大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第33回

2022年01月31日 22時23分21秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第30回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第33回



マツリの視線に波葉がもしや、と感じた。
シキからは紫揺が目を覚ます際(きわ)に、マツリが紫揺の腰をさすっていたと聞いた。 そしてさすられていた紫揺はその時、トウオウがさすってくれていると勘違いしていたとも。

「トウオウをご存知のようで?」

「・・・はい。 北の五色です」

マツリが波葉から視線を外して酒杯に目を戻す。 酒杯を掴み一気に喉に流し込む。 先程、波葉がなみなみと注いだところなのに。
置かれた酒杯にもう一度波葉が酒を注ぐ。

「姉上から聞いておられないのですか?」

「薬草師が紫さまをお抱えしたそうですね。 紫さまが倒れられたおり」

これもシキから聞かされていた。

質問に答えが返ってこない。 話が見えない。 マツリが眉根を寄せる。

「ご存知ではありませんでしたか?」

そう言うと波葉が酒杯を持ち一口飲む。

「何を仰りたいのでしょうか」

「いえ、その時のことをマツリ様はどうお考えなのかと」

「己の浅慮とは分かっております」

マツリも一口飲む。

「いいえ、その様なことでは御座いません」

また一口飲むとことりと座卓に酒杯を置いた。

「では?」

「許嫁でもなければ何でもない者が女人を抱えるということをです」

マツリの酒杯を持つ手がピクリと動く。

「あの場合にそんなことを言ってはおられないでしょう」

それに己も紫揺を抱えて場所を移動した。 あれも仕方のないこと。
そうですか、と言うと波葉がまた話をかえる。

「ああ、そうでした。 トウオウ・・・五色様であるトウオウ様のご説明がまだで御座いました。 シキ様からはトウオウ様が紫さまの腰をさすったとしかお聞きしておりません」

「え?」

初耳だ。 そんなことは聞いていない。

「マツリ様が紫さまの腰をおさすりされていた時には、紫さまはまだはっきり目が覚めておられなかったのでしょう、その時と一緒になって、トウオウ様がさすってくださっているのかと思われたそうです。 それがマツリ様だったと知り、それはそれは驚いたそうです」

マツリの目が大きく開く。

「五色様と言うからにはトウオウ様は女人で御座いましょう。 マツリ様がお気になさることは御座いませんでしょう?」

マツリが真っ赤な顔をした。 シキの言っていたことは間違いないようだ。

(なんとも分かりやすい)

波葉がマツリから顔をそむけ酒杯を口に運ぶ。
いったん話を戻してマツリからの疑いの目を外そうとしただけなのに。 その後にまだシキから聞いていた話を元に探りを入れようと思ったが、その必要もなさそうだ。 とは言え、可哀想だが念を押さなくてはシキに何を言われるか分からない。

(あ・・・熱い)

ショウジと話していた時と同じだ。 思わず腕を額に充てる。

「先ほど一気に飲まれましたから回ってきたのでしょう。 大丈夫で御座いますか?」

あまりの顔の赤さに同情さえ感じる。 逃げ道をこちらから作ってやろうと酒のせいにする。

「あ、ああ。 そうか。 そうで御座いました。 一気に飲み過ぎました」

そう言って酒杯を口に運び、また一気飲みをする。
完全に訳が分からなくなったようだ。

「マツリ様、今日は見張番と祝杯を上げにいらしたのでしょう? そんなに何度も一気に呑まれませんよう」

「あ、ああ。 そうだった」

いつもなら “そうでした” のはずが、ボロボロになりかけているようだ。
波葉が湯呑に酒ではなく、水を注ぎながらマツリに問う。

「最初のお話に戻りますが、シキ様はマツリ様が初めて紫さまと会われた時、きつい慧眼を送られたと思っておられるようですが?」

「ええ、そのようです。 ですがそんなことは無いはずです」

紫揺の顔が頭に浮かんだ。 顔の赤みが引くどころか留まってしまっている。 いや、これは酒のせいだと波葉が言っていた。

「水で御座います。 どうぞ」

波葉がマツリに水を勧める。 勧められるままにマツリが飲んだ。 よく冷えていて旨い。 これで顔の熱が引くはずだ。 マツリが湯呑を凝視する。 今、ショウジと話しをしていた時と同じ状況ではないと考えながら。

