大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第32回

2022年01月28日 21時42分03秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第30回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第32回



「嘘じゃねーだろうな」

薄暗い地下に光石が点灯している。

「本当でさぁ、共時(きょうじ)に嘘なんかつくもんか」

目の前にいる男を共時と呼んだ男は若かった。 共時が城家主の屋敷に居る時に一緒に居た男だった。 その共時は城家主の屋敷に居る時には若い者から頼られていた。
そして屋敷を出た後は城家主の触手として動いていたが、その共時を慕うものは決して少なくはなかった。

「俺も地下に入った時には助けてもらった。 あれは・・・忘れねぇ」

共時の目が怒りと共に策を走らせようとした。 だが策など簡単に浮かぶものではない。

「くそ!」

もっと話しておけばよかった。 拳を空に打ち付けることしか出来ない。

「共時・・・。 仲間はいまさぁ」

「あん?」

「見離されたと思ってここに来たのに、奴に手を差し伸べられた奴らが居る」

「お前・・・」

「共時の為なら動ける奴もいる。 アイツが手を差し伸べた奴らより少ないっすけど」

「お前が城家主に睨まれるだけになるんだぞ」

「おれ一人くらい知れたこと。 俺なんか―――」

「それを言うなと奴が言ったんじゃねぇのか? お前はお前だ、お前しかいない、ってな」

「共時・・・」

城家主の屋敷の中は分かっている。 以前は屋敷の中に居たのだから。 地下に通じる階段も知っている。
だが今の城家主の屋敷に残っている者の中で共時に手を貸してくれる者は半分もいない。 失敗するかもしれない。 いや、その可能性がほとんどを占めている。 手を貸してくれた者たちを痛い目に遭わせるわけにはいかない。 それに痛い目で終るかどうかも分からない。

「なぁ、アイツから何か聞いてねーか?」

「何かって?」

「なんでもいい」

「さぁ、アイツあんまり話さねーからなぁ。 ああ、そう言やぁ、いつ頃だったかアイツがどぶ板をひっくり返してたって聞いたっけか」

「どぶ板?」

「失せものか? って訊いたら、いや、赤茶のネズミ探しだって言ってたそうで」

「赤茶のネズミ? そんなのがいるのか?」

「同じことを訊いたら、そしたら珍しいから探してんだって。 城家主に売りつけようって考えてるって言ってたそうでさぁ」

「ふっ、アイツも脳みそも洗った方がいいかもしんねーな」

「脳みそ?」



夜の酒処 ≪馬酔亭≫ にやってきたマツリ。 キョウゲンはどこかの木に止まって待つのであろう、マツリの肩に止まることなく飛んで行った。

店先には剛度が立っており、片方の口端を上げてマツリを迎えた。

「全員集まっております」

十八人全員。
剛度の目を見て頷く。

店の中に入ると座っていた全員が立ち上がり、その中から一人が歩いてきた。

「まさかマツリ様にいらしていただけるとは思ってもいませんでした」

「偶然に剛度(ごうど)に聞いてな。 てっきり百藻(ひゃくも)は嫁をもらわないと思っていたから驚いた」

「俺もそのつもりだったんですけど・・・。 その、稀蘭蘭(きらら)がどうしても・・・」

頭をポリポリと掻く仕草を見せる。

「え? 惚れられたということか?」

有り得ない・・・。

「マツリ様、その仰りようは百藻に悪いですよ。 まあ、確かにみんな同じことを思いましたが」

照れている百藻を前に百藻と共に毎回紫揺に付いて走っていた見張番が言うと全員がそれに大笑いをした。
いや、全員だろうか。 腹の底から全員が笑っているだろうか。 きっと所業に影を持っているものはマツリに腹の中を探られないか気が気ではないはずだ。 だがここで全員の顔色を見るわけにはいかない。

