大福 りす の 隠れ家

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孤火の森 第5回

2024年07月08日 20時40分46秒 | 小説
孤火の森(こびのもり)  第5回



今までにたった一つ制圧された森がある。 その森の一番近くに住んでいるのがお頭たちの群れである。 自然と長たちの目が若頭に向く。

森が制圧された時、若頭はまだ十五の歳だった。 丁度その頃にお頭と知り合いそのままお頭に付いたのだが、その後お頭から目をかけられた。 当時の若頭は単なる大人と子供の狭間にいる不安定な時期の存在ではなく、冷静に物事を見ることが出来ていたのをお頭が見抜いたのだった。

若頭が長たちに頷くと、自分たちの過去の生活を説明する。

『州兵が制圧を始めようとした時には、まだ俺はあの辺りのことをよく知らず細かい所の記憶が曖昧なんですけど、制圧には何年も要したようです』

若頭の覚えている限りでは、制圧前、森に行くには遠回りになるというのに、毎回若頭たちの塒(ねぐら)である岩屋の近くを通り、食料を何度も運んでいるのを見かけた。 その時は分からなかったが、今考えるに森の民に見つからないよう遠回りをしていたと思われるということであった。

怪我人が運ばれる様子は見ていなく、ただその時には州兵の気が立っているだろうということで、お頭から身を隠すようにと言われていた。
制圧後すぐは何人もの怪我人が最短の道から運ばれたようだったが、その様子を見ることはなく、その後は特に何があったということはない。
森を制圧したのだから何をするにも、それこそ食料を運ぶにも最短の道を使っていたのだろうと思われるということであった。

制圧後は州兵が森の中に居るだけで若頭たちの居る山の中を歩くことはないが、危険と思われるのは、今は何もなくとも制圧後、街から森に向かうに最短の道に塒(ねぐら)があるようだったら考えものだということを示唆した。

長たちが腕を組んだ。
一括りに長たちと言っても、若頭のように若い者が代理でやってきている所もある。 だが集まった中で一番若いのが若頭であった。

『では考え方を変えると、いま州兵が姿を見せている所は制圧後そこを通らないということか』

『十分に考えられます』

『待て、だからと言ってこれから何年も州兵が現れる度に身を隠すというわけにはいかん』

どこの山の民も州兵に逆らうことなど考えていない。 いや山の民に限らず誰もがそう考えている。
州兵は州王の手足なのだから、州兵に逆らうということは州王に逆らうということ。 そんなことをしてしまえば生きてはいられない。 ましてや自分一人ならともかく、仲間たちにもその手が伸びることは分かっている。

『ご尤もです』

『なにか案はないのか?』

申しわけないという顔で若頭が首を振り、それより、と口を開いた。

『州兵がなぜ森に入ろうとしているのかはご存じではありませんか? 制圧と言っても何か理由があるはずです。 俺たちの住む山に近い森が狙われたのは、そこに森の民の女王が居たからだと聞いています』

森の女王がいる森はどこよりも大きな森であったが、他と比べると森の民の人数はあまり多くはなかった。

『ああ・・・あの時、森の女王が殺されたんだってな』

『あの時は森の女王を殺すのが目的だったか・・・』

『もう十年以上も前に森の女王は殺された・・・。 では何を今更、森を制圧しようとしているのか・・・』

長たちが思い立つことを話していくが、だれも州兵が森を制圧する理由を知らないようである。

『まず第一に、どうして州王は森の女王を殺したのでしょうか、どなたかご存じありませんか?』

長たちが互いに目を合わせたが誰も知る者はなかった。

『森の民は森の民だからな・・・』

山の民と話すことも無ければどこかで会うこともない。
今のように山の民同士での話し合いがあるように、森の民の中でもそのような事が無くはないだろうが、森を出て移動をするにも他の民の目に映らないように移動をしているだろう。

