大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第157回

2023年04月14日 21時00分35秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第150回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第157回



尾能の微笑みに、どういうことだ? と疑問を持ち紫揺が小首を傾げたが、続けられた尾能の言葉は紫揺の心を軽くするものだった。 だがそれは一瞬だけのことだったが。

「四方様には紫さまからお話がおありになりますとお伝えいたしました。 思いのままをお話しされればよろしいかと」

「はい」

尾能は四方の側付き。 その側付きがそういうのなら安心して言いたいことを言える。

「マツリ様はマツリ様の想いのたけのみをお話しされております」

“マツリの想いのたけのみ”?  “マツリのだけ”? それはどういうことだ。 何のことだ。

「あの・・・」

「紫さまのお気持ちをお話しされればよろしいかと」

(気持ち?)

武官を出して欲しいとか馬を貸して欲しいとか・・・。 いや、尾能は何か分かっているような顔をしている。 だがいくら何でもよく分かっている尾能とはいえ、紫揺がマツリ会いに来た、だから馬を貸してほしいなどと考えていることが分かるはずはない。 それにその理由がおムネを大きくする為などということも知るはずはない。 第一に気になる言葉を尾能は言った。 “マツリの想いのたけのみ” と。
ってことは、マツリは紫揺の返事を四方に言っていないということなのだろうか。

―――何故だ。

「分かりました。 有難うございます」

(クッソ、むかつくマツリ。 自分のことだけ言ってんじゃないっての! ・・・ん? でも何で尾能さんがそんなことを言うのかな?)

尾能を見ようとしたがすぐに襖が開けられ、つい中に入ってしまった。

「何用か」

卓の前に座る四方が訊く。

(おっさん、挨拶も無しかい!)

だがその方が紫揺にとっては気が楽である。
尾能が椅子を引き紫揺を座らせる。

「この本領を歩き回る許可を頂きたく。 そして岩山から乗ってきた見張番の馬をお借りしたく。 その二点のご許可を頂きに参りました」

よくよく考えると天馬でいいじゃないか。 わざわざ宮の馬を借りて四方に借りを増やすこともない。

「見張番から紫に武官を付けてほしいと聞いたが?」

紫揺が眉を上げる。

「剛度さんがどう考えて言ったのかは知りませんが、私はこの本領の地理を知りません。 武官さんでなくともいいんですが、道案内をして下されば私としては願ったりです」

馬鹿正直に剛度と取引をしたなどと言わなくてもいいだろう。

「何をしようとしておる」

「え?」

葉月指導の元、おムネを大きくしようとしているだけですけど? などとは言えない。

「何か目的があって本領に来たのだろう」

「はい。 マツリに会いにです」

そしておムネを大きくするためにです。

「マツリに何用か」

「マツリはいつでも会いに来ていいと言っていました」

マツリが言ったのは杠に会いたければ、だったが、都合の悪い所は言わなくていいだろう。 しっかりと杠にも会いたいが、どうやら葉月の説明では杠ではおムネが大きくならないらしい。

『あ、杠兄様は違うからね。 特に杠兄様では完全に女性ホルモンは出ないから。 マツリ様のみ。 ご注意あれ』 と、領主の家に向かいながら言ったのだった。

秒針があれば十秒ほど経っただろうか、無言の時が過ぎた。

「マツリから紫を奥にしたいと聞いておるが」

「私もそう聞きました」

可笑しな返答に四方が眉を顰める。

「それはどういう意味だ」

「私も聞いたということです。 そこから先をマツリが四方様に話していないのなら、私が勝手に言うわけにはいきませんので」

(さすがにマツリと罵倒しあうだけの根性を持っているようだ。 わしを前にしてこの言い草)

尾能がおや? っと言うように眉を上げた。 四方に訊かれればてっきり紫揺の気持ちを言うのかと思っていた。
その尾能はマツリから何かを聞いたわけではない。 だがマツリの表情を見ていれば分かることであるし、以前やって来た紫揺を見ていても分かることである。 それにこうやって紫揺はマツリに会いに来ているのだ、それが何よりものことだろう。

「その後のことはマツリから聞けということか」

「そんなエラそばって言ってるつもりはありませんけどそれが筋かと。 それとも四方様の権限で話せと仰るのであれば話しますけど?」

(“けど?” どうして尻上がり口調で言うのか。 それにわしに向かって “けど?” とはどういう言い草だ)

