大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第7回

2021年11月02日 22時29分32秒 | 小説
辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第7回




薬草師が走って来た。

「お方様、御身を」

澪引に身体を下げろと言っている。 顔を強張らせた澪引が一歩退くと薬草師が麻袋から顔を出しているリツソを見た。

「身体に見合わぬ量の薬湯を飲まされたらしい。 頼めるか?」

澪引に聞かれないように薬草師の耳元で言う。
それがどういうことかは薬草師も心得ている。 薬草師がリツソに顔を近づけ臭いを嗅ぐとその眉根を寄せる。

「何とも言い難く」

「我にはどうすることも出来ん、預ける」

そう言って薬草師に麻袋ごとリツソの身体を渡す。 マツリには分からない分野なのだから預けるしかない。

「リツソの息を吹き返してくれ」

リツソに息があるのは確認しているが、単純にそういう意味ではない。

「手を尽くします」

「父上、医者も呼んでください。 それとリツソを見た者にはすぐに口止めを」

口止めの理由が分からなかったが、頷いた四方の返事にキレよく側付きが動いた。

薬草師の腕に乗せられたリツソが宮の中に入って行く後を澪引が追う。

「リツソの状態はそれ程に悪いのか」

「薬草師でも医者でもありませんので分かりません。 ですが薬湯を飲ませた者が言うに、もう目覚めていてもいい頃だということでした」

「そうか」

四方が執務室に足を向ける。 マツリがその後を歩く。

「まだ顔色が悪そうでしたが」

四方の側付きのことである。

「ああ、無理をすることは無いと言っておるのだがな」

先ほども裃姿(かみしもすがた)によく合うキレで応えていた。

その裃は日本の物とは若干異なっている。 日本の物のように糊がピッシリときいた物ではないし、生地が全く違う。 肩衣も日本のもののように必要以上に張ってはいない。

それ以降、執務室に入るまで四方の口が開くことは無かった。

「報告を聞こう」

ようやく執務室に入り椅子に掛けるとマツリに問う。 人払いをしている。 執務室に居るのは四方とマツリだけである。
問われたマツリが城家主と呼ばせている者の屋敷で見聞きしたことを四方に伝える。

「木箱に隠し金!?」

「少なくとも地下の者から巻き上げたものでは無いかと」

「かなり悪さをしておるな。 少なくともというのは」

「銀貨や銅貨は有り得るかもしれません。 ですがあれ程の金貨を地下の者から巻き上げてしまっていば地下が動かないと思います」

「地下から出て来て何かをしているということか。 どうやって」

地下の者は地下の者なりに商売をしている。 それはおやっさんと呼ばれていた先代よりもっと前からではあったが、商売の為に酒や食べ物を地下から出てきて買い求めることはあった。

俤からは今商売をしているのは全員、城家主の息がかかっているということであった。
ろくでもない城家主の息がかかっているのだ、酒や食べ物を単純に買い求めていたのではないだろう。 それに四方の言う通りそれだけではないだろう。

「全く分かりません。 軽く考えると掏り(スリ)か何かかもしれませんが、父上の方にはそれに値するような報告は御座いませんか? 例えば付け火や強盗が続発しているなど。
金もそうですが、宝飾品や手に持って逃げられるような高価なものもありました。
地下に新しく入ってきた者がこれだけはと持っていたものを、賭博や何かで巻き上げられたのかもしれませんが、それにしては金も宝飾品も多すぎました」

「ふむ・・・充分に有り得るか・・・。 報告は無くはない。 それが地下と関係しているのかどうかは、洗い直さねばならんか」

マツリが深く頷き、言いたくないことを口にする。

「見張番と通じているようです」

「見張番? どういうことだ」

「今日、リツソが狙われたのは我が夕刻前に飛んだのを聞いたからのようでした」

「見張番から聞いたということか?」

マツリが頷くと四方が歪めた顔を投げた。

「何人かまでは今の段階では分かりません。 早計に動かれない方が宜しいかと」

「見張番には信用のある者しか置いていないというのに。 だが悠長には構えておれん。 各領土に入るようなことがあってはどうにもならん」

「我も出来うる限りそちらを調べます」

「だがマツリがリツソを地下から出したと分かったのなら、奴らも簡単に尻尾を出さんだろう。 いや、それどころではない己等がリツソを攫ったと知られて何をしてくるか分からん」

「城家主の屋敷を抜けてきた時には、リツソ一人で抜けてきたように細工を残してきました。 我が関わっているとは疑わないでしょう。 ですからリツソが回復をしても暫くは房に閉じ込めておいてください。 リツソの足ではこんなに早くは宮に帰っては来られませんので」

