大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第34回

2022年02月04日 21時35分17秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第30回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第34回



「紫が起きたようですわ」

「そのようで」

波葉が椅子を立つ。 シキの寝間着姿ならともかく、紫揺の寝間着姿を見るわけにはいかない。

「波葉様、有難うございます」

え? と椅子を納めた波葉がシキを見た。

「わたくしは、マツリと紫を結びたいと思っております」

「シキ様・・・」

どこかで分かっていたつもりだが、それはそう簡単なものではない。

「紫が宮を出ましたなら邸に戻ります。 その折にはわたくしをお許しください」

「何を仰いますか!」

シキを許す許さないなどと。

「波葉様が父上の言をわたくしより尊重されたのは・・・」

シキの言葉が止まった。 滅多にあることではない。

「シキ様?」

何かあったのだろうか。

「そういう波葉様をわたくしはお慕いしております」

「え?」

「ですが、これからはお話しください。 波葉様お一人でお悩みになられませんよう」

確かに、四方から口止めされた時に悩んだ。 そして悩みあぐねき、シキが紫揺のことを想っている。 シキに紫揺のことを伝えねばと思った。 だが結果としてシキの悲しむ顔を見たくなかった、それが後押しして官吏としての四方の言うことを選んだ。
シキは何もかもお見通しということだ。

「シキ様・・・」

婉然に微笑んだシキ。 そのシキが身を翻して奥の襖に向かった。

「紫? 起きたの?」

シキが紫揺に声を掛けるのを聞いて波葉が身を引く。 反対に昌耶と従者がシキの部屋に入ってきた。

今回のいざこざは、紫揺が切っ掛けとして起こったことであったがまだまだ新婚である、互いへの思いやりからの心のすれ違いがあっても致し方がない。
一つ二つと山を乗り越えて絆を深めていく。 “恋心” がそう言っていた。


朝餉の席、シキがチラリとマツリに目をやる。

「マツリ? 紫をいつ東に帰すの?」

一つおいて隣りに座っているマツリがシキに答える。

「今日のいつでも。 紫も東のことが気になっていましょう。 こちらの都合で今日まで居てもらいました。 朝餉の後でもよろしいかと」

夕べの波葉との話を思い出す。
波葉はことごとく、マツリの感情が紫揺への恋心と解いた。 波葉の言うそれは確かに “恋心” の書に添ったものだったし、波葉自信の経験談でもあった。 それに波葉が紐解くと言ったように、マツリが疑問を呈するとそれに的確に答えた。 波葉の言いたいことは分かる。 だがそれに己は則さない・・・はずだ。

『マツリ様、そう想うことが・・・』

『いいえ義兄上、義兄上の仰るように、我は紫のことを気にかけているようです。 ですがそれは、姉上とリツソのことがあるからでしょう』

『ご姉弟様のことで気にかけられておられるのでしたら刺さるような物は御座いませんし、お顔が赤くなることも御座いません。 それに薬草師とトウオウ様への思いも』

マツリが口をへの字にして腕を組む。

『紫さまがリツソ様の許嫁になっても良いとお考えですか?』

『それは・・・』

『私でしたら、たとえ我が弟がシキ様を想っていても弟に譲るようなことは致しません』

これには説得力があった。 こう言っては波葉には悪いが、波葉の立場から考えてシキを己の奥にしたいなどと考えるだけでも畏れ多いこと。 それなのに四方に堂々とシキを己の奥にしたいと言ったのだから。

『いいえ、そういうことでは。 ただ紫は東の五色です。 姉上から東の紫のことは聞いておられましょう。 東の領土は紫を離しませんし、紫もそう考えているでしょう』

『では、紫さまが本領の者だとしたらどうで御座いますか?』

『それは・・・仮の話などは』

(あの時どうしてはっきりと・・・。 はっきりと何だ・・・)

マツリの眼球が一点を見つめる。 その様子をリツソがじっと見ている。

(ああ、そうだ。 はっきりと良いと、リツソの許嫁になっても良いと・・・)

胸に痛みが走った。 刺されたような痛み。

(また・・・)

目をギュッと瞑りその痛みに耐える。 続く痛みではない。 一瞬だけの痛みだ。
ほう、と息を吐き箸を置く。

「茶をもらえるか」

給仕がすぐに茶の用意をする。

「あら、もういいの?」

澪引がマツリの前にある皿にまだ沢山残っているおかずを見て言う。

「はい、昨日は呑み過ぎたようです」


朝餉を食べだしてからすぐに “最高か” と “庭の世話か” がマツリの話をしだした。 紫揺が倒れている時にマツリがどれほど紫揺のことを気にしていたとか、マツリの部屋まではマツリが紫揺を抱きかかえて移動してきたなどなど。
いつになくマツリの話しばかりであった。 朝餉が終わり四人が膳の片付けを始め、やっと口が黙った時に思い出したことがあった。

