大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第62回

2022年05月13日 22時23分11秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第60回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第62回



高校時代、部活一筋でやってきた。 クラスメイトもそれを知っている。 スポーツ科と芸術科が混在している女子だけのクラス。 クラスメイト自身も部活一筋でやってきていたのだから。

だが高校生という年齢。 それまでの情報から飛躍したことを考えるし、顧問に隠れて男子生徒と付き合っていた者もいた。 休み時間には女子高生が甘く感じる色んな話が盛沢山だった。
だがそこに紫揺は入っていなかった。 クラスメイトが入らせなかった。

教室でみんながワイワイとしている。 そこに入ろうと紫揺が近づく。

『シユが来た』

一人がそう言うと、囲んでいた雑誌を大慌てで隠す。
クラスメイトは紫揺には要らない情報を入れないようにしていた。 紫揺に限らず器械体操部員には。 器械体操部の顧問に要らないことを教えたと知られたらどうなるか分かったものではない。 校内で権力のある顧問だ。

結果、器械体操部全員がとは言わないが、少なくとも紫揺はクラスメイトから子供が生まれるための作業を聞かされることはなかった。

『なんかさ、こんなことって何も知らない子にはからかって言えるのに、シユには言いにくいんだよね。 顧問のことがなくてもさ』

『言えてる。 なんだろうね、言う方に胆力がいるって言うの?』

『あんまりにも知らなさすぎるからねー。 傷つけたくないって思っちゃうよね』

『それもあるけど、なんかねぇ、こっちがいけないことしちゃってる気がするんだよね。 罪の意識感じるって言うの?』

クラスメイトからはそう言われていたが、だが、紫揺もチューくらいは知っていた。
チューをしたら、子供が生まれると。

両親が健在だった紫揺の家ではテレビを点けられることが殆どなかった。 親子の会話が優先されていた。 その時にBGMとしてテレビは点けられていなかった。
小学校時代は母親がパートから帰ってくるまで外で遊んでいたし、中学で部活に入ってからは母親より紫揺の帰りの方が遅かった。
よって、テレビからのアレやコレやの情報は入ってこなかった。

地下に入る前、マツリに女だとバレるとどうなるか分かるだろう、と言われたことがあった。 何も知らなない筈なのにそれに対しすぐに納得したのは、もう両親が居なくなってから見ていたテレビからの情報であった。
風呂上がり何気なくテレビを点けるとドラマにチャンネルがあっていた。 運悪くなのか良くなのか、目に飛び込んできたのはベッドシーンだった。
見てはいけないものを見た気がして慌ててチャンネルを変えると、二時間サスペンスが流れた。 男に追いかけられ廃工場で押し倒され服を破られるシーン。
その二つが目に焼き付いていた。 その二つを勝手につなぎ合わせ、あんな風にされるのだと思った。



「・・・お前」

ゆっくりとマツリが振り返る。

「これが最後の警告。 今度こそ、次にお前って言ったら許さない。 絶対にアンタって言うからね」

マツリがこめかみを押さえる。
ふと、杠が言っていたことが頭に浮かんだ。

『だがこれだけはマツリ様から教わるといい』

杠が言っていたのはこの事だったのか。
紫揺が何も知らなかったということを杠は見抜いていたということか。 それとも紫揺と話して知ったのだろうか。
それにもう一つ。

『よくお考え下さい。 声を荒立てず紫揺の目を見てお話しください』

洞に入って紫揺と話をしている時、位置的に目こそ見ていないがマツリは声を荒立てていない。 紫揺はケンカを売ることなく普通に話している。
それに気付いたマツリ。

後者は身をもってよくよく分かった。 だが前者は・・・。

「接吻をすると子が生まれると?」

「え? そうでしょ?」

マツリが座り込んだ。

「なに? じゃないの? じゃ、しなくていいの? しなくても子供が生まれるの?」

元飼育委員。 小学生が読む飼育本に繁殖のイロハが詳しく書かれているわけではなかった。

「じゃ、ラッキー。 結婚をして手を繋げはいいのか。 うん、そこそこの人ならいいか。 嫌いじゃなければいいんだ」

杠から聞いたこともあるがそこを元に幅を広げて考えよう。

「・・・杠はなんと言っておった」

しゃがんでこめかみを押さえているマツリが問う。

「うん、と。 私に危険が生じたら身を呈して守ってくれる人。 何か疑問に思ったら何でも教えてくれる人。 私を大事にしてくれる人。 他にも色んなことを言ってた。 でも東に居て危険なんてこともないし、疑問に思ったらみんなが答えてくれる。 お付きの人たちも民もみんな大事にしてくれてる。 そう言ったら杠が納得して、それなら胸を締め付けられる人、私の胸を刺す人、って言ってた」

