ヌルボ・イルボ    韓国文化の海へ

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[リッパート米大使襲撃事件]①韓国メディアの分裂 何が「テロ」? 何が「従北」?

2015-03-16 23:37:10 | 韓国の時事関係(政治・経済・社会等)
 3月5日。他の記事を書くつもりでいたところで耳に入ったのが例のリッパート駐韓米大使襲撃事件。日韓双方の新聞記事やネット内の情報をあれこれ漁っているうちにもう10日経ってしまいました。
 以下、個人的総括として知ったこと、考えたことを整理してみました。
 テーマで分けると、
  ①あいかわらず深刻な韓国メディアや世論の左右対立
  ②したたかなリッパート大使
  ③犬肉、扇の舞、バレエ等々、韓国人らしい「快癒祈願」
  ④あいかわらずの「陰謀説(謀略論)」登場

 ・・・といったところです。

 イッキに書くと長くなりそうなので、とりあえずは①から。
 韓国内の左右両陣営間のミゾの深さは別に今に始まったことではありませんが、この事件に対する世論の受けとめ方、メディアの報道の仕方、政党・政治家の対応もまさに対照的です。
 [右]保守陣営=与党(セヌリ党)
 [左]進歩陣営=野党(新政治民主連合)

という2大政党のみならず、
 [右]保守陣営=朝鮮日報・東亜日報・中央日報
 [左]進歩陣営=ハンギョレ・京郷新聞

のように左右明確に色分けされた新聞をはじめとして、メディアの論調も対照的です。
 記事等で用いるキーワードからして特徴的です。具体的には、次の赤字の用語。

 <A> 保守系メディアはこの事件を「テロ(테로)」といい、進歩系メディアは「被襲(피습)」等と表現している。
 <B> 保守系メディアは「従北(종복)」という言葉を当初からさかんに用いている。それも金基宗(キム・ギジョン)容疑者個人が「従北」というだけでなく、従北派集団や、彼らの温床となっている(?)という進歩系の政党・政治家に対する批判も始めている。もちろん、朴槿恵大統領やセヌリ党も、この機をとらえて野党に攻勢をかけている。進歩系メディアはこのような「従北追い立て(종북몰이)」を強く批判している。

 ※とりあえず「追い立て」と訳した「몰이」は、狩猟等で獲物の獣や魚等を追い立たてることをいう。

 日本のメディアも同様ですが、「テロ」はそれ自体明確な非難の意が込められていますからね。
 それに対し「被襲」の方は単に襲われたという客観的事実を示す言葉です。
 事件を伝えた紙面の見出しをみると、朝鮮日報・東亜日報・中央日報・ソウル新聞・世界日報・国民日報・韓国日報と、ほとんどの新聞が「テロ」という用語を使用しています。

【朝鮮日報の1面。大きな見出しには「韓米同盟を刺した従北テロ」とキーワードを入れ、インパクトの強い写真を載せています。】

「テロ」と書かなかったハンギョレと京郷新聞は、朝鮮日報等の「従北追い込み」も批判

 「テロ」という言葉を使わなかった少数派は、ハンギョレ「米大使被襲 凶器となった‘極端な民族主義’(미국대사 피습…흉기가 된 ‘극단적 민족주의’)」と、京郷新聞「襲撃された米国大使 それでも“一緒に行こう”(습격당한 미국대사 그래도 “같이 갑시다”)」くらいのものです。
 「テロ」という言葉の使用に異を唱える京郷新聞の記事(→コチラ)の中に、「アメリカ側も事件を韓米同盟と無関係な個人の偶発的逸脱と見ていて、「テロ」とは規定していない」という理由があげられていました。
 東亜日報もこのようなアメリカ側の対応を一応報じてはいますが、論説では「だからといって国内野党がこれをテロではないと格下げすることは不適切」と述べています。
 たしかに、アメリカにしてみれば事件を「テロ」と規定すると、その背後関係の調査も含めて厳しい処断を韓国側に求めることになるわけで、それよりも「被害者」という「有利な」立場を利してソフトに対応した方がよかろうという政治的判断は当然あったと(私ヌルボは)思います。
 ※ヌルボ個人としては、「テロ」は極力使いなくない用語です。(たぶん)平均以上に非暴力的人間なので、いわゆる「テロ行為」を弁護する気持ちは毛頭ありませんが、「テロ」と規定すると相手に対する理解・コミュニケーションを自ら遮断することになっちゃいますからねー。また、何をもって「テロ」とするのかもアイマイだし・・・。北朝鮮による拉致を「テロ」とよぶようになったあたりから違和感を感じています。テロには刃物や銃砲、爆弾といった物が密接不可分のものとしてあるように思っていたので・・・。

