大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第80回

2022年07月15日 22時15分33秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第70回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第80回



「どうしたの?」

後ろから声が掛かった。

「いいえ、なにも。 此之葉が薬膳を持ってきました」

此之葉を部屋の中に入れると思いっきり顔を歪める紫揺。

「薬膳・・・」

「しっかりと食べて下さい」

紫揺を見て言うと次に此之葉を見た。

「葉月は?」

どんな様子かと訊きたかったが、声に出したのはここまでだった。
紫揺の前に薬膳を置くとそのまま紫揺の前に座り、今も戸の前に立っている塔弥に振り向く。

「油は渡しました。 これで揃ったから、塔弥にはもういいと言っておいてということです」

そうか、と言った塔弥。 隅に置いていた布団を持ち上げる。

「布団を干してくる」

「あ、ごめんなさい」

その此之葉の声に思い出したことがあった。

「紫さま」

薬膳を睨んでいた紫揺が顔を上げる。 何を言うのかと此之葉が紫揺を見る。

「薬湯を飲ませたのは俺です」

全くの嘘だ。 それは此之葉も知っている。 振り返った此之葉が目を丸くする。

「なかなか言うことを聞いてくれなくて困りました」

マツリが紫揺に薬湯を飲ませていたところを思い出しながら言う。
紫揺は塔弥に薬湯のことなど訊いていない。 きっと此之葉に訊いたことが塔弥に伝わったのだろう。

「塔弥さんだったんだ」

「はい」

「そっか。 だからか」

「はい?」

布団を抱えている塔弥が間の抜けた声を出す。

「私が薬湯を飲もうとしなかったといっても、あれは・・・無理矢理にもほどがあるでしょ」

あの無理矢理が今の塔弥の厳しさに繋がっていったのかと思える。

「は?」

「顔を固定して無理矢理口を開けたよね。 で、飲ませたよね」

此之葉がいなくなってから記憶を遡っていた。 そして所々を思い出した。

そんなことをマツリがしていたのか。 己には想像もできなければ行うことも出来ない。
そう思う塔弥が返事さえ出来ない。 そこに紫揺の声が続く。

「ごめんなさい」

此之葉と塔弥が敢えて紫揺を見る。

「塔弥さんに心配かけた。 此之葉さんにも」

「紫さま・・・」

此之葉が紫揺の名を呼ぶが塔弥は声が出せない。 マツリのやったことなのだから。

「塔弥さん」

「はい」

「でも、あれは・・・酷すぎる」

「はい?」

「あんなことをしたら嫌われるからね」

「え? 誰に?」

此之葉が塔弥を見る。 紫揺も塔弥を見ている。
此之葉が一度紫揺を見てからもう一度塔弥を見る。 何故か塔弥の顔が赤くなっている。

「布団を干してきます」

顔を赤くした塔弥が部屋を出て行った。

部屋に戻っていたお付きたち。

「塔弥の最後の言葉を聞いたか?」

野夜が言う。

「ああ」

同意したのは悠蓮だ。

「やっぱり馬をどうにかしてくれ」

二人が声を揃えて梁湶に言う。

「だから・・・お前たちの馬は塔弥の馬ほどには若くないが―――」

「歳だ」

またしても二人が声を揃える。

「紫さまがお転婆を襲歩されれば塔弥に任せればいいだろう」

いいわけない。 塔弥が最後に言ったのだから。
『襲歩は遅いのに逃げ足は速い』 と。 えらい言われようだ。

梁湶、醍十、若冲は身体が大きい。 その分お転婆に後れを取っても仕方がないが、悠蓮と野夜は塔弥ほどに小柄ではないが、さほど大きくもない。 湖彩にしてもそうだ。 その湖彩は遅れをとってでも己らより早く馬を走らせていた。

「今すぐ仔を産ませ、四の歳以上にしろ」

「馬鹿か・・・」

五人の会話を耳の端に聞いて、立ち聞きに参加していなかった窓辺に座る醍十がポツリと言う。

「塔弥って・・・柔らかくなったなぁ」

え? っと全員が醍十を見る。

「ずっと独唱様に付いてて・・・棘があるとまでは言わんが・・・固かった。 暗かったし。 柔らかくなったと思わんかぁ?」

そういわれればそうだ。
塔弥も己らも同じ紫のお付きだ。 先祖からずっと。 だが塔弥の先祖だけはルートが違ってしまった。 その違ったルートに塔弥はいた。 笑みなど無く堅苦しく、いつも下を向いて一本の寂しい古木のように枝葉すら見せなかった。 お付きという仲間がいるのに心開かず、いつも伏し目がちに洞に居た。
五人が目を合わせる。

