大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第6回

2021年10月29日 22時29分48秒 | 小説
辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第6回




ゴトゴトという音が聞こえその次に足音が聞こえた。 そして戸の向こうで人の声がする。
マツリの居る隣の戸の鍵を開ける音に続いてキーッと開く音とともに、それぞれに角灯を持った男が二人入ってきた。 男たちが奥まで歩くと角灯でリツソを照らす。

「まだ寝てやがる」

「薬が効きすぎたか?」

「十五って聞いてたからな。 その分量を飲ませたんだから、効き過ぎたんだろうな」

「どう見ても十五の歳の身体じゃねーしな。 それより、このまま目を覚まさないってことは、ねーだろうな」

「明日には覚めるだろうよ」

「本当だろうな。 このまま死なれたら俺たちが殺される」

「おやっさんが庇ってくれるさ」

「おい、城家主って呼べ。 それに、その城家主にだよ。 下手を打ったってな」

「・・・有り得なくないか」

「有り得るんだよ」

「とにかく明日まで待とうさ。 それで目を覚まさなかったら、気つけの薬草でも煎じて飲ませて・・・炙って煙を吸わせればいいだろう」

目を覚まさなければ飲むことが出来ないと途中で気付いたようだ。

「それよりマツリが一度来て帰ったらしいが、新顔が無かったかと訊いていたらしい。 まだリツソのことを知らないってことか?」

「今日は見張番から夕刻前にどっかの領土に飛んだと聞いたから、その足でこっちまで飛んできたんだろうさ。 今頃は宮でリツソの話を聞いているかもしれねーな。 またいつ現れるか分かりゃしねえ」

「それじゃあ、あんまりここを照らしているのも良くねーか」

角灯を掲げ上の窓を見上げる。

(見張番? 地下と通じている者がいるということか?)

東西南北の領土に行くときには岩山の上の洞から入るが、その岩山には見張番が何人も居て不埒な者を出入りさせないために目を光らせている。 その見張り番に地下と通じている者がいると言うのか。

戸の締められる音に続いて鍵をかける音がした。 だがマツリはまだそのままじっとしている。
ゴトゴトという音が聞こえた。

暫くするとキョウゲンの声が耳に入る。

「完全に行きました」

戸を探すために残りの壁を照らそうとすると、探すまでもなくマツリの背後にあった。 軽く押してみたが、外から鍵がかけられているようで開く様子がない。 どの道隣りの戸にも鍵が掛けられているのだ、この部屋から出ても同じこと。

「さて、この板を破るか上から行くか」

リツソが向こうに居ることは分かった。
懐から光石を出し薄い板を指で弾く。 どちらも可能だが、上から行くとリツソをこちらに持ってくるに少々労をきたさなければいけないし、板を破ると音が出てしまう。

「そう言えば下の声が聞こえないか」

「私の耳には三人の声が聞こえますが、先ほどの男たちが出て行った時に、この部屋の先で何やら重い感じの閉まる音がしました」

マツリも聞いたゴトゴトという音のことだ。
屋根裏に上がってくるということは、跳ね上げの階段なのだろう。 跳ね上げの階段まで作っている、いい加減には作っていないだろう。 少々の音は漏れないということか。

