大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第63回

2022年05月16日 21時36分19秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第60回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第63回



「あとの事は一旦、刑部に任せればよいか」

「はっ」

固い返事で答えたが胸の中は安堵で一杯だ。

捕らえた者のことは刑部に任せ、まずは二日後のことに手をまわさねばならない。 光石の横流しの現場を押さえる。

「武官長を呼んでくれ」

従者が襖戸を開け回廊に座る従者に指示を出す。 従者が頷くとその場をたった。

光石に関しては採掘場から重さや数を書いた書類を文官である官吏が確認し、加工場からの仕上がった重さと数、屑となった重さが書かれた書類を文官が照らし合わせるだけである。

文官からはその誤差があるとは報告を受けていないし、毎回重さと数が書かれたものは四方も確認をしている。
そこから考えると採掘場か加工場、若しくは両方に地下と繋がっている者がいるのだろう。 書類に乗せない光石が存在するということ。 そして出来上がったもの、若しくは加工前のものを今回のように横流しをしている。

現場を押さえると同時に採掘場と加工場にも足を踏み入れなくてはならない。
負傷した武官のことは書かれているが、どれだけの人数が出て行ったのか、五十人余りというだけではっきりした人数をまだ知らされていない。
地下に行くまでに拾える武官が居ればそれを拾っていくと言っていた。 どれだけの武官が無傷で帰ってきて動けるのか。

「さて、造幣所はどうするか・・・」

光石もそうだが造幣所も文官の管理の下にある。
囚われていた者の中に造幣所と関係する部署の者はいなかった。 だが乃之螺のことがある。 親兄弟が囚われの身となっていないのに地下と繋がっていた。

腕を組み目を閉じる。

もしまだ地下と繋がっている官吏が居たとしても、地下から何人もの人間をひっ捕らえてきたのだ。 これだけ賑やかにしているのだから、地下に手が回ったことは分かっているだろう。 逃げるのなら逃げているだろう。 その時に他の者のことを考えるなどとはしないはず。 わざわざ造幣所の者に知らせることなどしないはず。
そういう者達だから地下と繋がっているのだから。

四方の目が開いた。

「疑心暗鬼に囚われて機を逸してはなんにもならんか」

“はず、はず” と小胆なことばかり考えていては腹に力が入りきらない。

光石の採石場と加工場は互いに近くにあるが、造幣所は全く違う方向にある。
光石の採石場の者たちはその仕事から屈強な体躯の持ち主たちだ。 加工場の者も採石場の者ほどではないが、これも逞(たくま)しい体躯を持っている。 とうてい文官の手に負えるものではない。
武官を出すしかないが、造幣所の者はさほどの体躯の持ち主たちの集団ではない。 とはいえ取り押さえるには武官が必要になってくる。 だが全員が武官でなくとも、文官でも逃げ場を固めることくらいは出来るだろう。 負傷している武官の人数を考えると多くの武官を必要にはできない。
元の部署に戻らなくてはならない者もいるだろうし、その者が負傷していれば他の者が穴埋めをしなくてはならない。 宮都の中を放っておくことも出来ない。

要らない時に六都で問題を起こしてくれたと、六都に向かって行った武官たちの影の後姿が脳裏を横切る。
四方が組んでいた腕を解いた。

「財貨省長を呼ぶよう」

財貨省長にも話を聞かせよう。
四方がもう一度腕を組み目を閉じた。 己の判断が間違っていないか再考する。

暫しの時のあと財貨省長が執務室を訪れた。
捕り物があったことは知っていたが、己らに関することでは無いと帳面に張り付いていたようだ。

「暫し待て。 武官長が揃って話をする」

財貨省長が頭を下げ従者の横に座した。
ほんの暫しだった。 すぐに武官長四人が執務室に訪れた。

武官長三人は明け方近くに顔を合わせた衣そのままであったが一人は違った。
刀と鎧こそ置いてきたのだろうが、群青色に染め上げた皮で出来た衣を身にまとい、その衣に血が飛び散っている。
財貨省長がその姿を見て「ヒッ」と声を上げた。

