大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第155回

2023年04月03日 21時04分43秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第150回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第155回



ガザンが紫揺を鼻先で押す。 いつもの位置に座れということだろう。 紫揺が立ち上がりいつもの位置に座るとすかさずガザンが紫揺の横に伏せをする。 そのガザンの頭を紫揺が撫でる。

「そのようなものは食しておりませんし飲んでもおりません」

生真面目に答える此之葉を見て葉月が大きく息を吐いた。

「此之葉ちゃん、そうじゃないでしょ?」

「え?」「え?」 此之葉と紫揺の声が重なる。

此之葉は “どういうこと? 何を言うの?” と言う目をして。 一方紫揺は “此之葉はサプリ以外のなにか秘訣を持っているのか?” と言う目をして。
葉月が紫揺の目を見る。 しっかりとガザンの伏せをしている反対側の横に座っているから紫揺も首を捻っている。

「今の此之葉ちゃんって、女性ホルモンがバンバン出てるの」

「え?」

「んー・・・、おムネが大きくなったと言っても、此之葉ちゃんと阿秀はまだ関係は持ってないと思うの」

「は! 葉月!!」

此之葉が顔を真っ赤にしているがそれを完全スルーする。

「あのね、紫さま。 トキメキ、大事よ。 此之葉ちゃんみたいにいっつもトキメいていないと。 紫さまとマツリ様、離れ過ぎ。 そんなんじゃ、おムネも大きくなんないわ」

トキメキ・・・それは何だろう。

「あ? トキメキの意味が分からないって顔をしてる」

ストラーィク! アンパイアーが居ればそう言うだろう。

「紫さまの場合のトキメキって・・・うん、そうだなぁ・・・。 前にマツリ様が来られた時、かな?」

そこが一番充当するだろう。 その前の紫揺の誕生の祝いの時でもいいかとは思うが。

「マツリ様と泉に行ったり、ここで話をしたりしたでしょ? マツリ様を見てマツリ様の声を聞いて心がドキドキしたでしょ? それがトキメキ」

「うーん・・・何となく分からなくもないけど」

あの時の印象はトウオウのことが大きかった。 でも泉に行くまでは・・・そうか、あれがトキメキかもしれない。 でも泉に行った後はトウオウのことばかりが心にあって、心の底からマツリのことを思えなかった。
それを思うと・・・突然に来たマツリ。 辺境に行くのを勝手に変更したマツリ。 でも・・・腹が立たなかった。 久しいと言ってくれた。 ・・・嬉しかった。

「ドキドキはしなかったかな?」

「え? そうなの? 紫さまって案外座ってるのかも?」

嬉しかっただけだったから。 ドキドキまでは感じられなかったのかもしれない。

「うーん、もっと此之葉ちゃんみたいに単純だったらドキドキときめいたかも。 残念ね」

「はっ、葉月! 言わせておけば!」

この手のことは葉月に任せるのが一番と、眉をしかめたい言葉の連続に口を閉ざしていたのに。

「あ、訂正。 単純じゃなくて純粋」

「えー? 私、純粋じゃないってこと?」

どちらかと言えば単純な方に組み分けされるだろうが自覚がないだろう。

「あのね、離れ過ぎなの。 もっとマツリ様と会わなくっちゃ」

「だって、マツリ忙しいから」

「なら、紫さまからマツリ様に会いに行けばいいでしょ?」

「宮に居ないって言ってたし・・・」

「なに? それじゃあ、宮に居る時にしかマツリ様に会えないの? 紫さまはマツリ様のお飾りなの?」

「・・・え?」

葉月がニコッと笑う。

「待ってるだけなんて此之葉ちゃんくらい。 その此之葉ちゃんですら今はトキメいておムネが大きくなってるんですよ? 行こうよ、紫さま。 紫さまはマツリ様のお飾りじゃないんでしょ? ってか、この東の領土の紫さまを本領がお飾りとしたならば反乱を起こすし。 一揆、一揆! 領主のお尻に火を点けてやるし」

