大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第183回

2023年07月14日 21時31分23秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第180回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第183回



宮の回廊を何度も曲がって歩き、小階段を降りると履き物を履く。 後ろを歩いていた紅香と世和歌がすぐに紫揺の衣装の裾を持つ。 そのまま歩いて門を潜る。 それからも歩きもう二度門を潜る。
大きな建物の出入り口に武官が四人立っている。

「ここで待っておれ」

建物の前でマツリに言われ紫揺が建物を見上げる。
こんな所に高妃がいるのかと。
高妃は “宮” と言っていた。 ここが宮となるのかどうかは分からないが、それでもマツリたちの居る宮とはかけ離れたところにあるし、建物が随分と違う。
マツリに呼ばれ中に入って行くと左右にいくつもの部屋があった。

「たんと歩いた、疲れてはおらんか?」

「うん、ここは?」

「捕らえた者で負傷しておる者が入っておる」

そういう建物だったのか。 そして高妃がここに居る。
高妃が捕らえられたということは分からないではない。 あんなことをしたのだから。 負傷者さえ出したのだから。
だが・・・今マツリは言った、ここは負傷している者が入っていると。 高妃を負傷させたのは自分だ。 その責任はきちんと取りたい。

一つの部屋の前に武官が二人立っていた。 マツリを見るとさっと戸を開け中の確認をし、マツリと紫揺を中に入れると、一人の武官が戸口の内に立った。
部屋には寝台に高妃が座り、紫揺にとって見知らぬ女がその横に椅子を置き座っている。
振り返った女が椅子から立ち上がると深く頭を下げた。

「こんにちは」

寝台に近寄りながら紫揺が声をかける。 女にではない、高妃にである。
足の上に布団が掛けられ、その上に重ねられた高妃の手を見ると片手に晒が巻かれている。

「ごめんね、火傷しちゃったね」

高妃がゆっくりと紫揺の方に首を回す。

「紫って言うんだけど、覚えてる?」

女が首を傾げる。 覚えてる、とはどういうことだろうか。

「むら、さ、き?」

うん、と言いながら手前の、晒の巻かれていない手を取る。 マツリが女の座っていた椅子に紫揺を座らせる。

女はマツリがどういう立場の人物なのかは知っている。 そのマツリが己が座らず目の前の女人を座らせた。 見るからに高貴な衣装をまとっている。 そして額には見たこともないものを着けている。 いったい誰なのか。

「少しの間こうさせてね」

高妃の手を両手で包むと目を閉じる。
確認はしたかったが、いったいどうやって力を引き上げられたのかを視ていいのか分からなかった。 なにか初代紫からの助言があるかと、額の煌輪を着けてきたが初代紫からの声が響いてこない。

(ということは・・・自分で考えればできるということ?)

初代紫が言っていた。 『黄の力、其は天位の力。 天位の力にて頭上より五色の力を出させよ』 と。

(黄の力だろうか・・・)

だが黄の力などあの時に使った以外は、子供たちと遊んでいる時に砂を飛ばして遊んでいたくらいにしか使ったことが無い。

(それに確かあの時・・・)

最初は紫の力を使っていたような気がする。 紫の力で高妃の持つ力を集めたような気がする。 黄の力を使ったのは最後だったような気がする。 そして最後の最後は紫の力だった。

(そうだ、天位の力にて頭上より、そう言われたから、最後に使ったんだ。 力を集めたのは紫の力だった。 五色の力は理解、どう理解するかで変わる。 ・・・そう考えたんだっけ)

紫の力は癒す力と理解し考えていた。 だが初代紫から “わらわの大事子” と呼ばれる。 それは紫の力を引き継いだということ。
五色のどの力にも五色の力を視たりまとめたりするような力は無い。 だったら紫の力しかない。 その紫の力の理解の仕方を変えたのだった。
癒す時のように高妃の身体を視た。 だが癒すために視たのではない。 すると高妃の身体の中に渦を巻く五色(ごしょく)が視えた。 あれが五色の力に違いない。 そして視えた体の中にある五色の力を渦に逆らわぬよう巻き上げ、最後は黄の力で頭上から出させたのだった。