それがどういうものかは分からないが、杠の言ってくれた、教えてくれた人が現れたとしてもそれに値する二番目の人を領主に言うつもりだ。
杠には悪いが一番目は・・・選んではいけない。 そんな傲慢な事が出来るはず・・・したくは無いのだから。

「胸を刺す人?」

胸を刺す・・・胸が刺される。 棘のような物で。
己はそれを知っている。
片膝をついて頭を下げる。

「マツリ?」

どうしてそんな状況になったのか。 いつ、どうして、どこで、何を考えていた時に、何を見ていた時に。

「マツリ?」

紫揺がマツリの前にしゃがむ。 マツリの顔を覗き込む。

「大丈夫? もう一人で帰れるから。 休んだ方がいい」

寝不足ではあるがそれでも地下で楽しく身体を動かせた。 だがマツリはずっとどこかに出ていたし疲れているだろう。 それに紫揺と同じく寝不足なはずだ。
先に飛んで行ったキョウゲンが戻ってきた。
マツリの様子に地面に足を着く。

「キョウゲン、マツリを連れて帰ってくれる? 私に付き合わせてキョウゲンも疲れてるだろうけど」

キョウゲンがマツリを見る。

「マツリ様?」

「・・・なんでもない」

「なんでもなくないでしょ?」

マツリが顔を上げる。
そこに紫揺の顔があった。

ドキン。

心臓が今にも撥ね跳びそうになる。 撥ね飛びそうになった後に何かに鷲掴みにされた。
刺される痛みなどない。
息がしにくい。
杠が言っていたことが頭を駆け巡る。

『では己が紫揺を抱いても良いと仰いますか? マツリ様は己にそうするように仰るのですか? 紫揺にも』

『紫揺がマツリ様のお知りにならない者の奥になっても。 その者に抱かれても。 夜な夜な』

(紫が杠に、知らない者に・・・)

鷲掴みにされている心臓が更に握り締められる。
眉根に皺を寄せる。
握り締められる中、思い出すことがあった。
波葉から色んな話を聞かされた。 すべて理解したつもりだ。 それは『恋心』 に書かれていたものと全く同じなのだから。

(俺は・・・)

紫揺から目を外す。

(ある種の者なのか・・・)



【恋心:困った者】
それは恋をしていることに気付かない者である。
どうして気付かないのかは、拙筆者には分からない。
己の想うまま感じるまま、全てを受け取ればよいものを、どこかで歪めてしまっている。 これを困った者という。
お相手に恋心を抱いてもいないのに、恋心を抱いていると勘違いしている者もいる。 これも困った者である。
また、己の想いを押し付けようとする者もいる。 これも困った者である。
恋心に気付かない者のことを困った者というが、別編ではある種の者という。 それは “嫉妬の編” に続く。

“恋心” にそう書かれていた。

(俺が・・・紫に恋をしている? ・・・どうして)



【恋心:恋の理由】
恋に理由などない。



地下の城家主の屋敷の窓から紫揺が跳び下りようとした時、塀を跳んだ時、あれくらいなら紫揺は簡単に跳び下りられることは分かっていた。
だが手を出し紫揺を受けとめた。

―――何故。

目を瞑りあの時の場面を思い出す。
紫揺が杠に抱えられていた場面を。 紫揺が杠を見上げその紫揺を杠が見ていた。 何かを話していた。

だから。

―――取り戻したかった。

(馬鹿な)

取り戻すも何も始まってもいない。

ふと波葉が杠に向けた時のことを思い出す。
あれは完全に杠に嫉妬していた。 シキもそう言っていた。 妬いていると。

(俺は)

