大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第102回

2022年09月30日 21時15分35秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第100回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第102回



マツリは四人のその働きに気づいている。 思い通りにとはいかなかったが、リツソに知られなかったからこそ邪魔が入らず、紫揺をなんとか石に向き合わせることが出来た。
そう、もう紫揺は石と向き合った。 初代紫からの声を聞いたのだ。 もう邪魔者のリツソが居ても何の支障もない。
だが・・・どうしてもすぐに諾とは言えない。

(・・・狭量な)

天井を仰ぎ見ると目を瞑った。 五つほど数えて目を開けると顔を戻す。

「先に姉上にご挨拶に行くよう」

「それくらい分かってる」

「世和歌、丹和歌、リツソの房に行ってリツソが居なければ探してくれ。 紫が房に来ると言えばすぐに戻って来よう」

“最高か” とて “庭の世話か” とて、リツソと過ごす時があるのならば、マツリと過ごしていてほしいと思っている。 だが言われてしまっては仕方がない。

「畏まりました・・・」

いつもの元気なく “庭の世話か” が部屋を出て行く。 途端小声で話し出す。

「どうすれば紫さまとの時を持っていただけるかしら」

「マツリ様もだけど、シキ様のお話をうかがった限りでは、紫さまはマツリ様を避けていらっしゃるでしょうし」

「今宵は車座ね」

円陣を組んでの作戦会議。

「ええ、彩楓と紅香が上手くシキ様にお話ししてくれれば少しでも進めるでしょうね」

「彩楓と紅香なら抜かりはないでしょう」

二人が目を合わせた。 その時に目の端に光ったものが見えた気がしたのは勘違いだろうか。

「あら?」

世和歌が振り返った。

「どうしたの?」

同じ様に丹和歌が振り返る。

「リツソ様の師よ」

キョロキョロと辺りを見回している。 リツソを探しているのが丸分かりだ。
二人が目を合わせ追いかけた。


「それと・・・悪いんだけど、使いっぱをして欲しい」

「・・・つかいっぱ?」

「あ・・・東の領土に行って欲しい」

「ああ、東の領土も心配していよう。 何か伝えることがあるか」

「この本は絶対読みたいし、あとのも気になるから・・・。 ちょっと分かんないけど、あと数日は帰らないからって。 でも元気だって」

ついうっかり “この本” と言った紫揺だったが、マツリにしてみれば “この本” と言ったのは “この書” のことだろうとすぐに分かった。 前後を考えるとそれくらいは通じる。

「承知した。 夕刻に飛ぶ。 それまで我は宮には居らん。 書で分からぬところがあれば姉上にお訊きすればよい。 リツソの房に師が居るからと師には問わぬよう」

「なんで?」

「五色の書は五色と領主に関係する者しか読むことが許されておらん。 他の者たちに口で伝えることも漏らすことも許されておらん。 読むのも五色のいる房と領主と関係する者の房だけにしか許されておらん。 心しておくよう」

「あ・・・分かった」

「彩楓、紅香、あとは頼んだ」

「畏まりまして御座います」

踵を返したマツリが部屋を出て行った。

「マツリ、どこに行くんだろ?」

「どこかは存じ上げませんが、特別なことがない限りは夕刻まで馬で出ておいでです。 これから馬でお出になるのでしょう」

「へぇー、そうなんだ」

夜行性のキョウゲンのことを考えて夕刻以前は馬で出ているのだろう。 そして特別なこととは、朝っぱらから、昼日中からキョウゲンで飛ぶことを言っているのだろう。

「キョウゲンで飛んでるのだけかと思ってました」

「そのようなことは御座いませんわ」

「ええ、そうでしたら民のことを分かりきれませんもの。 民は朝から働いておりますから」

そう言われればそうか。 夜に飛び回っても何も分からないか、と納得する。

「申し訳ありませんが、その書はわたくしがお持ちすることが出来ず」

五色に関係する書なのだから当然である。

「これくらい自分で持てます」

申しわけなさげに紅香が頭を下げる。

「シキ様のお房にご案内いたします」

彩楓が先を歩き、シキの部屋の前に並ぶ従者に紫揺のおとないを告げた。


シキの部屋に入ると、晒布でグルグル巻きにされている紫揺の掌が目に入った。
驚いた顔をしたシキ。

「どうしたの?!」

「ちょっと転んじゃいました」

“最高か” から木登りのことは言ってはならないと言われている。
太鼓橋で歩いていたのを見た時でさえ倒れかけていたのに、木登りなどと言うと、ましてやそれで怪我をしたなどと言うと、赤ん坊やシキの体調に障りが出てしまうかもしれないからと。

