大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第35回

2022年02月07日 22時00分46秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第30回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第35回



シキの部屋には澪引も来ていた。 リツソを間違いなく勉学の師に預けてきたと言う。

「また逃げ出さなければ良いのですが」

澪引が眉尻を垂れて言うが、シキ同様その姿も面差しも美しい。

「頑張っているんですね、リツソ君」

「紫が今日東に戻るのだからどうしても一緒に居ると言っていたの。 でもね」

シキに視線を送る。

「ええ、リツソに邪魔をされては困りますわ」

「リツソ君が邪魔を?」

「ええ、リツソが居ると紫はリツソのことを気にするでしょう?」

「そんなことは無いと思いますけど・・・」

と言った途端、部屋の外で叫び声が重なった。
眉間に皺を寄せた昌耶が襖を僅かに開ける。
と、またしてもその隙間から毛玉が走って入って来た。

「ひえ!」

昌耶がまたしても仰け反った。

「シユラ!」

カルネラが椅子に座る紫揺の足元から、スルスルと肩の上まで上がってくる。

「カルネラちゃん、おはよう」

人差し指の指先でカルネラの顎の下をさする。 俗にいう犬猫扱い。

「心の臓が幾つあっても足りのうございます」

両手を心臓の辺りに添えて今にも心臓が止まりそうな顔をして昌耶が呟く。

「すみません」

なぜか謝る紫揺。

紫揺のせいでは無いと昌耶が首を振るが、昌耶の年齢を考えると真実この登場の仕方は心臓が止まるかもしれない。

「リツソ君と一緒にお勉強しなくていいの?」

「オベ・・・ン、キョ?」

「えっと、勉学」

そうだ、ここではお勉強とは言わないんだったと思い出す。

「ワレ、カルネラ。 アニウエ、コワイ。 アネウエ、ヤサシイ」

胸を張って言う。 こんな所はリツソそっくりだ。
勉強から話が逸れてしまったように聞こえるが、これはリツソから得たもの。 カルネラにしてみればこう言うことが勉強の一つと表出しているのかもしれない。

「そっか。 シキ様はお優しいもんね」

シキが口角を上げて微笑む。 そのシキを温かい目で見ている澪引と目が合った。

「ねぇ、カルネラ? 母上のことは?」

カルネラがキョトンとした目をする。
紫揺の人差し指が止まる。

(え? 駄目でしょ! ここで止まったら駄目でしょ! それじゃあリツソ君が澪引様のことをカルネラちゃんに何も聞かせなかったことになるじゃない)

それに気付いたのか澪引が寂しげな表情になっていく。

(ヤッバ、これって完全におかしな雰囲気になっちゃう)

今日帰るというのにこんな終わり方はご免だ。

「カルネラちゃん?」

「シユラ!」

キョトンとしてシキを見ていた顔を嬉しそうに紫揺に向ける。

「リツソ君は澪引様のことを何か言っていた?」

頼む、それなりに答えて、と祈りながら訊く。

「ミオ、ヒ、マサ?」

“マサ” ではない、“サマ”。 いや、今そんなことはどうでもいい、失敗した。 リツソは澪引様とは言わない、母上というのだった。

「リツソ君の母上」

「ハハウエ?」

「うん、そう」

「ハハウエ、スキ。 ダイジ。 シユラ、ダイスキ」

比較級でこられた。 どういう顔をしていいのだろうか。
そっと肩に止まるカルネラから目を外すとシキが笑いを堪えているのが見えた。 澪引に目を移すと頬に手を当てている。
禍は無かったようだ。

「まぁ、リツソったら」

「母上、リツソは母上のことを大切に想っているようですわ。 好きは紫の次のようですけど」

本領で “好き” という言葉は十五に満たない者が使う言葉だ。 十五になれば “想い” や “想い人” という言葉に変わる。

「リツソはまだ言葉の使い方も分かっていないようですわね」

いやいや、そうでもない。 リツソの中では紫揺は想い人の上の奥になっているのだから。

(良かったー)