「御前にこのような姿で申し訳御座いません」

着替える暇もなく指示を出していたのだろう。 この武官長が地下で武官を率いていたということだ。

「城家主の屋敷を押さえられたようだな」

「紙一重で御座いました」

紫揺の功績あってこそと言っているのだろう。

「大儀であった」

文官である財貨省長と武官長に目を送ると光石と零れ金の話をした。 そして

「二日後に光石を横流しにする情報がある。 そこへ武官に向かってもらいたい。 幾人向かえる」

「五十名ほどで地下に向かいました。 負傷した者がおりますが動けない者を除きますと手傷を負ったとは言え、三十名程は動けますでしょう。 二日後であれば宮都に散っている者や他の都に居る者も集められましょう」

他の三人の武官長に問うように視線を送ると三人ともが頷いた。

「マツリも行く故、それ程には要らんと思うが。 では二日後の横流しと光石の採石場と加工場は武官長に任せる。 財貨省長、各所に働いておる者の数を確認し武官長に知らせてくれ」

「はい」

「で、造幣所だが、明日にでも文官の手を借りて押えたいのだが、そちらの方にも動けるか?」

「と! とんでも御座いません!」

武官長に問うたのに財貨省長が顔を引きつらせて物申した。

「わ、我ら文官が血・・・血を見るなど。 そ、そ、それにかかって来られては!」

立ち塞がって逃げ場を防ぐことも出来ないということか。 財貨省長の言いたいことが武官長に分かった。 もちろん四方にも。

武官長たちが小声で話し何度か頷き合っている。

「二日後が光石関係で、造幣所が明日でよろしいでしょうか?」

問う武官長に四方が頷く。

「それでは財貨省長殿のお手は煩わせません。 我らが押えます。 ですが財貨官吏にも来て頂きたいと存じます。 我らでは分からぬところがありますので」

尤もだ。

「財貨省長、それでよいか」

「は、はい。 た、た、単なる立ち合いで御座いましたら。 その、あくまでも文面での立ち合いで」

四方が武官長を見ると武官長が頷く。

「では明日、頼む」

武官長四人と財貨省長が頭を下げ執務室を出た。

武官長は動けるものを動かせばいいが、財貨省長はこれから人選を考えなくてはならない。 文官は誰も荒事に首を突っ込みたくないのだから不興を買うだろう。

「そろそろ調べはついたか?」

四方が従者に目をやる。
ここに居ない四方の従者全員が優しく捕らえたものを見張っているわけでは無い。

「先ほど」

そう言って記載されている日誌の頁を広げて四方の前に置いた。

従者一人が四方の命に走っていたのだった。
四方が文官の日誌に目を這わせる。
そこには参内した乃之螺が帯門標が無くなったと声高に言っていたということが書かれていた。
そしてその後、帯門標が再発行されたことも。

再発行などとはあってはならない事。
どうしてここでもっと詰められなかったのか、四方が大きな歎息を吐く。

マツリが乃之螺を見ていなければ乃之螺が訴えることを四方も信じたかもしれない。 だがそれは有り得ないと思いながら。

帯門標は宮から出ることは無い。 誰かに盗られたとしても、乃之螺を嵌めようとしていたとしても、この日誌の日付からして問題が起き出した時が良すぎる。
城家主の台所から乃之螺の帯門標が出たことは揺さぶりに大きな意味を成すだろう。

情報を得た乃之螺が仕事中に席を外し、地下に情報を流しに行ったと考えるのが一番無難だろう。
その時に帯門標を外し忘れたか、外して元の位置に掛けてしまえば己が宮に居ないことになってしまうのを恐れ、そのまま身に付けていたのか、それとも懐に入れていたか。
地下の者に帯門標を自慢したのか、物珍しいものだから見せろと言われて取り上げられたのか、はたまた懐から落としてしまったのか。 いずれにせよ、乃之螺の帯門標が地下の城家主の屋敷から出てきたことは明らかだ。

だが地下の中には入ってはいないのだろう。 官吏の姿で地下になど入ってしまえばそれこそ百足や杠が気付く。
洞の入り口あたりか、姿を隠すために洞を少し入ったところか。