「では破るか」

己の身を潜らせるには最低二枚は破らなければいけない。 それも一枚につき二か所。 さすがに堂々と四回も音を出すのは憚(はばか)られる。

先程目にしていた雑多なものが置かれている所に戻ると、なにかが巻かれている布を手に取る。 そのなにかは、木の一本彫りで狼の形をした置物が入っていた。

「誰から巻き上げたのやら」

布の長さを見て納得すると元の位置に戻る。 布は正方形であった。 それを二つに畳む。 そこそこの厚さがあるが、親指ほどの隙間に押し込んで板の間を通すことが出来る。

「カルネラ」

「ぴっ!」

「この板を破るためにこの布を木の間に通す。 向こうに行って布を引っ張りこの板を包むように、こちら側の隙間から通せ。 分かるか?」

これはキョウゲンが嘴(くちばし)を使ってするより、カルネラが手で行う方が早いであろう。

「きゅーい・・・」

「分からぬか」

「私がついて行きます。 カルネラ、向こうに行くぞ」

羽ばたくと上の隙間から隣の部屋に入る。 その後をカルネラが追う。

マツリが二つに畳んだ布を親指ほどの隙間に押し込む。 端が向こうに出た。 それをキョウゲンが嘴で捕らえると引っ張る。

「カルネラ、これを引っ張れ」

「ヒッパレ? カルネラ?」

「そうだ。 私と同じことをしろ」

カルネラが小さい手で布を掴むと足を突っ張って布を引っ張る。 ある程度引っ張ることが出来た。

「よし、次は持っているその端をここに入れろ」

「きゅい?」

マツリが指示を出すが、それが分からないようだ。
キョウゲンが嘴で布を咥えると、板を巻くようにしてもう一方の隙間に入れる真似をする。 嘴では到底入れられない。

「カルネラ、デキル」

「よし、キョウゲンに代わってカルネラがしろ。 今キョウゲンが入れようとしていたところから入れるんだ」

布の角から入れろと言っている。
カルネラがキョウゲンから布を受け取る。

「ここだ。 ここから入れろ」

キョウゲンが布の端を嘴でつつく。

「ココ、イレル?」

「そうだ。 その角をここに押し込め」

押し込めなどという言葉は知らないが、取り敢えず持っている布の角を隙間に入れるように小さい手で、うんしょ、うんしょと頑張る。
布の先がマツリの方に出てきた。

「よし、いいぞ。 こちらから引っ張る。 どいていろ」

「カルネラ、下がれ」

「ニゲル?」

「離れるということだ」

マツリが布の端を掴むと布を引っ張る。 次に両方から布を上に引っ張り、膝の高さくらいまで持ち上げると布を合わせ板を包むようにする。 そこに拳を打った。 バキッと布に吸収された鈍い音がした。

「ぴ!」

カルネラの声が上がった。

今度はマツリ一人で出来る。 今度は布を下にさげ、布が落ちてこないようにすると板の上を持ち一気にこちら側に倒した。 またもや鈍い音が鳴り木が一枚剥がれた。
これを隣の木にも施し、マツリの身体がぎりぎり通れる隙間が出来た。

光石を先に向こうに入れると、身を床に付けて隙間を通る。 通りきると立ち上がり、男たちが角灯で照らしていた辺りに光石をかざす。

すると麻袋から顔だけを出し、首元で袋の紐が括られているリツソが目に入った。 男たちが言っていたようにその目は閉じられている。
紐をほどくと麻袋からリツソを出し鼓動を確かめる。 心臓は打っている。

「ふむ、これでは目立つか」

マツリの衣装は黒で闇に溶け込む。 キョウゲンにあっても薄い灰色の顔から始まって、段々と羽先と尾にいくほどに黒い色をしている。 これも闇に溶け込む。 共に銀髪と薄い灰色は厳しい所があるが、それでもリツソが今着ている黄緑の水干の明るい色よりは随分とましだ。

もう一度リツソを麻袋の中に頭までスッポリと入れると紐を綴じた。
麻袋を板の穴近くに置き、もう一度マツリが身を床に付けて穴を通る。 通りきると袋を引っ張り、麻袋ごとリツソをこちら側に移動させた。

「さて、どうやってあの窓に上がるか」

取り残されないように、慌ててカルネラがリツソの入っている麻袋に上る。

雑多な物の方に歩いて行ったが、足場になりそうな役に立つものはありそうにない。
一人であれば跳びも出来るが、たとえ軽いと言ってもリツソを抱えては無理があるだろう。

「ふむ・・・目先を変えるか」

そう言うと雑多な物の中から、縄を一本手に取った。 その縄で麻袋を縛る。 カルネラが飛び逃げる。

そして到底足場には出来ない雑多な物をわざと不安定に窓の下近くに積み重ね、その脇に細く丸い鉄の棒、これは溶かして何かにするつもりなのだろう。 それが戸を開けた時に不安定に置いたものが突かれて崩れるように置いた。