悪い雰囲気で帰ることがなくなった。
この場を丸く収めてくれたカルネラを褒めるようにカルネラの頭を人差し指で撫でてやる。

「カルネラちゃん、いい仔ね」

「カルネラ、イイコ」

「うん、いい仔。 嬉しいよ」

シキが首を傾げカルネラを呼ぶ。

「カルネラ?」

「カルネラ、イイコ。 シユラ、ウレシ!」

おかしい。 カルネラの反応がおかしい。

「カルネラの主はだれ?」

声がした方、シキを見たカルネラが首を傾げる。

「紫、同じことを訊いてちょうだいな」

カルネラを見たまま紫揺に言う。
シキが何を言いたいのかが分からない。 カルネラと同じように首を傾げながらも紫揺が訊いた。

「カルネラちゃんの主が誰かな?」 

「リツソ!」

嬉しそうに答えるカルネラ。

「カルネラ、リツソの兄上はだれ?」

またもシキがカルネラを見ながら問う。 カルネラが首を傾げる。
そしてシキが先程と同じことを紫揺に言った。

「カルネラちゃん、リツソ君の兄上は誰かな?」

「アニウエー!」

たしかにそうだ。 リツソはマツリのことをマツリとは言わない。

「カルネラ、これが最後。 カルネラの好きなものは何?」

またもやカルネラが首を傾げる。 シキに言われずとも紫揺が間をおいて同じことを訊く。

「カルネラちゃんの好きなものは何かな?」

「ウマイ。 オナカイッパイ。 シユラ、ダイスキ!」

とても幸せそうに答える。

「ありがとう」

紫揺が人差し指を動かす。

シキが納得したように前屈みになっていた姿勢を正した。 だがいつになく難しい顔をしている。

「シキ様?」 「シキ?」

紫揺と澪引が同時に呼ぶがそれに応えることなくシキが昌耶を見る。

「ロセイを呼んできてもらえるかしら」

シキと共にロセイはお役御免とはなっていたが、だからと言ってシキから離れることは無い。 今回もついて来ている。
そのロセイは紫揺が居なければシキの自室に一緒に居るが、紫揺が居る時には座を外し、別の部屋に巣を置いている。 いや、ロセイが気を利かせているのが分かっているので巣を移しているのは従者であるが。

