大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第156回

2023年04月07日 21時09分38秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第150回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第156回



岩山を降りてしまえば剛度が言っていたように前後左右を見張番で固める。 前後はいつもと同じように百藻と瑞樹が固めている。 そして左右には腕遊びで勝った二人。

「ちょっと寄り過ぎだろう」

寄りすぎどころか両横から紫揺に何か話しかけている。 後方を固めている瑞樹が眉を寄せている。
左右の見張番の言うことに紫揺が目を輝かせコクリと頷く。 寄ってきていた左右の馬が離れると紫揺が少しだけ前を歩かせている百藻から横にずれた。

「紫さ―――」

瑞樹が紫揺を呼ぼうとした時、一斉に紫揺と左右を固めていた見張番二人の襲歩が始まった。
わ! っと瑞樹が叫んだ時には百藻の横を走り抜けていた。

剛度が思わず前のめりになって落ちかけたが、隣りにいた男がすかさず剛度の腕を取った。 コロコロコロと小石が下に落ちていく。 この小さな小石に混じって大の男が転がっていっていたかと思うとゾッとする。

「ひゅ~、あいつら本当にやりやがった」

「・・・お、お前ら、知ってたのかっ!」

「本当にやるとは思っていませんでしたよ」

「おお、あいつら引き離されてんぞ」

腕を取られたまま驚いて下を見て顔面蒼白になる。 隣りの男はまだ剛度の腕を放してはいない。

「瑞樹はなんとか頑張ってるか。 でもさすがは百藻だな」

「百藻だからじゃねーだろ。 百藻の乗ってる馬だろ」

紫揺の奇行という暴走話に今後、紫揺が来た時には見張番の中で一番と二番に早い馬で付くということが決められていた。 そして

「・・・ちょっと待て。 紫さまの乗られている馬はたしか・・・天馬だったな?」

紫揺が騎乗した時に見た馬。 そして決められていたことを思い出す。

「はい、この中で一番の鈍足です」

完全に名前負けの馬である。
鈍足と言ってもメッチャ遅いというわけではない。 あくまでもこの見張番の馬の中で微妙に一番遅いというだけである。

「天馬であれか・・・」

「紫さまの軽さもあるんでしょうが、いいもん見せてもらったじゃないっすか」

岩山でこんな話などされているとは露知らず、百藻が天馬の横に付けた。

「紫さま! お止め下さい!」

紫揺が百藻を見る。

「ゲッ! 鬼の形相」

後ろを振り返ると勝負をかけてきた二人に勝ったようだ。
よし、納得。
徐々にスピードを落としていく。

「あ、もう終わりか」

紫揺の背中を見て馬を走らせていた二人。 これ以上走られても面白くも何ともない。
負けた。
諦めはつく。

その様子を岩山から見ていた剛度。

「お前ら―――!」

「いや、俺らは何もしてないですし」

そそくさと岩穴に戻って行った。

「あいつらっ! 戻ってきたらただじゃおかない!!」

岩山の上から剛度が吐いた。
そして岩山の下では完全に並歩になった天馬の首を叩いてやっている紫揺が居る。

「む、紫さまっ! 襲歩は厳禁で御座いますっ!」

瑞樹が紫揺に声を荒げ、百藻は後の二人に怒鳴り散らしたあと馬上から蹴りを入れている。

「うー・・・、気持ちよかったのに。 ここでもそれを言われるんですか・・・」

ここでも・・・。
やっているのか東の領土で。
剛度に報告だ。

お転婆と初めて襲歩をしたときには合図の出し方が分からなかったが、思っただけでお転婆が走ってくれた。 その後にお付きたちの足の動きを見ていて合図の出し方が分かった。
初めてお転婆以外の馬にお付き達が出していた襲歩の合図を出した、それは共時を救った時だった。 あの時には自信は無かったが馬が応えてくれた。 だからちゃんと合図を出せていると確信できた。 だから見張番の提案する勝負にのった。

ここは東の領土ではない。 瑞樹から一言いわれただけでぐちぐちと塔弥に言われるようなことは無かった。 陣形を元に戻して馬を歩かせる。
その後、人が言うところの大人しくという態度で剛度の家に向かい、女房から服を借りると宮に向けて馬を歩かせた。 前を歩かせている百藻からは早歩でさえ禁止となったようだ。