波葉が時を置く。 マツリの表情やそれこそ顔が赤くなる様子をもう一度見極めるために。
マツリの顔からどんどん赤みが引いていく。

「あ、何だったか・・・」

独り言のように呟く。
いつものマツリなら波葉を見て “何でしたでしょう” だ。 だが今はボロボロになり、全くわけが分からず素のままである。

「マツリ様が紫さまに慧眼の目を送られたお話で御座います」

波葉の声が耳に入った。
ああ、そうだった。 波葉と話していたのだったと現状を思い出す。 頭がクリアになってきた。 波葉を見る。

(そうだ、その話だった)

マツリの目がいつも通りに戻る。

「ええ、そんな筈は無いと思うのですが、どうしてかあの後、怒りを覚えたのです。 ですからあまりはっきりと覚えておりませんで」

「私はシキ様の仰られるように、その時のマツリ様の目が慧眼だとは思わないのですが?」

「え? どういうことでしょうか?」

「マツリ様も仰られましたでしょう、そんな筈は無いと」

「はい・・・」

だが他に心当たりはない。

「マツリ様は “恋心” を読まれたそうですね」

マツリが眉根を寄せる。 また話が飛んだ。

「あれはよろしいですね」

「え?」

「私も読みました。 あれを参考にシキ様に・・・」

波葉が僅かに頬を赤くした。

「義兄上が?」

「ええ、あれが無ければシキ様に近づくことも出来ませんでした。 “恋心” は人としての感情を教えてくれますし、恋の勇気も道先案内もしてくれます」

幼き時、マツリが苦手とした分野は人の感情であった。 どれだけ本を読んでも、弱い心や逃げる心が分からなかった。 それを四方に相談した。
そのマツリに四方が “恋心” を渡した。 それはあくまでも恋をするために渡したものではなかった。 弱い心があって悪いわけではない、逃げることがあってもいい、引くという事が必要な時もある。 人が人を愛すということを分からせるためのことだった。
それが人の基本、民を見る基本でもあるのだから。

「はい、あれを読んでリツソが紫に恋をしていると分かりました」

波葉が持っていた酒杯を置いてマツリを凝視した。

「義兄上?」

「“恋心” に書かれていたことを思い出して下さいませ」

波葉に言われるまでもない。 “恋心” だけではない、全ての本のことは覚えている。 端から端まで。

「なにを? どの部分でしょうか?」

己が読み落としているはずは無いと思うが、こう言われてしまっては訊き返すことしか出来ない。

「“一目惚れ” という章です」

しっかりと覚えている。 リツソのことがあって読み直したくらいなのだから。

「ああ、そこでしたらリツソがぴたりと当てはまりました」

「だから、リツソ様が紫さまに恋をしているとお知りになった?」

「ええ “恋心” に書かれている典型的な一目惚れでしたので」

「それはマツリ様には当てはまりませんか?」

「・・・は?」

「紫さまを初めて見た時、慧眼の目ではなく、紫さまに魅入られたのではないですか?」

「そんなことは・・・ああ、そう。 あれは見入るほどの者ではありません」

どうも単に見たという風に誤解をしているようだ。 言葉を変えよう。

「マツリ様がどのような方に魅了されるのかは私の知るところでは御座いませんが、シキ様もリツソ様も紫さまには魅了されておられます」

「ええ、あのような者にどうしてかと・・・」

マツリが紫揺の顔を浮かべた途端、また顔が赤くなった。

(どうしてだ! 何故こんなに顔だけが熱い!)

言葉を途中にし俯き顔を赤くしたマツリに波葉が言葉を添える。

「マツリ様、私と男同士のお話をいたしませんか?」

顔を赤くし俯いていたマツリが顔を上げ波葉を見た。

「私がマツリ様の疑問を・・・紫さまに対しての疑問を全部紐解きましょう」

最初はシキに言われてマツリと話したが、今は同士だと考えている。
波葉も恋は遅かった。 文官として忙しかったからだが、その中でシキを見た。 それは一目惚れだった。
シキの伴侶として見合うのは、本領領主の娘に見合うそれなりの地位を持つ者だ。 先祖を辿った本領領主の親戚以外ない。
それに単なる民ではなくとも官吏というぐらいでは、シキの結婚相手にはならない筈だった。 ましてや波葉は官吏と言っても文官であって武官ではない。 力でシキを守ることも出来ない。

「私はシキ様を誰よりも想っています。 マツリ様のお力になれると思います」

波葉はマツリを看破した。 マツリは恋をしている、だがそれを分かっていないだけだと。

「マツリ様の思い当たることをお話しください。 私がそれを紐解きます」

意味が分からないと思っていたマツリの眉間の皺が解放される。

「さっき怒ってらしたというのは、紫さまに何やら拒まれたり、言われたりしませんでしたか? それとも、紫さまを想うリツソ様のことが頭にあり、紫さまとリツソ様を許せなくなったとか」

