大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

辰刻の雫 ~蒼い月~  第31回

2022年01月24日 22時26分59秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第30回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第31回



「シユラがそう言うなら・・・」

だが口を尖らせるだけで動こうとしない。

「なに? どうしたの?」

「シユラは我とカルネラと、どちらに会いたいのだ?」

「え? どういうこと?」

「我がカルネラを探しに行けばその間シユラは我と会えなくなる。 それでもいいのか?」

マツリが半分ほど瞼を伏せた。 それだけの動きなのに、シキがマツリの様子の違いに気付く。
何かを考えるように半分伏せた瞼を最後までおろすと、三つほど数えてから瞼を上げた。

紫揺にすればリツソもカルネラも可愛い。 そのリツソがまさかそんなことを言うとは思ってもいなかった。 紫揺が返事に困っているとマツリの声が割って入ってきた。

「さっさと探しに行け。 ほんの僅かな時でも離れるのではない」

いつもなら怒鳴っているところなのに、どうしたことかとシキが首を傾げる。

リツソが更に口を尖らせる。
するとなぜか昌耶が襖を開けた。 お出口はこちらです、とでも言うように。
しぶしぶ部屋を出たリツソ。 その姿を見送った紫揺が振り返ってマツリを見た。

「マツリの言ってることは分かった。 でもそれじゃあ、余計と情報屋さんの話が必要なんじゃないの?」

「すでにいくつか情報はもらっておる。 今はそちらを固めておる。 次の情報は今すぐでなくともよい」

「私・・・。 馬にも乗れるし、そこそこ身体も動かせる。 必要な時には言って欲しい」

「・・・そんなにリツソが心配か」

おや? と、シキが眉を上げる。 本領のことだから紫揺には関係の無いこと、とは言わないのか?

「さっきも言ったけど私も攫われた経験があるから。 何も分からないっていうのは不安でどうしようもないから。 あんなことをリツソ君に味あわせたくないから」

リツソのことを心配かと訊いた。 返ってきた答えはマツリが訊いたことに対する答えでは無かった。 マツリは攫われた者の不安を知らない、であった。

「リツソがさっき言っておったが・・・リツソと会っていたいか」

紫揺が眉根を寄せて首を傾げる。 どうして今ここでその質問なのか。

「どういうこと?」

「先ほど、我が話を中断させてしまったから、どうなのかと思っただけだ。 いや、いい。 リツソが居ないのにそんな話を訊いても詮無いことだ」

そう言うとシキに向いた。 じっとマツリを見ていたシキが目を踊らせる。

「では、義兄上のこと、お忘れになられませんよう」

「え? ええ、勿論よ」

すっかり忘れていた。

昌耶の手によって襖が開閉された。


足を進めるマツリ。

(我はどうしてあんなことを訊いた・・・)

リツソのことが心配なのかと、リツソと会っていたいのかと。
紫揺と話していて己の中に分からないことが多々あった。 刺すような痛みもそうだ。

(どうして・・・)

下げていた頭を上げる。

(アイツ・・・トウオウと言った)

小声だったが確かに聞いた。 

(我がその前にトウオウの名を言ったからか。 いや、それにしてもあの様子はおかしかった)

それに紫揺が目覚める前、トウオウと言っていた。 あれも確かに聞いた。
パンと頭の中で紫揺が倒れるシーンが頭に浮かんだ。 紫揺の身体を薬草師が抱えるところを。 あの狭い部屋の中で。

(見てもいないのに、どうして・・・)

マツリが頭を何度も振る。
その頭の中に己の声がこだまする。

『民がどれ程、五色を愛するかだ』
五色を愛するかだ、愛するかだ、愛する、愛する・・・。

大きく頭の中に鐘のように響いて聞こえてきた己の声が段々と小さくなっていく。

(なんだ! どういうことだ?)

