大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第103回

2022年10月03日 20時43分30秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第100回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第103回



澪引の部屋での話は長かった。 リツソの部屋に足を運ぶとリツソが猛勉強していると師から聞かされた。
最後に澪引からは四方への挨拶はいいと言われた。 澪引が止めたということにすると。 その時を惜しんで書を読めばいいと言われた。
有難い申し出だった。 四方は苦手・・・と言うか、未だに領主への怒りがおさまっていない。 杠と一緒に四方と話したことで数本の棘は抜かれてはいたが。
そして翌日から毎日客間に菓子が届けられた。 夜な夜な菓子をつまみながら光石に照らされる書を読んだ。


「朱禅殿、ここに居られましたか」

振り向いた朱禅が見ていたほうに目を向けると、マツリと杠がいる。

「ああ、マツリ様の鍛錬を見ておいでで」

「ええ、あのように動けるとは羨ましい限りです」

「マツリ様は特別でございましょう。 御文で御座います」

「ああ、これは、有難うございます」

「ここのところよく御文が届くようで」

「ええ・・・郷里からです」


「あれは何をしておるのだ?」

「さぁ、何で御座いましょう」

光石に照らされた四方と小首をかしげている澪引。
先ほどまでマツリと杠が手を組み合わせていた。 身体を鈍らせないように鍛練をしているのを、時々、四方と澪引は遠目から見ていたのだが、今日はいつもと違った。
いつものように礼をして終わった、そこまではいつも通りだった。 いつもならそのまま汗を拭いて二人で階段に座るのだが、その様子を見せない。 それどころか急に何やらしだしたのだ。


「あの話、己なりに考えたのですが」

杠がマツリの手を取ったり、身体に手をまわしたりしている。 手をまわされているマツリは身体の力を抜いて杠に体を預けている。

「あっと? あれ? あ、申し訳ありません。 もう一度最初から。 えっと、ここでこうして・・・こうなって・・・で・・・」

「・・・で? どうしてこうなる」

胡坐をかく杠の足の上にマツリが座らせられている。

「あれぇー? 頭の中ではこうではなかったのですが・・・可笑しいなぁ」

「やはりこうしか出来ぬということか・・・」

言うが早いかマツリがもう一度全身の力を抜いた。

「おっと」

杠がすぐさまマツリを支える。

「まぁ、これが一番無難でしょうか」

マツリがまだはっきりしない紫揺を支えるために、己の胡坐の上に座らせたことを杠に話した。 そしてどうしてそうなってしまったのかは分からないが、他に方法があったはず。 己がそれに気付かなかったのが悔しいが、後でどれだけ考えてもそれ以外浮かばなかった。 杠ならどうしていた、と訊いていた。
結果、杠の胡坐の上で腕を組むマツリが座っている。