コトリと前に茶を置いた紅香の顔を見て尋ねる。

「ここだけのお話を訊いていいですか?」

「ええ、ええ、いくらでもお訊きくださいませ」

「マツリの言ってた地下って何処にあるんですか?」

マツリは地下の地の字も口に出すなと言っていたが “最高か” は事情を知っている。 “最高か” に訊くくらいはいいだろう。

「地下、で御座いますか・・・」

言いたくないのだろうか、紅香が僅かに眉を顰める。

「申し訳御座いません。 私は童女の頃から宮に居りましたので宮の外のことはあまり存じなく」

「じゃ、彩楓さんなら知ってるかな?」

「いいえ、彩楓も世話歌も丹和歌も私と同じで童女の頃から宮住まいで御座います。 まさか紫さま、地下に行こうなどとお考えなのでは御座いませんでしょう?」

「マツリから地下が恐い所って聞きました。 だからそんな勇気はありません。 でもほら、俤って人のことが気になって。 カルネラちゃんに頼むくらいでしょ? マツリ急いでるんじゃないかなぁって思って」

マツリは俤の名前も出すなと言っていたが、その俤の名前も “最高か” から聞いていたのだからここで言っても大丈夫だろう。

「マツリ様の為に、で御座いますか?」

彩香の目が光ったように見えたのは気のせいだろうか。

「あ、えっと。 二度とリツソ君を攫われたくないから」

「その俤という者からお話をお聞きしますと、二度とリツソ様が危ない目に遭われないのでしょうか?」

「あ・・・それは」

マツリは同じ地下の話しでもリツソと俤からの情報は別なことだと言っていた。

「それは?」

いつの間にか、二つの目だったものが八つの目になって紫揺を見つめ、一つの口から話されていたものが、四つの口から疑問を向けられた。

「・・・ない、らしいです」

しょぼんと答えると、かくりと頭を下げる。

「まあ! では、マツリ様の為に紫さまが手を携えようとお考えなのですね!」

「あ、いえ、そんな大袈裟なことじゃなくて・・・」

「ですが、地下に行くのは大層危のう御座います」

「ええ、私たちも時折流れてくるお話を聞くだけですが」

「ええ、ええ、ですから地下に行くようなことはされませんよう」

「紫さまがマツリ様のことをお考え下さっておられるということが何より一番で御座います」

最後は誰が言ったんだろう、なにかおかしな言葉だ。 紫揺が後ろを振り向くと何かいい方法はないかしら、と四人が紫揺を放って座り込んで円陣を組み作戦会議に入っていた。
正面に向き直り、出されていた茶をすする。 相変わらず美味しい。
それにしても今日の四人の話しには力がこもっていたな、と紫揺の後ろで額をつき合わせて丸くなっている四人をもう一度チラッと見た。


今朝、“最高か” と “庭の世話か” がシキの部屋で紫揺の朝の着替えを手伝っている時、先に着替え終わったシキが “最高か” を呼んだ。
“最高か” は紫揺とマツリを結び付けようと思っているはずだ。 それを確かめるために。 そしてそうならば互いに協力をしようというために。

『シキ様、私たちだけでは御座いません。 今、紫さまのお着替えをお手伝いしております世和歌と丹和歌もそうで御座います』

『まぁ、見方が増えましたわね』

『ですがお方様はリツソ様の許嫁とお考えなのでは?』

澪引に逆らってもいいのだろうか、という戸惑いを見せるがとっくに紫揺にマツリ情報を入れている。

『母上もリツソのことはよくよくお分かりになられましたわ。 そしてわたくしが、マツリの奥には紫をと考えていることもご存知よ。 安心して』

そして紫揺にはマツリの話をどんどんしてちょうだい、と頼んでいた。



「クソッ!」

共時(きょうじ)が血の混じった唾を吐いた。 頭がグラグラとするし顔に青あざがいくつも出来、身体も打たれ足を引きづっている。
誰にも見つからないようにここまで出てきた。 自分を慕ってくれている者に見つかるとその者たちが報復するかもしれないからだ。 返り討ちになどあわせたくない。