「まぁ・・・」

と言いながら、充分にシキに労わりの言葉をかけてもらった。
そしてマツリは今回のことをシキに言っていなかった様だったが、何かを感じているだろう。 ましてや泣いているところを抱きしめてもらったのだから。

シキにはあったことを全て話した。
東の領土で倒れた時のことはかなり軽めに伝えた。 でなければ必要以上に心配をするだろうから。
マツリの体勢などと要らないことは話してはいない。 マツリも見られたくない体勢だろうが、紫揺自身もそうだ。 たとえシキにでも胸を張って言えることではない。

「まあ、そうだったの・・・。 マツリったら何も言わないから」

プイッと顔をそむけると「今回のことに関してだけはマツリには感謝してます」とシキの言葉に添えた。

「ちゃんとそのことを伝えたの?」

尻上がりに優しく問うてくる。

「はい。 でも五色のことは任だからとか、先の紫のことの責だからとかって言ってましたけど」

「まぁ・・・素直じゃないこと」

ドタバタと回廊を走ってくる音がする。
チッと舌打ちをしたのは回廊に座る “最高か” そして何故か襖内に座る昌耶。

「シキ様との時を」

昌耶が憎々し気に口の中で呪詛のように唱えた。 案の定、回廊で「リツソ様!」と声がする。
バン! と襖が開けられた。
ほぼ同時に昌耶の前を伸び縮みする毛玉が走る。

え? と思ったのも束の間。 リツソが止める間もなく現れた。 開けたリツソより先に、自力で襖を開けることの出来なかった伸び縮みする毛玉が一気に走る。 衝立は避けられてある。

「シユラー!!」

リツソが叫ぶより先にカルネラが叫び、すぐに紫揺の身体を上り肩に止まったかと思うと、紫揺の首に手を回した。

「カルネラちゃん、元気だった?」

カルネラの頭を人差し指で撫でてやる。

「こら! カルネラ! 我より先にシユラの名を呼ぶのではない!!」

握りこぶしを振り回して部屋に入ってきた。

「まぁ、リツソ、お行儀が悪いわよ」

「姉上、我は今からシユラと勉学します故、シユラを我の房に連れ参ります」

「紫から聞いたわ。 でもその前に、母上にご挨拶をしたいそうよ」

「え? あ、では! では!! 我も一緒に―――」

「リツソ君は先に勉学を始めててくれる? 必ず後で行くから」

四方に挨拶をしなければいけないことは分かっているが今は仕事中。 それに領土のことで来たわけではない、そこを割って入ってまではと思う。 だから先に澪引に挨拶をと思った次第であった。

「あ・・・でも」

「ね、必ず行くから。 あれから勉学が進んだんでしょ? 沢山漢字が書けるようになった? それと・・・約分も分かった?」

開けっ放しの襖、回廊から “庭の世話か” が昌耶に頭を下げている。

「申し訳御座いません、お止めすることが出ませんでした」

そこにやっと師が息を切らせてやってきた。
師と “庭の世話か” が一緒になりリツソを探し始めた。 師から逃げていたリツソは “庭の世話か” も探しているとは思ってもいなかった。 その “庭の世話か” に捕まった。
するとマツリに言われた通り、すぐに紫揺が来ると言った途端リツソが走り出したのだ。 紫揺がシキの部屋に居ると思ったのだろう。 ビンゴだったが。

「あ・・・えっと・・・」

ヤバイの塊が水干を着ている状態だ。 誕生日を迎えるとこの水干が直衣や狩衣に変わるのだが、かなり無理があるだろう。 身長的にもおつむ的にも。
クルリと百八十度向きを変える。

「ま、待っておるからな! カルネラ行くぞ!」

「カルネラちゃんも一緒にお勉強してきてね」

「カルネラ、イッショにオベンキョウ、キテシテネ」

若干の間違いは指摘しないでおこう。 カルネラがスルスルと紫揺から下りるとリツソの後を追った。
急いで師に仰がなくては! ヤクブンとは何であっただろうか。 それに漢字。 走って部屋を出て行ったが、付け焼刃などリツソのおつむでは到底無理な話である。