『それに州王が何を考えているのか、そんなことを知る者などおらん』

『市に出た時に街の民が何か話しているのを聞いたということは? そんな話はありませんでしたか?』

僅かに首を傾げた長がいた。

『何か聞かれましたか?』

『いや・・・聞いた連中も何のことだか分からないと言っていたからな、どうとも言えんが』

そう前置いて長が話し出した。
街の民の間では女州王がこの州の実権を握っているということだった。

『それで?』

隣に座っていた長が訊いたが、あとは何を言っていたのか分からなかったということだ、と言って首を振るだけだった。

『女州王か・・・』

顎に手をあてて空(くう)を見た別の長。 皆の視線がその長に寄る。

『何か知ってるのか?』

『いや、だが・・・たしか女州王は街の民の前に姿を現さないと聞いたことがある』

『そう言やぁ・・・そんな話を聞いたことがあるな、だがよ、それとこの話と関係があるのか?』

眉を上げて問われたことに応えると、ないな、と添えた。
結局、案は出されなかったが、何をどう捻っても案など出ないであろう。 州王に逆らうことなど出来ないのだから。


「ってことで、どこの山の民も息を殺して州兵が行き過ぎるのを待ってるってこった。 おれたちだけじゃねー、そう思えばちったー気も晴れるだろう」

お頭が目の前にいる仲間たちを見回すが、そんなことで誰も納得できるものでは無い。

「森の民たちは州王に狙われてるって知ってるのか?」

「さあな」

「州兵に逆らえるのは森の民だけだろ、それなら州兵に狙われてるかもしれないって森の民に知らせてやればどうだ?」

「どうやって森の民と会うんでぇ」

「・・・そうか」

それに会えたところで戻って来られるとは限らないし、森の民が何をどう判断するかも分からない。
森の民はあまりにも孤立している。

「とにかく今は遣り過ごす以外にねー。 飯を炊く以外は火を使うんじゃねー、いいか絶対に州兵に見つかるんじゃねーぞ。 奴らはおれ等のことを何とも思っちゃいねーんだからな」

機嫌が悪ければ街の民さえ切って捨てる輩だ。

「話は終わりだ、戻ってそれぞれよくよく言いきかせときな」

ゾロゾロと立ち上がった中にアナグマがいた。

「アナグマ」

若頭が呼ぶとアナグマが振り返った。

「石の群れの長がアナグマのことを心配してた。 元気にしてるって言っておいた」

石の群れとはアナグマが生まれ育った所である。 その頃はアナグマという名ではなかったが。
まだお頭が長の集まりに行っている時、石の群れの長にくっついてきていた若い者がアナグマの行方を捜して長たちに訊いて回っていた。 そこで若い者が訊いてきたのがアナグマだと分かった。 そこでお頭がアナグマを預かっていると、その若い者に言ったのが始まりだった。

「長が?」

「代替わりをしたそうだ、今の長はセキエイって名だった」

「へぇ・・・セキエイが長になったのか」

セキエイとはアナグマを探していた若い者のこと。 アナグマとは小さい頃からよく遊んだ。 だが同じ女を好きになりアナグマが身を引いて石の群れを出た。

長たちが集まるというのは滅多にないことである。 そうそう情報が入ってくるわけではない。 未だにセキエイは気にかけてくれているのか。

「そうか・・・、ああ、ありがとよ」

口元に懐かしさを含ませた笑みを僅かに見せるとお頭の部屋を出て行った。
お頭の元に集まってきている仲間たちにはそれぞれの理由がある。 まぁ、どこの群れに居てもそうなのだろうが。

二人の様子を見ていたお頭が煙管に火を点けた。 ふかした煙を口から吐くと何か考えるように視線を下に向ける。

「お頭・・・」

振り返った若頭にはお頭が何を考えているのかが分かる。

「ヤマネコはまだ何も言ってねーか?」

「はい・・・」

「まだかよ・・・何を悠長にしてやがるんだ」

「好きで悠長にしているわけじゃねーでしょう」

「分かってるよ」

スパスパと煙管にあてた口から煙を吐き出した。


ポポとブブの居る部屋の布が撥ね上げられた。

「あ、アナグマ。 どうだった? お頭の話って」

「特にかわり映えはないな。 だがここだけじゃなく、どこの山にも州兵が入ってるらしい」

「え?」

「あちこちの森を狙ってるらしい。 どこから見られてるか分かったもんじゃない。 いいか、飯を炊く以外は煙を上げんなってことだ」

「ちぇ、じゃあ当分、刺身か」

肉も魚も焼けないということだ。

「当分がいつまで続くか分からんがな」

「木の実だってあるさ」

ブブがポポに言ったということは、仲直りが出来たということだろうか。
川でポポの言っていたことが分からなくもないが、最近のポポはイライラし過ぎな所がある。

(反抗期か・・・。 いや、ポポがイライラしているのはブブに対してだけか)