「そう言えばそうか」

紫揺が見つかってからは、紫揺がお付きの中で一番心を開いた相手がその塔弥であった。 紫揺の祖父が塔弥の曾祖伯父だったということが手伝ったのかもしれないが。

野夜と悠蓮が馬のことなど忘れて塔弥を想う。

「塔弥は今も責任を感じているのかもしれんな」

野夜の言葉に悠蓮が頷く。

「どういうことだ?」

「結局最後の最後まで先の紫さまを見ていたのは塔弥の祖だ。 それを重く感じているのかもしれない」

野夜に続いて悠蓮が言う。

「ああ。 だからなのか、それになのか、紫さまも塔弥には心を開かれている。 塔弥はそれに応えたいのだろう」

「そっかぁ。 んじゃ、塔弥の想い人は紫さまかぁ?」

とんでもないことを醍十が言った。
驚いた目を五人が合わせた。
禁断に裏打ちが入ってしまった。


苦い薬膳を食べ終えた紫揺。

「あの、もう薬膳・・・要りませんけど?」

本領で倒れた時、薬膳など食べなかった。 おじやに柔らかいおかずだった。

「お身体が本調子ではないのですから」

此之葉がどれ程自分を想ってくれているのかは分かっている。 お付きたちも。 強(し)いては民も。

「・・・はい」

でもこの苦い薬膳は食べたいと思わない。

「次からは薬膳ではないんですよね?」

「紫さまのご体調次第で」

「あ! 全然元気です! 薬膳なんていりません」

戸の外から声が掛かった。

「葉月です」

「葉月ちゃん? どうぞ入って」

部屋に入ってきた葉月が空になっている膳を見た。

「あ、丁度食べ終わられたところですか?」

手には盆を持っている。

「うん。 薬膳全部食べた」

「ふふ、苦かったでしょう」

そう言うと紫揺の真正面に座る此之葉の後ろを回り紫揺の横に座った。

「葉月」

此之葉の叱責が飛ぶが、いつもの如く葉月は素知らぬ顔をしている。

「此之葉ちゃん、膳を下げて。 これ置きたいから」

これというのは葉月の持っている盆のこと。 盆には何かが載っているようだが、布が掛けられていてそれが何かは分からない。
葉月に言われ此之葉が卓から膳を下げ自分の横に置くと、葉月が持っていた盆を紫揺の前に置き、被せていた布をはいだ。

「え?」

紫揺が驚いて声を上げた。

「紫さま、食べてみて」

此之葉に睨まれ言い直す。

「あー、食べてみて下さい」

布を剥がれた盆の上には陶器があり、その中に見覚えのある色が見える。 日本で見ていたのは真っ黄色ではなく、肌色に黄色を混ぜたような色だったが、目の前にあるのは真っ黄色に近い色。 そしてその横に木で出来た小さなスプーンが置かれている。

「これって・・・」

盆の上にある陶器を覗き込む。

「いいから食べて。 ・・・下さい」

此之葉に睨まれる前に言葉を足した。

紫揺が木で出来たスプーンをとる。 小さく磨かれているスプーン。 日本ではこれを使って茶碗蒸しでも食べるだろう。
こんなに小さなスプーンは、小さな子が家に居るところにしかなかったはず。

陶器を手にする。 スプーンを陶器の中入れ持ち上げるとプルンと波打つ。 それを口に運ぶ。
紫揺が驚いたように目を瞠る。 スプーンはまだ口から出ていない。 口に入れただけであの味がした。
ゆっくりとスプーンを口から離すと咀嚼も要らない程に、舌と上あごの動きだけでトロリと口いっぱいに広がる。 ゴクリと飲み込む。