シキの部屋で昌耶がいそいそと用意をしていたが、澪引の部屋を訪ねると同じ様に茶菓子が用意された。
いつ来ても澪引の部屋はゆっくりと時が流れるようだ。

「まぁ、マツリが紫を連れてきたの?」

部屋に入るなり紫揺の掌に巻かれていた晒布を見た澪引。 驚いた目を紫揺に向けたが

「こけたらしいですわ」 と、紫揺に代わってシキが言ってくれたので、「こけちゃいました」 と紫揺が重ねて言った。
絶対に木登りのことは言えない。

澪引は力の事を知らないとマツリが言っていた。 力の事に触れる必要はない。

「その、気を失っていて何も分からないんですけど、キョウゲンの力は借りていないみたいです」

「・・・と言うことは」

澪引がシキを見た。

「ええ、一つしかありませんわ」

馬に乗ってきたということだ。 それも二人乗りで。
澪引とシキの目と口が三日月のようになったのを紫揺は見ていない。 出された菓子に手を伸ばしている。

「進んでいそうなのかしら?」

「それは何とも・・・。 彩楓たちからは・・・その、申し上げにくいのですけれど」

「あら、なに? 言ってちょうだい?」

「二度目に眠りから覚めた紫がマツリをひっぱたいたと・・・」

「あら・・・紫がマツリをひっぱたいたのはこれで二度目ね」

「それが・・・今回は拳だったようですわ」

シキはその顔を見ている。

「・・・」

澪引とシキが話してくれていれば存分に菓子が食べられる。 シキの部屋でも菓子を出されていたが、シキと話すので精いっぱいで菓子に手を伸ばすことが出来なかった。 ここぞとばかりに次々と食べていく。

「それって・・・かなりということかしら」

「ええ、腹立てているのでしょう」

澪引とシキが紫揺を見る。 幸せそうに菓子を食べている。

「何とかならないの?」

「はい、その後の暮夜にマツリと紫の間でちょっとしたことがありまして」

紫揺が澪引に敢えて力の話をしていないことはシキも気付いていた。 シキもそのつもりである。

「暮夜!? 暮夜に何があったというの? まさか・・・マツリが!」

澪引の瞳が揺れている。 心配に波打っていると言ってもいいほどに。 マツリがとんでもないことをしかけたのかと問うている。 また紫揺を泣かせるようなことを。

「母上、その様なご心配は無用です」

「・・・え?」

「マツリと紫の間で・・・何と言いましょうか。 二人の関係以外のお話、紫が東の領土で気を失ったことのお話があったようです。 そのお話が終わるとマツリが紫を見守った・・・とでも言いましょうか」

力の話があったとは澪引に言えない。 これは領主の血を引く者の暗黙の了解である。 だがそれを肌で感じている澪引のことを、四方もシキもマツリも知らない。

「良かった・・・。 マツリは紫を・・・紫に、その・・・無いのね?」

「ええ、ご心配はいりませんわ。 わたくしとしては、それを切っ掛けにとは思っていたのですが、残念ですわ・・・」

「え・・・」

我が娘、なんということを考えているのか・・・。
だがこれが宮で育った者の考え方なのだろうか。 宮の女官たちも結構、武官や文官たちと、あんなことやこんなことを囁き合っているようだが、辺境で育った澪引には考えられない事だった。

「お茶のお替わりをしてもいいですか?」

唐突に紫揺の声がした。
菓子を食べ過ぎて喉が渇いたようだ。

「あ、ええ。 お替わりね。 同じものでいいかしら?」

「はい」

元気よく答える二十三歳。 『うん』 と言わないだけマシだろうが、菓子に対してはほぼほぼ小学校低学年の域であろうか。

ふと菓子の置いてあった大皿を見るとかなり減っている。

「紫は菓子が好きなのね」

「そう言えば築山で初めて紫とお話していた時も菓子を食べていたわね」

懐かしそうにシキが微笑む。
築山では大皿ではなく小皿に菓子が置かれていた。 小皿の菓子を紫揺が食べ干すから、シキの小皿を紫揺の前に置いた。 話が長くなりお替わりの茶と菓子を出される度に紫揺が菓子の皿を空にするから、シキに出されていた菓子が入った皿を紫揺の前に置いていた。

「えっと・・・東の領土ではあんまりお菓子がないんです。 それに此処のお菓子は日本のお菓子と似ていて・・・あっと、別に日本が恋しいわけじゃないんです。 ただ好きなだけです。
此之葉ちゃんが・・・東の領土で日本のことを知っていてくれている人が、頑張って私の食べたいものを作ってくれているんですけど、ここのお菓子はそれと違って・・・なんて言えばいいのかな。 えっと特に食べたいんじゃなくてただ美味しいっていうか・・・」