四方が大きなため息を吐いた。 言葉尻に難癖をつけるのもあまりにも本領領主として狭量が過ぎる。 常ならこんな時には尾能が戒飭(かいちょく)するはずだが、何故だか黙っている。

「よい、そんな話に権限も何もない。 マツリに会いに行ってどうする」

と、そこで回廊に何人もの足音が響いた。

「お方様、お待ちくださいませ!」

千夜の声がする、澪引が来たのだ。
四方が襖内に座っている尾能を見る。 尾能が頷き襖を開けるとすかさず澪引が入ってきた。

「紫!」

「澪引様」

立ち上がり礼をとる。

「どうしたの? 何かあったの?」

澪引が椅子に座りながら紫揺にも座るように促す。

「いいえ、なにも。 ただマツリに会いに来ただけです」

「まぁ! マツリに!?」

「今、マツリに会いに行ってどうすると訊いておったところだ」

澪引が冷たい視線を四方に送ると一言いう。

「黙っていて下さいませ」

「あ・・・?」

まさか、澪引がそんなことを言うなんて。 四方に二の句が出なかった。 襖内に座っている尾能も顎を出して目を大きく開いてしまっている。

「そう、マツリに逢いに行くのね」

そう言うと四方を見た。

「今マツリはどこに行っているのでしょう?」

「・・・」

「四方様、マツリは何処に居りますか?」

「黙っておれと言ったではないか」

すぐに拗ねる五十オーバーおっさん。 特に澪引とカジャのことに対しては昔からそうだった。 そして今では新しく天祐もメンバー入りとなっている。
澪引がさも情けないと言った具合に息を吐く。

「マツリは何処におりますか!?」

「紫と話している時の声音と違いすぎるのではないか?」

四方の受け答えを聞いた紫揺。 意外だった。 あの四方が、あの意地悪な四方が。
東の領主からは本領領主ともなれば、即決せねばならないこともある、それを冷たく感じるところもあるだろうとは聞いていた。
初めて四方と話をした時にそう領主から聞かされ、それが必要な場面とは分かっていた。 だがどちらかというと元々の性格だと思っていたのに・・・。 誤解だったのだろうか。

「いい加減になさいませっ、マツリは何処で御座いますかっ!」

プイッと四方が横を向く。

(え? おっさん、そこまでするの?)

「あ、あの、澪引様、四方様がお困りのようなので・・・」

「困っているのは紫でしょう?」

とまで言うと、尾能に振り返る。

「尾能、いまマツリは何処に居りますか?」

「六都に御座います」

「び! 尾能!!」

「六都・・・噂では良いとは聞きませんが?」

「はい。 紫さまお一人では不用心かと。 見張番からも武官を付けるようにと言われております」

それではマツリを宮に呼び戻せばいいと言いかけたが、そこまで話が進んでいたのか。

「あら? 見張番はマツリが六都に居ることを知っていたのかしら」

「申し訳御座いません、そこまでは存じ上げなく」

「何を勝手に話しておる」

二人が話している間に頬杖をつきだした四方。 今はかなり口を歪めている。

(うっわ、おっさん・・・お母さんに振り向いてもらえない子供じゃない。 それもかなり幼稚園児に近いし)

「第一誰が紫に六都に行っていいと言った」

澪引にではない、尾能に目を向けて言っている。

「四方様、紫がマツリに逢いに行くんです。 紫が宮を出て宜しい御座いますわね」

疑問符が付いていない。

「あ、出来れば見張番さんにお借りして、ここまで乗ってきた馬もお借りしたいんですが」

上手く入ってきやがった、という目をしてギロリと四方が紫揺を睨む。

「え? 馬車ではないの?」

「はい、馬車はあまり得意ではないので。 馬で」

馬車が得意ではないの意味は分からないが、馬車酔いでもするのだろうか。

「そ・・・そうなの? それじゃあ、馬の方も。 四方様よろしいですわね」

「宮を出て怪我でもしたらどうする」

「その為の武官では御座いませんの?」

一人でも大丈夫ですけど、と言いたかったが、剛度との交換条件で服を借りてきたのだから言えるものではないし、まず道が分からない。

「あの、四方様。 宮を出る許可と見張番さんの馬を貸して頂けますか?」

「・・・怪我をしたらどうする」

「しません」

「紫は東の領土からの預かりとなる。 迂闊に宮の外に出すわけにはいかん」

「地下に行きましたけど? それも二回目は四方様の命令で。 その六都っていうのは地下ほどじゃないんですよね?」

(“行きましたけど?” だからどうしてそこで言葉尻を上げる!)

