たるものではないだろうか。
実際に無視されたり、悪し様に扱われたことのない人には、想像がつかないだろうが、こういう現場に居合わせたときの、やるせなさ。人間なんて生きていく価値があるのだろうか、思ってしまう。
今日辺り、特定秘密保護法の審議が一段とすすみ、いよいよ採決間近の雰囲気となってきた。世の中どう変わるか、これからが見ものである。しっかりとその変化を見ていかなくてはならない。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます