大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第8回

2021年11月05日 22時16分11秒 | 小説
辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第8回




「リツソ・・・」

医者部屋で一睡もせず澪引がリツソの手を握っている。 リツソの目は未だに覚めない。

澪引の後姿を一度見てから薬草師と医者が何やら相談をしている。

医者より薬草師の方が随分と若い。 だがこの薬草師は若いといっても歳上を敬うことを忘れることはないが、自分の意見をはっきりと言う。 それに見合う知識が豊富であったからなのだろう。

元々薬草が豊富な地域で育っていたということもあったし、薬草に関する勉学にも励んでいた。 それを買われて宮仕えの薬草師となったのだが、宮に来てから深い知識はこの宮で働く叔父に教わっていた。

「使われた薬草はこの二種類を混ぜたものと思います」

臭いからやっと特定できたその二種類を医者の前に出した。
他の薬草師と話し合おうかとも思ったがこの事は口留めをされている。 誰に相談することなく一人で薬草を限定した。
だがリツソの呼気からのみ二つの種類の薬草を限定するにはかなりの知識と経験、そして胆力が必要だった。
内密に叔父に頼り相談しようかとも思ったが、叔父はもう薬草から身を引いている。

『さあ、これで私の知る限りのことは全て教えた。 これからはより一層仕えることが出来る』

そう言っていた。
薬草の勉学に励んでいた叔父は誰かに薬草の知識を受け継がせたかったのかもしれない。 その知識を捨ててまで宮に仕えたかったのだろう。

そんな叔父に今更頼るなどということは出来ないし、なにより全て教えたと言われた。 叔父を頼りにするのではなく、頂いた知識を元に模索していくことが何よりの恩返しになる。 腹に力を込め二種類の薬草を医者の前に差し出したのだった。

「一種類だけで良いものを二種類も?」

「はい。 その上マツリ様のお話では身体に見合わない量を飲まれたと聞きました」

「わたしが診た限りでは目が覚められない以外はどこも悪くしておられん。 胃の腑も心の臓もどこも悪くされていない。 そこから診てどう判断する?」

「まず、最悪のことはないかと。 この薬草はどちらも眠らせる以外のなにもありません」

「合わせたことで薬効が変わることは?」

「合わせたことなど今までに誰もしなかった事ですから言い切れませんが、そちらもまず無いかと」

「だが昨日の昼餉以降なにも食されていないと聞いた。 このまま幾日も目覚められなければ、別の意味でお身体が危うくなる」

薬草師が頷く。

「・・・あまり期待は出来ませんが、気付けの薬草の実を炙ってみようかと」

「炙り煙ということか? それも薬草ではなく実を?」

「薬草より効果のある香りを出します。 安定して息はされていますので、炙り煙を吸っていただけるはずですが、どれだけ期待できるものかは・・・」

前例が無いのである。 それに己もその煙を吸うことになる。 己がどうにかなってしまえばリツソを救うも何もあったものではない。

「今はそれしかないということか」

薬草師が頷いた。

四方の許可を得、澪引には説得して自室に戻ってもらいリツソを誰にも見つからないように、宮の裏にある作業所(さぎょうどころ)の作業部屋に移動させた。
 
理由は二つ。 ここは作業所の最奥にあり、四方から何かを作るように言われなければ滅多なことではだれも来ない。
そして二つ目は、効果を少しでも早く出すために少しでも狭い所の方が良い。 狭い所で実を炙る方が煙の充満度も高いだろう。 職人が集中できるよう作業部屋は狭い。 だがその分、薬草師自身の身体がどうなるかは分からない。

薬草の実と七輪、炙り皿を薬草師が持って入り作業部屋の戸が閉められた。

この作業部屋は職人が集中したいときに使う一人部屋である。 ほんの畳二畳分くらい。 空気の入れ替え用にガラスの入った窓ではなく、跳ね上げの木窓がつけられている。 職人は集中したいときには陽の光を嫌う者もいるからだ。 明かりのとり方は職人それぞれだが、薬草師は光石で明りをとった。

薬草師が七輪に火を入れ炭が点くのを待った。 次に炙り皿を七輪の上に置くとその中に薬草の実を入れる。
暫くしてパチパチと実のはぜる音がした。 炭に火が点いているからときおり木窓を開けなくてはいけない。 でないと別の死因が出来てしまう。
黒くなっていった実から細い煙が上がる。 それを手で扇いで出来るだけリツソの方に行くようにする。

