大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第81回

2022年07月18日 21時46分44秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第80回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第81回



杠の肩に腕をまわして歩く共時の姿が地下の空という、天井の孔から射す朝陽に照らされている。
だが地下の住人はまだ眠りの時間だ。

「おめーが宮の狗(いぬ)だったとはな」

地下の洞の入り口までは宮の馬車で運ばれてきた。 その馬車に二人で乗っていたが、その時には共時は一言も話してこなかった。 そして杠も武官が地下に入ったことも、城家主が捕らえられたことも何も話しはしなかった。

「そんないいもんじゃねーよ」

「狗にいいも悪いもあるかよ」

チッと舌打ちをして、かったるそうにすると真横にある杠の顔を見る。

「俺がおめーに話したことを全部宮に流してたってことだろう」

「まあ・・・そうなるか」

今更なにを隠しても始まらない。

「もうここらでいい。 おめーは宮に帰れや」

杠の肩から腕を外そうとしたが、杠がそれを止めた。

「なんだってんだ」

宮の狗である杠を苛立つように見る。

「ここであんたを置き去りにするわけにはいかない」

地下の一番奥まで運ぶ。 そして以前の城家主の屋敷に居るであろう宇藤に渡さなくては。 そうでなければマツリの計画が水の泡となってしまう。

今の共時の状態ではいつ誰に襲われるか分からない。 城家主の手下が捕まったと言ってもここは地下だ、弱きものはうっぷん晴らしの暴力の的になる。 それに城家主の隠れ手下がまだ残っている。 馬に乗った武官や馬車が行進していくのを目の当たりに見たはずだ。 今のアイツ等は何をするか分からない。

「宮の狗がなに言ってやがる」

「こう言っては何だが、お前が地下から出てきたのを助けたのはマツリ様だ。 その後お前を治療したのも宮の者だ。 宮の何もかもを否定できるってのか?」

「ケッ!」

「お前が俺を助けに来てくれたのが始まりだ。 お前に不利なことの無いようにしているだけだ。 恩返しだ、黙って受け取れ」

「そんなもん、要らねーよ」

杠から顔を隠すように反対側を見る。 たとえ宮の狗と分かろうが、息子と似ている杠からそんなことを言われて湧き出てくる喜びが抑えられない。

それからは何を言っていいか分からず、杠の肩を借りたままずっと無言で歩き続けた。

「おい、いい加減もういいだろう。 このまま行くと城家主の屋敷に行っちまう」

もうすぐ左右に広がっていた路地もなくなる。 そうなれば路地のなくなった広い道に出て、どんつきに城家主の屋敷があるだけだ。

「その屋敷に向かってんだよ」

「てめー! 俺を城家主に売る気かっ!」

「言っただろう、恩返しだって。 そんなことするか」

とうとう路地がなくなり左右に広がる幅のある広い道に出た。

紫揺はここを見張番が船を漕いでいたことをいいことに突っ走って行ったな、と数日前のことを思い出す。

道を斜めに横切り屋敷の前まで来る。 いつも居るはずの見張番が居ないことに共時が眉を顰めた。
そんな共時の心の内など知ったことではないと言わんばかりに杠が足を進める。