それで先ほど口止めと言ったのか。 納得するがその先が分からない。

「だとしてもそれからどうする。 リツソが己の足で抜け出てきたとしても、訊かれればリツソは地下から出てきたと言うだろう」

どれだけ口止めをしたとしてもうっかり言うだろう、そういう可能性は大いにある。

「リツソは地下のことは全く知りません。 眠らされて地下に入ってきたようですし、そのまま目が覚めておりません。 地下の者、誰からも何も聞いていないでしょう。
抜け出てきたところが城家主の家とも知りませんし、城家主という言葉も知りません。 城家主の屋敷に連れて行かれたとは言えないでしょう。
城家主も一旦はそれで落ち着くと思います。 自分たちに疑いは向かないと」

四方が腕を組む。

「我も地下に行きそのように振舞います。 今回のことが落ち着いてから城家主を潰す方が何かとやりやすいかと」

その方が時を自由に使える。 切羽詰まって慌てると要らぬ尻尾を踏むかもしれない。

「・・・各領土のこともそうだが、地下のことにも離れ過ぎていたようだ」

マツリから地下の報告は逐一聞いていたが、事が起こるまで手を出さずにいた。

「そのようなことは」

「いや、書類に追われてばかりとは言い訳に過ぎん」

本領の人口が増えてきていた。 それによる色んなことが書類としてあげられてくる。 それはマツリも知っている。

「お爺様が本領領主であられた時に、父上はお一人で各領土と地下を見ておられました。 我などはついこの間まで姉上の手を煩わせておりました」

「わしが見ておった時には各領土も地下も落ち着いておった」

そう言うと唱和のことが浮かんだ。

「唱和のことに気付かなかったのは落度であったが」

東の領土の “古の力を持つ者” である唱和は幼い頃に北の領土の者達に攫われ、記憶を封印されてずっと北の領土に居た。

唱和に気付いたのは紫揺であった。 その紫揺が四方に進言をし、唱和を本領に連れてくると此之葉が封印された記憶を解いた。 そして今は妹である独唱と共に静かに東の領土で暮らしている。

「唱和のことは我も気付きませんでした。 あの事には紫が気付かなければ誰にも分からなかったことです」

「いつでもわしも走る。 わしの手が必要な時には言うようにしてくれ」

「有難うございます」

そうは言ったが、もう五十の歳になった四方を供の山猫の背に乗せて走らせるわけにはいかない。 四方自身もそうだが、山猫も歳を取っている。
供である動物はその種の年齢や寿命に関係なく、主と共に歳を重ねる。

「他に気付いたことは」

「今のところはありません。 明日、地下に行きリツソを探すふりをしに行きます」

以前リツソが居なくなった時にも地下を探しに行っている。

あの時リツソは北の領土に居た紫揺に会いに行った後、会えなかった紫揺の置手紙を見て本領に帰って来ていた。
リツソは漢字がまだ読めない。 宮に戻ると漢字が混じっている紫揺からの手紙をすぐに四方に読んでもらえばよかったものを、何故かハクロと共に宮の床下に居た。
ついでに言うなら、腹が減ったリツソが厨(くりや)から盗み食いをした嫌疑をハクロにかけられていた。

「それで誤魔化せると?」

「充分でしょう」

「・・・地下の者は随分と甘くなったか」

ある意味で、である。

「甘くなった分、性質(たち)が悪うございます」

「気骨を忘れたということか」

良くも悪くもである。

「はい。 城家主と呼ばせている者がそうさせています」



軽い食を乗せた盆を片手に持った男が、屋根裏部屋の鍵を開け戸を開けた。
天窓の上は空ではなく通気口のように穴が開いている。 そこから十分ではないが陽が入っている、この刻限なら歩くに角灯は必要ない。

「え?」

片手で戸を持ちもう一方の手が揺れた。 均衡を失った盆が手から滑り落ち、大きな音をたてる。 汁椀から汁が零れ足元の荒い木を濡らしていき、小麦で練られたパンが転がっていく。

「逃げた!」

後ろに居た者がどういうことだという目で振り返った男を見た。

「逃げたんだよ!」

すぐに跳ね上げ階段まで走って行くと、顔を出し下に向かって「逃げた!」 と叫んだ。
男の声を聞いて廊下を見回っていた者たち四人がすぐに屋根裏に上がってきた。

盆を持っていた男がもう一度部屋の中に入った。 一人が角灯を持ってきた。 角灯で部屋の隅を照らすと隣との境の木が破られているのが見えた。 すぐに隣りの部屋の鍵を開け勢いよく戸を開けた時に崩れるような大きな音がした。

