大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第158回

2023年04月17日 21時12分25秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第150回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第158回



先程、景色の良い所を二人で見に行けば良いと言ったのに、紫揺はそれに是と言わなかった。 ましてやそんな所があるのなら一人で見に行くと。
紫揺の心が決まっているのかどうかは、まだ分からないのだから推しまくらなければ。

(あら? それならどうしてマツリに逢いに来たのかしら? 五色の力のことを訊きに来たのかしら? だから急いでいるのかしら?)

そう思うとシキでもいいはずなのだが。 それともシキから聞いた暮夜の話に繋がるのだろうか。

「紫? とてもよく似合っているわね」

額の煌輪のことだ。
宮に入る前に外そうと思ったがお座布を持ってきていない。 粗末に扱うことも出来なく、額に着けたままであった。

「有難うございます。 職人が作ってくれました」

「そう。 紫は飾り物を付けないから好きでは無いと思っていたのだけれど。 そうではないのだったら贈らせてもらえるかしら?」

「あ、いえ、これはそういうものではなくて。 紫の力を抑えてくれるもので特別な石なんです。 また倒れることがないようにって、マツリが出掛ける時には必ずしておくようにって言ったんです。 だから着けてるだけで飾りではないんです」

何気にやんわりと贈り物をお断りする。 東の領土の職人にも作ってもらったのがこれ一つだというのに、本領から頂いたとなれば職人にとっては気のいい話ではないだろう。

「まぁ」

マツリの言うことをきいているというだけで嬉しかったが、力の事と言われれば全く分からない。 澪引が四方を見る。 すると四方が腕を組んで眉根を寄せている。

「四方様? どうなさいました?」

澪引が四方に問うが、四方の眉間の皺は緩むことがない。
紫揺がどういうことだと両の眉を上げる。

「力を抑える為と?」

「はい」

「倒れたと言ったか」

「はい」

「先刻、紫が宮に留まった折か」

マツリからそう聞いている。 だがそんな理由があったとは聞いていなかった。

「はい。 その節は長々とお世話になりました」

ただ飯は勿論のこと、ただ菓子を沢山いただいた。

「マツリから何もかも教えてもらったのか」

いま紫揺が言ったことを詳しく説明されずとも、何を言っていたのかは大よそ見当がつく。

「はい。 お話しも出来ましたし、何度も導いて頂きました」

多分、四方は何もかも分かっているのだろう、マツリがそうであったように。 だからこの返事でいいであろう。

「その後は倒れるようなことは無いか」

「はい、窮地には・・・取り乱しそうになった時には必ず額の煌輪が導いてくれています」

「その石の主は分かっておるのだな」

「マツリによるとこの石はもう一つの石に共鳴しているそうです。 そのもう一つの石とお話しができました。 主は初代東の領土の紫です」

初代東の領土の紫。 一人で五色を持つ者。 その力は初代本領領主、一人で五色を持つ者に匹敵するほどの力があったと書に残されている。
四方が深い息を吐いた。

「全く・・・」

マツリから紫揺が紫の力を持っているとは聞いていた。 紫の色の力を。 それだけでも驚くことだというのに、それだけではなかったようだ。 どれだけ秘められた力があるのか。 彼の地で生まれ育ったというのに・・・。
それにしてもそんな話をマツリから聞いていない。 報告をしなかったということは、この事を五色のことと判断しなかったのだろうか。 マツリの想い人としての一つの出来事としての判断だったのか、いやそれとも五色の全てをも自分の仕事の枠に入れているのだろうか。

「マツリはその力を何と言っておった」

マツリが言った紫揺の力の事。 先の遠い話だったらなくはない。 でもいま四方が訊いているのは遠い話ではないだろう。

「え? ・・・えっと・・・特には言ってなかったと思います。 記憶にありませんから」

『我と紫の間にはどんなややが出来るのか、空恐ろしくなってきたわ』 そんな先の遠い話はしていたが、今は関係ないだろう。

四方が腕組みを解き前屈みになると肘をついた。 その掌に額を置く。
紫揺にそこまでの力があるとは思わなかった。 そこまでどころではない、もう永世現れないと思っていた。
その力がこの紫揺に・・・。

「四方様? 如何なされました?」

こんな四方を見るのはカジャのこと以来か。 いや、あの時とは違う気がする。
四方を心配する澪引を置いて紫揺が口を開く。

「えっと・・・、着替えてきてもいいでしょうか?」

「はあ!?」

大音量で言いながら四方が顔を上げ紫揺を見た。

「あ、この衣・・・衣裳じゃ目立ちますから、剛度さんに衣裳を借りてきましたのでそれに着替えたいかと?」

(語尾を上げるなっ!)

「剛度が?」

「はい、地下に入った時にも衣装をお借りしました」

「民の衣ではないか」

あれ? 衣裳じゃなくて衣で良かったのか?