「・・・プリン」

一言いうと葉月を見た。

「良かったー! ちゃんと出来たー」


塔弥が葉月に頼んだことは、紫揺が倒れたことによって中止となりかけたが、マツリが現れたことにより紫揺の回復が見られた。
紫揺のことは此之葉に任せ、塔弥が葉月から言われていた濃い乳の出る牛の元に早朝馬を走らせていた。 卵は葉月が用意すると言っていたが、一旦中止となることを言ったのだから、葉月は卵を取りに行っていないだろう。 濃い乳の出る牛と言われたのだ、卵も濃いものが良いのだろうと、濃い卵が手に入るところに濃い乳を片手に馬を走らせた。
両方を揃え朝起きてきた葉月に差し出した。

『紫さまが落ち着かれた。 作ってもらえるか?』

『あ、卵もとってきてくれたんだ』

『俺の我儘だから』

葉月が塔弥を見る。
塔弥がドキリとする。

『紫さま、良くなられたんだ』

『ああ』

塔弥から乳と卵を受け取る。

『ありがと。 任せて。 うん・・・と。 お願いがあるんだけど?』

葉月からお願いという注文を受けた。 小さなスプーンを作って欲しいと。 塔弥も日本の領主の家に行き来していた。 その時にスプーンを見ているし、この領土に似たものが無いわけではない。 どんな形かは知っている。

『木でいいか?』

『充分』

葉月がそう答えた。

『葉月』

『なに?』

『紫さまのこともあるが、唱和様に日本の料理を作ってもらいたい』

『日本の?』

唱和のことを大まかに葉月に言った。 その上で、唱和が食べ慣れた日本の料理を作って欲しいと。

『わ・・・難しいな。 唱和様は日本料理を食べてたの? 完全に? 日本の料理って言っても色々あるし。 それに日本でも、中華とかフレンチとかイタリアンとか色々食べてるよ。 唱和様は日本料理を食べてたの?』

そんなことを言われても分からない。

『・・・分からない』

『そっか。 北でどんな料理を食べていたかは分からないけど、その後の日本か。 それにご年齢を考えても・・・。 ・・・うん、当てが外れるかもしれないけどやってみる』

『悪い。 頼む』

『・・・悪いなんて言わないでほしい』

『え?』

『頼む、だけでいい』

『あ、ああ。 そうか。 頼む』

『・・・塔弥。 どうして目を合わせてくれないの?』

『そんなことは無い』

言いながらも葉月を見ていない。

『塔弥に頼られて嬉しいんだけど?』

『え?』

といいながらも葉月を見ない。

『いい。 わかった。 とにかく紫さまと日本の料理、一番簡単に出来そうなものから作っていく。 それでいい?』

『頼む』

目を合わせない塔弥に葉月が口を歪めた。


「プリンの味してます?」

「うん、そのもの! 美味しい!」

紫揺がスプーンを何度も陶器から口に運ぶ。 底からカラメルが出てきた。 カラメルが付いたプリンを口に運ぶ。 カラメルが美味しい。

「わっ! このカラメル美味しい!」

葉月がホッと安心するとともに喜んだ顔を見せる。
この領土に砂糖など無いのだから、苦みがあるものと蜂蜜を使った代替えが上手くいったようだ。

「塔弥から聞きました。 紫さまがプリンとパフェとケーキとシュークリームが食べたいって。 チョコレートはこの地では似た物を今は探せませんが、あとはなんとか作りたいと思ってるの、ます」

少し言葉がおかしい。

「え? 塔弥さんが? 塔弥さんが葉月ちゃんに言ったの?」

ついうっかり言ってしまったことを。

「はい」

「そっか・・・。 塔弥さんが葉月ちゃんに頼ったんだ」

ついうっかり言ってしまったこと、それを塔弥が真剣に受け止めてくれた。 ついうっかりではあったが、それは間違いなく思ったことだ。
チョコレートが食べたい。 ケーキもパフェもシュークリームも。 そしてプリンも。

「塔弥さん・・・分かってくれてたんだ」

分かって欲しいとは思わなかった。 思い出しただけなのだから。 それがつい口から出ただけなのだから。
ただただ、厳しくなっただけではなかったんだ。 何もかもを分ってくれているんだ。