そう思うと反抗期とは言い難い。 二人の間だけということになる。
双子とは言え、そろそろ違いが出てきた。
実際今までは声だけではどちらが話しているのか聞き分けられなかったが、今ではどちらの声か分かるようになってきた。 ポポは声変りが始まり、それにポポが言ったようにここのところ体格の差も目に見えて現れてきていた。

「木の実かぁ。 木の実も刺身も腹の足しになんねーなぁ」

「ポポは食い過ぎなんだよ。 アナグマみたいな腹になるぞ」

「・・・」

飛び火だ・・・。 どうしてこの二人の会話に巻き込まれなくてはいけない。

(だが、まぁ、二人の険悪気配は歓迎できるものでは無いからな)

誰もが親や兄姉のつもりで二人を見ているのだから。
またすぐにすれ違うことが出来るだろうが、一時でも二人の仲が戻ったのならそれでいい。

「ポポは土でも食ってろ」

「がっ! なんだよそれ!」

「とにかく、外にいる時には周りに気を配っておけよ、遊びに行くことも禁止だ」

「行かねーよ」

もう二人で・・・今までのようにブブとは遊べない。 ブブが変わってしまったから。
ブブがちらりとポポを見たがポポに異を唱えることは無かった。
二人の様子を見て何気に分かったアナグマが布を撥ね上げ部屋を出て行った。

ポポとブブ、それぞれに感じたり考えたりしていることがあるだろうが、何よりも二人がすれ違ってきているのは、ポポに肉体の成長があるのに対して、ブブには精神的な成長があるということだ。 それもそのどちらも顕著に現れてきている。

岩屋はアリの巣のように隧道で繋がっていて、暗い隧道には所々に松明が置かれている。 自然に出来ていた岩屋もあるが、仲間が増えていくにしたがって手を加えた岩屋もある。
部屋に戻ろうと隧道を歩いていたアナグマがふと足を止めた。 三呼吸ほど止まっていたが踵を返してお頭の部屋に向かった。

「アナグマ?」

後ろから声がかかった。 振り向かずとも声で誰か分かる。

「なんだ?」

「ポポとブブの所に行ったんだろ?」

「ああ」

「二人・・・どうだった?」

ここ数日二人の仲が険悪だった。 それを気にしているのだろう。
アナグマが振り向くとそこにサビネコが立っていた。

「見えないところでギクシャクはしてるけどな、それでもお互いに気を使っているようだ」

「そうか」

「気になるんなら行ってみればいい、今は気を使うこともない」

「うん・・・。 お頭の所に行くのか?」

「ああ」

「今ヤマネコが呼ばれてったぞ」

「え? ああ、そうか」

それなら時をずらした方がいいか。 出直そう。
踵を返しサビネコの横を通った時、足が止まった。

「サビネコ・・・」

「なんだ?」

「おれ・・・腹が出てるか?」

自分の腹を触ってみる。
訝し気な目を向けたサビネコだったが、何かを思い出したのかふと目尻に笑みが浮かんだ。

「アナグマの歳なら出てない方じゃないか? 親父なんてもっと出てた」

「サビネコの親父って何歳だよ」

サビネコは十七、八歳だ、その親父ということは今、四十過ぎといったところだろう。 そうなるとサビネコがここに来た時には、まだ三十代半ばくらいだったと思われる。 その歳でそんなに腹が出ていたと言うのか?

「今は・・・六十を過ぎたくらいだろうな」

「え?」

「群れを出た時にはアナグマと変わらないくらいだった。 馬鹿ほど兄弟がいたからな、それの末っ子だ」

どうして元居た山の民の群れから出て来たのかは互いに詮索することは無く、どこの群れにいたのかすら問うことも無かった。 ましてや家族構成など訊くことも無かった。

「そう、か」

「なんだよ、腹が気になるのか?」

「気にしてはなかったが、気にしなくてはならんのかと、な・・・」

「なんだよそれ・・・あ? ああそっか、あんまり腹が出たら細い隧道を通れなくなるからか」

「・・・」

言われて初めて気が付いた。
細い隧道は何かあったの時の逃走経路となっている。
万が一にも州兵に追われて一人隧道に残されるのはごめんだ。 当分、米は控え目にしておこう。