剛度がマツリに奥に座るよう促した。
奥に座ったマツリの前に剛度が二人の男、見張番を連れてきた。

「マツリ様、百藻の事の前に新しいのを紹介させてください」

「こっちが先に入った蕩尽(とうじん)、あっちが最近入った小路(こうじ)です」

二人がマツリに頭を下げる。

「蕩尽か、今までは何をしておった」

どう見ても三十をゆうに越えているだろう。 今までどこで働いていたのか、何処からやって来たのか。

「宮都の中で官吏の手伝いをしておりました」

宮都の中でという事は宮都内をあちこち移動させられていたのだろうか。

「官吏見習いか何かだったのか」

あまり目を合わせようとしない。 剛度もそれに気付いているようだ。

「いいえ、官吏の下で働く使い走りです」

「早馬ということか」

見張番に来るくらいだ、馬の扱いになれているのだろうから。 だがそれも武官による正式な早馬ではなく、ちょっとした遣いというところだろう。

「マツリ様ちょいと宜しいでしょうか」

見かねた剛度が割って入ってきた。

「なんだ」

「いえ、蕩尽にちょいと」

マツリに向いて言うと続けて蕩尽を見て続ける。

「おい、言ってるだろ。 見張番は相手の目を見て話さなきゃなんねえって」

「ですが、マツリ様お相手にそのようなことを・・・」

「官吏の中にいたんだからそう思うかも知れねえが、見張番とマツリ様はそんな間柄じゃねえよ」

「剛度の言う通りだ。 四方様もだが、見張番と領主は代々近しくしておる。 官吏たちのように我を特別に思う必要はない」

「はぁ・・・」

キョロキョロと動かしていた目を恐る恐るマツリに合わせた。 それを見てマツリが頷いてみせ話を戻す。

「早馬で走っておったのか」

「それありますし、雑用も」

「そうか、ふむ。 あまり見たような記憶が無いのだが、長く居たか」

あまり長く話していては不審に思われるが、今やっとまともに目を合わせたところだ。 まだ目の奥の禍つものが視えない。 大きく悪ごとを思っていればすぐに分かるが、すぐに視られないということは、それだけ禍つものも小さいということ。

「わたしらみたいなのは表に出ませんから、マツリ様とお顔を合わすようなことはありませんで」

「そういうことか。 このような場で何なのだが、少し訊きたい」

なんのことかと、蕩尽が身体に緊張を走らせる。

「ここのところ官吏・・・文官たちが忙しいと聞いておるが、蕩尽から見て官吏の人員不足が考えられるか」

そういう話かと、蕩尽がいつの間にか上がっていた肩を下す。

「それはどうでしょうか。 わたしらみたいなのには分かりませんが、話にもならない厄介ごとが多すぎるだけじゃないんでしょうか」

「話にもならない厄介ごととは、例えば」

「あっちで誰かが喧嘩した、こっちで誰かが物を盗られたとかって、どうでもいいことをいちいち上げてくるもんで。 私らはそれで走らされていましたから」

「ああ、そういうことか。 そう言えばそのような事を文官も武官も怒っておったか。 では忙しくしておったのだな。 それでは見張番は退屈であろう」

「今までが忙しすぎましたから、身体休めに良いかと」

「おい、それは無いだろう。 それでは俺らは給金泥棒になってしまう」

そんな風に聞いてマツリが何かを思うはずがないとは分かっているが、さすがに聞き捨てならず剛度が突っ込んだ。

「そういう意味で言ったわけでは」

後頭部を掻きながら剛度に言う。

「正直ということで良いではないか」

マツリがその隣に居るもう一人を見た。
マツリが蕩尽を視おえたということだ。 剛度が僅かに表情を動かした。

「小路か、数日前に会ったな」

「はい」

「小路は今まで何を」

こちらは三十前後であろうか。

「馬番でした」

「馬番? どちらの」

宮の中の馬番は顔を知っているが、この小路の顔には見覚えがない。

「四都(よと)の官所(かんどころ)です」

官所とは役所である。

「四都に居たのか」

「はい」

この男は先日視終えている。 これ以上見る必要はない。 百藻の祝いの場をこれ以上邪魔する必要はないだろう。

「そうか、では馬に慣れているという事だな。 では二人ともこれからも洞を守るよう、力を尽くしてくれ」

二人を視終わったマツリが言う。 蕩尽と小路が解放された。

剛度がまだ立ちっぱなしだった百藻にマツリの隣りに座るよう促す。

「いや、それは・・・」

あまりに失礼だという目を剛度に向ける。

「何を言ってんだ、今日は百藻の祝いだ。 ねぇ、マツリ様」

「ああ、それとも我が下がらねばならんか?」

「滅相も御座いません」

「ほら、マツリ様もこう言っておられる。 なかなかマツリ様の隣に座れることなんてないんだ。 遠慮せず座らせてもらえ」

それは剛度の計らいであった。
これから一人づつ百藻に言祝ぎを述べに百藻の前に立つ。 そうすれば嫌でも隣に座るマツリと話さなければいけなくなってくる。 まぁ、嫌と思うのは地下に繋がっている者だけだろうが。
剛度の計らいは間違いなく行われた。
一人づつが百藻に言祝ぎを述べに前にやって来た。 そしてマツリがその者達に話しかける。

