大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第101回

2022年09月26日 21時23分49秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第100回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第101回



「まだお目覚めになられそうにない?」

「ええ」

「お茶をお飲みになられたのかしら」

襖に耳を寄せていた世和歌が丹和歌に答える。

「でも、それにしても・・・」

今日も紫揺が起きるまで起こさないようにとマツリに言われていたが、昨日に引き続き昼時を十分に過ぎている。
そこに “最高か” が戻ってきた。

「どうでした?」

「ええ、まだご存じないご様子だったわ。 今も師から逃げられていただけだったわ」

「シキ様がご協力して下さっているのが大きいのかしら」

「そうね。 でなければ紫さまの匂いがするとか何とか仰られて、探されているかもしれなかったわ」

「とにかくリツソ様に紫さまのことが分からないようにしなければね」

マツリが特に言ったわけではない。 だがマツリが思ったようにこの四人は紫揺に関することをよく知り、マツリが言わずとも誠に良く動いている。

今の紫揺の状態にとってリツソが邪魔になるのは分かっている。 いや、ハッキリスッキリ言って、今の状態でなくともリツソが居れば何事もややこしくなるだけだ。 だから以前に紫揺が来た時も、リツソに気取られないように紫揺を東の領土に返した。

「では、わたくしはあちらの角に、あちら側は紅香が見ていて」

「ええ、お任せを」

“最高か” が二手に分かれて角の見張に立つ。 女官が来ればすぐに “庭の世話か” とともに部屋の前に座す。
女官にはマツリの客を接待しているように見せなくてはならない。 マツリの手伝いとしての顔をして。 上司である真丈(しんじょう)にそう言ってあるのだから。

『あら、またマツリ様のお手伝いですか?』

『はい。 女官としてのお仕事を―――』

『全くお気になさらずっ、ええ! マツリ様のお手伝いをなさいませ。 それもしっかりとっ!』
最後まで言わせずに真丈が言った。

真丈がマツリに女官の従者を付けたがっているのは知っている。
前回、紫揺が倒れた時にマツリに付くという形で紫揺に付いていたが、その時にもどちらかと言うと『頑張りなさいませ、しっかり女官がどれ程役に立つかを見ていただくのですよ』 と言っていた程だった。

ここは客の部屋になるのだから普通に女官として “最高か” と “庭の世話か” が客の世話として回廊に座していても可笑しくはないが、リツソの目から少しでも逃れるためには少しの噂も立てられたくない。 誰にも疑いの目が向けられないよう、部屋の前に座している時は極力人目を忍んでいる。
だから女官以外の者がくると、見張に立っていた者が大慌てで戻って来て四人で隣の部屋に隠れている。

バサリ。

部屋の中から布団をめくる音がした。 けっこう荒々しく。

“庭の世話か” が “最高か” に手招きをする。 “最高か” が “庭の世話か” の隣に座する。

「お目覚めで御座いましょうか」

・・・え? 襖の外からの声に、口の中で薄く声がしただけ。 外に漏れることは無かった。

返事はないが起きたのは間違いない。 しっかりと布団をめくる音がしたのだから。 まだしっかりと目覚めていないのだろうかと思いながらも「失礼をいたします」と言って四人が部屋に入り、衝立の左右に楚々と座し手をつく。
ひぃ、ふぅ、みぃ。 それぞれが心の中でカウントする。 そして同時にバッと顔を上げた。 勢いよく紫揺がいるであろう寝台に駆け寄ろうと。