(紫の目で五色の力が視えたんだった)

伏せていた瞼を上げる。 瞼の下から紫の瞳が現れた。

「お布団をめくって下さい」

包んでいた高妃の手をそっと離して立ち上がる。
女がどうしたものかとマツリを見たが、マツリは顎をしゃくっただけである。
恐る恐るという風に紫揺の横に立つと、高妃の手を片手で取り布団をめくっていく。 めくり終わって紫揺の横顔を見てみると、瞳が紫色になっていた。 それは見たこともないような美しい紫色であった。 思わず息を飲む。
呉甚に言われ、高妃が力を出す時に瞳の色が変わるのは何度か見ていた。 だが紫の瞳など見たことは無かった。 とても美しい紫の瞳。

(あの時に視えたような渦が視えない)

高妃の身体には大きさの違いこそあれ、小さな渦を巻く五色(ごしょく)の色が視えていた。 だが今はどこを視てもその渦が視えない。
頭の先から足の先まで、手の指の先まで。 取り残していてはどうなるか分からない。 欠片の一つも残っていないかを視る。
時がかかっている。 マツリが心配になって紫揺の顔を覗き込む。 紫色の紫揺の瞳がゆっくりと動いている。

(紫の力を使ったか・・・)

紫の力を使うと、その疲れなのか反動なのか、また違うことがあるのか、だがそれが大きく紫揺の体力を奪うことは分かっている。 体力だけなのかどうかも分からない。 だから紫の力は使って欲しくなかったが・・・。

紫揺の瞳が閉じられた。 そして大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。
再びゆっくりと紫揺の目が開かれた。 その瞳は黒に戻っている。

「うわぁ!」

目の前にマツリが居たことに、声だけでなく手まで付けて驚いてくれる。 初めて覗き込んでいたマツリに気付いたようだ。
女と武官が驚いて見ている。
椅子に座り込み、びっくりしたぁー、びっくりしたぁー、等とまだ言っている。 マツリの立場が無いではないか。
コホンと白々しく咳払いをすると、元の位置、紫揺の後ろに戻った。
高妃が首を傾げる。

「あ、ごめん。 びっくりしたよね」

椅子から腰を上げると足に布団をかけてやる。

「火傷、早く治るといいね」

マツリに振り返ると頷いてみせる。 視終ったということだ。

「お邪魔しました」

女に声をかけるとマツリが紫揺を先に歩かせる。 万が一を考えてマツリが後ろを守るということだろう。 なんだか背中がこそばゆい。
戸口に立っていた武官が戸を開ける。
建物を出ると待っていた紅香と世和歌がすぐに裾を持った。 そしてようやく紫揺が口を開く。

「五色の力は残って無かった」

「そうか。 紫の力を使ったのだろう、疲れていないか」

「うん、視るだけだったから何ともない」

「悪かったな、本領の五色では分かりきらない」

「視るだけだから何ともないって」

それにそれが自分の責任の取り方だ。

「ね、門番さん達は?」

「案ずることは無い」

「ってことは、まだ気が付いてないってことだ」

「・・・」

「連れてって」

「紫が気にすることではない。 本領の医者が診ておる」

「ふーん、お医者さんが五色の力を診られるとでも言うの?」

「火傷などを負っておる。 医者が診ればわかること。 それに父上がそう判断された」

「コウキの五色の力にはすごくばらつきがあった」

五色(ごしょく)の渦は小さかったものの、それでも大小の差があった。

「・・・」

五色の力のばらつき・・・そんなものが視えていたのか。

「よくは分かんないけど、正しく力を使えていなかったら、大きな力の方に小さな力が巻き込まれていったかもしれない。 力、渦巻いてたし」

日本の言葉は理解できない。 それは仕方がないとは思っている。 今の紫揺の使った言葉は何一つ分からないわけではない。 だが・・・理解に苦しむ。
頭の中で五色の力の事が書かれていた書の頁を素早く繰るが、そのような事が書かれた頁が見当たらない。