時代劇も見ていたようだ。

「いや、待って。 一揆って・・・」

葉月の言葉使いにとうとう切れそうになったし、待ってるだけが自分だけと言われたことにも物申したいが “いっき” ・・・それは何ぞや。 此之葉が小首を傾げる。

「紫さまがマツリ様にトキメかないのならば、パフパフしてもらうまでおムネは大きくなりませんよ?」

パフパフも性教育の中で知っている。
『おムネ、パフパフされますからねー』と。

「え?」

「此之葉ちゃんのおムネが大きくなったのは、此之葉ちゃんが阿秀にトキメいたから。 一回や二回じゃないですよ。 ずっとトキメいてるから。 だから・・・」

だから紫さまもマツリ様にトキメいたらおムネが大きくなりますよ。

「本領に行かれませ」

葉月の言葉と思えない言葉。 いやに重い。
そうなのかな。

「マツリに会ったら、大きくなるかな・・・」

自分の断崖絶壁に手を当てる。

「一日二日三日、そんなんじゃ駄目ですよ」

「え? じゃ、どれくらい?」

「此之葉ちゃんが阿秀と仲良くなって今日までどれくらいかかったと思います? それでようやく極貧AからB‘ に昇格したくらいですよ?」

此之葉の握る手がプルプルと震える。

「びぃ・・・BじゃなくてB‘ ? そんなサイズあったっけ?」

「小指のさかむけ分がBカップに入ってるくらいってこと」

「・・・葉月、気にしていることをよくもズケズケと・・・」

少しの間だったが日本で暮らしていた時にブラを知った。 サイズの違いもよくよく知っている。
ぽふ。

「立派でしょ」

此之葉が此之葉なりの低い声で唸っているのを完全無視して、紫揺が葉月のおムネをポフっとした。 その時の葉月の反応がこれだった。
たしかにフワフワ。 紫揺の手では収まりきらない。 抱きしめてくれるシキと同じくらいだろうか。
むに。

「これこれ、紫さま、ムニはいけません。 どうせならしっかりと」

ぱふぱふ。

「そうそ、それならいいけど」

「は! 葉月! 紫さまも! 何をしてるんですかー!!」

「どうして姉妹なのにこうも違うの?」

さっきは此之葉のおムネを触って大きくなったと言ったところなのに。 この言われようはどういうことだ。
そっと此之葉が自分のおムネにタッチする。

「どうしてでしょうね? 私は母さん似で此之葉ちゃんは父さんに似たのかな?」

父親の胸に似た? それって完全に断崖絶壁ではないか。

「ね、行ってきて? ちょっとゆっくりしてきたらいいから。 塔弥に聞く限りじゃ、領土は安定してるんでしょ? マツリ様とのことはもう領主も知ってるんだから、気にしなくていいよ。 おムネ、ちょっとでも大きくなると思うから。 何かあったらすぐに秋我が紫さまを呼びに行くから。 それにね」

―――お付きたちがマツリ様と紫さまに刺激されてるから、時間をあげて。

葉月が言った最後の言葉が気になるが、葉月と共に領主の家に行き領主に承諾を得た。
葉月が実に上手く言ってくれた。 決しておムネを大きくするためにとは言わなかった。
マツリとのことを知っている領主が反対することは無かったが、秋我も共にと言った。 そこは葉月の口の挟むところではない。
葉月が黙っていると、紫揺がしっかりと葉月の言ったように、領土で何かあった時には秋我に呼びに来てもらわなくてはいけないと言い切った。 そこは大事な所だ。 何かあって何も知らなかったでは済ませられない。

「それでは宮まで送らせます」

おムネが大きくなりたい、女性ホルモンバンバン出す。 その一心で翌早朝、お転婆に跨った。


「こりゃ紫さま」

丁度外の確認に立っていたのは剛度だった。

「剛度さん!」

後ろから歩いてきた秋我を見ると秋我には辞儀をする。 どうしてか紫揺にはそれが短縮されているが、他の五色達と違って親しみを感じているのだろう。 紫揺もそんなことを気にもしてもいない。