「あ・・・」 と二重奏。
「え・・・」 とこちらも二重奏。

カルテットが割れてしまった。

寝台の上には紫揺ではなく、括られていない髪の毛をかき上げたマツリが上体を起こし四人を見ていた。

「し! 失礼をいたしました!!」

「あ! おい、待て!」

ピシャリと襖が閉められた。

「まさか・・・こんなこと」

「ええ、まさか、あんなこと」

「いいえ、まさか、そんなこと」

「ええ、拳で殴られたのよ」

それがつい先日のことではないか。

「それに紫さまは」

「ええ、何もご存じないわ」

「それではもしかして・・・」

「押し倒され、た・・・?」

四人が恐ろしいものでも見るかのように、手を取り合って襖をかえり見る。
だがあの一房の三つ編みは何だろう・・・。

寝台の上ではマツリが膝に肘を置き額に手をあてている。 銀髪がサラリと前に落ちてくる。 それと共に一房の三つ編みも。

「迂闊(うかつ)だった・・・」


「ああ、ようやっとお会いできました」

明るい声が回廊を曲がってきた。

「お探ししておりました」

「・・・杠殿」

どうしよう、という目を四人が合わせる。

杠によると、ここに座しているはずの四人が居なく、早朝から四人を探していたが見つからなかった。 始業の太鼓がなり仕方なく仕事に就いたが、遅くなった昼休憩にもう一度ここに来てやっと会えたという。

それはそうだろう。 人目を忍んでいる四人だ。 杠だけなら隠れることもないが、朝の内は誰かと回廊を通る。 運悪く身を隠していた時に杠が見に来ていたのだろう。

「あ、あの、紫さまは・・・」

この部屋の奥でマツリ様と一緒に寝台に居られてございます、などと言えたものではない。

「ええ、紫揺・・・紫さまでございますが」

「や! あの! どーぞ、その! お気になさらず!」

「え? ・・・気にしなくてはならないと思うので御座いますが?」

「いえ! いいえ!! お気になどっ! そんなっ!」

「その、夜衣が破れてしまいましたので」

首を傾げながら杠が言う。

「や! 破れた!?」

一瞬にして顔色を青くした四人が目を合わせる。
マツリが紫揺を押し倒したあと・・・。 やっぱり、まさか・・・。 無理矢理に・・・。 あんなことやこんなことや・・・。

「騒々しい」

襖が開いたと思ったら狩衣姿のマツリが部屋から出てきた。
下してあった髪の毛は高く結ばれている。 跡形もなく三つ編みの姿は消えていた。
茶器の横に昨日結んでいた丸紐が置かれてあった。 寝てしまったマツリの髪の毛から紫揺が外したのだろう。 そして三つ編みの犯人は紫揺だろう。 手近にあったのだろう細い紐で括られていた。

あっ! 小さく四人の声が漏れた。

「今までお休みで御座いましたか。 お顔の色が随分とよろしくなられたようで」

(お顔の色が随分とよろしい・・・それは・・・ああなって、こうなったから)

四人の心の内は同じことを考えている。

「そんなに悪かったか?」

「ええ、何度か申し上げましたのに聞いていただけず。 よく寝られましたでしょう」

(よく寝られた・・・やることやって、あ、お下品な。 とにかく疲れたからよく寝られたということ。 ・・・疲れたから・・・)

一語一句狂わず四人が同じことを考えている。

「紫は?」

「我の部屋に休ませました。 ご心配なく、我は従者の休憩房で寝ましたので」

(は? なんのこと?)

「心配などしておらん。 そうか、杠がゆっくりと休めておらんか」

「いいえ、そんなことは。 月を見ておりましたら偶然に紫揺と会いまして、ゆっくりと話が出来ました」

「そうか、それは良かった。 昨日会わせた時にはずっと泣いておっただけと言っていたからな」

「まさか紫揺がマツリ様に茶を淹れるなどとは。 ですがそのお蔭で休んでいただくことが出来たかとおもうと、何がどう転ぶか分からないものです」

(茶? 茶? 紫さまがお茶を淹れられた? マツリ様に? どういうこと・・・?)

杠の言う紫揺というのは紫であるということを四人は知っている。

「迂闊だった。 己で言っておきながらすっかり忘れておった。 その上、やはり疲れておったのだろうな。 すぐに効いたようだ」

「宜しいでは御座いませんか」

「あ、あの? お茶をマツリ様が飲まれたと?」

「ああ、紫が淹れてくれると言うので、うっかり飲んでしまった」

「あの眠り薬の入ったお茶を・・・で御座いますか?」

紫揺をこの部屋で眠らせる随分と前にキョウゲンにあの石、紫水晶を取りに行かせていた。 キョウゲンが戻って来次第、あの石を持って紫揺のいる部屋を訪ねる。

紫揺が冷静に石に向き合えるか、それともまた泣いて終わるか、それが分からなかった。 それにそれ以外のどんな状況になるかも、身体の具合も想像できなかった。 だから興奮するようなら、茶を飲まそうと思っていた。 その茶に眠り薬を入れるよう四人に言っていた。