「しっかし、天馬がここまで走るとはなー」

百藻に怒鳴られ大人しく紫揺の左右を固めていた男二人だったが、そろそろいいだろうと話し出し始める。

「天馬?」

「その馬ですよ。 見張番の馬の中で一番の鈍足」

「え? そうなんですか? よく走ってくれましたよ」

「こりゃ、紫さまにはどの馬を充ててもどうにもならないってことらしいぜ百藻」

前を歩かせている百藻が振り返る。

「そのようだな・・・」

百藻の乗る馬は天馬より数段速いというのにあのザマだった。 少々、心打ちひしがれている。
後ろを歩かせている瑞樹にしてもそうだった。 百藻以上にドーンと落ち込んでいる。
左右の見張番に馬の話を聞かせてもらいながら、森を抜け宮の塀沿いを抜けると大門の前に着いた。

「東の領土五色、紫さま!」

百藻が大声で言う。
毎度毎度思う。 大層だ。 だが紫揺は領主たちのように門番からの誰何(すいか)は無い。 それだけでもマシだろう。
内門番が横木を外し門が開けられた。 その内門番の一人が紫揺の顔を確認してすぐに走り出した。 瑞樹が天馬の手綱を預かり、百藻が剛度からの伝言を門番に伝えるとその門番も直ぐに走って行く。

百藻が門番に紫揺の荷物を渡す。 剛度の女房から借り受けた坊の衣と履物である。 その門番が紫揺を大階段まで先導するだろう。
天馬を含む五頭の馬と見張番四人が厩に向かって行った。

先に走っていた門番の目に回廊にいる女官が映った。 門番たちは紫揺を巡る女官たちの争いは知っている。 通称『菓子の禍乱』。 紫揺が来たことを言っていいものかどうか迷ったが部屋の用意があるだろう。

「紫さまがお見え」

えっ? という顔をしたのは偶然にも通りかかっていた世和歌だった。 すぐに丹和歌に知らせに行き二手に分かれる。 世和歌は門に向かい、丹和歌は “最高か” に知らせに、そして暫くは四人で紫揺に付くと真丈に言いに行きに。

「まぁ、紫さまが?」

真丈の目が輝く。

「良いですか、負けるのではありませんことよ」

千夜にも昌耶にも。 もうすでに真丈まで戦いの中に入ってきている。
千夜と昌耶の言い合いを偶然に目にした女官が真丈に言った。 あとになって何事が起きたのかと問われた “最高か” と “庭の世話か”。 あの時は酒菓子のことがあってかなり立腹していたとはいえ、話すつもりはなかったが、真丈に詰め寄られ話してしまった。
今までなら隠し通しただろうが、今となっては真丈配下も昌耶配下も知っていること。 隠し通せることではなかった。

そして今や千夜派と、微妙だが昌耶派、真丈派に分かれている。 だが昌耶派と真丈派は千夜派に相対する時には寄り添っている。
微妙どうして昌耶派と真丈派に分かれたか。
切っ掛けは紫揺宛てにマツリに菓子を預けたことが原因だった。 元シキの従者が菓子をマツリに預けたことは預けたが、言ってみればそれが真丈派となる。
千夜派たちが菓子を作っていると知って大慌てで元シキの従者が作ったのだが、それを後に聞いた昌耶が怒りまくった。 どうしてこちらに連絡が無かったのかと。 それが原因で微妙に二つの派閥を分けていた。

そしてマツリがシキの邸に行くことはそうそう無い。 マツリが宮に戻ってきた時には、千夜派に対抗するのが “庭の世話か” と “最高か” や元シキの従者達が属する女官である真丈派となった。 元々は昌耶派の宮での守りということなのだが、ここ最近は微妙、昌耶派から独立しつつある。

真丈の真の狙いはマツリに女官をつけるということ。 マツリが紫揺に心を寄せている。 その紫揺をマツリにくっ付ければ、女官の株も上がるだろうということで、あくまでもマツリに女官を付けさせる布陣であった。
どの派閥が紫揺を落とすか。 キョウゲン曰くの繁殖相手の取り合い・・・というのとは少しずれているが、戦いのゴングは既に鳴っていた。

「必ずや」

マツリが紫揺のことを奥にしたいと思っているというのは、すでにシキから聞いている。 あとは紫揺次第。
三派閥が燃えている。
だが・・・残念なことにマツリと紫揺の心は既に寄り添っている。 それを誰も知らなかった。