己はおかしくなったのか。 思った途端、胸に何本もの棘が刺さったような痛みを覚えた。
身体がよろめいた。 勾欄に身体を預け無意識に胸を押さえる。

その様子を見るともなしに回廊を歩いていた文官。 マツリの異変に気付き回廊を走ってきた。

「マツリ様! 如何なされました!」

胸に手を添え頭を下げ、勾欄に身を預けているマツリの顔を下から覗き見た。 身に触れることは畏れ多い。

「あ・・・、ああ、何でもない」

顔を上げたマツリ。 文官の顔を見た。

(帖地・・・)

見張番を増やした文官。

「少しふらついてな」

己の体調を気遣っているのは、己が体調を悪くしているのかどうかを確認しているのか、それとも他に目的があるのか。

「ご無理をされておられるのでは?」

「いや、そういうことではない」

身体を立て直す。

「シキ様が宮を出られてからはマツリ様が各領土に出られております。 それに本領も見られて」

本領か、地下とは言わないか、とマツリが考える。

「ああ、だが今日はゆるりと出来ておる。 気が緩んだのだろう」

どうして己はあのようなことに陥った、と考えながらも帖地の言を聞き目を視る。

「少し休まれてはいかがですか?」

「父上ほどに忙しくしておらんからな。 それは怠惰というものだろう」

「たしかに四方様もお忙しくはされておられますが、四方様と違ったお疲れがマツリ様には御座いましょう」

何が言いたいのかは分かる。 だが問い返す。

「父上以上に疲れることなどないが?」

「・・・地下を。 地下を見ておられましょう」

「ああ。 だが、時折まわっておる程度だ」

帖地がマツリを見ていた目を外した。

「・・・地下に異変は御座いませんでしょうか」

マツリが目を眇める。

「地下のことだ、無くは無いが?」

「そうで御座いますか。 ・・・とにかく、マツリ様の御身をお考え下さい。 ご無理をされませんように」

そう言い置くと帖地がその場から逃げるように去って行った。
高く結んでいた銀髪。 ハラリと横髪が落ちてきた。 丸紐が緩んでいたようだ。

「禍(まが)つものが視えなかった・・・」

どういうことだ。 四方からは帖地が見張番を増やしたと聞いている。 それなのに帖地には禍つものが視えなかった。
有り得ない。 己の目がどうにかなったのか、それとも・・・。 それ以外に考えられることは一つしかない。
銀髪を括り直す。

「もう一人の文官を父上に限定してもらわなくては」

何度も言い損ねていた馬で走っていた文官。 名を知らず顔に覚えがあるだけだが、その者を視なくては。 そして帖地と同じ結果であるのなら・・・。
俤のことが気になる。

「無茶をしていなければいいが・・・」

まだ始業の太鼓はなっていない。 四方は自室にいるだろう。 今のことと、以前に見た文官のことを四方に報告すべく四方の自室に足を向けた。


マツリの最後の言葉を聞いた紫揺。

「シキ様? 波葉様と何かあったんですか?」

朝食の席で何かあったのだろうか。

「え? いいえ、何もないわ」

それより、とシキが紫揺に問いかける。

「北の領土の五色、トウオウのことを聞かせて欲しいわ」

「え?」

どうしてトウオウのことを訊かれるのか?


「もー、カルネラはどこに行ったのか!」

リツソがカルネラを探している。

「カルネラ―! カルネラ―!」

リツソがあちこちの庭を歩きながらカルネラを呼ぶがカルネラが姿を現さない。

「シユラが呼んでいるぞー! カルネラ、出てこいー」

そう言った途端、カルネラが遠くから走って来たのが見えた。

「おお、やっと聞こえたか」

カルネラがリツソの足元から肩に上がる。

「シユラ、ドコ? シユラ、ワレヨンダ?」

リツソが眉を顰める。

「我の次にカルネラを呼んだんだ」

「シユラ、ドコ?」

「姉上のお房に居る。 今から連れて行ってやる」

「アネウエ? ワレ、カルネラ」

「だから、連れて行ってやる」

スルスルスルとリツソの身体を降りるカルネラ。

「カルネラ?」

「シユラ。 ワレ、カルネラ。 アネウエ、オボウ」

そう言うと小さな身体で走り出した。

「カルネラ!」

リツソが叫ぶがカルネラには聞こえないのか、足を止めることは無かった。
リツソがカルネラの後を追って走った。


「トウオウさんは・・・」

紫揺が言いかけた時、襖の外で叫ぶ声が聞こえた。
紫揺とシキが襖を見た。 勿論、昌耶も。 その昌耶が僅かに襖を開けると、その隙間から毛玉が飛び入ってきた。

「ひい!」

仰け反り声を上げた昌耶。 今日はこれで二回目だ。 心臓が幾つあっても足りない。 シキがこの部屋を出てから部屋に何かあったのだろうか、と疑いたくなる。

「シユラ!」

「わあ! カルネラちゃん!」

手を出した紫揺のその手からカルネラがスルスルと紫揺の肩に上がり、紫揺の首筋に短い手をまわすと頬を寄せた。

「ワレ、カルネラ」

「うん、知ってるよ。 可愛いカルネラちゃん」

紫揺が目を細めて人差し指でカルネラの頭を撫でてやる。

シキが溜息をついた。
供は主に共鳴する。 それは知識であり、想いである。
カルネラがここまで紫揺に懐いているのはリツソが紫揺を想っているからかもしれないが、普通はこんな事には、こんな風な共鳴の仕方はしない筈。