男たちが目にしたのは朝陽が入ってきている天窓が開けられ、その下には足場にしたのだろう、色んなものが散乱している状態だった。
勢いよく戸を開けた衝撃で崩れたと見てとれる。
そして天窓からは綱が下がっていた。
角灯で陽のあたらない部屋の隅を照らすが、特に変わったところはない。 雑多な物が使われた以外は。

「ここから逃げたってことか?」

開け放たれている窓を見上げる。

「誰が連れ出したんだ! マツリか!?」

「いや、マツリならもっと自分の身体に見合った範囲で木を破るだろうよ。 それにあんなに物を積み重ねて足場を作る必要もねー」

マツリの身体能力は誰もが知っている。

「どういうことだ」

「マツリ以外が助けに来るなんて有り得ねー。 あのチビが一人で・・・」

「あのチビにそんなことが出来るか、手が付けられねーと聞いてただろうよ。 頭を働かせるなんて出来ねーはずだ」

「だからよ。 手が付けられねー、逃げ足が速いと聞いてただろが。 ここから抜け出ることは造作もなかったかもしれねー」

「・・・」

天窓にかけられた綱が素知らぬ顔で揺れている。


「なんだとー!」

短髪に濃い髭を生やし出っ張った腹で、着流しにした綿で出来た白黒黄色の縦縞の着物に似た作りの衣に、これまた黒い羽織のようなものを着た城家主と呼ばせている男が叫んだ。 その前で五人の男たちが身を小さくしている。

「あれだけ見張りをしててどこから逃げたってんだ!」

「・・・天窓から」

「あそこの天窓は閉めておけって言ってたはずじゃねーか! 開けてたってことか!」

「閉めてました。 その、隣の部屋の天窓から」

「どうやって隣の部屋に入ったってんだ!」

「境の木を蹴破ったみたいで・・・」

「くそっ! マツリか、マツリの奴!」

男たちが下げた頭のまま目を合わせた。 マツリの影があるとしておいた方がいいのか、リツソ一人で抜け出ただけでマツリの影は無かったとした方がいいのかが分からない。

「てめーら、どうなるか分かってんだろうなぁ」

城家主が前に並ぶ五人の男たちに目を這わせる。

「そ、そんな。 オレたちだけのせいじゃ―――」

「逆らうんじゃねー! こいつらを縛り上げろ!」

部屋の中にいた他の者が目を合わせる。

「さっさとしねーか!」

と、そこに一人の男が入ってきた。

「城家主、マツリが地下に入ってきました」

「けっ・・・さっそくお見えか」

本領領主が宮都の武官を伴ってきたわけではなさそうだが、マツリだけでも十分だ。 歯噛みをして言ったが男が続ける。

「それが、あのチビを探しているみたいです」

「あー? どういうこった」

「その辺で博打を始めたヤツ等に、チビを見かけなかったかと訊いていたそうです」

以前リツソが本当に居なくなった時には、マツリは誰にも訊いたりはしなかった。 そんなことをしては、城家主に機会を与えるだけになってしまうからだったが今回は違う。

「マツリが知らないとでも?」

自分たちがリツソを攫ったことを。

「どういうこった?」

まだ縛り上げられていない前に立つ五人を見て言う。

「・・・その、屋根裏部屋からはあのチビが一人で出たようです」

「あのチビにそんなことが出来るってーのか!」

「手が付けられないチビだったらしいですから・・・」

何が言いたいか分かった。

「くそっ!」

リツソ一人で逃げたのかどうか、そんなことはどうでもいい。 今は自分たちが攫ったことだけが本領領主にバレなければそれでいい。

本領領主である四方夫妻が溺愛している、ましてや先代領主も溺愛していると聞くリツソという人質無しに太刀打ちなど出来ないのだから。
四方夫妻と先代領主であるご隠居がリツソを溺愛しているということは、宮の者しか知らない事であったが、どうしてか城家主はそれを知っていた。

「マツリが探してるってことは、まだあのチビがこの地下に居るかもしれねーってことか・・・」

人質は手からこぼしたくはないが、いつ宮都の武官が入ってくるか分からない。 リツソが宮に戻って本領領主に城家主に攫われたと言えばそれで終わりだ。

「あのチビは地下のことも何も知らないはずです。 かなりの馬鹿なようですから、それこそ本領内、宮都のことも知らないはずです。 せいぜい宮の外近くに出るか、宮の中で悪さばっかりしているようなチビです。 地下の中で出口が分からないのでしょう。 それにここから出たといっても、ここが城家主の屋敷だとも知りません」

万が一マツリがリツソを見つけ出しても、リツソが城家主の家に連れ去られたとは言わないだろう、ということか。

「・・・そういうことか。 よし、すぐにあのチビを探せ!」

人質は取り戻す。

「へい!」

前に並んでいた五人も他の者に紛れて城家主の前から消えた。

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