投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2013年 1月22日(火)08時30分7秒
>筆綾丸さん
皇太子殿下の歌は学習院初等科の銀杏を詠んだものだそうですね。
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幾人の巣立てる子らを見守りし大公孫樹の木は学び舎に立つ
(説明)皇太子殿下には、昨年の秋、御自身が学ばれ、現在は愛子内親王殿下が通われている学習院初等科で「大いちょう」と呼ばれて親しまれている大きな銀杏(いちょう)の木が美しく黄葉し、その下で多くの児童が遊んでいる様子を御覧(ごらん)になりました。そして、昭和のはじめ頃から自生するこの銀杏の木に見守られながら、幾人のこどもたちが巣立っていったのだろうと感慨深く思われ、歌にお詠みになられたものです。
私は鶴岡八幡宮の銀杏は思い出しませんでした。
ずいぶん前のことのような気がしたのですが、倒れたのは平成22年3月10日なんですね。
現代では何を不吉な言葉と考えるかも流動的で、「先見えて」など別にいいのでは、と思う人が多いのかもしれないですね。
ただ、その点は百歩譲っても、篠弘氏の歌には歌会始にふさわしい要素が皆無です。
篠弘氏の名前で検索したら、「古書店の間に刃物屋ひそめるを高野公彦がこだはりて詠む」という、まあどうでもいいようなことを述べた歌が出て来て、ついでに同じく歌会始選者である岡井隆氏の「前登志夫が煙草をさぐる。篠弘が挟める煙草。言葉をそへて」というとても歌とは思えない駄文も出てきたのですが、こういうのを見ると、現代歌人って一人ひとりがそれぞれに変だし、グループ全体としても本当に奇妙な人々だと感じます。
現代短歌の到達点って、古代・中世の天才歌人たちの出発点の手前に位置しているように感じます。
※筆綾丸さんの下記投稿へのレスです。
八尋和邇 2013/01/21(月) 17:59:14
小太郎さん
面白くありませんが、
子子子子子子比呂子子子子子子比呂
古寺の猫十六尋古寺の獅子十六尋
(注)十六=四×四で、十六尋の猫(獅子)は、古事記の八尋和邇を踏まえている。
大銀杏と云えば、力士の髷はともかく、数年前に倒れた鶴岡八幡宮の大銀杏を(さらには、この大銀杏にまつわる不吉な伝説を)連想して、目出度かるべき歌会始では避けられるような気がするのですが、内藤明氏の「銀杏大樹」といい、皇太子の「大公孫樹」といい、まったく頓着していないのですね。現代短歌は歴史や歌語とは無関係な所で成り立っているから、安直で呑気なもんだ、と思います。
現代の日本には選者より上手な歌詠みは幾らでもいると思いますが、そういう人の歌は入念に排除されて、結果、カエルの歌のようなものが残るのでしょうね。
小太郎さん
面白くありませんが、
子子子子子子比呂子子子子子子比呂
古寺の猫十六尋古寺の獅子十六尋
(注)十六=四×四で、十六尋の猫(獅子)は、古事記の八尋和邇を踏まえている。
大銀杏と云えば、力士の髷はともかく、数年前に倒れた鶴岡八幡宮の大銀杏を(さらには、この大銀杏にまつわる不吉な伝説を)連想して、目出度かるべき歌会始では避けられるような気がするのですが、内藤明氏の「銀杏大樹」といい、皇太子の「大公孫樹」といい、まったく頓着していないのですね。現代短歌は歴史や歌語とは無関係な所で成り立っているから、安直で呑気なもんだ、と思います。
現代の日本には選者より上手な歌詠みは幾らでもいると思いますが、そういう人の歌は入念に排除されて、結果、カエルの歌のようなものが残るのでしょうね。
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