もし紫揺がマツリの奥になったとすればリツソはどう思うのだろうか。
リツソは可愛い。 そのリツソの悲しむ姿を見たくない。 だがマツリはどうなのだろうか。 マツリは紫揺のことをどう思っているのだろうか。 そしてリツソのことを。
紫揺と話している時のマツリはときおり解せない時があった。

(マツリは、リツソに遠慮をしている?)

いや、それもどうだろうか。 マツリは恋をする時など無いと言っていた。
紫揺を見ないで前だけを向いて話していたのも気になる。

(紫のことを無視している風ではなかったし)

「カルネラちゃん? リツソ君と会わなかった?」

「リツソ・・・。 ワレ、ヨンダ。 シユラ、ワレ、ヨンダ」

リツソがカルネラを呼んだのだろう。 紫揺がカルネラと会いたいと言ったから、それなりのことを言ったのだろう。

「そっか。 じゃ、もうちょっとしたらリツソ君が来るね」

カルネラが首を傾げる。
それを見たシキ。
カルネラがリツソのことを分かっていない? リツソのことを何もかも知るはずの供が。
何もかもを知る?
キョウゲンの目を思い出した。
キョウゲンの目には紫揺は映っていなかった。 いつも淡々としていた。 それはマツリでもあった。

(万が一にもマツリが紫に恋をしていたとして、マツリは恋をしていることに気付いていない?)

だからキョウゲンがそれに気付いていないのか?
いや、そうであっても、供ならマツリの心の動きが分かるはず。

ロセイもどちらかと言えば淡々としている。 だがシキの心の内は分かっている。 だから東の領土の民たちの前でもシキの先手先手を打って動いていた。 そして何より思ってもいないのに、シキが波葉と居る時には身を引いたりしていた。
一度キョウゲンに訊いてみるしかないか、とシキが目を据えた。

そしてほどなくリツソが部屋に入ってきた。
何故かその後に澪引もやってきて、ほぼほぼ、女三人で話がはずんだ。 リツソは話の訳が分からず、声の出る方、右に左に正面に首を振りながら話を聞いていただけであった。 澪引もシキも互いの伴侶の苦情を言っていたのだから。 そして、どう思うかと訊かれ、それに答える紫揺も見ながら。


翌日も女三人にリツソが加わるという図となった。 澪引はリツソの現実を知り勉強を諦めたようだ。
シキがなんとかマツリとのことに話を持っていこうと思っていたのだが、リツソが居てはそれも叶わない。
夜な夜な話にかけるしかなかった。


数日前の事、秀亜郡に向かっていた武官から知らせが入った。
秀亜郡で焼かれた家を確認したということ、そして死者が出ていたということは事実であったと。
すぐに下三十都都司を宮都に呼んだ。

後日やって来た下三十都都司は身に覚えが無いという。
だが火をつけたところを見た秀亜群の民が、下三十都の官所(かんどころ)で働いている者を見て、この男達に間違いないと言っていたと、報告に聞いている。

『たしかに秀亜群を下三十都に入れようとはしました。 宮都へのご報告は郡司の許可を取ってから、郡司も納得してからと思っておりました。 郡司にもそう話しました。 ですが家を焼くなどと。 そんなことをするわけが御座いません。 官所の者がやったというのなら、その者を都司として責任をもって宮都に連れてまいります』

刑部でそう話たという。
このクソ忙しいのに、と腹の中でブツブツ言いながら四方が門を潜り刑部省に向かった。


シキが紫揺の前髪を上げた。

「明日には帰ってしまうのね」

シキの隣で眠る紫揺。
紫揺との話を思い出す。
シキに訊かれたトウオウのことを夜な夜な話の中で紫揺は話した。 包み隠さず。 紫揺がトウオウに傷を負わせたことも何もかも。

