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空をみながら

 地球規模、宇宙規模で考える。死角のない視野の獲得。憲法9条を守ろう。平和のための最高の武器だと思う。

「一億総中流」からどうなったのか

2015年11月22日 12時23分35秒 | 思考試行

貧富の格差を、わざと大きくするような経済活動が一般化してきている。政策的にも、労働法を改悪して、いままで違法であったものが、合法となり、人をクイモノにすることを、違法から合法としたのである。その罪は深い。

アメリカの影響を受けた、小泉野郎が持ち込んだものだが、その影響は確実にひろがり、日本は今や相当な格差社会といわれるようになった。彼は、今反原発で、いろいろやっているようだが、それはいいとして、過去にそういうことを「やっちゃた」ということである。

人と人が助け合い、力ある者は、自分の富とするばかりではなく、周囲の者、後進の者のことを考え、富の分配を考えていた。そこには、真面目に働く気さえあれば、それに応える社会があった。本人はそうして一人前となり、家庭をもち、子供を育ててきたのである。

そのおかげで、戦後の困難な状況から一億総中流といわれる社会ができたのである。その後はどうか、本当に、自らの力で民主主義をかちとったわけでもなく、誰か力の強い者が現れて、そいつがバカみたいな政治家であれば、前述のようなバカなことをしても通ってしまうのである。

その結果、真面目な若者達はクイモノにされ、結婚もままならず、人を愛することもできず、少子化の勢いはとまらないのである。こうして、社会が壊れていく。

金さえあれば、それが勝者だ、みたいな感覚、価値観が広がり、世の中ますます浅薄に、味気ないものとなる。強いものはなお強く、富がふえれば、ふえたで、「もっともっと」の連中共が流す害悪は、深刻である。

イスラム国はいかにしてうまれたのか。その背景には、助け合う文化のとぼしい、闘争と支配、被支配の連続のなかで、分かち難い深い溝ができたのではないか。移民をうけいれても、決して同化させない狭量さがある。

日本もそうならないとは限らない。だが、金がすべてだというシンプルで、バカな人間がふえなければ、それなりに社会の改造は可能とも思う。だが、こういうバカ共は、やはり害を及ぼすことは明らかであり、勲章をやるなり、なんなりして、その富をうまく召し上げ、地球社会全体に還元できないものかと思う。


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