ハンギョレが「テロ」という言葉を使った事例もある

 ところで、「テロ」という用語を使わなかったハンギョレが昨年12月のニュース記事でこの語を用いたことがありました。12月10日全羅北道益山市の教会で開かれたシン・ウンミさんという韓国系アメリカ人の女性のトークコンサートの場で、高校3年の男子生徒が爆薬の入った鍋を投げつけ、2人が負傷した事件です。
 シン・ウンミさんは2011~13年計6回北朝鮮を訪れ、2012年6月から進歩系ニュースサイトのオーマイニュースで「在米同胞おばさん、北朝鮮に行く(재미동포 아줌마, 북한에 가다)」と題した北朝鮮見聞録を連載しました。これが注目されて書籍化され、優秀文学図書にも選定されました。その後も彼女はメディア等で北朝鮮を称揚する発言を繰り返して注目されてきました。
 ※この連載は今もオーマイニュースのサイトで読めます。初回は→コチラ(韓国語)で読めます。また2013年9月からは続編「在米同胞おばさん、また北朝鮮に行く(재미동포 아줌마 또 북한에 가다)」が連載されました。初回はコチラです。なお、この連載について説明したブログ記事は→コチラ
 ※事件についての日本語記事2つ。→<WoW!Korea>と→レイバーネット。後者は「テロ」と書いています。
 このレイバーネットの記事にもあるように、爆発物を投げたのがイルベ(日本の2ちゃんねるに相当する右翼的(?)とされるサイト)での活動の前歴を持つという高校生でした。
 ※シン・ウンミさんはその後1月10日韓国法務部から強制退去命令受けアメリカに出国しました。今後5年間は韓国への再入国が禁止されるとのことです。(→ハンギョレの関連記事。) 著書は推薦が取り消された上、図書館等からの回収が文化体育観光部により指示されました。
 ・・・以上が<シン・ウンミ トークコンサート 爆発物事件>のあらましですが、この事件を「テロ」と報じ、またこの高校生を「テロ」行為に追いやったのが朝鮮日報の「シン・ウンミ=従北」報道だと批判したのがハンギョレでした。
 ・・・ということを知ったのが当のハンギョレ(日本語版)の3月10日付の「テロと襲撃、そして従北攻勢」と題したコラムでした。(→コチラ。)
 その記事には、上記のような「テロ」と「襲撃」の使い分けについて、次のような反省・自戒も書かれています。

 政治的な意図がある暴力事態に対して、一方はテロとしながら、他方は襲撃というのは論理的な一貫性が欠けているように映るかもしれない。特に「極右志向」の高校生による爆発物の投擲はテロと非難しながらも、「革新志向」の活動家による米国大使への攻撃は襲撃というのは、味方の庇護との批判を免れない。米国大使事件の場合は、被害者と米国の方がテロという用語を使わないのに、私たちがあえてテロとする必要があるのかと言えなくもないが、すべてを人のせいにするわけにはいかない。陣営論理に基づいて恣意的で不公平な言葉を使うと、報道機関は国民の信頼を失うことになる。(これからは)記事を書くとき、客観的な実体を示せるよう、より厳正な言葉を選んで書くように努力する。

 ただ、この文に続けて「保守政権と保守言論の従北攻勢を批判しているのは、陣営論理に陥って革新勢力の肩を持つためではない。従北攻勢が激しくなればなるほど、韓国社会の民主主義は後退し、南北関係はもちろん国際関係にも莫大な支障をきたすことを憂慮しているからだ」と強く主張しているのは、ハンギョレの面目躍如といったところ。「従北追い立て」による思想チェック、言論統制は民主主義の理念に反するというのはたしかにその通りだと思います。
 そしてハンギョレがさらに「ハンギョレらしさ」を前面に出した記事が3月13日付の「米国大使襲撃さる…それでも言うべきことは言おうと題したコラム。(→コチラ。)
 朴槿恵大統領や保守メディア等は、この機会をとらえて金基宗容疑者が「韓米軍事演習中断」を叫んだことを逆利用して「韓米同盟の強化」まで唱えているのに対して、このコラムは1992年盧泰愚大統領の時のチームスピリットの中断(←これは知らなかった)と、翌年の再開を「最悪の決定」と評しているグレッグ元米大使の証言を引き合いにして、南北対話を進展させるため韓米軍事演習の中止を主張しています。