「武官が付いているのでしたら宜しいでしょう? ね、四方様? わたくしからもお願い致します」

さっきまでと全く違う声音で言うとそっと四方の頬杖に手を伸ばし、お行儀の悪さを正すように手を下ろさせた。

「そ・・・其方がそれほどまでに言うのであれば」

ブツブツと尖らせた口の中で言う。
なんじゃそりゃ!? と紫揺一人が思うだけではなかっただろう。 ここに “最高か” や “庭の世話か” 従者にしてもそうだ、きっと・・・いや絶対、同じことを思っただろう。
ただ一人・・・いや、ただ一派閥だけは思わない派閥はあるだろうが。 『さすがはお方様』 と言って千夜派は拍手をして大きく頷いただろう。

「では宮を出て、見張番の馬を使っても宜しいのですのね?」

四方が元の顔に戻って紫揺を見る。

「許す、が、その前に一つ訊く」

「はい」

「先ほども訊いたがマツリに会ってどうする」

おムネを大きくしたいんです。 葉月によると短期間じゃ駄目だけど、それでも会わないよりはずっとマシらしく、だからおムネを大きくしたいんです。 ただそれだけなんです。 だけどそれは言えない、などと思っていたら代弁が入ってきた。

「四方様、何を無粋なことを仰るのですか」

「ぶ、無粋とはっ?!」

「では四方様はどうしてわたくしに逢いに来られていたのですか? 辺境まで。 ましてや毎回兄のことでブチブチと・・・」

「だぁーーー!! そ、そんな昔のことをっ! 何を申すのかぁぁぁ」

「わたくしはこの身体で御座います、四方様に逢いに行くなどということは出来ませんでしたが、紫はそれをしてくれるので御座いますよ? 四方様はわたくしが宮まで逢いに来ていたら・・・どう思われました?」

紫揺がマツリに心を寄せているのかどうかははっきりと耳にしていない。 だがマツリが紫揺を想って奥にしたいということは、はっきりと聞いている。 そして今、紫揺がそのマツリに会いに行くと言っている、答えは出ているようなもの。

「あ・・・それは、そのだな・・・」

「懐かしゅう御座います、四方様は言っておられましたか。 お方様からも会いに来てほしいと。 まるで四方様の一方行きのようで不安だと」

ぎょっと目を剥いた四方。
思わぬ伏兵が隠れていた。 いや、さっきも澪引の肩を持っていた。 澪引なのか紫揺なのかマツリなのか、はてさて四方なのか、誰の味方なのかは分からないが。

「び! 尾能!!」

「そう言っておられたでは御座いませんか。 あの頃はなんとかしてご隠居様の目をかいくぐり、四方様にお方様の元に走って頂いておりましたか。 今のマツリ様はあの時の四方様と同じくお忙しくされております。 紫さまから足を運んでくだされば何よりかと」

「そっ! それとこれとはっ!」

「同じで御座いましょう」

しれっと尾能が言ってのけた。

何やらお話がトンデモの方に向いているような気がする。 おムネが大きくなりたいだけなのに・・・。

「・・・あの、そういうわけじゃ・・・」

澪引が紫揺に微笑むと首を振る。

「気にしないで行ってくるといいわ。 紫がその気になってくれたのが何よりも嬉しいわ」

「な、何を言っておる、澪引。 ほれ、そういうわけではないと紫が言ったであろう」

キッと澪引が四方を睨むと次に紫揺の手を取った。 その手の上にさらに澪引の手を置く。

「仕事を放っては馬鹿ほど逢いに来ていらっしゃた四方様と違って、マツリは仕事を優先し紫に殆ど逢いに行っていないわ。 幾日でも行ってらっしゃい」

馬鹿ほど・・・。 簡単に言ってくれるが、その陰でどれほど尾能が走り回っていたことか。
その尾能が頬を緩めた。

『尾能ー、また夢を見たー。 澪引が兄御にヨシヨシされておったー』

(ほんに・・・懐かしい)