―――波葉の気持ちが分かる。

一度閉じた目をゆっくりと開ける。
キョウゲンが大波のように押し寄せてくるマツリの感情に目を何度もパチクリさせている。

「いいって。 洞窟には誰も居ないから。 山の中って言っても、洞窟を抜けたら東の領―――」

立ち上がりながら言った紫揺の声にハッとなったマツリが紫揺を見上げる。

「どうしたの?」

マツリが立ち上がる。

「東の領土には送って行くと言ったはずだ」

「気分が悪いんじゃないの?」

紫揺が眉を上げる。
マツリの頭に杠からの声が響く。

『紫揺を想っておられることをお認め下さい』 

一旦目を閉じた。 三つ数えて目を開ける。

「杠は胸を刺す人、と言っておったのだろう」

「いや、話し戻す? 疲れてるんじゃないの?」

「その様なことは無い。 杠の言ったことを問うておる」

何を言っても無駄か。
杠に言われたこと。 “胸を刺す人” 言われた時には、心臓をナイフで刺されたところを想像した。
それを言うと思いっきり “最高か” と “庭の世話か” が、心の中で笑っていたようだった。 押しとどめてしっかりとクスクスと笑っていたが。
杠が説明してくれた。 それで何となく分かった。

「うん、そう言った」

言葉の綾というのだろうか、同音異義語というのだろうか、どちらでもないのだろうか、杠の言葉はまだ何となくしか分かっていないが分かろうとする気はある。 でもそんな人は当分現れないと思っている。
杠が言うに何を考えることもない、何を探ることもない、紫揺が自然に感じるはずだと。
だがそんな人とは今までに出会ったことがない。

「杠が胸を刺す者と言ったのに、そこそこの者、嫌いでなければいいと考えるのか」

「だから言ったじゃない。 いつかは現れるかもしれないけど領主さんを安心させたいって。 目星をつけていれば領主さんも安心するだろうし」

「いつまで経っても杠の言うような者が現れなければ、その者を伴侶にするということか」

「当分、現れる気がしないから結局そうなるかもしれない」

「杠は、杠をがっかりさせる男は許さないと言っておった。 それをどう考える」

「杠が言ってくれたことは嬉しい。 でもそんな人が居るとは限らないし・・・今のところ居そうにないから。 だから私から感じてそこそこの人。 杠から見ても納得してもらえる人」

『紫揺がマツリ様のお知りにならない者の奥になっても。 その者に抱かれても』

紫揺がマツリの知らない者の奥に、その手に抱かれる・・・。

「遠縁、と言っておったな」

『夜な夜な』

そんなことを許す気はない。

「塔弥さんの事?」

「紫の遠縁は山と居る」

「え? マツリ、知ってるの?」

「本領には五色の遠縁が山と居る」

「いや、本領の話しじゃないし」

「俺も紫の遠縁だ」

「は?」

そう言われればシキから聞いていた。
本領領主の一代目は五色だったと。 ましてやその一代目は一人で五色を持つ者だと。
五色とは遠い親戚関係にあり、一人で五色を持つ者は五色の中で一番近い親戚だと。

「お前の目星の中に俺を入れておけ」

「は? なんで?」

「俺以外は入れるな」

「はぁー?」

「領主にそう申しておけ。 行くぞ」

マツリが歩き出すとキョウゲンがマツリの肩に乗った。
やっとマツリから流れてくるものが治まった。 今まで分からなかったものが繋がれて一つのものとなった。

「ちょっと、意味分んないんだけどっ!」

紫揺がマツリの後を追う。

『紫揺に意識はありませんが紫揺もマツリ様のことを心の内で呼んでいます』

マツリの心の中で、杠の言ったことが何度も繰り返された。



宮では、四方が執務室で忙しく書類に目を通している。
囚われていた者の名、多数の捕らえた者の名、負傷した武官の名が書かれている書類。
城家主の屋敷から持ち出した光石やその他気になる物はまだ寸法も測れていなければ、整理も出来ていない様でそれはまだ提出されていない。