朝の見張番のことがある。 次の朝は早い。
剛度が内々の祝いに解散を告げる。

マツリが視たかったものは最初の言祝ぎの時に全て視ることが出来た。 だが剛度の解散を告げるまで座を立たなかった。 中座すると不自然に思われる。 だからと言って理由なく最後まで居るのも疑われる。

居ることが不自然にならないよう、疑われないよう色んな話をした。 そして祖父と思えるような百藻に稀蘭蘭がなぜ添いたいと思ったか、それをどうしても訊きたかった。 本心からそう思っていたのもあるが、それも利用することにした。

「マツリ様、それは愚問で御座いますよ」

百藻は顔を赤くしているだけだ。 他の見張番が答えてくる。

「いや、この問いは百藻には悪いとは分かっておる。 だがどうしても分からん」

「稀蘭蘭は百藻の心に惚れたんですから」

「心?」

「ええ、百藻は一筋の心を持っています。 それはマツリ様もお分かりでしょう。 そこに稀蘭蘭が惚れたんです」

「だがこの見張番の他の者も同じように一筋の心を持っていよう」

四名を除いて。

「そりゃそうです。 ですが稀蘭蘭は百藻を選んだんです。 これは稀蘭蘭が他の者を知らなかったからでしょうが」

と言うと、オイと百藻から苦情が入った。
こりゃわるかったな、と百藻に向かって言い、マツリに向き直った。

「まぁ、それ以上に稀蘭蘭は百藻のことを分かったんでしょう」

「分かった?」

「ええ、百藻の優しさを」

「泉のように澄んだ深い優しさ~」

誰かが微妙な音程にのせて歌った。 マツリに話しているのを聞いての事だろう。

「またしちゃあ稀蘭蘭がそう言うんです」

マツリに話していた見張番がマツリから目を離し、なぁ、と百藻を見て言う。 百藻がまた赤くなり、ポリポリと後頭部を掻いている。

たしかに百藻は優しいと思う。 見張番の厳しい目を必要とする時には厳しくはなるが、その厳しさの底に優しい目を持っている。 その優しさは決して曲がったものではないし、曲げることなど出来ないものであるはず。
だから紫揺がこの本領に来た時に紫揺に付く見張番に百藻を許した。 それにこの百藻に影など無いと視たからだ。

「稀蘭蘭とはどのような娘か?」

マツリが次々と百藻に稀蘭蘭への疑問を投げかける。
マツリと他の見張番の会話に聞き耳を立てていた技座と高弦がホッと胸を撫で下ろす。 百藻に言祝ぎを伝えると次にマツリと相対して会話をした。 婚姻後どうだ? とマツリから訊かれ、それなりに答えた。 その間に魔釣の目が向けれられているのではないかと思っていたが、そうでは無かったようだ。 それならば今すぐにでも、魔釣られるはずなのだから。


剛度の解散を告げる声を聞いてマツリが腰を上げた。
剛度に己の視たことを話さねばならないだろうが、ここでグズグズと残っているのも不自然に思われるだろう。 それに己が一番にここを出なければ誰も出ることが出来ないのだから。

百藻に「大切にしてやれよ」 と言葉を残して店を出る。 剛度も分かっているのだろう、今はマツリと必要以上に話すことは避けた方が良いと。 店の外までマツリを送らず、他の者に見送りをさせた。


宮に戻るとすぐに四方に報告をしたかったが、もう四方は寝ている刻限だ。 明日の朝にするしかない。 だが紫揺のことは確認したい。 寝ていればそれでいいが、万が一にも東に帰ってしまっていてはシャレにもならない。 着替えるとすぐに自室を出た。

紫揺に付いて岩山を下りて来た見張番は本来なら紫揺が動くまで宮に居るはずだった。 一昨日はうっかりとしていたが、今日見張番と会って思い出した。 見張番が居るかどうかを見れば紫揺が帰ったかどうかが分かることだった。
だが今日その見張番は今日の百藻の祝いに出席している。 ましてやその見張り番の一人が当の百藻だ。 見張番無しで紫揺が帰るとは思えないが、あの紫揺のすることだ。

