学問空間

『承久記』『五代帝王物語』『とはずがたり』『増鏡』『太平記』『梅松論』等を素材として中世史と中世文学を研究しています。

『週刊現代』と小出裕章助教

2012-03-20 | 東日本大震災と研究者
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2012年 3月20日(火)09時42分48秒

>筆綾丸さん
そうですね。
裁判所に要求する仮処分の内容は明確でなければなりませんが、今の段階ではちょっと無理、との判断なんでしょうね。
新聞や週刊誌の記事だけを基礎にして議論するのは怖いなと思って、きちんとしたものがないか探していたのですが、ご紹介の記事は気づきませんでした。
確かに良くまとまっていますね。
それと、「法学部で民法をきちんと勉強した人なら誰でも考えるオーソドックスな論理」は少し言い過ぎでしたね。
物権的請求権を認めるとどうなるか、という法律効果から、逆に「物」とは何か、と法律要件を絞り込んで行く発想は、法学部で一応勉強して単位を取りました、というだけの人では無理かもしれません。
裁判所も無主物との主張をそのまま認めている訳ではないですから、難しい問題ではありますね。

ついでですが、『週刊現代』では、

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■恥ずかしくありませんか
この無責任な主張を、京都大学原子炉実験所の小出裕章助教は強く批判する。
「東電は、実に恥ずかしい会社だと思います。いくら法律上、そうした用語なり概念があるとは言え、誰が考えてもおかしい理屈です。
 もともと東電がウランを買ってきて所有し、それを核分裂させて生成されたのが、セシウムなどの放射性物質。れっきとした東電の所有物とみなすべきです。
 だいたい、これまでずっと東電は『原発は絶対に安全です。決して放射性物質をバラ撒いたりしません』と、主張していたのですよ。なのに結局は無主物どころか、強烈な毒物をバラ撒いたわけです。これで『自分たちには責任がない』と言うとは、どういう精神構造をしているのでしょうか」
 さすがに、この東電サイドの「セシウム無主物論」は、東京地裁に認められなかった。裁判所も詭弁が過ぎると判定したのだろう。
 しかし、裁判の「結果」は別だ。サンフィールド社が求めた除染実施の仮処分申し立ては、10月31日の決定で却下されてしまった。
 東京地裁(福島政幸裁判長)は、「サンフィールド社が東電に除染を求める権利はある」としながら、一方で「除染は国や自治体が行うもの」だから、東電はやるべきではない、だから申し立ては認められない、というのである。
 では、国や自治体が東電に代わってすぐに除染をしてくれるのかと言えば、そうでもない。「除染の方法やこれによる廃棄物の処理の具体的なあり方がいまだ確立していない」ので、すぐにできないという。
 同様に、8700万円の休業補償の請求についてもあっさり却下された。こちらも東電の主張そのまま、「文部科学省が4月に出した学校の校庭使用基準である毎時3.8マイクロシーベルトを下回っているから、ゴルフ場を休業する必要はない」と言うのである。

■裁判官もしっかりしないと
 サンフィールド社の弁護団の1人は、こう憤る。
「4月の文科省の基準はもともと暫定値。実際に8月には、『年間1ミリシーベルト以下、毎時1マイクロシーベルト以下』と変更になりました。被曝線量がそれを超えた場合、速やかに除染せよ、というのが新たな文科省の見解です。
 にもかかわらず、10月末に出た決定で、なんで『毎時3.8マイクロシーベルト』の基準が根拠になるのか、意味が分かりません」
同じく弁護士の紀藤正樹氏もこう首を傾げる。
「『除染方法や廃棄物処理のあり方が確立していない』とまで言うのは、裁判長の個人的な価値観や政策評価が出過ぎています。これでは、現在行われている除染処理のあり方を否定することになってしまう。
 また『毎時3.8マイクロシーベルト以下なら営業に支障がない』という部分にも、裁判官の価値観が色濃く出ています。風評被害もあるわけですから、営業に支障がないと言い切るのは無理があります。
 全体に、裁判官の心証、価値観が東電側に傾いているようで、不公平な決定という感じがしますね」

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/29579?page=4

とありますが、裁判の記事に何で「小出裕章助教」が出てくるのか、訳が分かりません。
法律のことなど理解しているはずがないのに、何にでも口を挟む方がよっぽど恥ずかしい態度であり、「どういう精神構造をしている」のかと思います。
それと弁護士の紀藤正樹氏が明晰さを欠く論評をしていますが、この人は小佐古敏荘氏の「内閣官房参与の辞任にあたって」を「小佐古敏荘氏の学者としての良心を感じます。名文として、後世に残ると思います」と評価した人なので、私は以前からちょっと変わった弁護士だなと思っていました。

http://6925.teacup.com/kabura/bbs/5835
http://6925.teacup.com/kabura/bbs/5837
コメント
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「無主物」はオーソドックスな論理

2012-03-20 | 東日本大震災と研究者
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2012年 3月20日(火)07時56分24秒