だがそれほど早急に中座をしなければならない程に急いだ情報とは何なのだろうか。 それを探るための何かがないかと、乃之螺の身の上も調べさせていた。

四方が日誌を閉じる。 従者が日誌を下げると手に持っていたもう一冊の頁を開いて四方の前に滑らせる。

乃之螺は辺境出身と書かれてあった。 官吏となって三年。 二十八歳。 家族構成は両親と歳の離れた妹。

辺境出身者が官吏の試験を受け、そして合格をした。 辺境から合格者を出すというのはそうそうあるものではない。 本人の努力が実を結んだのだろう。

辺境にいる者は中心の都(と)のように幼少から勉学などしていない。 きっと官吏になりたく辺境から出て来て中心のどこかの都で働きながら勉学に励んだのだろう。 その為に出だしが遅れ二八歳だというのに未だ下級官吏なのだろう。
まだまだ下級で決して高い給金ではない。 それでも辺境に居ることを思うと高い金子が手に入っていたはず。

なのにどうして。

調べてきた従者に目を移す。 従者が立ち上がり四方の斜め前に端座をする。

「乃之螺という者は辺境に居る両親に金子を送っていたようで御座います。 そして文官となって二年目に辺境から妹を呼び寄せ二人で暮らしていたそうですが、最近になり妹が身を固めたようでございます」

「兄として祝儀が必要になったということか」

「裏をとれたわけではござませんが、考えられます」

いや待て。 婚姻をするほどの相手だ。 昨日今日知り合っただけでは無かろう。 随分と前から分かっていたはずなのだろうから、兄としては早々から準備をしようとしていたはずだ。

「妹の名は」

「稀蘭蘭(きらら)と申しまして十八の歳で御座います。 相手は見張番で御座います」

四方の目が大きく開いた。

「見張番と?」

「はい」

「百藻か?」

最近身を固めたのは百藻だとマツリから聞いている。 そして百藻は四方もよく知っている。

「はい」

百藻に限ってまさか地下と繋がっていることは無いはず。 だがもし、乃之螺が稀蘭蘭を利用していたとしたら、いやそれ以上に稀蘭蘭も手を貸していたなら。

「百藻と稀蘭蘭という者をすぐに・・・」

言いかけて口が止まった。 真一文字に括る。

「いや、よい。 乃之螺のことが明らかになってからで。 苦労であった」

従者が頭を下げて身を引く。

ひっ捕らえた者や囚われていた者は刑部に任せるが、疑いのかかっている官吏と厨の女はまだ刑部に渡すわけにはいかない。 乃之螺もそうだ。
四方の方である程度明らかにしてから引き渡す。
刑部もその方がいいだろう。 一気に何人もの者達を問罪にしなければいけないのだから、今はこれ以上人数を増やしてほしくはないだろう。 ましてや明日、明後日にも増えてくるのだろうから。

ふと、あることに気付いた。

地下の者相手だ、問罪をする時に常より武官が必要になってくるかと。 武官に見張らせておかねばいつ暴れだすかもしれない。
明日には刑部省から武官長に要請があるだろう。
今、武官の人数を減らしたくはない。

「刑部省長を」

先ほど下がった従者が四方の近くにいた従者に頷くと執務室を出て行った。

いくらも待たない内に刑部省長が汗を流してやって来た。 省長自らも動き回っていたようだ。
ふてぶてしい者たちを牢屋に入れるのは武官がしたとしても、降って湧いた七十二人ものふてぶてしい者を問罪していくにあたり、色んな準備をしていたのだろう。

「忙しい時に悪い」

「いいえ、とんでも御座いません」

何度拭いても汗が止まらないようで「申しあけありません」と言いながら手巾で汗を拭いている。

「今日連れ帰ってきた者たちの問罪なのだが、明後日後に始めては貰えんか」

「と仰いますと?」

「あれらはかなり危険要素を含んでおる。 問罪の場に武官数名を立たさなければならんだろう。 だが明日、明後日と、武官には出払ってもらわなければならん」

「数名だけでも残ることが無いということで御座いますか?」

「宮の警護と宮都の巡回、牢の監視以外の者は全て出ることになるであろう。 それに万が一のことを考えると数名では不安が残る」

「承知いたしました」

「ああ、それと・・・」

今日ほどではないが明日、明後日とまた捕らえ者が増えるかもしれないと言うと、刑部省長はゲンナリした顔で執務室を出て行った。

「茶を一杯」

従者が置いてあった茶を淹れる。
それを一気に飲み干すと立ち上がり、優しく捕らえられた者達の居る部屋に向かった。






「杠、どうするのですか?」

マツリと杠の話を聞いたあと、紫揺の着替えている部屋に向かったシキが紫揺との別れを惜しみながらも大階段で紫揺を見送った。
その後に杠の居る所に戻ってきた。

杠はマツリの言った褒美に即答はしなかった。
回廊を蹴ってキョウゲンに跳び乗ったマツリを見送ると顔を下げたまま回廊に立ったままでいた。

このまま何かを考えたいが、何を考えられるだろうか。 何を考えればよいのだろうか。
一人でゆっくりと考えたい、己の戻る場所はどこなのだろうか、己の居場所はどこなのだろうか。