「・・・義兄上はまだ起きていらっしゃるだろうか」

紫揺がまだ帰っていなければ波葉はまだ客用の間に居るはずだ。 一昨日のように上手く逢えないだろうか。
足を進めるマツリ。 回廊に光石が灯る。

一昨日波葉が顔を出してきた客用の間の前まであと数歩と言う時に襖が開いた。

「お帰りなさいませ」

波葉だ。

「ただ今戻りました。 義兄上がここにいらっしゃるということは、紫が姉上のお房に居るということでしょうか」

波葉が頷く。
これで今日の心配事が終わった。

「マツリ様、お話を宜しいでしょうか?」

「え?」

シキとのことでまだ気づまりがあるのだろうか。

「姉上がなにか?」

「いいえ、そういうことでは。 一昨日のように呑みながらでもお話のお相手をお願いできませんか?」

シキが何か波葉の気に障ることでも言ったのだろうか。 それならシキに波葉のことを考えるように言った己が謝らないといけないか、いやその前に話を聞くだけでも聞かなければ。

「ええ、こちらこそ」

波葉が大きく襖を開けマツリを迎え入れた。


夕餉の後、シキに招かれ波葉がシキの部屋に入った。 笑みをたたえて波葉を迎え入れたシキの顔を見て許してもらえたと思った。 この刻限から邸に帰るわけにはいかないが、それでも今日一晩を宮で楽しく過ごし、明日には邸に戻れると思っていたのだが、話は思わぬ方向に飛んでいった。

『一昨日、マツリとお呑みになっていたそうですわね』

斜め前に立っているシキが肩越しに言った。
呑んでいたことを責められるのだろうかと思った波葉。

『え、ええ。 男同士の話しとでも言いましょうか』

『男同士?』

向き直った美しい目がジロリと波葉を捕らえる。

『マツリが何か言っておりまして?』

男同士ということでなにか紫揺に関することを話したのだろうか、とシキが訊くが、そんなことは知らない波葉である。

『特には。 ああ、そうそう、今マツリ様が行っておられる、祝いの席でのお二人のことなどを話しておられました。 歳が離れていても平気なのだろうか、とか。 ですがそんなことより私の心配をして下さっていました』

そう、だから二人の話しに戻したいのだけれど、と遠回しに波葉が言っている。

『紫のお話は御座いませんでしたでしょうか?』

『紫さまの? いいえ? どうしてで御座いますか?』

『そうで御座いますか・・・』

紫揺の話をしていたのではないのか。

『では、波葉様? お願いが御座います』

そうシキに言われたのだった。
そしてついでのように『お仕事はいかがでした?』 と訊かれたくらいで許してもらえたという感触は感じなかった。 それだけにシキから言われたことには遺漏なくマツリに訊かなければならない。


「昨日の朝はシキ様と紫さまの三人で、時を過ごされたとお聞きしましたが」

「はい、義兄上と姉上の時をお取りして、申し訳ございません」

温厚な顔を向けながら波葉が首を振り、マツリの酒杯に酒を注ぎながら話し始める。

「シキ様が気にされておられたのですが・・・」

紫揺とマツリが初めて会った時にマツリが怒っていたという話と、その時にリツソに言った言葉をシキから聞いたという。

「姉上が?」

手にした酒杯を一口飲む。
今のこのシキと波葉の状態でそんな話をしたのか、ということは、シキが波葉を許したのかと思う一方で、己が整理できていないのに要らないことを言ってくれたとも思う。

「姉上と仲が戻られましたか?」

「あ、ええっと。 少しですか。 そんなに簡単には全面的に許してもらえそうにありません」

「ですが、その様なお話をされたのですよね?」

また一口飲んで座卓に戻す。

「あ、はい。 まぁ、それはそれで」

どういうことだ? と、マツリが首を捻る。

「まあまあ、そんなことはお気にされず」

波葉がマツリの前に置いてあった酒杯に継ぎ足しながら言う。

「シキ様のお話では記憶にないと仰っておられたようですが?」

「・・・はい」

「それは最初に紫さまに慧眼を送られたことと関係がありましょうか?」

そこも言っているのか、と頭を巡らせる。 多分あの時シキと話したことを全て言っているのだろう。
波葉は先程少しだけ仲が戻ったと言ったが、これでは全面的に戻ったのではないのか? それでは己は必要なかろう。
それにこんな話をするくらいなら己の房に戻りどうやって俤と接触するか考える時を持ちたい。 早々に話を切り上げよう。

「姉上にも申しましたが、紫の勘違いでしょう」

「トウオウ」

マツリが酒杯を手にしようと下を向いた時に波葉が言った。
マツリの手が止まった。 ゆっくりと酒杯から波葉に視線を移す。

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