「何をなさっているのかしら」

「鍛練のあとの・・・なにかしら?」

「あの様なことをされる間には、紫さまをお訪ねになられればよろしいのに・・・」

「ええ、杠殿は毎日紫さまをお訪ねになっているというのに」

杠に頼まれ、紫揺が夕餉を済ませると、すぐに呼びに行っているのは自分達だ。

「杠殿は積極的に紫さまとお話をされるというのに・・・」

「シキ様もマツリ様に仰っておられるそうよ。 お会いするようにって」

「ええ、シキ様はわたくしたちと同じに、この機会を逃されたくないと思っていらっしゃるから。 でもやはりあれが効いたのかしら」

「ええ、それほどに紫さまはマツリ様を許されていないっていうことかしら。 ・・・でも、いくらなんでも」

四人が目を合わせる。

「拳はないわよねー」 夜風に乗って四人のカルテットが踊った。


「四方様・・・」

「うん?」

勾欄に手を置いた澪引。

「・・・わたくし」

そう言ったきり口を噤んでしまった。
四方が澪引の肩に手をまわす。

「其方には苦労をかける」

「苦労など御座いません・・・」

勾欄に置いた自分の手を見る。

「紫に教えてもらいました」

「紫?」

「紫のように・・・はっきりと申し上げます」

澪引が顔を上げ四方を見る。

「いや、紫のようにならずとも―――」

杠とは良い関係を築けるだろうが、四方自身とマツリにはどうかと思っている。 それなのに紫揺のようにとは・・・。
だがその四方を最後まで言わせず澪引が言う。

「わたくし、我儘で御座いました」

「あぇ?」

想像もしないことを言われた。 咄嗟に馬鹿のような返答が出てしまた。

「わたくし自身の我儘は分かっておりました。 ですが紫とお話し、気付かぬところで更なる我儘を持っていることを知りました」

「あの・・・澪引?」

「四方様は本領領主であり、シキとマツリの父上。 それは分かっておりました」

「リツソの父でもあるつもりだが・・・?」

リツソの父が己ではないとは微塵も思っていない。 どうしてリツソが外されたのか?

「四方様とシキとマツリの間には本領のお話が御座います。 わたくしはそれを何一つ知りません」

「澪引・・・」

「それが・・・寂しい御座いました。 悲しい御座いました」

澪引がどうしてリツソを省いたのかが分かった。

「でもそれは・・・わたくしの我儘で御座いました」

四方が手に力を込め澪引を抱き寄せた。

「・・・紫に教えてもらいました」

「気付かなくて・・・すまぬ・・・」


「手に怪我をしたと言っておったな」

杠の膝に座るマツリが言った。 男が男の膝に座りながら言うには、全く以って言葉に重みがない。
杠が人差し指だけを立てて一本の松の木を指さした。

「あの松で御座います。 下の枝から・・・ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ・・・その上の枝に座っておりました」

「そんな所にか、無茶をする」

「本当に。 どうやってあの枝まで上がったことでしょうか」

杠も枝まで上ったが、杠の身体能力と身長があるからだ。 紫揺に身体能力があるのは分かっているが、それでも一番下の枝は背の低い紫揺には到底手の届かない枝だ。

「地下に行った時、塀を駆け上り走りよった」

「は?」

「一番下の枝まであの木を上った・・・木を走ったのだろう」

松の木の下の方は僅かだが斜めになっている。

「木を・・・木を走ったと?」

「アレは・・・面白いか」

一つ鼻から息を吐いた。 とても楽しそうに。
杠が全く以ってそうだ、という具合に頬を緩める。

「どうしてだか・・・」

「はい?」

「何故、あの様な・・・童女(わらわめ)・・・。 ああ、あくまで見た目のことだ。 童女であればいずれは女人。 だがアレはすでに女人の歳。 それなのに女人には遠いだろう。 それなのにどうして・・・」

己は紫揺に心を寄せたのか・・・今も寄せているのか。

―――分からない。

「何を仰せられます」

「紫揺は・・・紫揺を知れば、紫揺に心奪われない者はおりませんでしょう」

「え? あの落ち着きもなければ、女人にして木登りをするアレにか?」

杠がマツリを膝にのせたまま大笑いをした。
クック、と笑いをおさめ、ようやっと話し出す。

「だからです」

「あ?」

マツリが振り向く。

「紫揺ならばともかく、マツリ様では重とう御座います」

足に痺れを感じていた。
杠が言いたいことが分かったマツリが杠の膝から下りる。
そう言えば人の胡坐の上に座るなどと何年ぶりのことであろうか。 いったい誰の胡坐が最後だったか。 あまりにも遠い記憶過ぎて覚えてもいない。 四方か・・・それとも朱禅か尾能だろうか。

「今日、北の領土から領主代理が来ておりましたが、お聞きになられましたか?」

「ああ。 内容はまだ聞いておらんが、北の領主代理が来た。 領主の足ではもう山を上れんようだとだけは夕餉の席で父上から聞いた」

あの時、ショウジがしたままであればそんなことは無かったはずなのに。
山の中で乗っていた馬が倒れ、そのまま片足が馬の下敷きになり、もんどりうつ馬から片足を引けたのはよかったが、そのまま山を転げ落ちた北の領主。 その北の領主を馬車道まで運んだのは “影” と呼ばれる存在だったが、影の存在をマツリは知らなかった。
馬車道で倒れている領主を民が見つけ、そのあとすぐに薬草師が駆け付けた。