昌耶が手を着き襖から出て行った。

「シキ、いったいどうしたの?」

「まだハッキリとは分かりません。 ロセイが教えてくれるかもしれません」

そう言ったシキが紫揺を見る。

「紫? カルネラに何かを感じる?」

「え?」

「カルネラに限らずロセイやキョウゲンにも」

「カルネラちゃんは可愛いと思います。 ロセイは綺麗だし。 フクロウは・・・」

「フクロウではない、キョウゲンだ」

澪引とシキ、紫揺が声の発する方を向いた。

「マツリ・・・」

紫揺が喉の奥で言った。

昌耶が居なくなり、シキの従者が外からマツリが来たことを言っていたが、それが聞こえていなかったようだ。

「あら、マツリ。 今すぐ紫を帰すのはやめてちょうだいね。 確認したいことがあるの」

「我もそれをお聞きしたいものです」

既にシキと紫揺のやり取りは聞いていた。

「マツリ、お座りなさいな」

澪引が勧める。 頷き椅子を引いたマツリがチラリと紫揺を見た。
シキの眉が上がる。

「それでキョウゲンは」

真っ直ぐに前を向いているマツリ。 紫揺を見ていないがその問いが紫揺に向けられているのは分かる。

「・・・」

まさかこのタイミングでマツリが来るとは思ってもいなかった。
無言の紫揺にマツリがチロリと視線を流す。

「キョウゲンは・・・」

紫揺が大きく息を吐いた。

「正直に言っていい?」

「ああ」

「初めてキョウゲンを見た時・・・」

「我がお前の前に現れた時か」

またお前と言った。 紫揺の頬がピキリと上がる。 だが我慢。 今からやり返してやるのだから。

「そう。 その時。 思いっきりびっくりした。 人を乗せるフクロウなんて」

「キョウゲンだ」

「分かってるわよ。 ハクロにも名前を言われたし、名前を言わないといけないことは」

「それで」

「その後にカルネラちゃんを見た。 会った。 フクロウよりとっても可愛かった」

「キョウゲンだ」

「そう、そのキョウゲンと比べ物にならないくらいカルネラちゃんは可愛かった」

「キョウゲンがその様に言われる筋合いなどない筈だ」

誰がキョウゲンとカルネラを比べてキョウゲンのことをどう思うかと訊いたというのか。 シキは何かを感じないかと訊いただけではないか。

「ええ、そう。 マツリの供がキョウゲンだからそう思った」

「どういうことだ」

「マツリよりリツソ君の方がずっと可愛いってこと。 大切だってこと」

可愛いで止めていればいいものを大切とまで言った。
マツリの眉が撥ねる。

「お前が誰をどう思おうが我の知ったことではない。 だがキョウゲンのことを蔑(さげす)むように言うではない」

「蔑んでなんてない」

澪引がハラハラしてマツリと紫揺の会話を聞いている。 シキはロセイを待ちながらも二人の会話のどこかに何かが無いかと探っている。

「キョウゲンはキョウゲンでしょう」

「そう考えていない筈だ」

「は? 何を言いたいのか分からない」

「比べるという事をするな。 ましてやお前はリツソの供であるカルネラとキョウゲンを比べた。 俺とリツソを考えながら。 それは言い換えればキョウゲンだけを見ていない事になる」

たしかにそうである。 そういうつもりで言った。

「それのどこが悪いの? だってそうでしょ? カルネラちゃんは可愛い。 マツリは可愛くない!」

供と主を一緒にするとは。 さすがのシキもこめかみを押さえる。

「俺のことをどう言おうがお前の勝手だ。 だがキョウゲンのことは別だ。 キョウゲンをカルネラのように可愛いなどと思って欲しいとは言わん、思ってもおらん、だがキョウゲンの存在を蔑むように言うな」

「そんなこと言ってない!」

シキが気付いた。 マツリは声を荒げていない。 あの時のように。
こめかみを押さえていた手を下げマツリを見る。
昨日とは全く違う様子を見せている。 話の内容で昨日と違っているのかもしれないが、そうでないかもしれない。 波葉から男同士の話をしたと聞いている。 そこで何かが変わったのだろうか。

カシャカシャカシャと足音が聞こえてきた。 嘴(くちばし)で襖が開けられる。 ロセイである。

「お呼びでござますか?」

ロセイの後に入ってきた昌耶が襖を閉める。 ロセイを呼びに行ったのは昌耶のようだ。
マツリと紫揺の言い合いが止まる。

「訊きたいことがあるの」

「なんなりと」

「わたくし以外の者からなにか問われたら答える?」

「その様なことはまず御座いません。 稀に供同士で問をかけ、答えることは御座います。 ですがそれも有るか無いかで御座います」

ロセイは一度キョウゲンと話している。 それは波葉のことがあった時であった。

「リツソの供・・・カルネラがわたくしの問いには答えないけれど、紫の問いには答えるの。 それはどういうことか分かる?」

供とは、人の言葉を解することが出来、特に供を持った者の言葉には、それに答えることが出来ることは知っている。 だが簡単に答えないことも知っているし、主以外の問に答えることを望んでいないことも知っている。
シキに問われ、ロセイに眉があったのなら思いっきり顰めていただろう。

「・・・分かりかねます」

紫と言われてすぐに分かることはある。 シキのことは何でも分かっているのだから。 シキが義妹として紫揺を迎えたいと思っていることも、紫揺のことをどう思っているのかも。

