学問空間

『承久記』『五代帝王物語』『とはずがたり』『増鏡』『太平記』『梅松論』等を素材として中世史と中世文学の中間領域を研究。

獅子よ、あなたは眠りすぎ

2014-01-31 | 丸島和洋『戦国大名の「外交」』
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2014年 1月31日(金)10時34分37秒

>筆綾丸さん
戦国大名を「複合国家」の構成員と認める人であっても、「近世複合国家論」を支持する人はさすがに少ないでしょうね。
水林氏は「近世の『家』権力は、たしかに大きな制約を受けてはいたが、依然として、その領国において、独自の軍隊と官僚制機構を有し、徴税権、裁判権、立法権、その他もろもろの行政権を行使していた」と言われますが、「大きな制約」の程度は半端ではないですからね。
戦国大名の気概は近世初期の幕府による改易乱発ですっかり萎縮し、鉢植えのように転封されても文句を言えず、一揆でも起きれば管理がなっておらんと叱られる立場だと、「代官の様なる物」と思われても仕方ないし、実際に江戸時代の思想家でも大名など「代官の様なる物」と考えていた人は結構いますからね。
戦国大名が眠れる獅子たる「国家」だったとしても、眠り始めたのは1648年のウエストファリア条約締結前で、西国雄藩が眠りから覚めた時点では世界はすっかり万国公法=国際法の時代になってしまっていますから、いくらなんでも寝すぎですね。
寝ている間は獅子ではなく可愛い猫で、幕末に獅子たらんと叫び始めたけれども、結局のところ明治国家という獅子の一部に参加して満足、ということではないですかね。

戦国大名については「国家」と呼ぶかどうかは「概念の遊び」で、呼びたい人は呼べばいいのでは、みたいな感じで捉えていたのですが、丸島和洋氏の『戦国大名武田氏の権力構造』の「あとがき」に登場する桃崎有一郎氏の『中世京都の空間構造と礼節体系』を読むと、それではやっぱりまずいな、と思えてきました。
桃崎氏は同書の「序論」で「日本中世史研究において「国家」概念を用いる事の適否について正面から議論する事は本書の射程を大きく逸脱するのでここでは措くとして」(p4)と述べており、非常にあっさりした性格の人ですが、注2では次のように書かれています。(p36)

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(2)代表的なところでは新田一郎『日本に中世はあったか』(日本史リブレット19、山川出版社、二〇〇四)等で踏み込んで論じられているように、すぐれて近代的な概念である上に、実際には近代においてさえも定義が困難なまま用いられてきた「国家」という概念を、前近代たる中世社会の評価に持ち込むことがどれだけ妥当か、また仮に持ち込む事が必ずしも無益でないとしても、その概念をどのように用いれば当該期社会の理解の深化に資するのか、という疑問が、今日の日本史学に常につきまとう事はいうまでもない。
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桃崎氏はこのように言われながらも石母田正氏の国家論・「礼の秩序」論に全面的に依拠して議論を進めるのですが、同氏の国家論・「礼の秩序」論が「当該期社会の理解の深化に資するのか」、私は疑問を感じています。
これは後で少し書くつもりです。

『中世京都の空間構造と礼節体系』

※筆綾丸さんの下記投稿へのレスです。

step by step 2014/01/31(金) 08:54:07
小太郎さん
現在、全世界の国の数が約二百ですから、日本に約三百の「国家」があるのは、いくらなんでも多すぎてsupersaturation(過飽和)ですね。約二百の内でも、ヴァチカン市国からロシア・中国まで、同じ「国家」という類概念で括れるのかどうか、あやしい感じもしますが、前者のイタリア語名は Stato della Città del Vaticano で、たしかに堂々と stato なんですね。

http://sankei.jp.msn.com/science/news/140129/scn14012921150000-n1.htm
割烹着姿の才媛が画期的な発見をしたようですが、STAP細胞という万能細胞が、エンゲルスの 『Der Ursprung』における、普遍的に存在する civilisation のようにみえてきますね。つまり、西欧の civilisation や中国の civilisation などは、万能細胞から分化した成れの果てのようなものだ、と。
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こう整理してよいだろうか。マルクス・エンゲルスが切り開いて到達した地点に立って見ると、西欧人が civilisation ということばで日常的に意識していた事柄は、いわば上部構造的 civilisation で、その基礎には土台の civilisation としての、市場経済というか、商品交換経済というか、そういう事態が存在する。そして、このように理解すると、西欧の civilisation は、普遍的に存在する civilisation の特殊な一形態にすぎない。(『比較国制史・文明史論対話』)
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