屋敷の門をくぐると広い庭があるが、その先の屋敷の窓があちこち割れている。 扉も壊れている。

「いったいどうしたってんだ・・・」

共時が目を丸くして言うが、杠も武官が入った時の様子を見ていたわけではない。 かなり派手にやったようだな、と見ているだけだ。

「さー、どうなってんだかな。 行くぜ」

まだ何も把握できていない共時が呆気にとられながらも、杠が歩くに体を任せている。 片足を引きずり、もう一方の片足が無意識に動いている。

壊された玄関の扉をくぐり中に入る。
もう城家主の手下は居ないのだ、以前と同じ所に宇藤は寝ていないだろう。

「この屋敷に城家主はもういない」

「え?」

「手下もな」

「どういうこった!?」

「宇藤がいる。 どうする? 宇藤を起こすか? それともどこかの部屋で宇藤が起きるまで待ってるか? 俺はそこまで付き合っちゃーいられねーけどな」

「意味が分かんねー。 もういい、オレはここを出る。 ここに用はねーんだからな」

「それは困る」

共時が眉を顰めて杠を見たその時、杠が大声を出した。

「宇藤! 起きてこい!」

「てめー! なに言ってやがる!」

暴れる共時を抑えつけながら、何度も「宇藤!」 と呼ぶ。

一つの戸が開いてそこから男が出て来た。 煩わしそうな目をして「うっせーんだよ!」 と言うと同時に、杠の肩を借りている共時が目に入ってきた。

「え? ・・・共時!」

男が走り寄り、共時の前に立った。

「よく無事で」

「無事じゃねーよ、このザマだ」

共時もよく知っていた男なのだろう。

「宇藤に渡しておいてくれ」

そう言うと共時の腕を肩から外し、男に共時を預けた。

「てめー、渡すって、どういう言い草だ。 オレは物じゃねーんだからな」

「充分物だぜ、どれだけ重かったと思ってんだ」

本当に重かったのだろう、顔を顰めて首や肩を回している。

「お前・・・俤。 ・・・無事だったのか? 武官に連れて行かれたんじゃなかったのか?」

「武官?」

共時が男の肩を借りると目を眇めて杠を見る。

「どういうこった」

男が説明しかけたが、杠がそれを遮って両方の眉を上げて男に言う。

「釈放された。 俺は城家主とは関係なかったし、何より牢屋に入れられてたからな」

「・・・すまん。 助けられなくて」

「いいってこった。 宇藤にもそう言っておいてくれ。 それよりコイツのことを頼む」

「あ、ああ。 もちろんだ」

「お前、いったいどういうことだ」

「おめーじゃなくて、お前か」

以前は杠のことをお前と呼んでいたが、ここにきて、宮の狗と知って “おめー” と言っていた。 些細なことだが、そこに共時の気持ちが表れていたのだろう。 それに気がついていた。

「宇藤の気持ちを汲んでやんな。 元気でな」

そう言い残すと杠が踵を返しかけ、思い出したように男に訊いた。

「残ったのは何人だ?」

「え? 三十人とちょっと。 俤、お前も一緒に―――」

手を上げ男に最後まで言わせず今度こそ踵を返した。

「おい、いってー何だってんだ」

男が共時に笑顔を見せると、共時を椅子に座らせすぐに宇藤を呼んだ。

杠が地下から出てくると、歩いて宮に戻ると言い残していたのに、義理堅くも木箱のような馬車が待っていた。

「ご苦労に御座います」

杠のことをどこの誰とも分からないのに、御者に扮していた武官がへりくだって言う。
宮を出る時マツリが見送りに立ち、その時にマツリが杠と親しく話していたからかもしれない。

「これは、申し訳御座いません」

「お気になさらず。 では宮にお戻りいたします」

「有難うございます」

馬車に乗り込むと御者に扮した武官が御者台に乗った。
杠が馬車に揺られながら宮に戻っていく。
その馬車の中で杠が考える。 御者に扮していた武官の己に対する姿勢が気になったからだ。
きっと宮を出る時にマツリが見送ってくれたから。 マツリはこんなことも考えてわざわざ見送ってくれたのかもしれない。 マツリの先見に驚くが、杠はこんな待遇をしてもらえる立場ではない。

それを考えると・・・。

杠に課せられた官吏としての試験は体術と面合わせ。 そう言われた。 普通ならそんなことは有り得ない。 この試験は杠に合わせているだけだ。

官吏ともなれば筆記の試験がある。 そこが何よりも重要だ。 そこが第一関門なのだから。
第一関門を受かった者がそこから二つに分かれる。 文官に行きたいものにはより一層の筆記試験。 そしてその後の面接で人間性を見られる。 武官を目指す者は体術が次に待っている。 そして人間性を見られる面接。
そしてどちらの面接にも四方は出てこない。 なのに杠の面接は四方だという。
何もかもが杠の都合のいいようになっている。

