ヌルボ・イルボ    韓国文化の海へ

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ソウルで人気を集めた「近代日本が見た西洋」展

2011-06-06 23:51:16 | 韓国・朝鮮と日本の間のいろいろ
 今回は、6月2~3日新宿K’s cimemaで観た<真!韓国映画祭2011>中の「小さな池-1950年・ノグンリ虐殺事件-」「坡州 パジュ」「ささやきの夏」「ソウルのバングラデシュ人」の4本について感想を書こうと思っていたのですが、一番厄介な(?)「小さな池」だけで悪戦苦闘。
 先に風呂に入ることにして、湯船に浸かりながら「毎日新聞」夕刊を読んでいたら、1つの記事が目に飛び込んできました。
 見出しは「日本の近代化を韓国で紹介」。記事は→コチラです。
 内容は、18~19世紀、つまり江戸後期の蘭学者や絵師たちがどのように西洋文化を取り入れていったかを示す、神戸市立博物館の所蔵品80点を紹介する「近代日本が見た西洋(근대 일본이 본 서양)」展がソウル大学美術館で4月20日(水)~6月5日(日)開かれた、というもの。
 「毎日」の記事は「5月29日まで」となってますが、これは誤報。好評につき1週間延長されたんですよ。神戸市立博物館のサイトを見ればすぐわかるのに・・・。

 この記事で私ヌルボが注目したのは、同展のため訪韓した神戸市立博物館の展示企画担当部長・岡泰正さんがソウル大での特別講義で、「日本の近代化は、幕府ではなく学者や町民など民間から起きたことを紹介したかった」と展示の趣旨を説明した、という点。
 ヌルボとしても「わが意を得たり」といったところです。しばしば韓国人は(日本人も?)、「武士道が日本の近代化を推進した」と語ったりしていますが、イギリス等と同様やはり成長した商工業者の力ですよ。金の前には身分なんて関係ないし、交通は自由にしてほしいし、通貨や税制等は全国統一にしてほしいし、また金儲けのためには国内外の情報には通じていなくてはならないし等々、これらすべてが近代的な体制の動因となるわけですね。

 この「近代日本が見た西洋」展。韓国KBS1テレビでも金曜の夜(正確には土曜)0:10~1:00にNHKの「日曜美術館」のような「TV美術館」という番組があって、そこでも紹介されたそうです。
     
 【「近代日本が見た西洋」展のポスターは、司馬江漢「異国風景人物図」。】

 見に行った人の反応を韓国サイトでいくつか見てみました。
 その中で注目したのは、<九龍樵夫(구룡초부)>さんという60歳過ぎの男性のブログ。(※日本語自動翻訳→コチラ。)

 「絵はよくわからない」という筆者が感銘を受けたのは、図よりも歴史。開港を前にした日本社会のダイナミズムと日本人の知的好奇心 だった、とのことです。
 彼が40年前に大学に入った時、ある先生は、われわれが(そして中国が)日本より近代化すなわち西欧化が遅れた理由を次のように説明したそうです。
 私たちは、伝統的な文化が優れていて体制が安定していた。それに比べて日本は文化の程度が低く、また、当時体制が崩壊していた。社会が大きく変動し始めた時、ちょうど開港の圧力が来て、変化=西欧化が相対的に容易だったのだ。
 その時はそんなもんかと思った筆者も、よく考えると、日本がわれわれに先んじたのは、せいぜい偶然か僥倖のように聞こえるが、はたしてそうか、という疑問が起こってきたとのことです。
 そして、「そんな重要なことがはたして偶然だったか? どんなに機会に恵まれても、内在的能力がなければ活用できないのでは? われわれは、優れているからそうなって、他人は偶然にそうなったとするなら、それが公平な態度で、合理的な推論か?」と問いかけています。 

 そんな疑問を抱いて展示会を訪れた九龍樵夫さん、「いまさらながら感じたことは、日本の能力は結局並大抵のものではなかったという点だ」と感想を記しています。
 いろんな知識教養をお持ちの方で、以下の具体的な記述も興味深く読みましたが、中でも「日本の実学の伝統は非常に根が深く、広かった」と記しているのは当然の帰結というべきですね。
 「わが国でも実学者が自然科学の研究をしたが、政権から追い出された何人かがしていた研究があるだけで国家的な関心事でもなく、政府の支援は夢見ることもできなかったでしょう」と書かれてますが、これは、たとえば本ブログ2010年8月28日の記事<日韓を分ける24年差の歴史の淵源>で書いたように、1801年の辛酉教難と、その後の丁若鏞(チョン・ヤギョン)の生涯(ドラマ「牧民心書」に描かれた実学者)等を思い浮かべれば、韓国のふつうの高校生にもわかるはず(?)です。

 近年、韓国では民族主義的なイデオロギーに捉われず、歴史をありのままに見ようという動きがさまざまな場面で目立ってきているようです。
 上記の九龍樵夫さんのような感想も、その1つといえるかもしれません。それだけ余裕が出てきたというか、国際的地位も高まったりして自信がついてきたということでしょうか?

 さて、この九龍樵夫さんのブログ記事に、おなじみの「解体新書」の扉絵や写楽の浮世絵の他、精緻な動植物の写生図もあります。
 美術情報専門の<KOREANART21>というサイト内の記事(→日本語自動翻訳)にも平賀源内や司馬江漢などの興味深い絵が掲載されています。
 この美術展、もし近くでやっていればヌルボも行ってみたかったですねー。


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