マツリの一言が原因で領主が山の中に入ったことは分かっていた。 狼からの報告に気になり見に行くと薬草師は的確な治療をしていた。 その薬草師が治療をしながらゆっくりと何日もかけて馬車で領主の家まで運んだのだが、その後を継いだ薬草師の師匠と医者がいけなかった。 薬草自体の間違えも大きく、なにより足の添え木を変えてしまっていた。 それが原因で山に上れるまでには戻らなかった。

「そうですか。 それが・・・」

四方から聞いた話をマツリに聞かせた。 四方が己に言ったのだから、マツリに言ってもいいことだろうし、どちらかと言えば、言えということだろう。
それは聞き逃すことが出来ない話だった。

「いつの話しだ」


一日中書を読む気だった。 だがシキと共に澪引にも一日に一回は顔を出すようにしたし、マツリにキッパリと借りは返すと言った。 それはリツソに勉強をさせるということであった。
紫揺自ら教えることは無かったが、学ぶリツソの横で書を読むということをした。 リツソが気になってチラチラと紫揺を見ると「リツソ君、ちゃんと聞かなきゃ」と注意をする。 すると師が満足するかのように頷いていた。

紫揺の読書の時間はリツソの部屋にいる間、そして客間に戻って来てから夜な夜な読みふける、という具合だった。
他に本を読まない時の例外はほんの僅かな時だが、毎日杠が顔を出してくれていた時だけだった。
紫揺が夕餉を食べた後のほんの束の間。 他愛もない話をしていた。 あくまでも紫揺的にはであるが。
杠の話す端々にマツリのことがそれとなく織り交ぜられているのには気付いていなかった。

「うー、目が疲れる・・・」

今日も一日中本を読んでいた。 杠と話をしてその後にも読んでいた。

「目の休憩が必要かぁ」

身体を動かしているわけではない。 目だけが疲れていて眠気はやってこない。

「勉強したらお腹がすくとか、疲れて眠れるとかっていう人の気持ちって分かんないなぁ」

紫揺の通っていた葵高校には特進科もあった。 紫揺はスポーツ科だったから特進科との接点はあまりなかったが、チラッと話した時にそんなことを言っていた。
そしてスポーツ科と芸術科は男女別のクラスに別れてはいたものの、クラスに混在していて、休み時間には芸術科の美術専攻の友達に似顔絵や色んな絵を習っていた。 基本、書く、描くことが好きなのである。 紫揺の父の同僚である佐川が知るように、飾り文字や色んな文字を書いていた。

その友達も没頭し終えた後はお腹が空いたり眠くなったりすると言っていた。
気持ちは分からなくとも紫揺の理解の上では特進科は勉強が、美術専攻は描いたりすることがスポーツのようだ。 
紫揺の場合は肉体を動かすことによって疲れ眠気がくるが、特進科と美術専攻は肉体ではなく脳を動かすことによって肉体を動かすのと同じく自然現象が現れるらしい。

「夜のお散歩でもしよ」

あの松の木に上りたいが残念ながらここに軍手はない。 同じ怪我をしたら杠は怒るだろう。
多分・・・優しく。

一応、保安灯の小さな光石を手に取ると部屋を出た。 すぐに回廊の光石が点灯する。

「そう言えば、この石って不思議」

日本に比べて本領も北の領土も東の領土もかなり文明が遅れている。 だがこの光石は日本にはない。 センサーライトと同じ働きをするのだから、センサーライトがイコール光石となるのだが、自然にあるものと作り出すものとでは大きな違いがあるだろう。

「・・・」

今ごろみんな何をしてるのかな。 高校時代の友達。 中学時代の友達。

「ばか」

今はそうじゃない。 今だけじゃない、ずっとそうじゃない。 もう日本はここにないのだから。 帰ることが出来ないのだから。
帰ることが出来ないのに分かっているのに。 それでも帰ることが出来るとしたら。 帰って何をする? 友達に会って近況を聞いて・・・それから・・・それで、どう? どうする? 何をする?