分からない。

だが少なくとも今はあの寝起きした部屋に戻ってもいいのだろうか。

顔を上げた杠。

「勿体ないお話で御座います」

「それはどういうこと?」

「親もなく辺境に生まれ何の学もない己などにその様な褒美を頂くことで御座います」

官吏になるには簡単なことではない。 その資格を褒美としていただく、それは甘んじていると言いたいのだろう。

「それが理由なのですか? 他に理由はないのですか?」

「・・・申し訳御座いません。 今は何も考えることが出来ない様で御座います」

考えなければいけないということは何かに迷っているのだろうか。

「杠はマツリと一緒に居るのが嫌なの?」

「とんでも御座いません。 それこそ勿体ないお話で御座います」

シキが細い息を吐いた。

「マツリは杠のことをそんな風に思っていないわ」

杠が何のことかと小首をかしげる。

「マツリはずっと杠を見てきたわ」

「え・・・」

どういうことだ?

「杠とマツリが初めて会った時から気にかけては陰から杠を見ていたわ」

マツリが己を見ていた? そんなことは知らない。 マツリからも聞いたことは無い。
だが養い親の元に居て仕事を言い渡された時には、マツリが飛んでいるのを時折見ていた。 それはあの時のように辺境を見回っているのだと思っていた。 だがその時にマツリが陰から己を見ていたということなのか?

己の命はマツリに救ってもらった命。
そしてあの時マツリが現れてくれなければ、父と母に最後の別れが出来なかっただろう。 はっきりとは覚えていないが、あの時は別れなどまともに出来ていなかったように記憶している。 ただ泣き叫んでいただけだったろうか。
それでもあの時にマツリが現れなければそんなことも出来なかった。

それにあのままだったら父と母は埋葬されなかった。 父と母をあのままにしておけば、川に流されどこに行ったのか分からずじまいだったかもしれない、獣や鳥に身体を食い千切られてしまっていたかもしれない。 そんなこともなく父と母は埋葬された。
マツリには感謝してもしきれない。

マツリにはこの身を使ってもらうことで恩返しがしたくて何日も通ってマツリの手足として使ってくれと頼んだ。
突然現れた己にやっと首を縦に振ってくれた。

「マツリ様は・・・己のことを知っておられたということで御座いますか?」

成長していく過程の己を。

あの時助けたまだ五歳ほどだった己が養い親の元を離れ、マツリを訪ねに来た時に己に気付いていたのか?

『名は何と申す』

『杠に御座います』

少し考える様子を見せたマツリ。

『では、我の元で動く時には “俤” という名で動くよう』 

己の名を言った時にどこか心の隅で己のことを思い出してもらえるだろうかという期待があった、だがそんな素振りを見せなかったマツリに寂しさは覚えた。

だがマツリは気付いていたのか?

ハッと気づいた。 あの時、紫揺が居た時、養い親の話をしかけた時、マツリは『言うでない』 と言った。
己が辛い目に遭っていたことを知っていたのか。

「ええ。 杠は疑う相手ではないからと、杠の申し出を受けたと父上に報告と承諾を頂いていました。 それからもマツリは杠のことはいつも気にかけていました。 特に地下に入ってからは」

「マツリ様が・・・」

「地下に入った杠と連絡を取ることが出来なくなった時、マツリは地下に入ることが出来なかったの。 その様子を見ていた紫が無謀にも地下に向かったのには驚いたけれど、紫もマツリのあまりの心配のしように手を貸したいと思ったのでしょうね」

シキから目を外すと顔を下げた。
己は手足となっているつもりだった。 だがそうでは無かったのか、マツリに見守られ心配をされていただけなのか。

「己はマツリ様に甘んじていただけか・・・」

呟くように言ったのをシキは聞き逃さなかった。

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