「ああ、よく効くものだな」

へなへなと四人がその場に崩れ落ちた。

「どうした?」

あっと杠が気付いた。

「そのような心配をされておられたのですか?」

コクリと四人が頷く。

くっくっと笑いながら杠が続ける。

「マツリ様が眠られた後、紫さまが木登りをされて松の木肌で夜衣を破かれてしまいました。 今もそのままのお姿です。 我の房に居られますので替えの衣装をお願いできますでしょうか」

「まあ! 木登りなどと! お怪我は!?」

四人が飛び起きる。

「掌を擦りむいておられます。 夜衣のままでしたので、朝になっても医者房にお連れ出来ず、綺麗に洗い流し手巾を巻いたままでございます、着替えられてから医者か薬草師に診ていただいた方が良いか・・・と」

杠の言葉を最後まで聞かず四人が走って行った。
その姿をマツリと杠が目で追う。

「あれらは・・・」

「はい?」

「段々と紫に似てきたか?」

女官が走るなどと。

「言われてみればそうかもしれません」

二人が目を合わせると、どちらともなくフッと笑いを漏らした。

走り去る四人を見送ると勾欄に手をかけてマツリが言う。

「今日は久しぶりに思い切って鍛練が出来そうだ」

マツリが言うように毎夜の鍛練はマツリの顔色の悪さから杠は思い切ってできず、マツリ自身も不調は感じていた。

「紫揺を放っておいてよいのですか?」

「これから東に戻ると言えば戻す。 まだ居ると言うなら好きにすればよい」

「五色の力の事をもっと知りたいと言っておりました」

月夜の下での会話を思い出す。


『危ない、降りておいで』

『なんともないよ。 こっちの方がお月さんに近いし』

紫揺の足が丸見えでブラブラとしている。
宮の者からすれば考えられない事だったが生憎と杠は辺境育ち。 辺境では今紫揺がしているように、着ているものをたくし上げて川や井戸で洗濯をしている。 それにもう、坊でなくなりマツリの手足となってからは、地下に入る前にあちこちで色んな女を見てきた。 宮都から遠い他の都に行けば、足に限らず乳すら出して赤子に乳を飲ませていた。
足など今更である。

『怪我をしたらどうする』

『怪我ならもうした』

驚いてすぐに杠も木を登った。
見せられた掌は松の木肌でこすれた痕があり、真っ赤になったり血が出ているところもある。 血が出ているところに木肌の欠片が刺さっている。

『すぐに洗い流さねば』

『いいよ、これくらい。 ね、それより此処に猩々朱鷺が飛んで来るの?』

『此処に? ・・・ここでは見たことが無いが・・・どうして?』

『え? そうなんだ。 マツリが赤トキっていったから、猩々朱鷺のことかと思って』

元飼育係。 図鑑でしか見たことがなかった。 本物が飛んでいるのなら是非とも見たかった。

『あかとき?』

『うん』

少し考えて紫揺の言いたいことが分かった。

『それは・・・明時とはこのような刻限からそうだな、払暁迄のことを言う。 残念ながら鳥の朱鷺のことではないな』

『ふつぎょう?』

『分かりやすく言うと明け方だ』

『なんだ。 猩々朱鷺のことじゃなかったんだ』

『とにかく下りよう。 傷のあとが残っては大変だ』

『残らないよ、これくらい』

段違い平行棒で破けてしまった大きなマメは、当時、まるで魚の目のような形で残っていたが、今は見事に痕形を残していない。

『ではその血が衣裳に付いたらどうする?』

『あ・・・』

杠はしっかりと狙い所を知っている。

『血は簡単に落ちんぞ?』

『そっか』

立ち上がった紫揺だったが、その時にたくし上げ尻に敷いていた裾部分が木肌に引っかかって破れた。

『血、程度ではおさまらなくなったようだな』

『借り物なのにぃ・・・』

『これに凝りて木登りは止める方がいいだろうな』

それから木を跳び下りると水で手を洗い、掌に刺さってしまっていた木肌の欠片を丁寧に取り除いた。
その後、杠の部屋に戻り色んな話をした。

(あの塀を跳び下りるくらいなんだから、あの高さの木も平気だったか)