「紫さま!」

世和歌が大階段を降りて走ってやって来た。

「世和歌さん! お久しぶりです」

世和歌が辺りをキョロキョロする。 千夜派の姿が見られない。 このままひっそりと連れて行きたいが、さっきの門番が四方の従者に言いに行くだろう。 その後には澪引に話がいく。 ここに千夜派の誰かがいれば澪引の耳に入る前に千夜が知ることになる。 ひっそりとは到底無理な話だが、僅かな時でも千夜派から離しておきたい。 小さな抗いだとは分かっている。

「お菓子、有難うございました。 美味しくいただきました」

「まぁ、それはよう御座いました」

「マツリ、戻ってきていません?」

「え? あ? どうして、で御座いますか?」

どうして挨拶のあとの開口一番がマツリなのか? いや、そう願ってはいるけれど・・・でもどうして?

「ずっと宮に戻って来てないんですよね? マツリがそう言ってましたから」

そうだった。 マツリは少なくとも二回は東の領土に飛んでいるのだった。 菓子を二回預けたのだった、その時に話したのだろう。 東の領土でどんな会談・・・いや、会話がもたれていたのだろうか。 探る必要があるかもしれない。 千夜たちに先を越されるわけにはいかない。

「はい。 ずっとお戻りにはなっておられません。 そういったお話しを東の領土でされたのですか?」

「はい。 全部の領土に言ったみたいですよ。 当分は来られないからって」

ああ、そういうことか、単にそれが理由なのか。 そして喧嘩相手をけん制したということか。 いや、けん制されては困る。

「やっぱりまだなんだ。 えっと、四方様にご挨拶したいんですけど」

「四方様はお忙しいと思いますので、今回も澪引様にということになるかと」

そうなると千夜派に取られてしまうのが口惜しい。
だが世和歌がどう考えているかなど、紫揺の知ったことではない。 武官のことを頼みたいし馬も借りたいし、何よりも宮を出る許可をもらいたい。

「あ、じゃあ朱禅さんは?」

「あ・・・」

「ん? どうかしました?」

世和歌の表情が一瞬にして暗くなった。

「その・・・お身罷りに・・・」

「え?」

“身罷る” ・・・マツリがトウオウのことを話した時に言っていた。 亡くなったということかと念を押して訊いたらそうだと言っていた。 だからその言葉の意味はしっかりと知っている。
まだ老衰で亡くなるような歳ではなかったはず。 何かの病気か事故か・・・。 でも言える理由なら今言っていただろう。
病気なら “水虫をこじらしてお亡くなりに” とか。 事故なら “溝に足を突っ込んですっ転んで頭を打ってお亡くなりに” などと言うだろう。
紫揺と “最高か” と “庭の世話か” との関係は成り立っているはず。
ここは理由を訊かない方がいいのだろう。 あとでマツリにでも訊こう。 それにお花の一輪でも供えたい。

「・・・そうですか」

朱禅には肉親が居たのだろうか。 子供や孫がいたのだろうか。 お父さんお母さんはさすがに亡くなっているかもしれないけど・・・奥さんがいたのだろうか。 ああ、奥さんが居なくちゃ子供も孫もいないか。
奥さんがいたなら引き離されたのだろうか、剥がされたのだろうか、見えない手に生と死を分けられたのだろうか。
見えない手なら仕方がない。 それは天命なのだから。

トウオウ・・・。
天命・・・マツリは血脈と言っていた。

「紫さま・・・」

「・・・はい?」

世和歌が手巾を出すと紫揺の頬をトントンと優しく拭く。

「あ・・・」

気付かなかった。 涙を流していた。

「要らぬことを申しました。 申し訳御座いません」

「・・・そんなことないです。 私が訊いたから教えてくれただけで・・・」

世和歌から手巾をもらうこともせず、ずっと止まることを知らない涙を世話歌に拭いてもらっている。
世和歌からすれば、それほどに朱禅のことを悲しんでいるのかと思う。 世和歌だけではない、まだ門を潜って数歩しか歩いていない。 残っていた内門番もずっと様子を見ていた。
その内門番は客が来る度に朱禅が客を迎えに来ていた。 朱禅のことは他の四方の従者よりも良く知っている。 その朱禅に涙を見せている紫揺。
内門番たちの胸が朱禅の亡くなったことを思い出し心が痛んだが、紫揺の涙でその痛みが温かなものに包まれるようだった。