「へぇ~、お珍しい。 よくお似合いで」

剛度が自分の額をツンツンと指で叩いた。 額の煌輪のことだ。 実によく似合っている、と示す。
ありがと、と恥ずかし気にいうと閃いたことがあった。 剛度は信用のおける人間だ。

「剛度さん、またあの衣をお借り出来ませんか?」

「え? まさか・・・?」

「じゃないです。 そこじゃないです」

「本当に? 嘘をついていらっしゃるのでしたらお貸しできませんよ?」

マツリの許可もなく地下に行くのなら貸せないと言う。

「マツリを驚かそうと思ってるだけです」

剛度の眉が寄る。

「マツリ様を驚かす?」

「今、宮に居ないんですって。 だからこの衣じゃ宮を出たら目立つし、宮の衣・・・衣裳じゃ外に出たらもっと目立つから」

「紫さま! 宮を出られるなどと!」

思わず秋我が叫んだ。

「何てことないですよ。 前にも宮を出たし」

「は!?」

「マツリに会いに行くんだもん。 行った先にマツリが居るから大丈夫」

二人の会話を聞いていた剛度が間に入る。

「次期東の領主、確かに以前マツリ様と紫さまは宮を出られました。 俺もいたから知ってます。 だが紫さま、ここからマツリ様にお会いに行かれるということは、それまでお一人ということじゃないですか。 それに本領の中のこともよくご存じない」

秋我の名は聞いていた。 だが簡単に “秋我” とも呼べないし、他領土なのだから “秋我様” にも値しない。 よって次期東の領主となる。
見張番はあくまでも岩山と宮の往復に付き添うというだけ。 宮に送り届ければあとの事は宮に任せるということになる。
秋我が何度も頷く。

「お会いされる前に、宮には行かれるんですね?」

紫揺が頷く。

「宮でマツリの行き先を教えてもらわないと分からないですから」

剛度が口の端を上げる。

「次期東の領主、それなら宮にお任せして大丈夫でしょう。 宮の者が付きます」

宮の者が付くなどと、紫揺に付くにはそんなに簡単なことではない。 知っているお付きたちでもどれだけ翻弄されていることか。

「いや・・・紫さまにお付きするのは・・・難しくはないでしょうか」

どういう意味かと剛度が眉を上げたが、次の瞬間にはガハハと笑い出した。
剛度の笑い声に岩穴から他の見張番が出てきた。 その中に瑞樹が居る。 紫揺を見止めるとすぐに岩穴に戻り、まだ岩穴に居た百藻に言って馬を曳いて出てきた。

「宮の者たちは甘く見られたものですな。 分かりました、それ程ご心配でしたら、腕のたつ武官をつかせるように言付けをさせます。 どうです? 紫さま。 それなら衣をお貸しできますが?」

「はい、それでいいです。 宮に行く前に剛度さんの家に寄ってもいいですか?」

宮の者や武官が剛度の家など知らないだろう、だが見張番なら知っているはず。

「ああ、構いません。 女房も紫さまのことをよく覚えていますから」

それに見張番が一緒に居るのだ。
ニパっと紫揺が笑うと秋我に振り返る。

「ってことで、これから剛度さんの家に寄ってから宮に行きます。 見張番さんが付いてくれるので秋我さんはここまででいいです」

「そういうわけには参りません」

「うーん、だって秋我さん本領の人じゃないでしょ? 宮以外をウロウロしてもいいんですか?」

紫揺も今現在は本領の人ではないが、代々を遡れば本領の人間である。 五色の郷は本領なのだから。
思いもかけないことを言われ、うっ、と詰まってしまった。

「ご安心ください。 前後左右、四人付けますんで。 紫さま、これで暴走できませんぜ」

百藻から聞いている、共時を見つけた時の紫揺の奇行を。 マツリが居ないのだ、全責任は見張番にかかってくる。 前後左右を固める。
他の見張番も不服を言わないだろう。 百藻から聞かされた時に大笑いをして、紫揺に興味ありげにしていたのだから。 それに何故か、今の話を聞いた途端、剛度の後ろでコンビを組む時の腕遊びが始まっている。 日本でいうところのグッパである。 それを腕でしているのである。