「・・・それはそれだ。 医者に任せておけばよい」

紫揺の歩みが止まる。

「紫さま?」

裾を持っていた紅香が声をかけるが、今のマツリと紫揺の会話は聞いていた。 紫揺がどう考えているのかは分かっている。

「そっか、お医者さんか・・・」

人差し指を下唇の下に置くと思い出したことがあった。
猩々朱鷺(しょうじょうとき)を見ようと松に登った時、掌に怪我をした。 翌日、医者部屋に連れて行かれた。

「お医者さんの部屋・・・房に行けばいいのか」

マツリがこめかみに手をやる。
勝手に行かれては困る。 この紫揺のことだ、目を離したすきにでも行くだろう。 いや目を離さずとも。
丁度紫揺が一歩を出しかけた時だった。 両腕はしっかりと走る態勢になっている。 すぐにその紫揺を抱きとめる。 一瞬にして世和歌が顔を真っ赤にした。

「勝手をするのではない」

「し・・・してない」

ほぼほぼ現場を押さえられたというのにシラを切る。

「ここからどうやって宮内に戻るのかを分かっておるのか」

医者部屋は宮内にある。 ここまで来るのに複雑に歩いて幾つかの門を潜ってきていた。 ひどい方向音痴ではないが、ボォーッとしてマツリのあとを歩いてきていた。 道など覚えていない。
紫揺が振り返ると紅香と顔を真っ赤にしている世和歌が首を振る。

「分かんないかも・・・」

二人を道ずれに迷子になるところだったかもしれない。
マツリが大きく息を吐く。

「・・・大人しくしておれ。 昼餉を食べてから連れて行く」

「え?」

「先ほど紫の力を使った。 身体を休めてからだ」

「何ともないんだけど?」

マツリが紫揺の肩を持ち、己の身体を紫揺から離し腰を屈め目の高さを合わす。

「紫はまだ己の身体に無理を強(し)くきらいがある。 倒れてしまえばそれで東の領土に戻れなくなる。 それでも良いのか?」

一日でも東の領土に戻るのが遅れるのは歓迎しがたい。 今日、東の領土に戻るつもりなのだから。

「・・・ちゃんと連れて行ってくれるの?」

「紫の・・・力を使わないと約束すれば」

「それって無理じゃない。 紫の目が無いと何も視られないもん」

「紫が見舞うだけで良い」

紫揺が口をひん曲げる。

「マツリ! 役に立たないお見舞いなんて必要ない。 私は紫、五色よ。 東の領土も本領も関係ない! 民の為に力を使う、それだけ!」

紅香と世和歌の裾を持つ指が震える。
紫揺は・・・紫さまは・・・これほどに五色様として生きているのだと。
だがそういう紫揺を誰もが受け入れられるはずもない。

「我の為に生きようとはせんのか!」

マツリの怒声に行き交う武官が振り返る。

「え・・・」

マツリが一度大きく息を吐く。
どうして大きな声を出してしまったのか。

「我の為に居ようとはせんのか」

「そんなことない」

「紫の力を出して何度倒れたと思っておる、その度に我が・・・」

女々しい。 女々しすぎる。 これ以上は言えない。 それに己がどう思ったではない。 紫揺の身体が心配なだけだ。

「紫の力を使ったからって死なないよ? 加減の知らない時には倒れちゃったけど。 あ、今回は初代紫さまに言われちゃったからだけど。 でも今は力の事は分かってるつもり。 マツリ・・・心配し過ぎ」

「・・・昼餉を食べてからだ。 それまでは体を休めよ。 無理をしなければ夕刻に東の領土に送って行ける」

紫揺の肩から手を離すと歩き出す。

複雑だ、この関係。
複雑にしているのは紫揺だろうか・・・。 だがそれは五色としての紫揺があるから。 マツリもそれを理解しているようだ。 だがだが簡単にはいかないのだろう。 『我の為に生きようとはせんのか!』 マツリがそう言ったのだから。