(それが褒美なのだろうが。 いいのだろうか・・・)

官吏たちは官吏になるため、第一関門の試験を合格するために日々、勉学に励んだはず。 杠はそれを褒美として一足飛びにしてもらっている。 それだけではない。 面接もだ。 人間性を見る面接と言っても、そこにはどれだけの学があるかも問われる。

辺境で生まれ育った杠には学の欠片も無い。 マツリの元に来てからはマツリから体術と共に、ある程度の勉学を習っただけであった。 俤として動くに字の読み書きは出来なくてはならないし、算術もそうであったからだ。

ガタガタと馬車が走る。

物見の窓のような、空気を入れ替える窓を開ける気もしない。

(日々勉学に励んだ者たちが、この特別待遇を知ってどう思うだろうか。 いや、どう思われてもいい。 そういうことじゃない。 己の立場に疑念を持たれて、それがマツリ様に向けられたら・・・)

とは言っても、年に一度の試験の日はほど遠い。 それに筆記試験に合格できる知識は杠にはない。
馬車に身体を揺られながら頭の中も揺れる。

(こんな時、我が妹はなんというだろうか)

我が妹、紫揺の顔が浮かんだ。
ほんの数舜をおいて杠の頬が緩んだ。

『貰えるものは貰っちゃえば?』

我が妹はそう言うだろう。
そう、己にはそう言うだろう。
だが紫揺本人である紫揺自身にのしかかってきては、そんなことを思わないだろう。 己が思っていると同じことを思うだろう。

「紫揺・・・」

杠が丸めていた背を伸ばした。

「早く戻ってこい」

馬車が武官舎に入った。

まさかだった。 マツリが馬車を迎えに出ていた。

御者と扮していた武官がホッと胸を撫で下した。 馬車に乗っている男に無礼はなきようにしたつもりだ。

マツリが居るとは知らず、馬車を下りた杠が目を丸くした。

「マツリ様・・・」

御者に扮した武官に労をねぎらっているマツリ。

「苦労であった。 今日はこれで休め。 武官長にはそう言っておいた」

「有難きことに御座います」

御者に扮した武官が言うと、杠が下りてきたことを確認し、再び馭者台に乗ると厩舎の方に馬車を向けた。

「杠、よく無事に帰って来てくれた」

「マツリ様が時を見計らって下さったおかげで御座います」

まだ地下の者が眠っている時を選んだのはマツリだ。 夜明け前に共時と杠に朝餉を食べさせ、馬車に乗せたのもマツリである。

「我が言わなくとも杠はこの時を選んだだろう」

確かにそうだ。 それを四方に進言するには杠では時がいっただろう、と考えるのは当たり前だ。

杠は気付いていないが、杠が言えば時を置かずして四方は首を縦に振る。 だがそんなことを考えられるほどに杠は己の立場を把握していない。
四方がマツリ同様に杠のことを考えているなどとは。

「どうだった? 共時は」

「今頃は宇藤に渡って話を聞かされている頃だと思います」

マツリがフッと笑う。

「共時は何が起きたのか全く分かっておらぬのだろうな」

「はい。 宇藤が上手く言ってくれればいいのですが。 三十余名が宇藤についていたようです」

「今屋敷に居るのがその人数か」

「その様です」

「・・・紫の働きは大きかったか」

地下の屋敷に向かった武官は五十人ほど。 漏れることなく捕らえたのは七十二人。 もしこれに紫揺によって屋敷から出された者三十余名が居ては、取りこぼしがあったに違いない。 それどころか今回捕らえた七十二人さえも、捕らえられなかったかもしれない。