「キョウゲン頼む」

「御意」

キョウゲンが縄の先を足で掴むとそのまま窓から飛び出た。 縄の長さは充分にある。 手を伸ばして光石で窓の場所と高さ大きさをはかる。

少し後ろに下がって助走をつけて床を蹴り上げた。 あくまでも軽く。 片手にはまだ光石を持っている。 窓の枠が照らされる。 もう一方の手で窓枠を持つとすぐに光石を懐に入れ、両手で窓枠を持ち勢いのまま懸垂で上がるとそのまま窓を抜けた。

キョウゲンから縄を受け取るとゆっくりとその縄を引き上げ、麻袋を腕に抱える。 もれなくカルネラが付いてきている。 縄を解くと開け放してある窓の下をくぐらせて両方から部屋の中に垂らした。

「あとは降りるか」

「マツリ様、私だけで裏の方に飛んで行き、そこで身体を大きくしてこちらに飛んで参ります。 そうすれば羽音が立ちません。 こちら側では目立ってしまうかもしれませんので、裏側の屋根にお移りください」

キョウゲンは羽音を立たせないようにというが、基本キョウゲンは、フクロウは羽音をほとんど立てない。 かなり慎重になっているのだろう。
そしてキョウゲンの言うそれは、漆黒の中飛んでくるキョウゲンに跳び乗らなければいけないということだ。
マツリが両の眉を上げた。

「出来ると思うか? 俺には全くキョウゲンが見えん」

「風の音でお分かりになるでしょう。 一応、嘴を三度鳴らします。 三度目に蹴り上げて頂ければよろしいかと」

「リツソは?」

「屋根の一番高い所に置いてください。 マツリ様を乗せた後に掴みます」

「分かった」

キョウゲンがマツリの肩の上に乗る。 マツリが脇に麻袋を抱えると屈んで屋根を確認しながら上っていく。 キョウゲンが羽を広げてマツリの銀髪を隠す。

「あと三歩で一番高い所です」

二歩進むと片手で出っ張りを確認する。

「リツソ様はここに」

マツリが麻袋を降ろすと落ちないようにでっぱりの上に置く。

「カルネラ、マツリ様の懐に入れ」

リツソの入っている麻袋の上に立っていたカルネラ。 このままでは飛んだ途端に落ちるかもしれない。

「きゅーい・・・」

「これから飛ぶ。 落ちてもいいのか?」

「オチル、イヤ。 イタイ」

何度か木の枝で惰眠をむさぼっている時に、木から落ちたことがある。

「では、少なくともマツリ様の肩に乗れ」

しぶしぶカルネラが恐~い兄上の肩に乗った。

「マツリ様はこのまま屋根を斜めに降りてくださればと。 ある程度マツリ様とリツソ様の距離をとりたいので」

「分かった」

しゃがんだ手で屋根を確かめながら斜めに降りる。

「この辺りでよろしいかと。 マツリ様の左方向から飛んで参ります」

「承知した。 それでは頼む」

「御意」

マツリが僅かな重みを感じる肩に手を伸ばす。

「ぴっ!」

「声を出すな。 懐に入っておれ」

カルネラを掴むと、すでに光石が入っている己の懐にカルネラを入れた。

マツリが目を閉じる。 キョウゲンの風を切る音を聞くために。 しばし待つと左手から風を切る音が聞こえてきた。

(来たか)

キョウゲンのカチカチと規則的な音が聞こえる。 そして三度目のカチという音が、いつも蹴り上げている風を切る音よりタイミングが早かったが、己よりキョウゲンを信じて蹴り上げた。