高校時代、体重管理が必要だった。 だけれど菓子が食べたい年齢でもある。
クラスメイトが風紀の教師に見つからないように、鞄に忍ばせて美味しいものを持ち寄っていた。
それをちょくちょく頂いていた。

『昨日、駅前で買って来たの』 それは甘いお手製のクッキー店のものだった。
『近所のお土産でもらった。 食べきれないから』 サブレであった。
『いや、これ神。 いい店見つけた』 絶品な金平糖だった。
此処で、宮で出される菓子はそれらの味に似ている。

「・・・紫」

シキではなく澪引が零した。

「辛いわね」

「え? そんなこと全然。 あの、大丈夫です」

「紫は・・・心の内を分かっている?」

「え・・・」

澪引が口の端を上げた。 悲しい目をして。

「四方様から紫が遠い所に居たことは聞いているわ。 それがニホンという所なのね?」

澪引は具体的に紫揺がどう生活していたのかを知らないようだった。 それは四方も然り、マツリもシキもだろう。
だが澪引は漠然としか四方から聞かされなかったのだろう。 どうして紫揺が日本に居たのか、そんなことまで知らないのだろう。

「あ・・・はい」

シキが目を眇(すが)める。

「生まれ育った所・・・そこの生活が当たり前だと、皆がそうだと思っているわ。 何もかもを。 ええ、菓子もそうよ」

そこまで言うと澪引がフッと笑む。

「わたくしは菓子を食べて驚いたの。 こんなに美味しいものがあるなんて、と。 わたくしが育った辺境にはこのような甘い物はなかったから」

「澪引様・・・」

「紫は逆なようね。 いつでもいらっしゃい、菓子を食べに」

「澪引様?」

澪引が言った『心の内』 それは菓子に対してでは無い。 澪引は『辛い』 と言った。

(母上・・・)

「澪引様・・・はい、えっと・・・心の内。 ・・・分かってないかもしれません」

澪引とシキが紫揺を見る。

「東の領土にいてみんなが優しくて、心配してくれて。 それでも自由にさせてくれて。 ・・・私の心の内はきっと・・・言われて気付きました。 まだ日本にあるのだと思います。 多分」

あの日、紫揺の育った家を出る日、日本を離れるに際して電話をした。 それはたった三人だった。 自分の歴史はそんなものかと思った。
思い出は限りなくある。 沢山ある。 それらは全て言葉を選ぶ必要のない会話。 それが心の内にある。
立場や場所がどう変わろうとも。

「でも日本に居たら、これ程に人と接することは無かったと思います。 日本への想いは欠片となってきています。 日本であったことを忘れたくない、欠片にしたくないと思うのに、それがいけない事と分かっているのに・・・いけない事なのかなって思ってしまったり。 自分の心の内が分からなくなります。 澪引様が仰ったように辛くなる時があるのかもしれません。 東の領土のみんなに感謝してるのに、日本でのことが無意識に頭をかすめるし・・・だからチョコレートとか言ったりしてしまうし」

「紫・・・」

澪引ではなくシキがポツンと言った。 チョコレートの意味が分かったのではないが、紫揺が言わんとすることが分かる。

「そう・・・そうなのね。 紫も頑張っているのね」

(紫も?)

どういうことだ?

「母上?」

澪引が静かに首を振る。

「わたくしも紫を見習うわ」

「え? 澪引様?」

「紫はまだ東の領土の五色として迎えられて年が浅いというのに、わたくしよりもずっと辛苦を飲んだのね。 わたくしは・・・四方様に甘え過ぎていたのかもしれないわ」

「母上?」

辺境から宮に輿入れをした。 生活は一変した。 その中で三人の子を産んだ。 上の二人は手を掛けずとも育った。 澪引がしたことはせいぜい乳をやるくらいだった。 その二人が澪引の手を離れ四方と話をする。 全く分からない話だった。 それが辛かった。

「心の内にあるものは温かな思い出。 それを礎にして今があるのよね。 辛いなんて我儘でしかなかったのかしら」

「・・・そうかもしれません」

澪引に言っているのではない。 自分自身に。 東の領土のことを想う。

「いえ、きっとそうです。 あんなにみんなに大事にしてもらってるのに」

澪引が微笑んだ。

「わたくしは何十年我儘だったのかしら」

「母上・・・」

「紫、ありがとう」

「澪引様・・・」

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