「はい、有難うございます。 マツリがどんな仕事をしているのか興味もありますから、しっかり見てきます」

「え? あ? そうなの? 二人でどこか六都の景色の良い所に行けばいいのよ?」

「マツリの仕事の邪魔をしたくないので。 景色の良い所があったら一人で見に行きます」

澪引がコキコキコキと首を傾げ、四方が口をあんぐり開け、尾能が何度も目を瞬かせている。
マツリに逢いに行くのではないのか? 逢引きをする為ではないのか?

「えっと、今から出てその六都ってところに着きますか?」

一日でも早く逢えば、それだけおムネが大きくなるはず。

「武官なら着くが。 そうだな、澪引が言っていたように明日、馬車を出そう」

馬車・・・御免こうむりたい。 じっとなんてしたくないし、マツリにチョンバレになる。 驚かせたいこともあったのだから、却下却下。

「大丈夫です馬で行きます。 東の領土では辺境に行くにも馬に乗ってますから、武官さんについていけます。 何なら見張番さんに聞いてもらってもいいですよ?」

(だから言葉尻を上げるなっ。 ふふん、それよりかなりの自信があるようだが・・・。 一度その鼻をへし折っておいた方がいいか)

万が一にもマツリの奥になるのなら、ここらで一発己の非力を分からせておかねば。

「そうか、では見張番の馬ではなくこちらの馬を出す」

お断りしたかったが馬車を断り、その上馬も断るのは失礼にあたるだろう。 それに紫揺は見張番の馬に乗ると言ったのだ、それを勝手に覆したのは四方。 これは借りにはならないだろう。

「じゃ、お願いします」

すかさず尾能が立ち上がり四方の横に来た。 先ほどは座ったまま話していたというのに。 仕事モードということだろうか。

「護衛は何人にいたしましょう」

(ご? 護衛? そんな仰々しい話になるのか?)

おムネを大きくしに行くだけで。

「左右と・・・前に一人後ろに二人・・・それくらいで良いだろう」

(どうだ、さっき澪引が噂では良いとは聞きませんが? といっていたのを聞いていただろう、この少人数の武官だけでは不安であろう。 あと数人付けてくださいと言ってみろ)

「それではあまりに少な―――」

尾能が言いかけたが紫揺が反対のことを口にする。

「い、いや、待って下さい! そんなに沢山! いっ、要らないです、要らないです」

それでは馬車より目立つのではないか!? それに武官の仕事はどうなってる。
ブンブンと首を振る。

へっ? とした顔をした四方。 予定とは違った言葉が返ってきた。 それでも顔を戻し威厳を保つ。

「これで最小限であり最大限だ。 今はマツリに武官を取られておる、そうそう何人も出せんのでな」

「いや、だから、そんなに要らないです、道案内だけで。 なんなら見張番さんでは?」

気心が知れている。 楽だし新しく付いてくれた二人も面白い。 二人は百藻に怒られたから、道中の競争はないかもしれないが、また別の形で競争が出来るかもしれない。
四方がジロリと紫揺を見る。

「見張番に護衛は出来ん」

「護衛って・・・それが要らないんですけど?」

(だから語尾を上げるなっ。 誰と話しておると思っておるのか。 くっそ、確実に鼻っ柱をへし折ってやる)

「では二人ではどうだ」

「し! 四方様! それではあまりに危険すぎます。 行くのは六都で御座います!」

「あ、じゃ、それで。 尾能さん大丈夫ですよ、道案内一人でいいくらいですから」

(こいつの鼻柱は鉄で出来ておるのかっ!)

「紫さま!」

「大丈夫ですって。 それに行くまでです。 行ったらマツリが居るんですから」

「尾能、二人」

仕方なく頷いた尾能が部屋を出ると回廊に座していた従者に言うことなく、己の足で武官長の元に走った。 精鋭を出してもらわねば。

「紫はマツリを信頼しているのね」

武官の数を言われても六都と言われても、その程がしっかりと分からない澪引。 ずっと黙っていたが、紫揺がマツリのことを言ったのであれば黙っているわけにはいかない。 どんどこ、どんどこマツリのことを推さなければ。

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