「たしかに宮の衣装で六都に行くのは考えものだが、だからと言って五色が民の衣を着てどうする。 こちらで用意する」

「あ、そこまでお世話になれませんから。 剛度さんに借りた衣で行きます。 では御許可に感謝いたします」

立ち上がり「失礼します」と言って頭を下げると、澪引が止める間もなくとっとこ部屋を出て行った。

(有り得ない・・・。 下がれと言った覚えはない)

ついていた肘。 いつの間にか掌を拳に結んでいた。 ゴン! という音を響かせて額を拳の上に置いてしまった。
痛い・・・。

「四方様、何をなさっておいでですか・・・」


四方の部屋から出てきた紫揺。 ずんずんと歩いていき末端に座る “最高か” と “庭の世話か” の前にしゃがみ大門の前で世和歌が門番から受け取っていた荷物を指差す。 剛度の女房から受け取っていたものだ。

「それに着替えたいんですけど着替えるところってありますか?」


額の痛みから立ち直った四方。 額が赤い。

「澪引、さきほど其方と紫が話している時に気付いたのだが」

何をでしょう? という顔をして少し顔を傾ける。
己もそうだったが、父親であるご隠居も澪引の可憐さに、美しさに、妍麗さに、艶麗さに・・・言い尽くせないほどの澪引。 その澪引の頬に朱がさしている。

「身体の具合が良くなってきておらんか?」

『わたくしはこの身体で御座います』 そう言った時になにやら、と気づいた。 リツソが攫われた時には薬を拒否し、食も進まなくどんどん顔色も悪くなっていたが、ここ最近では寝込むことがなくなっていた、と。

「あ・・・」

身体がだるくなるようなこともなければ眩暈も何もない。 いつからだったのだろうか。
自分の腕を見てさすると、ゆっくりと四方を見る。

「それに・・・」

澪引の目に応えるように四方が続ける。

「過ぎるほど元気になっておらんか?」

過ぎるほど元気、それは先程の澪引に対しての嫌味としか受け取れない。
澪引の目が半眼になった。


着替え終わった紫揺が大門に行くと軽装ではあるが武装した武官が二人、馬の手綱を持って待っていた。
その横には瑞樹が毛艶のいい馬の手綱を持っている。 そしてその横に百藻が居る。 楽しい二人がニヤニヤしながら後ろに控えている。
紫揺は客人である、他の門からは潜らせられない。 大門から出させなくてはならない。

尾能が武官長の部屋を訪ね「マツリ様の御内儀様になる方かもしれません、万全を持ってお守りできる武官を」と言った。
御内儀様。 それは尾能一人の判断であったが間違いはない筈。

『そのような方にたった二人で?』

一人の武官長が眉根を寄せて問い返した。

『四方様がそう仰られました』

『・・・承知しました。 即刻、厳選いたします』

その厳選された二人がいま紫揺の目の前にいる。
武官は今マツリの要請でてんでバラバラになってしまっている。 残っている武官の中で精鋭を考えるとこの二人になるだろう。 皮衣はそれぞれ朱と黄に染められている。 朱翼群と黄翼軍からの二人であった。

武官二人はここで待っているようにと言われたが、現れたのは女官に連れられた坊。

「紫さまに御座います」

彩楓が言った。

「はっ?」

思わず辺りを見渡す。 だが女官を従わせているのは・・・坊・・・しかいない。 それも民の衣を着て、その衣に似つかわしくない飾り石を額にのせて。
守る対象はマツリの御内儀になるかもしれない、東の領土の五色の紫さまだと聞いている。

「あの?」

「こちらが紫さまに御座います」

紫揺がペコリンと頭を下げる。

「紫さま、下げられませんよう」

頭を下げるなということだ。 ここでも言われてしまった。

「くれぐれも・・・いえ、指先にさえ一つの傷を負わすことが無いよう、お願いを致します」

こ、この坊が・・・マツリ様の御内儀になるかもしれない五色? 東の領土の? この坊が?

五色の力を持つ者は女である。 だがそれを知っているのは五色自身と、五色のことを知っている者だけ。 武官などそんなことは知らない。 だから坊だと思っても仕方がない。

そして、マツリ様には・・・そっちの趣味があったのか?

「えーっと・・・。 この童・・・で?」

「なんということを仰いますか! 童女では御座いませんっ、ましてや童などと! れっきとした女人で御座います!」

“最高か” と “庭の世話か” が武官ににじり寄る勢いで睨みつけた。
れっきとした・・・こんな時に使われては褒められた気がしない。

女人? 全く以って女人には見えない。 だが童ではないようだ、そっちの気は無かったようだが、女人と言われても女人には見えない。
マツリ様・・・あっちの気があったのか?
そっちもあっちも全然そんな様子を見せていなかったのに・・・そうだったのか?