地下の城家主の屋敷の周りに有る塀を跳び下りた紫揺だったが、松の木の枝はそれより少し高かった。
先に跳び下り、下で紫揺を受けとめようと思っていたが、しっかりと断られた。
『平気、一人で下りられるから』 と。


「出来ることなら書を読みたいと言っておりました」

「書?」

「マツリ様が何度か口にされたという書で御座います」

「ああ、あれか。 ふむ、分かった。 杠はこれから昼餉か?」

回廊でそう説明しているのを耳にしていた。

「はい」

「では我もそうしようか。 腹が減った」

同じ部屋で食べるわけではないが途中まで二人で回廊を歩いた。 杠が一歩下がって歩いているのは言うまでもないし、それを気に食わないという顔をしているマツリの様子も言うまでもない。
そのマツリの頬にあった痣はすっかりなくなっていた。

杠の部屋で着替え、すぐに医者部屋に連れて行かれた。 医者が手巾を取ると傷が入り掌は真っ赤になっていた。
ここでも “最高か” と “庭の世話か” が驚き泣きだしたのは言うまでもない。
湿っぽい中、遅くなった昼餉を終わらせると、紫揺の目の前にドンと何冊もの書が置かれた。

「我が言っていたのは一番上の書。 他は・・・読んでおく方が良いだろう。 その気があればだが」

「こんなに沢山読みきれない・・・」

これを全部読んでいたら東の領土に帰るのが遅れてしまう。

「無理にとは言っておらん。 それに・・・一度に読まずともよい」

「どういうこと?」

「時折宮に来ればよいことだ。 言ったはずだ本領は五色の郷である、と。 宮が五色のことを教えるのは任であると」

「・・・」

複雑だ。 マツリとのことを考えると此処になど来たくない。 けれど読んでおく方がいいと言われれば気になる。
東の領土の山での、あの時のことを忘れたわけではない。
でも、あの夜マツリが来てくれてどれ程心が支えられたか、マツリの手が身体が温かかったか。 それも忘れてはいない。

あの夜、自分があんな風になったのは、別の見方をすればマツリのせい。
マツリが紫水晶を持ってきたからだ。 だから不安ばかりで自分の身体が思うようにならなかったのはマツリのせい。
マツリが現れたからといって、マツリが頼らせてくれたからといって、言ってみれば当然のことである。

だが・・・初代紫と話をさせてくれたのはマツリ。 これから民に降りかかるであろう厄災があると教えてくれたのはマツリ。 

「・・・借りは返す」

マツリが小首を傾げた。

「借り?」

紫揺が一番上の本を手に取ると立ち上がった。

「石のことを教えてくれたこと」

「別に貸しなどとは思っておらん。 言ったであろう、五色のことを教えるのは任だと」

「マツリがどう思おうと好きにして。 本・・・書を借りたり、宮に泊まらせてもらってるからまた新しい借りが出来るけど、それでも少しずつ返していく」

マツリが溜息を吐いた。

「好きにせい」

「彩楓さん、リツソ君のお部屋・・・お房に行きます」

客間の襖前に控えていた “最高か” と “庭の世話か” が驚いた顔をした。
マツリがピクリと眉を撥ねる。

「紫さま・・・その、リツソ様はいま勉学をされておられますかと」

「それならそれに越したことは無いんですけど、お房にいなかったら一緒に勉学が出来ないから、一緒に探してもらえますか?」

「リツソと勉学をするということか」

「前みたいに教えない。 リツソ君のお房でこの書を読んでるだけ。 たぶん私が居ればリツソ君も逃げないでしょう?」

「マツリ様、どういたしましょう」

これまでずっと紫揺が宮にいることをリツソに知られないようにしてきた “最高か” と “庭の世話か” だ、そう思うのは当たり前だろう。

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