 ことほどさように、韓国メディアの左右のミゾが深いことは、韓国ウォッチャーには周知のことでしょうが、それでもニュースに接する時は要注意ですね。
 この事件の金基宗容疑者の犯行について、朝鮮日報には専門家の見方として「かねてからの計画的な犯行であり、刃渡り25㎝という凶器の長さからも殺害の意図があったと推定される」という記事(→コチラ)を載せましたが、これもまた朝鮮日報らしい前のめり的記事だと思いました。
 韓国の新聞各紙は日本以上に自紙の読者に迎合的な記事を書く傾向があるようで、これだと右の人はどんどん右に、左の人はどんどん左になるばかりじゃないかな?

 今回も長々と書きましたが、「ではアンタはどちらの味方なんだ?」と言われるかも。一応理念的には「左」の方ですが、韓国の「左」は概して民族主義的傾向が辟易とするほど強くて、北朝鮮に甘すぎる点が如何ともしがたい。ということで、どちらの味方でもありません。

 以下は補足というか、蛇足というか・・・。
 朝鮮日報のウェブサイトの主な記事には「100자평(100字評)」というタグが付いていて、読者が感想・意見を書き込めるようになっています。またハンギョレのサイトには<토론마당(討論広場)>といって読者がさまざまな意見を投稿できる場があります。たとえば政治関係は→コチラ
 これらを見てみると、ホントに左右どちらにも突出した意見が目につきます。金基宗は南北統一が達成されたら義士とされるだろうとか、金基宗は極刑に処し従北の跳梁跋扈を許すな等々。(まあ2ちゃんねるの政治論議もなかなかのものですけど。)
 日本ではやや右・やや左の人も自分では中道と言ったり、自分でもそう思っている人が多く、またそんな「中道」の人が国民の大多数を占めていると思いますが、韓国の場合ははっきりと左右に大別されているようで、それぞれの現代史の歴史認識にも大きなミゾがあるといっていいでしょう。日韓の歴史認識のミゾはとても埋まりそうにありませんが、韓国内の左右の歴史認識の違いもいつまでも続きそうです。

 そんな中、今日の朝鮮日報(日本語版)に載っていた「韓国が対日批判の名分を失った5年前の「事件」」というコラム(→コチラ)はとくに今回の事件を日本とからめて書いていて、興味深く読みました。筆者は最近イギリスから帰国したという文甲植(ムン・ガプシク)先任記者です。
 彼は「もし私が日本の新聞記者なら」と前置きして、「一部の韓国人は金基宗容疑者を『独立運動家』安重根や尹奉吉と同列に扱っていると皮肉っていたはずだ」とか、5年前にあった出来事(同容疑者が日本大使にコンクリート片を投げ付けた事件)を思い起こさせた上で、「なぜ韓国の大統領が日本大使の見舞いはしないで、米国大使の所にだけ見舞いに行ったかについて弁明を要求すると思う」と書いていますが、韓国人記者としてはめずらしい視点でしょうね。
 また、次のような記述には私ヌルボも共感を覚えました。

 ちょうど300日間、英国に滞在して感じたのは、英仏・英独・独仏という三つの国の歴史は韓日関係よりもはるかに複雑で遺恨が深いということだ。しかし、この三つの国の国民たちが互いを「この野郎」「あの野郎」とさげすむところは見たことがない。
 それは、彼らが歴史を忘れてしまったからではない。相手を完全に許したわけでもない。三つの国の人々は「感情」よりも「理性」、「悪口」よりも「法律」、「対立」よりも「和解」の方が利益になるという事実を冷静に受け入れただけなのだ。


 ただ、この元記事の100字評(→コチラ)の中に、「文記者のように語ると親日派、売国奴と烙印が捺されるのが今の大韓民国だ」というものがあったのは「やっぱりなー」です。

 ※一応、参考として。<「従北」と「親日」 魔女狩りが横行する、病める韓国社会>=趙世暎(チョ・セヨン)[東西大学特任教授、元韓国外交通商部東北アジア局長]→コチラ
コメント (2)
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