そっちとかあっちとか、色々考えている武官二人の脳みそが空の彼方に飛んでいきかけた時。

「お仕事が忙しい中、ご迷惑をおかけします。 道案内をお願いします」

喋った、と思った武官二人が思わず頭を下げる。

「えっと・・・すみませんが六都? マツリの居るところまでお願いします」

頭を下げていた武官二人が目を見開いた。 マツリ様のことをマツリという。

―――有り得ない。

御内儀になるからと言っても有り得ない。 ましてやこの坊が。 あ、いやいや坊ではなかったのだ。 多分女人だったのだ。
だが突っ込むことも出来ない。

「紫さま、お乗りになるのはこの馬です」

瑞樹が手綱を曳いて紫揺の前に出してきた。 月毛の馬であった。

「わっ、きれい・・・」

それに骨格がいい、その骨格に筋肉のつきは極上、毛艶も文句なしにいい。 さすがは宮の馬。 ってことは・・・武官の馬なのだろうか。

「天馬とは雲泥ですぜ」

楽しい二人の内の一人が言う。

「ですね。 天馬はよく走ってくれましたけど、この仔は・・・分かってくれるみたいです。 お転婆と一緒」

「は? おてんば?」

馬の首を撫でていた紫揺が楽しい二人の内の一人を見る。

「東の領土の愛馬です。 その仔と同じくらい分かってくれるかもしれません。 あ、でもお転婆ほどじゃないかな?」

戦争などはないが武官の馬であるのだから、いわゆる軍馬である。 そうそう気まぐれに付き合うことは無い。 だが紫揺が騎乗するとそれも揺さぶられるだろう。

「ほぅー、では? 襲歩をされると?」

未だに頭を下げている武官二人が聞き捨てならない言葉を耳にした。

「武官さんがされたらついて行きます」

「先頭を切るのではなく?」

武官が僅かに頭を上げる。

「おい、いい加減にしろ」

思わず百藻が間に入ってきた。

「何でだよ、武官様に聞こえるようにご注意を申し上げてるだけだろ」

先程から聞いていれば、この坊に見える女人らしい坊・・・いや、女人。 それがマツリの御内儀になるという。 まるで迷路に入った気分だったが、多分出られただろう。
目の前にいる坊がマツリの御内儀になる予定の女人。 武官の矜持にかけて・・・いや、矜持に掛けるほどもないだろう。 マツリの御内儀になるかもしれないという、坊に見える女人をマツリの元に送り届けるだけなのだから。

「四方様は武官さんなら今日中に六都に着けると仰っていました。 武官さんの歩で進めてください」

「武官様? あんまりノロノロ走ってたら、紫さま一人で走っちまいますぜ」

「そうそ、よくよくご注意ですぜ。 紫さまの僅かの目の動きも捕らえ損ねるようなことが無いように」

馬を寄せて紫揺に競争のことを言った時、紫揺の目の奥の輝きを見た。 そしてそれは間違いなかった。
顔を上げた武官が「進言、心得た」という。
楽しい二人が目を三日月にする。 分かってねーな、という風に。

「なんですか、それ。 負けたのは見張番さんですからね」

ぶちぶちと文句を言いながらも馬上の人となり、鐙を合わせ腹帯を締め直す。
あっという間に一人で騎乗し、何もかもを一人でする紫揺に驚きながらも武官が騎乗する。

「お気をつけて。 ・・・武官様」

楽しい二人が紫揺にではなく武官に声をかけた。 ましてや “お気をつけて” などと聞き逃せないコトバ。

「どういう意味ですか」

まるで今の言いようでは、紫揺が悪魔のような存在ではないか。

「そういう意味です」

紫揺の心の中を知ってか知らずか、そんな返事をした楽しい二人と紫揺の会話の間に百藻が入る。

「武官殿、くれぐれも紫さまをお願い致します。 一瞬たりとも紫さまから目をお離しになりませんよう」

百藻まで・・・。 何故そんなことを言うのか。

「ちょっと競争をしただけなのにぃ」

「ちょっとでは御座いません。 それにそれだけでは無いでしょう、次期東の領主とのお話を肝に銘じて頂きますよう」

大人しくする。 紫揺なりに、ではあったが、それだけでも・・・あ、いや、そう言った後にすぐ競争をしていたのだった。

秋我が言ったことを念押しして言おう。

「人の天秤と同じにしていただきますよう」

『紫さまの大人しいは、人と天秤が違うのをご存知ですか?』

天秤と言われたら秋我の言葉だと分かる。

「・・・私のことを狂犬みたいに言わないで下さい」

狂犬・・・? いや、暴走馬の間違いだろう。
武官二人が目を見合わせた。 ・・・どういう意味だろうかと。


一人の文官が歩いていた。

「おや? こちらに何用か?」

ここは宮内。 前を歩いていた文官の腰にある帯門標を下げる部署の文官が来ることのない所、それ以前に来てはいけない所。 四方が宮内に設置した文官の仕事場には、一定の帯門標を下げる文官しか入ることが許されていない。

「ついでがありましたので式部省からの書簡を預かりお届けに」

「ああ、そうですか移動書ですか。 承りましょう」

文官が手を差し出すと書簡を文官の手に乗せる。

「お願い致します」

「承りました。 ですがそちらの帯門標の文官はもうこちらには来られませんように。 式部省の方にもそうお伝えし今後はついでとはいえ、お断りになられるよう」

「承知いたしました」

苦言を意ともせず文官が頭を下げると歩を返して戻って行った。

「宮内に・・・意図がないとはいえ、他の部署の文官が簡単に出入り出来るとは・・・」

宮内に入る門を糺(ただ)さなくてはいけない。
書簡を受け取った文官が仕事部屋に入っていった。

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