「気にすることは無いだろう? そんな腹、出てるうちに入らないさ」

何か真剣に考えこんでいる様子のアナグマにサビネコが優しく言う。
サビネコの父親の歳からすると、自分はサビネコの父親でもおかしくない歳。 年齢から考えると娘とも言えるサビネコに慰められた。 それに “出てるうちに入らない” それは出ているということ。

(お頭のところは日を改めよう・・・)

特に急ぐ話ではない。 どちらかといえば今は色んな意味で立ち直る時が欲しい。

「・・・そうか」

一言残すとその場をあとにした。



州兵に注意しながらもなんとか無難に毎日の生活を送ることが出来、街の中ではまだ残暑が残っているだろうが、山の中では残暑など遠い話で暑い夏を完全に終わろうとしていた。
ポポとブブはどこかギクシャクしたところを残しながらも、何とか二人の仲は均衡を保っていた。

今日は数人で薬草と同じく市で売るための蔦を採りに山の奥に入っていた。 背に負った籠一杯に採ってきても薬草ほどの金にはならないが、今の時期が一番伸びていて、蔦として売るに好まれる柔らかく長いものが採ることが出来る。 薬草ほどにならないと言っても放っておけるものでは無く大切な収入源である。

山の奥から戻って来たポポの目にブブの姿が映った。
てっきり部屋で休んでいると思っていたのに、そのブブが川に座り込んでいる。
腹が痛いからと言って一緒に行かなかったのに、いったい何をしているのか。 それでなくても特に最近は腹の具合がよくないと言っていたし、腹が痛いのらどうして冷やすようなことをしているのか。
遠目にブブの姿を目にしたポポが不機嫌に眉をしかめる。 背に負っていた籠を足元に下ろすと川に向かって歩き出した。
その後ろ姿をポポと一緒に戻って来ていたサビネコが追いかける。

「ブブ」

ポポの声に気付いたブブが我に返った。
川の中に入ってきたのは覚えている。 川に入って座り込んで・・・それから、悔しくて悔しくて、そればかりだった。 もうポポとは違う人間になったような気がした。 だから悔しくて・・・。 それなのに心の中で何か違うものが芽生え始めた。

芽生え始めた・・・いや、思い返すとそれは今日に始まった事じゃない、心の隅にあったような・・・いつからだったのだろうか。
いつからかも分からなければ、芽生え始めた事、それが何なのかも分からない。 悔しいのに芽生え始めたものが何か分からなくて戸惑ってしまう。 いったい自分の中に何が芽生えたのか。
分からない。
だが、ただ一つ漠然としたものがある。

―――自分の場所はここではない。

どうしてそんなことを思うのか、ここではないというのならば、どこに居るべきというのか。

「来るな!」

バシャバシャと川の水を蹴ってポポが近づいてきていた。
振り返らずとも声だけでポポと分かっていた。

ポポが口を歪める。 せっかく互いにどこか我慢し合い、互いを譲り合い何とか仲良くやってきたのに、どうしてそんなことを言うのか。 蔦を採りながらどれだけブブの心配をしていたと思うのか。 それなのに腹が痛いと言いながら川になんて浸かって。

(オレにも我慢の限界があるってんだ)

ブブの後姿を睨みつけた時、ふと目の片隅に気になる物が映った。

(え?)

まさか、と思い目を動かし凝視してみる。
・・・間違いない。
川の水に赤い筋が漂っている。 それがブブの身体から流れてきている。
血!?

「ブブ! 怪我したのか!?」

ついさっきまで思っていた恨みごとなどなかったように川の水を蹴ってブブに近づこうとした時、後ろから腕を引かれた。

「ポポは戻ってな」

サビネコだった。

「ブブが怪我をしてるんだ!」

それなのにどこに戻れと言うのか。

「怪我じゃない」

「サビネコ! どこに目を付けてんだ!」

目の前の川の流れに血が見えるだろう。 ブブの体から血が流れているだろう。

「ブブは女になっただけだ。 怪我じゃない」

「・・・え?」

どういうことだ。 ブブは生まれた時から女だ。 それなのに何を今更。

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