「・・・馬鹿みたい。 みたいじゃない馬鹿だ」

自分には祖母の声がある。 『東の地を頼みます』 と。
東の領主に無理やり連れてこられたんじゃない。 あの時、自分で選んで東の領土に来たんだ。
後悔なんてしてない。 なのに・・・どうして帰ることのできない過去を振り返ってしまうのだろうか。

トボトボと回廊を歩いていると、回廊に設置されている光石が次々と点灯していく。 過ぎ去った光石は暫く点灯しているが順々に消灯していく。

「息抜きのお散歩になんてなってないじゃない」

過去のことばっかり考えて。
どん、とぶつかった。
なにに?
下げていた顔を上げると文官の背中が見えた。

「あ・・・」

文官が振り返る。

「あ、ごめんなさい。 ぼぉーっとしてて」

「いいえ。 このような所まで何用で御座いましょうか?」

上流の衣装を着ている。 女官ではないのは一目で分かる。

「え?」

こんな所まで?
あたりを見回すが、見たこともないところだ。
此処はどこだ?

「あ、すみません、ボォーッとしてて。 夜のお散歩をしていたのに。 えっと・・・ここって何処ですか?」

回廊をわけも分からず歩いていたみたいだ。
文官が口角を上げる。

「迷われたのでしょうか?」

「・・・みたいです」

「このような刻限で御座います。 私の分かる所までになってしまいますが、お送りいたしましょう」

文官の先導の元、ようやっと知っている所に戻ることが出来た。

「あ、ここからは分かります」

「良う御座いました。 反対にこの先を私は知りませんでしたので」

「有難うございました」

「いえ、なんということは御座いません。 ですがこれからは夜のお散歩はお控えなさるが宜しいかと」

心に沁みるような優しい声。 顔も優し気だ。 夜だからそう感じるのだろうか。

「はい」

それから数日、夜になると軍手が無いから松にも上れないし、迷子になるから回廊浮遊も出来ない。 有り余る体力を抑え大人しく夜を過ごしていた。

マツリがドンと本を置いて五日が経った。

「九日? じゃなくて八日?」

紫揺が倒れてから十日。 本領に来てから八日が経っていた。

「まだある、って・・・」

山積みされた本を横目で見る。

「限界・・・」

いつまでも本領に、宮に甘えていられない。 ただ飯食いは一番気に入らない。
丁度読んでいた一冊を読み終えた。 五色のことが何となく分かった。 シキが五色のことを話してくれたが、それはかいつまんで話してくれたことだと分かった。
それに一冊目は今回のことでマツリが参考にした本だったが、他にもいろいろと書かれていた。

「潮時かな・・・」

そろそろ東の領土に帰らなくては。
翌朝、朝餉を済ませるといつものように何やかやと話してくる “最高か” と “庭の世話か” に話しかけた。

「ちょうど昨日、読み終えてキリがいいんです。 今日あたり東に帰ろうと思います」

突如思いもしなかったことを聞かされた。

「あの、ですが全て読まれたわけでは・・・」

「もう宮に来て明日で十日になりますから。 東の領土も心配しているでしょうし」

「ですが! ―――」

「私のいない間に東の領土で何かあってはいけませんので」

そう言われてしまえば何も言えない。 ここで自分たちが引き留めてその間に東の領土が大雨に襲われたり、意図せぬことが起こったりしては責任など取れるものではない。 それにそうなれば紫揺が悲しむ。

「杠と会って、シキ様と澪引様にご挨拶をしてから帰ります」

杠は今日も仕事だろう。 その前に会って話をしたい。 帰る事を告げたい。
四人の眉尻が垂れる。

「あ、それと私が帰ることをマツリに言わないで下さい」

「それはっ!」

「お願いします」

さんざん此之葉に下げるなと言われていた頭を下げた。

「紫さま!!」

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