「けっ、久しぶりのお天とさんでぇ」

長い間暗闇にいた身には眩しすぎる。

たった一つだけ情報を手にした。 宮都の出だと。 これが他の都や辺境と遠いところであったのならこの状態で行けたものではないが、宮都であるならば行ける。 地下は宮都にあるのだから。 だが宮都と言っても広い。 宮都のどこの出なのかまでは分からなかった。

「何が何でも、アイツのことを知らせなきゃあな」

情けないがそんなことしか出来ない。 痛む足を引きずりながら歩いた。



「マツリ、朝餉のあと茶房に」

自室ではないようだ。 今は澪引とのことがあるから茶室で落ち着きたいのかもしれない。
はい、と言いながら頷く。
まずは昨日の報告を聞くためだろう。 そして例の文官が誰か分かったのかもしれない。 帖地のこともどうなったのかを訊きたい。

なんのことだろうかと波葉がシキに目を向けるとシキが微笑み軽く頷いた。 気にすることは無いということだ。
四方とマツリのこのやり取りがどういうものなのかを澪引も勿論、当事者であったシキも知っている。


マツリの前に茶が置かれた。
昨日は呑み過ぎた。 いくらでも水分を欲している。 茶のあとの茶ではあるが簡単に飲むことが出来た。

「で? 昨日はどうだった」

「はい。 剛度が上手く謀ってくれまして見張番全員を揃えてくれた上、我の前に立たせてくれました。 剛度の言っていた通り四人でした」

「新しい者二人と技座(ぎざ)と高弦(こうげん)か」

「技座と高弦にはしっかりと禍つものが視えました。 新しい者は蕩尽(とうじん)と小路(こうじ)と言います」

蕩尽は三十歳をゆうに越えていて、今まで官吏の手伝いをしていた。 官吏の下で働く使い走り、早馬や雑用をしていたということであった。
早馬と言っても、武官たちがしているようなことではない。 些細なことで訴えて来た者に、文官が書いた文を持って馬を走らせる程度である。

「蕩尽の禍つものはあまり大きくはありませんでした」

四方が片眉を上げる。

「先にも見ていた小路は三十の歳前後で四都の官所(かんどころ)で馬番をしていたそうです。 こちらは今回も間違いなく禍つものはしっかりと」

「ということは、以前言っておったキョウゲンが聞いたという話、諍いが起こっている話だが?」

「はい、蕩尽を辞めさそうと思っているのではないでしょうか」

そうか、というと腕組みをした。

「我が見た文官は分かりましたか?」

リツソが見つかった後に地下にでも報告しに行ったのだろう、地下に馬を走らせていた文官。
通常で考えると工部の者以外文官は馬には乗ることが出来ないはずである。 だがそこに例外が無くはない。 出身地で幼い頃より馬に親しんでいればその限りではない。 とは言え、馬に親しむような環境にある者が官吏になれることはそうそうあることではない。

