大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第104回

2022年10月07日 21時30分56秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第100回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第104回



杠の部屋は知っている。 紫揺が先を歩き、その後を “最高か” と “庭の世話か” が葬送の列のように歩いて杠の部屋を訪ねた。

「そうか、もう戻るのか」

「うん。 長く居すぎた。 東が心配。 って言うか、心配されてると思うから」

「我が妹は皆に心配をかけるからな」

「そんなことないし」

夕餉のあと毎日杠と話している中で、杠が公にマツリ付になったと聞いていた。 だが今は四方の仕事の手伝いをしているとも。

「お仕事、無理しないでね」

「それは是非とも四方様に言ってもらいたい」

笑いながら杠が言う。

「杠・・・」

紫揺が杠に手をまわす。

「もう逢えないと思ってた」

「逢えると言っただろう」

一方の手を紫揺に回すと、もう一方の手で頭を撫でてやる。

「また逢える」

杠の腕の中で紫揺が首を横に振る。

「もう来ない」

「どうして?」

「もう倒れないから」

杠が笑う。

「我が妹は倒れるから本領に来るというのか? そうでは無いだろう」

だがそれでも紫揺が首を振っている。

「それに紫揺にそうそう何度も倒れられては、いくつ心の臓があっても足りない。 俺の言葉を信じていればそれでいい」

希望、期待を持っていればいつかは叶うということだろうか。

「・・・うん」

紫揺の掌にはまだ晒布が巻かれている。

「手の傷はまだ治らないか?」

「これくらい何ともないんだけど・・・」

あの四人の女人が許さないのだろうなと簡単に察しが付く。

「何ともないではないぞ。 もう木登りはするなよ」

「うん」

えらく素直に答えるが、高い枝を見ればウズウズする紫揺には無理な話だろう。

「約束できるか?」

「うん。 松には素手で上らない」

紫揺の答えにひとしきり笑った杠。

「約束は守れよ」

そう言うと両手で紫揺を抱きしめた。

そしていつもの刻限にシキと共に澪引を訪ね別れの挨拶をした。 ここでもマツリに言わないようにしてほしいと紫揺が言った。

「それは駄目よ」

「宮の馬を貸しては貰えないですか?」

紫揺の予定では宮の馬を借りて岩山まで行き、見張番に馬を返してもらい、あとは一人で帰るつもりだった。

「そういう以前の問題よ。 マツリが連れてきたのだから、マツリが帰すのは当然でしょ?」

シキが言うが紫揺が口を歪める。
その理由は澪引もシキも分かっている。

「でも・・・マツリ。 ・・・今は馬で出ていますよね?」

この刻限はマツリが馬で出ているはずだ。 だからこの時を狙ったのだから。

「え?」

「マツリが帰ってくるのは夕刻前ですよね。 前にマツリが言ってました。 遅くなっては東の領土の山を抜けるに暗くなるって」

「それでは明日でいいのではなくて?」

澪引が言う。
至極尤もだが、紫揺的にはわざとこの時を狙ったのだ。 明日に回す気はない。

今日は皿に盛られた菓子に手をつけていない。 気楽にいてはいないのだろう。
どうしたものかと思っている時に澪引の側付きが現れ耳打ちをした。

「あら・・・」

シキと紫揺が澪引を見る。

「如何なさいました?」

澪引がシキを見ると次いで紫揺を見た。

「馬で出ていたマツリが戻って来たそうよ」

「はぁ!?」


不承不承なりにも、シキと澪引に別れを告げた紫揺。
“最高か” と “庭の世話か” が門に向かう紫揺の後を歩いている。


マツリに運ばれてきた時には東の領土の夜衣の格好だった。 まさかそれに着替えるわけにもいかず、紫揺の背の丈にあったシキが以前に着ていた他出の衣装を貸りることにした。
昌耶が幾つかの衣装を出してきて、その中に横にスリットの入った膝丈より少し上の薄青の上衣、下は上衣と同じ色の筒ズボンがあった。

「まあ、それはわたくしが・・・」

と言いかけてシキが繊手で口を押えた。
シキが何歳の頃に着ていたかを言いかけたのだろう。 何歳の時に着ていた服なのだろうか。 気になる。
塗籠から次々と出してきた昌耶が汗を流している。 他の従者に任す気はないようだ。