歪んだ愛情もあり得る。 リツソに厳しいマツリだが、それはリツソのことを心配してのこと。 紫揺の事はマツリの方がリツソのあとに知った。 紫揺を想うリツソのことが許せないとは思わないだろう。 思ったとしても思わないようにするだろう。 それが形を変えて出てきてもおかしくはない。

「拒む・・・」

『黙りなさい。 早い話うるさいって言ったのよ』

そうだ。 あの時そう言われた。 ハクロとシグロを呼んで紫揺がどういう感覚をしているのかと怒鳴った。

「お心当たりがおありですか?」

「・・・はい、紫がリツソを庇って・・・黙りなさいと言われましたが・・・」

「はて? リツソ様をどうして紫さまが庇ったのでしょうか」

「我がリツソに、お前はまだその程度だ。 己を知ることだと言ったからでしょう。 いや、正確には最後まで言わせてもらえませんでしたが」

「どうしてその様なことを仰られました?」

マツリが眉を顰めて首を傾げる。 考えているようだが、多分分からないだろう。

「リツソが余りにもいつもと態度が違っていたからでしょうか。 我に食って掛かってきました。 それで我に一喝されて動けなくなったようです。 ・・・。 そう、それで紫にしがみ付いて・・・。 だからその時に我が言ったのですが」

段々と思い出してきた。

「そういうことで御座いますか。 では “嫉妬の章” をお読みされることをお勧めいたします。 ちなみに薬草師とトウオウ様に対しても同じで御座います。 その章に当てはまりましょう」

マツリが思い出すように下に目を這わしていた顔を上げ波葉を見た。

「私もマツリ様と同じです。 リツソ様は我らより早く恋を知られたのかもしれませんね」

波葉がマツリを宥めるように笑った。 その笑いは真実のものであった。

「リツソ様のことを気にされず、思われたことをお話しください」

「そう言われましても・・・」

「男同士のお話しです。 紫さまのことを考えると心が熱くなったり、刺したりするものは御座いませんか?」

ショウジと同じようなことを言う。

「・・・」

棘のような物に刺されたことを思い出す。

「思っただけで心が刺されます。 ええ、私もそうでした。 シキ様のお姿を拝見した時には、心の臓の音が他の者に聞かれるのではないかと思う程大きくなったりもしましたし、お姿を拝見できなかった日には、シキ様を想うだけで何かに刺されるような痛みがあったり。 恋をすれば皆同じです。 不思議で御座いますねぇ」

ですから、分ちあえます。 そう言うと、酒杯を手にした。


朝餉の席の前に眠たい目をこすりながら波葉がシキの部屋を訪ねた。
これが婚姻前なら昌耶を通さねばいけなかったが、今シキは波葉の奥である。 そんなことは必要ない。 とは言え紫揺もいる。

「もう昌耶はシキ様のお房の前に居るだろうか」

昌耶と従者はシキが目覚める前にシキの部屋の前で座って待っている。 シキの着替えを手伝うためだ。
角を曲がるとズラッと並んだ女人が見えた。 もう待ち構えているようだ。
波葉に気付いた昌耶とシキの従者が手を着いて頭を下げる。
宮育ちではない波葉にはこれが重い。 末端に座る従者に中の様子を訊こうとすると昌耶に呼ばれた。

「波葉様、どうぞこちらに」

かしずく女たちの前を歩きにくそうに歩きながら、波葉が昌耶の元まで来た。

「シキ様はお目覚めになられておられるようで御座います」

シキが起きているのに昌耶がここに居るということは、紫揺が起きていないということか。

「シキ様にお話があるのですが」

「お待ちくださいませ」

昌耶がそっと襖を開けると中に入り、奥の襖に僅かな隙間を開けまだ寝ている紫揺を起こさないように声をひそめる。

「シキ様、波葉様がお見えで御座います」

波葉とシキの暮らす邸では波葉のことを “お館様” と呼んでいるが、ここではそう呼べない。
呼ばれたシキ。 紫揺とは今日が最後になってしまうかもしれないのだ。 紫揺が起きるまでずっと横に添っていたいと思い、起きてはいたが紫揺の横を離れなかった。 だが昌耶の声にそっと紫揺から離れた。 それ程に波葉からもたらされる情報を聞きたかった。
紫揺を起こさないように、ゆっくりと奥の間の襖を閉めると昌耶に頷く。