「ああ、マツリが言っていた特徴からすると、あの者ではないかという者がいた。 文官の下の位置に居る、使い走りくらいのものだ。 乃之螺(ののら)と言う」

「蕩尽に毛が生えたようなものですか」

それにしても乃之螺とは、百藻のお相手の稀蘭蘭(きらら)のような名だ。 と、夕べのことを思い出す。

「違いは官吏の資格を持っておる程度だがあまり変わらんだろうな。 それこそ蕩尽たちのような者にどこかに行けと言うくらいのものだろう」

マツリが頷く。

「ああ。 それと気になるのが帖地だが」

マツリが視た限り禍つものが視えなかった、と報告している。

「あの見張番を立てたのは間違いなく帖地だ。 なのに何故か」

マツリからの報告でもう一度見直したが、やはり新しい見張番を立てたのは帖地だった。 それも四方の許可なく。

「帖地が誰かに嵌められたということは御座いませんか?」

難しそうな顔をして組んでいた片手を外して顎を撫でる。

「こう言っては何だが、帖地は人から恨まれるような者ではない。 最初に見張番のことで帖地と分かった時にはわし自身の目を疑ったほどだ」

マツリが大きく息を吐く。

「帖地に訊きますか?」

「・・・吐かんだろう。 いや、それより、吐かん時にはまずいものが残る。 それにマツリに視えんかったということは帖地ではないかもしれん」

誰かが勝手に帖地の名前を利用した可能性も捨てきれないが、しっかりと帖地からの書類に書かれていたのだ、だからその可能性は薄い。

「或いは人質をとられている」

腕を組み直していた四方が天井を仰ぎ大きく息を吐いた。

「百足が居ないことが痛いな」

四方の子飼い。 いわゆる間諜や密偵というところである。
五つを数えるほど目を瞑っていたが、ゆっくり瞼を上げると正面に座るマツリを見る。

「俤が心配だな」

マツリが頷く。

俤は百足ではない。 百足なら捕まっても仕方が無いと思える。 それを含め百足の仕事なのだから。 だが俤は違う。

マツリがどれ程俤のことを思っているのかを四方は知っている。 そして俤がどのような青年であるのかも。
それにマツリには言っていないが、マツリが俤を手足として使いたいと言ってくる前、門前払いをされてはいたが、俤がマツリを訪ねてきだした時には念を入れて俤の身辺は調べ尽くしていた。
いずれマツリが俤を使うであろうことは想像に難くなかったからだ。 いくら身ぎれいであろうことを知っていたとしても、知らないところで何があったかは分からない。 簡単に手足として使うわけにはいかないのだから。

「何の証拠もなく武官を地下に送るわけにはいかんし・・・。 何か方法がないものか」

武官は見るからに屈強だ。 地下にも屈強な者がいるだろう。 変装をさせて送り込ませてもいいが、それが地下に漏れる可能性がある。 こんな時の為の百足でもあったが今は連絡が取れていない。
地下と本領は微妙な位置にある。

「散っている百足を集められては?」

四方は俤のことが心配だとは言ったが、百足のことが気にかかっているはずである。 捕まっていればそれはそれでそれまでと思うことが出来るはずだが、どうにも解せなく思っているはずである。 未だに連絡がないという事は全員が捕まっている、若しくはもう命がないという事が考えられる。 だが全員が全員という事は有り得ないと思っているはずだ。 百足はそう教育を受けているのだから。

「今は六都(むと)に重きを置いて一度六都に集結し、その後、それに関する所に散らばっておる」

技座と蕩尽の嫁が六都出身かもしれない。 それを探ってもいるのだろうが、それだけではないだろう。 六都に重きを置いているということは、それなりのことが六都で起ころうとしているのかもしれない。

百足と言っても数多くいるわけではない。 本領は宮のある宮都と宮都の後方である南側と東側を除く周りに一都(ひと)から四都(よと)まであり、またその周りに都がある。 それは宮を中心に六重になっている。 今はそのあちらこちらに散らばっているのだろう。

宮都を見ていた百足をこの宮都から出して六都に向かわせていたということは、宮都の荒れがまた増えるだろう。 そして四方の仕事が増える。 四方としては一日も早く百足に戻って来てもらいたいはずだ。

「我がリツソを出してきた時のように城家主の屋敷に潜り込んでみましょうか」

「地下に牢があると言っておったな」

リツソを助けに行った時、リツソは屋根裏部屋に居た。 そしてその隣の屋根裏部屋には誰もいなかった。 誰かが捕らえられていたとするならば地下の牢屋しかない。

「はい」

「城家主の屋敷の中がどうなっているのか分かっておるのか?」

「残念ながら」

「地下の牢の数や大きさは?」

マツリが首を振る。

「・・・それは無謀というものだ」

カルネラがもう少ししっかりとしていてくれたら、と思ってしまう。 カルネラならどこにでも忍び込めるのに。

ドーン、ドーン、太鼓が二度鳴った。 始業を知らせる予備太鼓だ。 あとで時を知らせる鐘の後に太鼓が三度鳴り始業太鼓の音となる。

「焦って下手を踏むことの方がまずい。 とにかく乃之螺から何か訊きだせるよう、こちらで動いておく」

四方が立ち上がりながら言う。
マツリが頭を軽く下げた。

四方が乃之螺に何か話す前にマツリが見たのが乃之螺であるかどうかを確認をしたい。 蕩尽は乃之螺の下で働いていたのだろうか、などと考えるがとうてい蕩尽に訊けるはずもない。
さっさと紫揺を送って確認に行かなければ。 さて、どんな方法で文官の居る所まで行こうか、と頭を巡らせながら立ち上がった。

茶室を出るとシキの部屋に足を向ける。 今日東に帰るということが分かっているのだからきっとシキの部屋に居るはずだ。 朝餉の席でシキもいつ紫揺を帰すのかと訊いていたくらいなのだから。
足を進める中、回廊で一番初めに会った女官を止め茶室を片付けておくように言う。 マツリに声をかけられ一瞬固まった女官が頭を下げて茶室に向かった。

回廊から空を見た。 よく晴れている。 雲一つない。

「キョウゲンにはきついな」

一つ漏らすと足を早めた。

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