薬草師も己の身の安全をはかりたい。 手巾を口と鼻に充て、ときおり作業部屋から出て外の空気を吸う。 それを何度も繰り返す。 その内に部屋中が煙一杯になった。

もう陽が落ちた。 そして暗闇が宮の外を覆う。


澪引が自室でずっと泣いている。 その傍らには四方が椅子を並べて座っていた。
以前、リツソが居なくなった時、結局はハクロと並んで宮の床下に居たのだったが、リツソに何かあると澪引はどうにもならない。

「なぁ、頼むから薬を飲んでくれ」

澪引の側付きに泣きつかれてしまった。

未だに宮の者たちにはリツソ探しをさせている。 もうリツソは見つかってはいたが、これを解くわけにはいかない。 リツソが居ないはずなのに宮がリツソを探していないと地下に流れては困るからだ。
リツソが居ないから澪引が泣いていると思っている澪引の側付きやお付きの者達。 丸一日以上、澪引が食事も摂らず薬も飲んでくれない。 今はシキもマツリもいない。 四方に頼るしかなかった。

襖の外から声が掛かった。

「四方様、マツリ様が帰っておいでで御座います」

「おお、ここに来るように言ってくれ」

救世主が現れてほっと息をつく。
暫くするとマツリが部屋に入ってきた。

「母上・・・」

「食事も摂らなければ薬もだ」

この状態を見ただけで、まだリツソの目が覚めていないことが分かる。

「姉上には?」

「何も言っておらん。 もう宮を出たのだからな」

マツリが頷く。 そして澪引の座る椅子の横に膝まずく。

「・・・母上、母上に何かありましたら、リツソが目覚めた時にどれほど悲しむでしょうか。 己のせいで母上が寝こまれていると知ったら」

「リツソ、リツソ・・・」

リツソの名を何度も呼ぶ。

「我が今からリツソの様子を見に行きます」

外に並び座る従者に漏れ聞こえないよう、小声で言っている。

「リツソの・・・?」

薬草師と医者からリツソと離されてからはリツソの様子が全く分からない。 手も握ってもやれなかった。 泣くしかなかった。
少し顔を上げた頬につたう涙がより一層澪引の美しさを引き立てている。

「はい。 ですが、母上が薬を飲んでくださらなければ見に行くことも出来ません。 薬だけでも飲んでくださいませんか?」

卓に置かれていた湯呑に水差しの水を入れ、薬の包みを開け差し出す。
ゆっくりと澪引の手が動く。 その手に包みを乗せる。 そして包みの中の粉を口の中に入れた。 マツリが湯呑を差し出す。

「ではリツソの様子を見て参ります」

四方が大きく息を吐いた。

「なぁ、マツリがリツソを見に行っている間に少しでもいい。 粥なと食べてくれ。 一口でも二口でもいいから、な?」

そしてマツリを部屋の隅に呼ぶと、素早く今のリツソの処されている状況と場所を説明した。
領主である四方が見に行くと目立ってしまう。 医者は作業部屋の外の木窓の下にいて、下手に誰も木窓から漏れてくる煙を吸わないように目を配っていると言う。 よって、誰からも報告がなく、リツソの状況が分からないということだった。

マツリが部屋を出ると、外で待っていた澪引の側付きに薬を飲んだこと、そして粥を持ってくるようにと言い、足早に作業所に向かった。

作業部屋の裏に回ると木窓の下に座り込んでいる医者を見つけた。 足音に気付いた医者が垂れていた頭を上げる。

「マツリ様」

「リツソの様子は?」

「薬草師の話ではまだ・・・。 薬草の実を炙っており、それが効くかどうかも分からない状態では御座いますが、今はその手しかないかと」

マツリと医者の会話が聞こえたのだろう。 木窓が大きく撥ね上げられた。 白い煙がもうもうと出てくる。

「マツリ様こちらに。 あの煙を吸われませんように」

反対側の部屋の戸が開き手巾を口に充てた薬草師が出てきた。 戸は開け放たれたままにし、片手に炙り皿を持っている。 開け放たれた戸からは白い煙が出てきている。

「どうだ?」

医者が訊くが薬草師は首を横に振るしかなかった。

「そうか」

「一度煙を抜きます。 これまでにリツソ様に異常が見られないかもう一度診て下さい」

「ああ、そうしよう」

二人の会話を聞きマツリが薬草師を見る。

「全く目覚める様子は無いか?」

薬草師が重々しく頷く。

「実を炙るのは過ぎてはどうなのだ?」

「過ぎるまで・・・私の知る限りで一番長かったのは二日間です。 その二日の間に何度かの煙抜きをしたというだけで御座います。 どこからが過ぎるというのかは分かっておりません」