マツリが空を見た。 朝陽が昇って蒼穹を彩っている。 つられて杠も空を見る。

「・・・熱を出しておった」

「え?」

「かなりの高熱であった」

マツリが紫揺の様子を杠に伝える。
マツリは誰が、と言っていないが誰のことかはすぐに分かった。

その時の様子をかいつまんでマツリが話す。

「では今は落ち着いているのですね?」

マツリが紫揺の汗を拭いたことも言ったが、杠はそこにとらわれることは無かった。

「ああ、熱は下がったからな。 今頃は東のお付きが紫の我儘に困っているかもしれんな」

「きっと、そうで御座いましょう」

想像しただけでもその図が見えそうだ。

「紫さまは自由に生るでしょう。 思いのままに。 東の紫さまは民のために生きると聞きました。 紫さまは民のことを思い、己に正直に思うままに、楽しく生きていくのではないでしょうか。 それこそ熱が出るからと己の行動を顧みない。 無鉄砲と言っていいでしょう。 それが紫さまらしいのでしょうが、付く者にとっては大変でしょう」

「ああ、そうだな」

「その紫さまを抑えられるのがマツリ様です。 我には抑えられません」

マツリに気づかっているのだろう。 紫揺と言わず紫さまと言っている。

「抑えるどころか共に楽しむと言っていたのではないか?」

杠が楽しそうな目をする。

「御尤も。 紫さまと居ると楽しいので。 ですが紫さまの身を危険に晒したいとは思っておりません」

「ああ。 だがアレは危険なことが好きなようだ」

二人が目を合わすとプッと噴き出す。
互いに地下であったことを思い出しているのだろう。

「今日もお忙しいのですね?」

「ああ、捕らえてきた者のことで刑部に立ち会わねばならん」

その辺のコソ泥が捕まったのとはわけが違う。

宮の管理の元にある光石を流したり、金貨を流したりしていたのだから。 それに官吏も見張番も宮の管理の元にある者である。

そして地下は刑部では計り知れない所がある。 基本地下は治外法権のようなところだ。

「では当分は時が空きませんか」

「あまりに人数が多い、父上と二手に分かれることになった。 予定より早くは終わりそうだが、どれだけかかるか」

立ち会わねばならない刑部の立ち合いはいつも四方であり、マツリは四方の補佐的な立場だった。 だが今回はあまりに人数が多すぎるということもあったが、もうマツリ一人でも立ち合いは十分だということもあり、二手に分かれることとなった。

四方としてはこれを機に、これからの立ち合いはマツリに任せるつもりでいる。

「立ち合いが終わり次第、官吏の試験の段取りを付ける・・・というか、殆どすぐに行われるだろう。 多分、父上は武官の中でも一番の強者を用意されるはずだ」

「え?」

「誰にも文句を言わせんためにな」

時期も外れていれば第一関門である筆記試験も受けない。 それに文句を言わせないために力を見せつけるつもりなのだ。

杠が下を向き額に手をあてる。

「それは無理なことで御座いましょう」

「我が教えたのだ。 その我は父上に教わった。 父上は自信がおありなのだろう。 それに杠は基礎が出来ていた。 案ずることは無い。 今日から毎日夕餉のあと手を合わせよう」

「え?」

「立ち合いなど退屈でたまらん。 俺も身体を動かしたい」

立ち会いとはいえ、きっとマツリはふてぶてしい地下の者に恫喝を入れたりするであろう。 精神的に草臥れること・・・ストレスが溜まること間違いなしだ。

そして杠は地下ではそれなりにやってはきていたが、相手は素人だ。 体術の相手は武官。 地下の者たちとは違うことは分かっている。 マツリには一度は相手をして欲しいと思っていたし、言ってもいたが毎日とは思いもしなかった。 有難い申し出である。

「有難うございます」

始業を知らせる太鼓が鳴った。

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