赤坂憲雄氏が『新東北学』で変なことを書いているのは気づいていたのですが、「無主・無縁の原理」と結びつけている点を除くと、同じような誤解をしている人は多いですね。
誤解の出発点は、おそらく「プロメテウスの罠」という朝日新聞の連載の一部、2011年11月24日付の前田基行氏の記事だと思います。
ネットで拾ったその内容は、

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 放射能はだれのものか。
 この夏、それが裁判所で争われた。
 8月、福島第一原発から約45キロ離れた二本松市の「サンフィールド二本松ゴルフ倶楽部」が東京電力に、汚染の除去を求めて仮処分を東京地裁に申し立てた。
 ーー事故のあと、ゴルフコースからは毎時2?3マイクロシーベルトの高い放射線量が検出されるようになり、営業に障害がでている。責任者の東電が除染をすべきである。
 対する東電は、こう主張した。
 ーー原発から飛び散った放射性物質は東電の所有物ではない。
   したがって東電は除染に責任をもたない。
 答弁書で東電は放射性物質を「もともと無主物であったと考えるのが実態に即している」としている。
 無主物とは、ただよう霧や、海で泳ぐ魚のように、だれのものでもない、という意味だ。
 つまり、東電としては、飛び散った放射性物質を所有しているとは考えていない。
 したがって検出された放射性物質は責任者がいない、
と主張する。
 さらに答弁書は続ける。
  「所有権を観念し得るとしても、既にその放射性物質はゴルフ場の土地に附合(ふご
   う)しているはずである。つまり、債務者(東電)が放射性物質を所有しているわ
   けではない」
 飛び散ってしまった放射性物質は、もう他人の土地にくっついたのだから、自分たちのものではない。そんな主張だ。
 決定は10月31日に下された。
 裁判所は東電に除染を求めたゴルフ場の訴えを退けた。
 ゴルフ場の代表取締役、山根勉(61)は、東電の「無主物」という言葉に腹がおさまらない。
  「そんな理屈が世間で通りますか。無責任きわまりない。
   従業員は全員、耳を疑いました」
 7月に開催予定だった「福島オープンゴルフ」の予選会もなくなってしまった。
 通常は年間3万人のお客でにぎわっているはずだった。
 地元の従業員17人全員も9月いっぱいで退職してもらった。
  「東北地方でも3本の指に入るコースといわれているんです。
   本当に悔しい。除染さえしてもらえれば、いつでも営業できるのに」
 東電は「個別の事案には回答できない」(広報部)と取材に応じていない。(前田基行)

http://takeshikawamoto.com/note/2011/11/27-045620.php

というものですが、この記事の内容、また、前田基行記者の以下の経歴を見ると、前田基行氏は正義感には溢れていても、法律、特に民法の物権法の理解は全くできていない人ですね。

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前田基行(まえだ・もとゆき)
北海道生まれ。北海タイムス、北海道新聞をへて2002年に朝日新聞社に入社。
名古屋報道部時代に税金の無駄遣いやトヨタの労働問題などの調査報道を担当。
プロメテウスの罠では第1シリーズ「防護服の男」と第4シリーズ「無主物の責任」を担当。
http://blog.nicovideo.jp/niconews/2012/02/030281.html

また、『週刊現代』の2011年12月12日付「トンデモ裁判、呆れた論理 東電弁護団それを言っちゃあ、おしめえよ」というリンク先の記事も、誤解の典型ですね。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/29579

物権的請求権の話は分かりにくいと思いますが、ひとつのポイントは、物権的請求権の要件として故意・過失は必要ではない、ということです。
台風でAの家から瓦が飛ばされて隣のBの土地に落ちた場合、瓦の物理的移動についてBには何の責任もありませんが、AはBに対して、瓦の返還請求権を有します。
逆に、Aにも何の責任もありませんが、BはAに対して、邪魔な瓦を撤去せよという妨害排除請求権を有します。
物権的請求権は責任追及や正義実現を目的とはせず、物の秩序が混乱したときに、それを整理整頓するだけなんですね。
「附合」も同じで、くっ付いてしまったものを切り離すのに過大な費用がかかる場合、物に対する権利関係を整理整頓するだけです。
仮に附合の原因として誰かに非難に値する行為があった場合、「附合」が責任追及を遮断する訳ではなく、「不法行為」で損害賠償等の請求をすることは可能です。
二本松市のゴルフ場の仮処分申請のケースは、東京電力側が狡猾なのではなく、むしろゴルフ場側の弁護士のやり方がトリッキーですね。
不法行為で通常の裁判を起こすのではなく、物権的請求権の問題にした上で、更に仮処分という短期決戦を狙っています。
仮処分は事実関係・権利関係が明確な時に早期に救済を図るのが目的ですから、原発事故や除染といった新しい複雑な問題の解決に対応できなくてもやむをえないですね。
ゴルフ場側の弁護士は、自らの主張が裁判所に認められるはずがないのを知りながら、マスコミ受けする話題作りのためにやったのだと思います。
『週刊現代』に出ていた東京電力側の弁護士名を見ると、「長島・大野・常松法律事務所」という有名な巨大弁護士事務所の人ですが、無主物との主張は特別に有能な弁護士が考え付いた特殊な論理ではなく、法学部で民法をきちんと勉強した人なら誰でも考えるオーソドックスな論理ですね。
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