襖が開き、襖の前に立ててあった衝立を避け波葉が部屋に入ってきた。
波葉としては朝餉後でも良かったのだが、シキから聞いていた色んなことがある。 そこを加味して朝餉前にやって来た。

「何か分かりまして?」

シキが椅子に座りながら言うと波葉も椅子に座った。
こんな時に襖内に昌耶は入ってこない。

「結果から申しますに、マツリ様は紫さまに恋をしておいでと私は思います」

「まぁ!」

シキが美しい指を持つ二つの手を口元にやった。
だがすぐに冷静になる。

「それはわたくしも、もしかしてとは思っておりました。 ですから波葉様にお頼みしましたのに、マツリがはっきりとそう言いませんでしたの?」

一瞬喜んだ手は既に下にさげられている。
シキの知り得る情報を波葉に渡したのに、はっきりとマツリの想いが訊けなかったということだ。

「まずまず間違いないと思いますが、マツリ様はお認めになりませんでした。 ですが、私の言ったことを全てわかってもらえたと思います。 マツリ様の感じられたこと、思われたことに私が全てお答え致しました。 それは恋だと。 ですが表面的にお認めにならなかった。 心の中のどこかでは分かっておられると思います。 ですからまだご自身で整理ができておられない状態、そういう方が当てはまりましょうか」

「ではマツリが紫に恋をしているということは間違いないのですね?」

「はい。 あとはマツリ様がそのお心に気付かれるかどうか、認められるかどうかで御座います」

「・・・マツリが認めるかどうか」

シキが眉根を寄せる。 それは難しい話かもしれない。

間をおいて波葉がシキを呼んだ。

「はい?」

難しい顔をしていたシキが波葉を見る。

「今のお話ですが、最初はシキ様のお力になればとマツリ様とお話しておりました。 ですが、マツリ様のご様子をうかがっている内に男同士のお話をしたくなりました」

「男同士?」

「はい。 マツリ様を見ていると、私を見ているようでマツリ様のお力になりたくなったのです。 ですからこのお話は男同士のお話であって、シキ様から問われたお話とは違います」

波葉の言っていることが分かった。 男同士の話をシキに漏らしたということを口止めしているのだ。 口止めはしているが、シキの役に立ちたくてシキに言っている。 それも分かる。

「波葉様、どうして紫の時にそのようにお話しくださらなかったのですか?」

「あ・・・」

マツリが言っていた。 波葉は文官なのだから四方に逆らえないと。 だがこうして内密に話してくれればよかったのに。

「お伝えしたかった。 紫さまのことはシキ様からよくよくお聞きしていましたので。 ですが、シキ様にお話しますとすぐにでも紫さまに会いに行かれたでしょう。 私が義父上からお聞きしたのは紫さまがお倒れになった後の事でした。 そのような悲しいことを、シキ様にお伝えなどしたくはありませんでした」

「・・・波葉様、どうしてあの時にそう言って下さらなかったのですか?」

「シキ様を・・・シキ様の悲しいお顔を見たくなかった。 私の我儘で御座います」

「波葉様・・・」


布団の端をギュッと握り締める紫揺。

(良かった。 シキ様と波葉様との仲が戻ったんだ)

紫揺が目覚めたのはマツリの話し以降であった。

運動不足、身体が鈍(なま)る。 本領に来た時には馬にも乗ったが、それ以降は倒れてしまい眠りから目覚めてからは身体が鈍って仕方がなかった。
寝入りはいいが身体を動かしていない分、夜中に目を覚ましてはシキの寝顔を見ていた。
退屈この上ない。 身体を動かせない日はいつもそう思っていた。
だが今日は、今朝は、シキと波葉の愛で包まれそうだ。

「今日帰るんだもん」

帰ったらまずはお転婆に乗ろう。 紫揺の愛馬に。
でも・・・その前に気になる。

「マツリ・・・俤(おもかげ)さんと会うんだろうかなぁ」

それが危なくはないのだろうか。 マツリは急いでいないと言っていたが、あの何をも見ない目。 あれは俤からの情報を欲しがっているのではないのか?
だがマツリからは今は四方を固めていると聞いた。 今はマツリも動けないのだろう。 だから何も知らない紫揺が動いてはマツリに迷惑をかけるだけだ。 これは推理ドラマでもゲームでもないんだ。

「私は・・・。 私がどう動けば役に立つ?」

リツソを二度と攫われたくなどない。

どう動けばマツリの役に立つ?

「え? マツリの役に立つ?」

紫揺が目を見開いて布団をはね飛ばし起き上がった。

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