「その時にはどうして二日でやめたのか?」

「・・・息を引き取ったからで御座います。 ですがそれが煙のせいなのか、口にしてしまった薬草のせいなのかは分かっておりません」

「それでは逆にその煙で目覚めた者もおるのか?」

そうでなければ今こんなことをしていないだろうが、確認せずにはいられない。

「おります。 ですがこのやり方は気付けの薬湯を飲むに比べると非常に弱いものです。 その者も煙で目覚めたのか、偶然目覚めたのかは分かりません。 僅かでもリツソ様が目覚めて下されば薬湯を飲んでいただくことが出来るのですが」

「リツソの飲まされた薬湯はどんなものか分かったのか?」

「はい。 ジョウソウ草とシミンリョウ草、臭いから判断しますにこの二種類のものを飲まされておいでと思われます」

「ジョウソウとシミンリョウ・・・」

思わずマツリが腕を組み眉を寄せた。 この薬草のことはマツリも知っている。
取り扱いをギリギリではあるが禁止されてはいなく、それでも効き目がきつすぎる薬草である。 それに思わぬ副作用もあるということで、薬草師以外が使用することを禁止しているほどであり、薬草を売る側も薬草師以外に売ってはいけないと決められている。

「どこで手に入れたのやら」

「薬草師の遣いか何かとでも言ったのでしょう。 今にも急ぐ患者がいるような様子でも見せれば薬草を売る側も疑わずに売りましょう」

この医者は盗むということが念頭にないようだ。

「・・・そうかもしれんな。 炙っている実というのは?」

「この二種類を選んだのは即効性を求めたからだと思いますが、この二種類を合わせたことなど今まで聞いたことが御座いません。 ですのでそれに見合う実が分かりません。 苦肉の策では御座いますが、個々の薬草に見合う実を炙っております」

「・・・そうか」

組んでいた片手を外して曲げた人差し指の関節を口の周りに充てる。

「そうだな・・・声は聞こえておるようか?」

医者と薬草師が目を合わす。

「煙を抜いた後に何度かお声をおかけしました。 そのような事があると史書にも書いて御座いましたので。 気付けの薬草で目覚めた者に意識を失っている間、呼びかける声が聞こえていたのかというもので御座います。 聞こえていた者も居りましたし、聞こえなかったという者も居りました。 聞こえていた者は返事をしようにも、口も手足も痺れるようになっていたり重く感じ動かなかったということで御座いましたが、それによって己をその戒めから解こうとして、意識を取り戻したということで御座います」

医者に続いて薬草師が言う。

「ですがそれは、薬草が原因では無かったり、また薬草であっても過剰に反応し、効き過ぎた薬草だけの話で御座います。 ましてやこの二種類を合わせたというのは薬草史書には何も書かれて御座いません」