だが紫揺にしてみれば実のところそうではない。
いやいや、悲しんではいる。 悲しんでいるからトウオウのことを思い出したのだから。 だから紫揺の涙は朱禅への涙ではなかった。

「宮を出て戻って来たらお花を供えていいでしょうか?」

「紫さまにお花を供えていただけるなどと、朱禅殿もきっと喜ぶでしょ・・・は? 宮を出て?」

頬から離れた世和歌の持つ手巾を紫揺が手に持つと、グシグシと目を拭いて世和歌に返す。 もう涙はない。
そこに “最高か” と丹和歌がやって来た。
紫揺の目が赤い。 どうしたことかと世和歌を見るが、世和歌が何でもないと微笑んで首を振る。

「紫さま、お疲れで御座いましょう、茶をお持ちいたしますのでお房に」

今はまだ四方の許可は得てはいないから客間には通せないが、女官長である真丈の権限がある部屋には通せる。

このままマツリの所に行きたかったが仕方がない、一旦は部屋に入るか。 丹和歌は美味しいお茶を淹れてくれる、それを一服してからでも遅くはないだろう。
それにしても男一人に会いに行くだけで仰々しい、と思うのは間違っているのだろうか。

それは完全に間違っている。 単なる男ではないのだから。

四人に囲まれ大階段を上がった時、四方の側付きが走ってきた。

「あ・・・尾能さん」

尾能が紫揺を見て微笑む。

「その折は大変お世話になりました」

「お母上はいかがですか?」

「お陰様で元気にしております。 紫さまのお力添えを頂けたからで御座います」

四人の眉がピクピクと動く。 なんだその話。 全く知らない。 いつのことなのか。
だがそれは仕方のないこと。 女官が咎人のことなど知る由もないのだから。 それに尾能と厨の女のことは内密に等しく進められたのだから。

「そんなことないです、立派なお母上です。 私は何もしていません、お母上を助けたのは武官さんですから。 ・・・でも、お元気で良かった」

更に尾能が頬を緩める。

「四方様がお会いになるということで御座います」

「え? お仕事大丈夫なんですか?」

始業したばかりであった。 まだ筆も手に持っていない時であったからなのか、他に思惑があったからなのか。 それでも紫揺に会うと言っている。

「僅かな時しか設けられませんが」

「分かりました。 私もお話があるので」

その僅かな時に言いたいことを言おう。 “マツリに会いに行く” ただそれだけなのだから瞬殺だろう。
あ、いや待て。 剛度が言っていた武官を出してもらう話もあるし、馬を貸してもらうこともある。 それに宮を出る許可をもらわなくてはいけない。 瞬殺にはならないようだ。
尾能のあとを紫揺が歩きその後を四人が歩いている。

紫揺の目が赤かった事に三人の目が世和歌に集まる。 代表して丹和歌が世和歌に耳元で訊いた。

「姉さん、何があったの?」

「それに、普段飾り物を付けていらっしゃらない紫さまなのに、あの額のお飾りは?」

「ええ、お飾りはお勧めしてもお付けにならないのに。 でもよくお似合いだわ」

額の煌輪である。

シキに逢いに来た時には着けてこなかった。 だが今回は宮を出るということが最初から分かっている。 用心に着けてきていた。

四方の自室前まで連れてこられた紫揺。
四方の部屋に入れないということは、まだ四方が部屋に入っていないのだろう。

(面倒臭・・・)

部屋の主が居ない時にその部屋に入ろうとは思わないが、尾能という見張りが居ればそれでいいんじゃないかと思う。 どうして回廊で座して待たねばならないのか。

(あ・・・天皇陛下に仕える人達ってこうなのかな)

紫揺には遠い存在でそんなことは知らない。

(そうだったら・・・皆さんお疲れさん)

座しながら、あれやこれやと考えていると四方が目の前に立った。

「話を聞こう」

そう一言いってさっさと部屋の中に入っていく。

(なにあれ? うっざ)

地下のことがあって話はしたが、紫揺の中ではまだまだ四方は東の領主を虐めた相手であり、そうそう許せる相手ではない。

「お立ち下さいませ」

紫揺が立ち上がると尾能が微笑んだ。

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