『トウオウさんは、ずっと優しかったんです』

『ずっと?』

『はい。 それに気付きませんでした』

もっと早く気付いていれば何かが変わっていたかもしれない。 そう言った紫揺だった。
そしてトウオウとの別れの時のことを話した。

『え・・・』

思わずシキが息を飲んだ。
本領に限らず各領土でも、伴侶になっていない者が頬に唇を重ねるなど考えられないのだろう。 それも同性同士で。

『日本ではそんなに当たり前の事じゃないんですけど、海外では当たり前みたいです。 トウオウさんは海外に出ていたみたいですから』

『かいがい?』

うっかりシキが言ってしまったが、領土以外のことを訊くのは是と思ってはいない。 今の紫揺の言いようでは “かいがい” というのは日本以外の所であるようだが、そことて領土ではない。

『ああ、いいわ。 訊いていてごめんなさい』

シキの言わんとすることは分かっている。

『分かっています、気にしないでください。 まだ私が日本と此処を区別できていないだけですから』

『区別だなんて』

『いやな言い方ですね』

紫揺の中にまだ日本の生活が残っているのか。 だがそれは仕方のないこと、生まれ育った地であるのだから。 日本に居た長い時と比べるとまだこの領土に来ていくらも経っていない。 紫揺の言うように “区別” という方法をとらなければいけないのだろう。
『そんなことはないわ』 と言いながら頭を切り替える。

『それで紫はトウオウのことをどう思ったの?』

『トウオウさんは・・・』

馬車に揺られて腰を悪くしたことを話した。

『紫の腰をさすってくれたの?』

『はい。 とても暖かい手でした。 日本に伝わる “手当て” を感じました』

『てあて?』

『はい、痛い所に手を当てる。 そうすれば痛みが引いていく。 迷信みたいなものですけど実際に痛みが引いていきました』

そこまで言うと、マツリのことを思い出した。

『私が今回倒れてからまだ目覚める前、っていうか、その際(きわ)なんですけど、その時のことを思い出したんでしょうね、トウオウさんが私の腰をさすってくれていると思ったんです、錯覚してたんです。 腰が痛かったから。 そしたらマツリでした』

『え?』

『マツリが私の腰をさすってくれていました』

『マツリが?』

『どうしてマツリが腰をさすってくれていたのかは記憶にないんですけど』


マツリが紫揺に恋しているとするならば・・・。
シキがもう一度、隣で眠る紫揺を見た。

「ややこしいわね・・・。 それでも紫はマツリのことを認めてくれているのよね」

マツリに自覚があればいいものを。 それに紫揺は最終的にマツリのことをどう思っているのか。
遠まわしに訊いてはみたが、紫揺はあっさりと答えた。

『マツリのことですか? うーん・・・。 リツソ君の兄上ですね』

『リツソのことを外してもらえない? マツリだけのことをどう思っているのか訊きたいの』

そう言うシキに小首を傾げた紫揺だが何度考えても分からない。 だから正直に言った。

『最初は腹が立つしかありませんでした。 でも今はそうでもないです』

『どうして?』

『マツリって、けっこう色んなことを考えているっていうか、人非人とさえと思っていたのに、違ってたって分かりました』

“最高か” と “庭の世話か” の功績が大きいのかもしれない。

『それで?』

『え? それだけです』

そう言われてしまった。
だが少なくとも紫揺はマツリに対して印象を変えた。 それも良いように。 そしてマツリはきっと・・・紫揺のことを想っているだろう。
それは女の勘であるが、女の勘というものは捨てたものではない。
柳眉なシキの眉が動いた。

「明日の朝、紫が出るまでには無理ね。 でも・・・」

あまり長く時はおけない。 紫揺が東の領土でどんな生活を送っていくのかが分からない。 東の領土で想い人が出来るかもしれない。

「再々、紫を本領に呼ぶしかないのかしら」

そう思うとどうしてもう少し婚姻の儀を伸ばさなかったのかと、少なくともこの今の時より少しでも後にしなかったのかと後悔する。 そうすれば己が東の領土に飛べていたのに、理由を付けて紫揺を呼べることも出来たのに、と美しい唇を噛んだ。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 辰刻の雫 ~蒼い月~  第30回 | トップ | 辰刻の雫 ~蒼い月~  第32回 »
最新の画像もっと見る

小説」カテゴリの最新記事