「そうか・・・。 だが試してみる価値もあるということか・・・」

独り言のように言うマツリに、どういうことかと、もう一度、医者と薬草師が目を合わせた。

「とにかく一度リツソに異常が無いかを先に診てもらえるか。 それから考える」

「はい」

医者が返事をし、薬草師と共に煙が大分抜けた部屋に入って行った。

暫くして医者と薬草師が出てきた。

「炙り煙をする前と何らお変わりは御座いません。 心の臓もしっかりと動いておいでですし、呼吸も安定しておられます」

「そうか」

「あの、マツリ様・・・。 出過ぎたことでは御座いますが、お方様にお声掛けはお辛くなられるだけかと」

先ほど声掛けのことをマツリが訊いた。 もしや澪引に声を掛けさそうと思っているのかと案じての進言である。

「ああ、その心配はない。 それにしても我にあの煙にあたると良くないと言っておったのに、薬草師は大丈夫なのか?」

木窓と戸を開けた時もかなりの煙の量であった。
応えたのは薬草師ではなく医者。

「ときおり出て外の空気を吸っておりますようで・・・」

尻切れに言うということは良くは無いということだろう。 単純に考えても気付いている者が気付けの煙を吸うということなのだから。

「悪いな」

「そのようなことは。 これが我々の仕事で御座います」

そう言われてしまえば何という事も出来ない。

「ではあとを頼む。 明日の朝もう一度様子を見に来る」

医者と薬草師が頭を下げた。

人に見つからぬよう歩くと、そのまま澪引の自室に向かう。 何の変化もない様子を伝えるのは憂鬱にしかならなかった。


翌朝の朝食の席。
シキはもちろんだが澪引もリツソも居ない、四方とマツリだけの席であった。 給仕はもちろんのこと全ての人払いをしている。
医者と薬草師と話したことは昨日言っていない。 澪引に聞かせたくなかったからだ。

「紫を?」

「母上にはお気の毒ですが紫はリツソの想い人です。 母上と共に居ても紫のことを考えるほどなのですから」

「リツソの・・・。 だが紫は東の者だ。 本領の為に労を負わせるわけにはいかん。 それにその間、紫は東の領土を空けることになる。 その間に東に何かあってはどうする」

今も尚リツソの想い人が紫揺だと聞いて驚いたことは驚いたが、今はその話をする時ではない。

「分かっております。 ですから紫に決めさせます。 紫から行くと言わせます」

「言わせる? どういうことだ」

「今朝もまだリツソは目覚めておりませんでした。 今日の夕刻になれば丸三日目覚めないままです。 これ以上長引かせるわけにはいきません。 父上の了承さえ頂ければと」

四方が眉を顰めさせる。

「本領に責がかかるようなことをするのではないぞ」

「しかと」

頷いて応える。

朝食を食べ終えたマツリが一旦自室に戻ると他出着に着替え、キョウゲンを肩に乗せてリツソの部屋に入った。 カルネラがリツソの部屋の中にある自分の寝床でまだ寝ている。

カルネラは地下から宮に戻った時、ついうっかりマツリの懐の中で光石を抱きながら丸まって寝てしまっていた。

地下から戻った時に自室に戻ったマツリが懐からカルネラを出すと、光石を抱いたカルネラをキョウゲンの巣の横に置いていたのだが、昨日マツリが地下に行っている間に目を覚ましたらしく、リツソの部屋に戻っていたようだ。

リツソの部屋を見渡すマツリの眉根が寄る。
セミや蛇の抜け殻に川石、葉っぱで出来た舟に塗り絵やお面がずらりと並んでいる。
いったいいつまでこんなことばかりしているのだ、とため息もつきたくなったが今はそんなことを考えている場合ではない。

そんな中に籠を見つけた。 手を伸ばし蓋を開けてみるとそこには飾り石が入っていた。 どうやらリツソの宝箱のようだ。

「せめてこれか・・・」

紫色をした親指ほどの大きさの飾り石を手に取った。

リツソの部屋を出て回廊に出ると部屋の傍らに置いてある長靴を履く。

「キョウゲン頼む」

「御意」

マツリの肩から飛び立ったキョウゲン。 マツリが勾欄を踏み跳んだ。
向かうは東の領土。

「俤(おもかげ)は上手く訊きだしてくれているだろうか。 無理をせねば良いが・・・」

昨日リツソを探すふりをして地下に入った時、俤と接触をした。
まずは見張番のことを言った。 誰が地下と通じている見張番なのかを探って欲しいと言っていたのであった。 リツソを救出したことは地下の者がやって来て言えずじまいだった。

「俤のことです、抜かりは御座いませんでしょう」

「そうは思うが・・・」

危険なことをさせたくはない。

マツリが何を考えているか分かるキョウゲン。 このまま俤の話をしていると余計とマツリの気が萎えてしまうだろうと、話の矛先を変えた。

「紫が上手く乗ってきますでしょうか」

「ああ、それは間違いないだろう。 あの性格だ」

「かなり我慢をされなくてはならなくなりますが?」

「仕方がないだろう。 まぁ、俺が限界を越えそうになったらキョウゲンが俺をたしなめてくれ」

「・・・御意」

出来かねることを言ってくれるが、返事はせねばなるまい。

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