「昌耶さん、ありがとうございます。 これでいけます」

「そ、そうで御座いますか・・・あれ、それはシキ様が―――」

「昌耶」

だからシキが何歳の頃に着ていたものなのだ。

紫揺は初めて東の領土の服を着た時、先々代が十歳の時の服を着た。 それ以上になると肩が落ちてしまったからだ。 先々代が大きく育ったということもあったが、それは紫揺二十一歳の時であった。

今回もリツソには何も言わないで帰るつもりだったが、最後に借りを返せる材料を置いておくのも一つだろうと “庭の世話か” にリツソを呼んでもらっていた。
回廊の外に待っているリツソ。 襖が開いた。
襖から出てきたのはシキの衣装を着た紫揺。 カルネラが「シユラ!」 と言いながらリツソの肩から下りてくると、紫揺の肩にスルスルと上がった。

「こらカルネラ! 我より先にシユラを呼ぶなと言っておろうがっ!」

まで言うとやっと紫揺の衣装に気付いた。

「へ? シユラどうしたのだ?」

「急なんだけどね、これから東の領土に帰るの」

「え? どうして!?」

一瞬にして半ベソになる。
紫揺がリツソの前まで進んで膝をついた。

「勉学、頑張って続けてね」

「いやだ・・・シユラが居なければ我は勉学などせん」

「こら、ずっと前に言ったでしょ。 お勉強は大切だって。 それと―――」

「シユラが居なければイヤだ!」

「そんなこと言わないの。 それに私と会いたくなったら、リツソ君が私に会いに来てくれればいい」

「え・・・?」

「しっかりお勉強・・・勉学に励んでカルネラちゃんと心を通わせればカルネラちゃんと一緒に、カルネラちゃんに乗って東の領土に来ることが出来るでしょう?」

「・・・それは」

ほど遠い話だ。

「東には北みたいに狼とかっていないからその方法しかないし。 ね、待ってるね」

リツソの頭を撫でてやると、次に肩に止まるカルネラの頭を指で撫でながら言う。

「カルネラちゃん、リツソ君のこと頼んだよ。 カルネラちゃんも一緒に勉学してね」

「ワカーリー」

ムカーデのことをまだ覚えているようだが、四方からムカーデは四方への伝言だと聞いた後にカルネラにはもう “ムカーデ” と言わないようにと言っていた。 それを覚えているのだろうが、どうしてもこのフレーズに嵌まってしまっているようだ。

「カルネラ、リツソとベンガク。 カルネラ、オリコウサン。 カルネラ、シユラスキ」

「ありがと」

最後に顎の下を犬猫扱いに撫でた。
しぶしぶ承知したのか、シキの手前があってそれ以上言えなかったのか、シキと共に大階段まで見送ったリツソであった。


門の前に行くと見慣れた男が馬を曳いていた。 紫揺が本領に来る時にはいつも前後に居てくれている見張番の百藻と瑞樹であった。

「あれ? どうして?」

東の領土から本領に入った時に宮まで護衛してもらい、その後、紫揺が東の領土に帰るまではこの宮で過ごし、紫揺が東の領土に帰る時にまた護衛してもらうという図であったはずだ。
だが今回はどうしてだか分からない、というか、気を失っていた間に起きたことは全く知る由が無いのだが、マツリは見張番に頼ることなく紫揺を宮に運んだはずだ。 見張番が宮に居るとは聞いていなかったのだから。

「マツリ様から紫さまをお送りするように言いつかりましたので」

瑞樹が言う。

「え?」

何処からバレたのか・・・。 いつバレたのか・・・。
責める気はないが思わず振り返り “最高か” と “庭の世話か” を見てしまった。
四人が一斉に首を振る。
シキと澪引がマツリに言ったとは時間的に考えられない。

「・・・杠」

杠以外に居ないだろう。 そう言えば杠にはマツリに言わないようにと念を押すのを忘れていた。

「参りましょうか」

百藻が言う。

馬を走らせる上空をキョウゲンが飛んでいる。 そのキョウゲンの背にマツリが乗っている。

―――最悪だ。

きっと、絶対に、岩山からはキョウゲンから下りたマツリが徒歩で紫揺に付くはずだ。 いや、厳密に言うとこちらが付かされるのか、マツリが先を歩くのだから。 あの時と同じように。