秋我が額に手を当てた。

―――本領で何をした。

「こう言っちゃなんですが、手綱捌きは次期東の領主は俺らには勝てないと思いますが?」

諦めたのだろう、大きく息を吐いて口を開ける。

「くれぐれも・・・」

本領で何をどれだけやってくれているんだ・・・。 何度でも考えてしまう。
何を言っても己はこの岩山から宮までしか行けない。 先に宮に送り届けても、その後あちこちをウロウロするのであれば、少しでも無駄なことを省くのが賢明だろう。
剛度がポンポンと秋我の背中を叩く。

「ご苦労、お察しします」

暴走どころか地下にまで入った紫揺だ。 それも東の領土に戻る時にはケロッとした顔をしていた。 普通なら大の男でも腰を抜かしていただろうに。 秋我のさっきの言葉から東の領土でも色々やらかしているのだろうと察することが出来る。
『紫さまにお付きするのは、無理ではないでしょうか』 その一言で背景が見えるようだ。

「宜しくお願い致します」

「お任せください」

丁度腕遊びが終わって、常に紫揺についている百藻と瑞樹以外のあとの二人が決まったようで「よっしゃー!」 と二人の声が上がった。
剛度が呆れた顔で振り返ったがすぐに秋我を見る。 秋我も声のした方を見ていたが、何のことかとすぐに剛度を見る。

「紫さまの取り合いです。 人気者ですぜ。 身を挺してでも万が一になどには遭わせません。 どうぞご心配なさらず」

秋我が岩山から見えなくなるまで紫揺を見送ろうとしているのは分かっている、だがその必要は無いと言っている。
秋我が剛度に頭を下げると次に紫揺に声をかけた。

「紫さま、どうぞ無茶な・・・大人し・・・困らせな・・・あ、いや。 とにかくお怪我などないよう」

紫揺が斜に見る。

「いっぱい言ってくれましたね・・・それも中途半端に止めて」

「心の声が、つい・・・」

「・・・分かってますって。 大人しくしてますから。 私なりに」

「紫さまの思われる大人しいは人と天秤が違うのをご存知ですか?」

「チガウクないです。 なんか・・・秋我さん、塔弥さんよりキツくなってません?」

見張番たちが声を殺して笑っている。

秋我に見送られ今はまだ前後二人に固められた紫揺が岩山の坂を下りて行った。

「心配はご無用です。 なんなら一杯やっていきますか?」

岩山は冷える。 身体を温める程度に酒を吞むことがあるので冬には酒が常備されている。 それは各自の持ち込みである。

「いえ、それでは宜しくお頼みします」

そう言って岩山を上がって行った。
秋我の背中を見送る腕遊びに負けた見張番たち。

「あーあ、引き留めて欲しかったっすねー」

「何でだ?」

「東での紫さまの武勇伝を聞きたかったに決まってるっしょ」

「言えてるな」

クックっと喉で笑った。
それからも一応、岩山を無事に下りたかを確認するためにだろうか、残っていた全員が下を見ていた。 その当番は剛度だというのに。

「お前ら・・・とっとと中に戻れよ」

「いいじゃないですか」

何やら含み笑いをしている。

「あーん? 何か企ててんじゃねーだろなー」

「俺らがそんなことしますか。 あいつらとは違います」

「・・・どういう意味だ」

「来たぜ」

その声に剛度が下を見ると、四人が岩山から出てきたのが見えた。

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