「葉月ちゃん、美味しい。 ・・・プリン。 ありがと」

紫揺の目に涙が浮かぶ。

「わっ、わっ、紫さま、どうしたの!」

葉月が紫揺の肩に手を乗せる。
此之葉が眉間に皺を寄せ「葉月」と言った。


「いけません」

塔弥の声が響いた。

「だって、昨日もどこにも行ってなかったんだから」

「病み上がりでどこに行くと仰るのですか」

「だから・・・辺境にはいかないけど・・・。 ここら辺り?」

上目遣いに塔弥を見る。

「部屋から出られませんよう」

「ずっと部屋にいるなんて病気になる」

「充分ご病気です」

「治った」

塔弥と紫揺の会話もどきの睨み合いを、此之葉がオロオロとして聞いている。 葉月は塔弥に言われた唱和の料理に取り掛かるため、もう紫揺の部屋にはいない。

「・・・明日以降にお願い致します」

「えー・・・。 身体が鈍るんだけど?」

塔弥が大きなため息をついた。 そして肩も落とす。 この紫揺にどう対峙すればいいのか。 いま頼れるは此之葉しかいない。

「・・・此之葉、どうだ?」

「いつもの紫さまですけど・・・」

いつもの紫揺・・・。 お付きからしてみれば放ってはおけない紫揺ということだ。 それはいつ何をするか分からない紫揺という事。

そこに何の声掛けもなく紫揺の部屋の戸が開いた。
入ってきたのはガザンであった。

「あ、ガザン、心配かけたね。 もう大丈夫だから」

戸を開けることはするが閉めることをしないガザン。 戸は開け放たれたままだ。
塔弥はガザンがずっと紫揺に添うていたことを知っている。

「お熱うつってない?」

言いながらガザンの身体を撫でてやる。
ウィルス性ではないのだからうつることもないが、それに気付いていない紫揺である。
ガザンがベロンと紫揺の頬を舐める。

「そっか。 うつって無いのね。 ガザンが元気で良かった」

ガザンの身体を抱きしめる。

ふと塔弥に疑問が浮かんだ。
阿秀からは紫揺が心開いた者だけにガザンは許しを持っていると聞いていた。
それはお転婆であり、己、塔弥だけであると。
それを鵜呑みには出来なかったが、お転婆とガザンを見ていれば何気に分かる。 そしてその中に己もいると。
ガザンにお転婆のことを頼むとそれを聞いてくれる。 他の者が言ってもガザンは耳を傾けさえしないのに。

ガザンと紫揺がこの領土に来たときには、ガザンは誰をも敵視して見ていた。 疑いを持ちながら紫揺に対し脅かすことが無いか対峙し、疑いが無いと分かると匂いを嗅ぎ合格の印を一人ずつに押していた。
決して肉球スタンプを押していたわけではないが。
この領土にガザンから不合格の印を押された者は一人としていなかった。
ガザンが紫揺を守っていることは誰にも分かっていた。 そしてこの領土に紫揺の存在を脅かす者などは居ない。

そのガザンが紫揺と共に本領から帰ってきたマツリの匂いを嗅いでいた。 その時にガザンはなにも問わなかった。 問わないどころか唸りさえ上げなかった。
いま思うとマツリが紫揺に憂うことを言ったはずなのに。 だから紫揺がマツリを受け入れなかったはずなのに。 それなのにガザンは唸らなかった。

それに紫揺が高熱を出した時にマツリが来た。 その時にガザンは紫揺の布団に入り隣に寝ていた。 ましてや紫揺の平べったい胸の上に大きな腕を置いていたのだ。 マツリがその腕をどかした。 ガザンはそれに不服を言わなかった。 唸らなかった。 それどころかマツリにその場を譲った。

(どうしてだ・・・)

「塔弥さん、ガザンも元気だし私も元気。 だから―――」

「却下。 今日一日ガザンとお部屋でお過ごしください」

えー! っと紫揺の声が飛ぶが、ガザンは嬉しそうに紫揺の頬をベロンベロンと何度も舐めている。

塔弥が紫揺のことはガザンと此之葉に任せ部屋を出た。
頭を下げ廊下を歩きながら己の疑問をもう一度頭に浮かべる。

一室の戸が開いた。

「塔弥」

呼ばれ顔を向けると野夜が居た。
すかさず悠蓮の手が伸びてきた。
声を上げる間もなく、塔弥の身がお付きの部屋に引き込まれていった。

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