「尾能の母御は?」

目の前に端座している従者に問う。

いつもは四方の執務室の座席の斜め左右に座す文官は居ない。 戻ってきた武官たちの間で右往左往している。 武官のみならず文官も総出となっている。

「傷は多くあります。 左肩は脱臼しておりましたが医者が関節を入れました。 今はまだ痛みに耐えておられるようですが傷も何もかも医者が手を施しました」

「尾能への報せは」

「医者からの結果を持っておりまして今やっと走っております」

他に囚われていた者達は傷も何も一切ないことを聞いていた。 ただ、小さな子が訳も分からず真っ暗な牢屋に入れられ泣き暮れていたとも聞いていた。

「子は」

「今は落ち着いております」

「刑部(ぎょうぶ)は」

「動いております」

「抜かりはないか」

尾能が居ない。 尾能からの指示がない、それは大きなことだ。 それもこんな大きな事態の時に。

「・・・」

はい、とは言い切れない。

「どうした」

「申し訳御座いません、尾能殿がお考えになるほどには子細を考えられません・・・」

四方が長い息を吐いた。 正直な所だろう。 あらゆるところで四方も身を持って感じている。

「そうか・・・」

尤もだ。 尾能はずっと四方に付いていた。 何十年も。 四方とは阿吽の呼吸だ。 経験数も年数も違う。 その上で四方の気付かない事にも手をまわしていた。

四方が言わんとすることを尾能が心で分かっていた。 形で分かっていたわけではないが為、それを誰かに教えるということは不可能に近いことだった。 だが基礎となる所は前任から教わっていた。 その前任も尾能とは違う形で四方に寄り添っていた。

尾能が後任を探すには四方に寄り添う気持ちがある者を探さねばならないが、元より後任に任せる気持ちはない。 前任は年齢的なものと尾能を育てたということ、それがあり退いたが、四方と変わらぬ年齢の尾能である、ずっと尾能が四方の側に居るつもりだ。

尾能は四方が何を考えているかを分かり先手先手で動いていた。 そんな尾能のような存在は四方には大きかった。
今回のことでつくづくマツリにもそんな存在を置きたかった。 それが杠だった。
尾能は側付き。 側付きとして四方に仕えている。 同じ様に杠をマツリの側付きにと提案した四方にマツリはそれを是としなかった。

『我に側付きも従者も要りません』

『だからとて、いつまで杠を百足のように動かすのか』

『・・・その気は御座いませんが杠がそれを望んでおります』

『杠の望むままにか』

『はい。 杠は我の横にじっと座って何かを待つなどということはしたがりません。 己の足で動きます』

『そういうことか』

『ですが今回のことで考え直さねばとは思っております。 杠に何かあった時、救う者がいなければと』

『では、杠に配下を持たすか』

『・・・杠が承知すればの話ですが』

『では、側付きでも従者でもなく、マツリの片腕として迎えればどうか』

『・・・どういうことでしょうか?』

『官吏として役を持てばよい。 マツリ付の官吏となる。 今までもそのような官吏がおった。 それが形を変えて今は百足となった。 それを復活させる。 杠が宮に居ながらも配下に足を運ばせる。 その指示、情報を収集する。 それをマツリに伝える。 現場を踏んでいた杠なら細かい指示も出せよう。 まあ、宮でじっとしていることには変わらんが今まで以上に頭を回転させねばならん。 実際に宮の外に足を運んでも良かろうが、その時に身分があるのと無いのでは大きな違いが出てよう。 どうだ』

『父上、どうしてそれほどに?』

『ああ、杠は真を持つ者。 そう感じた。 そういう者がマツリに付くに越したことは無い』

それに杠のことはずっと知っていた。 いや、マツリがあまりにも気にしているから百足に探らせもしていた。

『杠をお認めになって下さいますか』

『認めるなどと・・・。 杠はマツリの気にしておる地下の流れを知っておる。 マツリに言われ地下に入ったのだからな。 だが地下に入れと言われ簡単に入れるものではない。 それを意ともせず杠は地下に入った。 あらゆる情報をマツリに聞かせた』

『百足も地下に入り父上に情報を入れました』

『百足は百足となった時からその覚悟がある。 鍛えもしておる。 だが杠はそうでは無い』

地下に入った百足は人知れず動き地下の者が話すことに耳を傾けていた。
だが杠はその渦の中に飛び込み身を現して話を聞いた。
百足のやり方と杠のやり方は全然違っていた。

今回の事、そこで百足が下手を踏んだ。 人知れず動いていた百足なのに城家主の手下に近づき過ぎ姿を見られてしまった、そこが失敗だった。

『側付きでもなく、従者でもなく、我の片腕としてならば』

そう言ってマツリが承諾をした。

『マツリ付の官吏であるから無条件にとはいかんが、通常の官吏のように資格試験は無いものとする。 それを今回の褒美としよう』

その後マツリが杠と話したのかどうかはまだ聞いていない。
今度こそ紫揺を送って東の領土に向かっているはずだ。

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