マツリを乗せたキョウゲンがリツソの入った麻袋を掴み、岩壁ぎりぎりまで上昇し、ここでやっと羽を動かした。

「お見事で御座います」

「風を見切れなかった。 キョウゲンの嘴の音が無かったら遅れていただろう」

「羽を動かさないよう、いつもより勢いをつけておりましたのでそうなったのでございましょう」

「それを見越して嘴で音を鳴らすと言ったのか」

「音に反応していただき、至極恭悦に御座います」

「今回はキョウゲンの一人舞台だな。 リツソに頭を下げさせなくては」

そう言うとキョウゲンの身体に身を伏せる。 上にある岩の壁面を背にぎりぎりにキョウゲンが飛びそのまま地下を抜けた。
キョウゲンの身に伏せていたマツリの目からは、上を飛ぶキョウゲンに誰も気付いたようには見えなかった。

地下の洞を抜けるとマツリが身体を起こす。

「リツソはどうだ?」

先ほどまでは無難に城家主の元から去ることしか頭になかったが、リツソの具合が気になる。

「動かれた気配は御座いません」

「・・・そうか」

城家主の手下が言っていたことが気になる。 身体に見合う以上の薬を飲ませたと。
キョウゲンが夜の空に舞い上がり宮を目指して羽を動かした。


宮の庭に降り立ったマツリとキョウゲン。 キョウゲンは大きい姿のまま片足を上げている。

マツリがキョウゲンの足から麻袋を受け取る。 再びキョウゲンが飛び立ち、クルリと縦に回転するとその身を小さくしてマツリの肩に乗った。

宮内を探していた者からマツリが帰ってきたことを聞いた四方が大階段を降りてきた。 いつもならこの刻限には居ない下足番が慌てて草履を出す。

「どうだった!?」

「囚われておりました」

抱えていた麻袋を下すと紐を解きその中からリツソの顔を出した。

「身体に見合わない薬湯を飲まされたようです。 解毒が必要かと」

「すぐに薬草師を!」

四方が振り返り、四方の後を追ってきた若干顔色を戻した側付きに、声を荒げるように言った。
側付きは休むようにと言われていたはずだったがリツソが居なくなったのだ、少し体を休めてからまた出てきたのだろう。

「マツリが言っていたのがこれか」

「そう思われます。 地下の者は・・・地下を牛耳っている城家主と呼ばれる者が地下だけでは飽き足らなくなってきたようだと、俤から聞いておりました。 以前から地下から何度か出入りをしているようだとも。 今回、リツソと交換に本領を己で治めようとでも思ったのでしょう」

城家主のことと、地下で噂をされているリツソのことをバラバラにではあるが、俤から聞いていたし、四方にもそう報告をしていた。 その手段にリツソが狙われるかもしれないと。

「・・・地下を法で治めねばならんか」

「それは難しいことでありましょう」

この本領で生きることが出来なくなった者が地下に逃げ込んでいる。 その場を無くすというのは容易なことではない。

「今の城家主と呼ばせている者がやっかいです」

今の城家主は四十代後半。 丁度マツリが四方から地下を受け継いだ頃に、身体の具合を悪くした父親から地下を受け継いだと聞いている。

城家主の父親はおやっさんと呼ばれ上手く地下を治めていた。 それは本領としては有難いことであった。 だが今の城家主と呼ばせている者はそれだけでは飽き足らなかったようだった。

「手を入れるなら、城家主を潰すしかありません」

城家主は具合を悪くした父親が亡くなった途端、幅を利かせてきたと聞いている。 ずっと野心を抑えてきたのだろう。

「潰した後に新たな者を地下の頭にさせるしかありません」

それは簡単なことではない。

「リツソ!」

澪引が裸足で駆け寄ってきた。 マツリの手に乗っているリツソの頬を両手に包む。

「リツソ! リツソ!」

「母上、薬草で眠らされているだけです。 大事は御座いません」

男たちの会話を聞いていたのだから言い切れないが、今は澪引に感情を抑えてもらわなくては困る。 男たちの会話をそのまま伝えると澪引は卒倒するだろうし、これ以上リツソの名を呼ばれても困る。

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