借りは相応に返せていない。 リツソの勉学をする横に座り本を読んでいただけだ。 マツリは “貸し” などとは思っていないと言っていたが。
それに今回のことはマツリが居なければとんでもないことになっていたかもしれない。 マツリが教えてくれたから、マツリが居てくれたから・・・。 それは分かっている。
だがとにかく・・・憂鬱だ。

それにマツリも言っていた。
『紫が我のことをどう思っていようが今は関係ない。 横に置いておけ』 と。 その今が終わった。 岩山からは、これからがあるかもしれない。
今度何かしようとしたら、何か言ったら・・・足で腹を蹴倒してもいいか?
そんなことを考えるがそんな問題ではない。 いや、それで解決できないか? いやいや、もう解決できているだろう。 ひっぱたいたのだ。 それで紫揺がどう思っているか分かるだろう。 分からなければストーカーと同じだ。

でも『紫が我のことをどう思っていようが今は関係ない。 横に置いておけ』 その言葉は今も紫揺を想っているということなのだろうか。
ああ・・・考えるだけで憂鬱になる。

後ろを走っていた瑞樹が紫揺の横に馬を付けた。

「お元気が御座いませんようで?」

「あ、ごめんなさい。 なんでもないです」

百藻も瑞樹もきっと他の見張番も、馬に乗る者の元気など考えていないだろう。 ぼぅっと乗っていて馬から落ちれば責任が問われる。 そして何より、馬に負担をかけさす乗り方を嫌うのだろう。
背筋を伸ばし馬のテンポに合わせる。

(・・・何か言ってきたら・・・何かしてきたら)

―――ぶん殴ってやる。

ひっぱたいて分からなかったら、ぶん殴るしかない。


「では、お気を付けて」

慇懃に剛度が言う。

「行くぞ」

既にキョウゲンから下りてきていたマツリが先を歩く。

「じゃ、有難うございました」

腰を折って頭を下げかけ「辞儀はされませんように」という此之葉の言葉を思い出し、頷くようにペコリとしただけで終わらせた。

左手の指先で岩山に触れながら上る。
マツリに同行してもらわなければならない事なんてないが、前回そう言って受け入れてもらえなかった。 言ってみたとて今回も同じだろう。 では走ってマツリを抜いてそのまま洞窟を抜け山を駆け下りればいいか。 などと頭の中で考える。

(いや、抜くなら洞窟に入ってからでないと、こんな所で走るなんてとんでもないな)

右手は断崖だ。 足を踏み外して落ちる前に、チラッとでも右側が目に入ったら高所恐怖症が顔を出し足も動かなくなるだろう。

ドン。
マツリの背中にぶつかった。

「ぼぉっとして歩くなと言ったであろう」

たしかに、前回言われた。
だからと言って、わざと立ち止まってぶつからせるっていうのはイタダケナイ。
落ちないようにだろう、今回も腕をつかまれている。

「杠から聞いたの?」

「なにを」

「今日私が帰るって」

「いいや」

え? 下げていた顔を上げる。 見たくない顔が目に映った。 思わず視線を左の岩山の壁に走らす。

「じゃ、どうして」

「今日か明日あたりだと思っていたからな。 お前のことだ、キリの良い時を選ぶだろう。 明日なら本領に来て十日、たぶんその辺りを狙うだろう。 昨日まで読んでいた書が夜に読み終わることを考えれば今日あたりが濃い」

「どうして私が読み進めていた具合を知ってるのよ」

「お前のことは食事房で自慢気にリツソが喋っておる」

そういうことか。
杠じゃなかったんだ・・・。 そうだ。 杠は言わなくとも分かってくれている。

マツリが握っていた手を離すと紫揺の手首をつかみ掌を見た。

「まだ傷が残っておるな」

晒布は馬を下りた時に取って瑞樹に捨てておいてくれと頼んでいた。 こんなものを巻いて帰った日には此之葉がぶっ倒れるかもしれない。 掌を見せないようにしていればそれで済むこと。
紫揺が手を振り払う。