「ですが、供は主の言(げん)以外は、聞こえていても耳にせずもの」

ロセイが紫揺の肩に乗ってナデナデされ今にも溶けそうになっているカルネラを見た。 もう一度ロセイが無い眉を顰める。

突然に轟く声がした。
ロセイも勿論、澪引もシキも紫揺も驚き、紫揺の肩に乗っていたカルネラなどは首をすくめた。
そして襖越しのシキの従者も、末端に座る “最高か” と “庭の世話か” が大きく目を開いた。
マツリが一声叫んだのだ。
「キョウゲン!」 と。

シキの自室からマツリの自室は近くない。 それにキョウゲンは眠りの中、それなのにマツリの声を聞いて羽ばたいた。
マツリの声を聞いた “最高か” がすぐに襖の外から昌耶に声を掛け襖が開け放たれた。 紫揺のこともそうだが “最高か” も “庭の世話か” も、もうマツリのことは心得ている。

開けられていた襖からキョウゲンが現れマツリの肩に乗った。

「何か御座いましたでしょうか?」

マツリの疑問を感じ取ったようだ。

「寝ている所を悪いな」

夜行性であるキョウゲン、この時は熟睡の中だったはず。

「いいえ、その様なことはご配慮なく」

「キョウゲンが俺以外の者から疑問を呈せられればキョウゲンは答えるか」

「その様なことはまず御座いません」

「そうか。 それでは姉上から問われたらどうだ」

「シキ様で御座いましたらその内容によりお答えいたしますかと」

「ロセイは? もしマツリや父上、そうリツソからも何か問われたらどう?」

「マツリ様と四方様で御座いましたらキョウゲンと同じで御座います。 シキ様の御身に関わるような事でしたらお答えいたしましょう。 ですがリツソ様にはお答えしかねます」

マツリがロセイを見ていた目をキョウゲンに移す。

「ロセイと同じで御座います」

シキとマツリが目を合わせる。 シキが何か言おうとした前にキョウゲンが口を開く。

「マツリ様?」

「なんだ」

マツリは今、シキと同じことしか考えていない。

「いえ、申し訳けご座居ません。 何でも御座いません」

シキの眉が上がる。 キョウゲンはマツリの何かの変化に気付いたのだ。 だがそれが確立されていないからキョウゲンは分かりかねているのだ。 これは供を持つ者にしか分からないだろう。

「姉上、カルネラは・・・」

シキが眉を下げるとマツリに向き合う。

「カルネラは・・・紫の言うことだけはきくみたいね」

マツリが顔をしかめようとするタイミングでシキが紫揺を見る。

「それとも紫にその力があるのかしら」

「え?」

言ってることが分かりませんが? と言いたい紫揺。
だが流れから話の筋は分かる。 でもそれは有り得ない。 供とか主とかっていう以前にリスと何かがあるなどと。
だが確かに先程カルネラは自分の質問に答えてくれた。 それは隠しようのない事実だし、カルネラとの会話は今回だけではない。 ほんの数回しか会ったことが無いのに。 とはいえ、そんな力があるとは到底思えない。

「そんな力なんてありません」

紫揺はそう言うが紫揺自身が紫揺を分かっていない。 そしてマツリもシキも。 決して紫の力だけが紫揺の力ではないことを。

北の領土の仔ヒトウカがどうして紫揺に会いたいと思ったのか、どうして紫揺にもう一度抱きしめて欲しいと思ったのか。 どうしてガザンがあれ程に紫揺のことを想っているのか、守ろうとしているのか。
それは紫揺自身が生まれ持っていた心。 紫揺の持つ心は人だけに向けられる心ではない。 
そして紫の力、その心が紫の力に繋がっている。 慈愛の力に。
それを動物たちは感じ取ることが出来ていたのだ。

だがそれだけが理由ではない。 そのもう一つの理由は紫揺もマツリもシキも知らない。 四方とて知ることではない。

知っているのは月だけであろうか。

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