「行かないんなら、そこどいて。 一人で帰るから」

まるで以前のマツリのようにずっとソッポを見て言っている。 

「ぼぉっとして歩くのではないぞ」

マツリが方向を変えると歩き出した。

岩山を上りきり洞の前まで来た。 マツリは止まることなくずっと前を歩いている。 そのマツリの肩からキョウゲンが飛び立った。
そう言えば前回もそうだった。 どうしてだろう。

「なにをしておる。 離れるなと言っておったであろうが」

確かに前回言われた。 どんなことがあるか分からないからと。

「キョウゲンはどうして飛んで行くの?」

「洞の中を確かめる為に先に飛んでおる」

「は? じゃ、別に離れててもいいじゃない。 なにか・・・誰かいればキョウゲンが教えてくれるんでしょ?」

「現状を見ておる。 何がどう変わるかは分からん。 後ろから誰かが来ていたらどうする」

ドンダケ疑り深いのか・・・。 聞いてる方が疲れる。

「そっ、じゃ後ろはマツリが見ててよ。 私が前を歩く」

マツリの横を通り過ぎると一気に走る。 そのまま山を駆け下りる。 その予定でマツリの横を通り過ぎようとした時、腕を取られた。

「なに!?」

思わずマツリを睨みつける。

「お前の考えなど透けて見えるわ。 よいか、走るのではない」

(う・・・バレてたのか。 それも透けて見られていたのか)

残った片手で頭を覆った。 物理的にそうでは無いことくらい分かっている。 だが見られたくないという思いから反射的にしてしまった。

「走らぬと言わぬ限りこの手は離さん。 どうする」

腕を振ってみるがマツリの手は離れない。
マツリに何か言われても無視を決め込んだらそれでいい。 何かされそうになったらぶん殴ればいい。

「・・・走らない」

念を押すことなくマツリが手を離し歩き出す。
洞を見終えたのか、キョウゲンが戻って来てマツリの肩に乗った。
マツリはずっと無言だ。 洞を抜けて東の領土の山を下りる。 それでも無言。
ずっと気にしているこっちが馬鹿みたいだ。

はるか向こうから馬の嘶きが聞こえてきた。

「え?」

「お前が衣裳を換えている間に東の者にこれから戻ると伝えておいた。 間に合ったようだな」

前を見たままマツリが言う。
その時に見張番にも言ったのだろう。 こいつは、この男は。 どこまで貸しを作れば気が済むんだ。

「ああ、言っておく。 このようなことを貸しだとは思っておらん」

マツリの後で紫揺が両手で頭を覆った。

「このようなことは前例がない。 五色が倒れるなどということはな。 いや、倒れることはあったかもしれんが、その領土で乗り越えておっただろう。 倒れる倒れないにしろ、五色一人で本領に来るということがそもそもない。 常に領主と “古の力を持つ者” が一緒だ」

前回のことを言われているのだとピンときた。 だがそれはマツリの手によって踊らされたこととは知らない。

「他の領土のように、五色一人でないのならそれで良いが、五色が一人である以上、我が最善を尽くすのは当前のこと」

先ほどまでの無言と打って変わったように話してくる。

山を下りきった。 木々の中から体が出て、走ってきている馬たちの姿と砂埃が見える。
マツリが歩を止めて振り返った。

「何をしておる」

「あ・・・」

まさか振り返るとは思ってもみなかった。 慌てて頭を覆っていた手を下ろす。

「考えが透けて見えるというのは、そういうことでは無かろう」

「わ、分かってるわよ。 ちょっと・・・頭を掻いてただけ」

どんな掻き方だ。 マツリが大きく溜息を吐く。

「五色に最善を尽くすのは当前だ。 だが今はそれだけではない。 我は想い人を大切にする、守る。 何と思われていようがな」

「大切?」

「ああ」

「大切が聞いて呆れる。 あ、ってか、それって私のことじゃないんだ。 なに? マツリの中で許嫁と想い人って別なわけ?」

「そのようなことがあるわけがあるまい。 我の想い人は、紫ただ一人」

「わけ分かんない」

大切なら、守りたいんなら傷つけるなよ。 それによくも恥ずかし気もなく堂々と言えるもんだ。

マツリが振り返る。
馬を曳いて秋我が歩いて来る。 その後ろに阿秀とお転婆の手綱をひく塔弥。 お転婆の横にガザンがついている。 その後ろに他のお付きたちもいる。 近くまで馬を走らせて来ると砂埃が立つからだろう。

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