紅香が考える。

(紫さまは五色として生きていかれれるのか、それともマツリ様の奥として生きていかれるのか・・・)

真っ赤になっていた顔が今は真っ青になっている世和歌を一瞥した。 今日は四人で車座になれるだろうか。


天祐を遊ばせていたシキが、ほぅ、っと息を吐いた。

「如何なさいました?」

「せっかく紫に会えると思っていたのに・・・」

一度しか会えていない。 それもリツソの後を追って。

「シキ様、何度もお伺いしようと思っておりしたが」

「あら、昌耶なぁに?」

「紫さまがマツリ様の御内儀様になられると仰ったようで」

「ええ、わたくしも聞いて嬉しかったわ」

「誰からの菓子が功を奏したとお聞きになられましたか?」

昌耶と千夜の争いは知っている。 今となっては女官たちも入っているとのこと。 それが『菓子の禍乱』 と呼ばれていることも。
シキが首を振る。

「菓子ではないわ。 マツリが紫に・・・紫のことを分かろうとしたの。 紫は色んなことを抱えているわ。 マツリが紫のことを分かろうとすることで、紫もマツリのことを分かったみたいよ。 マツリが紫のことを分かろうとしていることで、紫にマツリの想いが届いたのでしょう」

「では? 菓子では無いと?」

シキがニコリと微笑む。 昌耶たちが事あるごとに菓子を作っていたのは知っている。

「ええ、御免なさいね」

同じ時、同じことを澪引の周りでも問われていた。

「御免なさいね、千夜・・・菓子ではないの」

言いにくそうに澪引が答えていた。


昼餉を残さず食べた。
ゲプ、と出そうなものを飲み込む。

「ちゃんと全部食べたよ」

呆れるようにマツリが相好を崩す。

「そうだな」

「マツリは食べないの?」

客間に持って来られたのは紫揺の昼餉だけだった。

「あとで食べる」

「言ったじゃない、不規則は大きくなれないよって」

紅香と世和歌が思わず吹き出しそうになった。

「紫より随分と大きいつもりだが?」

「ま、そうだけど・・・」

既に門番たちの所に行きたそうに目がそわそわとしている。
休憩も要らないのか。 ・・・仕方がない。

「行くぞ」

マツリが腰を上げた。 紫揺の目はもう門番たちに向いている。 会わさないわけにはいかないだろう。

医者部屋の布を医者が上げると、マツリが屈んで入り続いて紫揺が入る。 部屋には寝台があり、そこに見慣れた二人の門番と下足番一人が臥していた。 三人ともに晒が巻かれていたが、身体中というわけではない。 胸元を見るとゆっくりと上下している。 顔には苦悶の表情が見えない。 まるで静かに眠っているように見える。
晒が巻かれているのは両腕だけである。 なのにどうして目覚めないのか。

遅れて布を上げて入ってきた紅香と世和歌が部屋の隅に並んで立つ。
この部屋はリツソを気付かせたあと、紫揺が横たわっていた。 マツリが初めて紫揺の身体の状態を視た部屋でもある。 あの時は布団を薄物と取り換えるように言われ、慌てて探したものだ。

「一度も目が覚めていないんですか?」

「はい」

「今見るからには苦しそうではないですが、苦しんでいる様子は見られましたか?」

「いいえ、私が見ている限りではそのような様子は見られておりません」

それは見ていない時に苦しんでいるかもしれないということでもある。

「横に付いて一人づつを視てみてもいいですか?」

医者がマツリを見る。 マツリはそれに頷くだけだった。

「ですがマツリ様、リツソ様の時のように薬草の煙こそありませんが、紫さまに何かありましたら・・・」

「止めても聞かぬ。 だからここまで来たのだからな」

「お医者様、大丈夫です。 あの時のように無理はしませんから。 視てもいいですか?」

「よいか?」

マツリにまで言われてしまった。 “よいか” と訊かれて断ることが出来ようものか。

「くれぐれもご無理をなされませんように」

部屋の隅に居た紅香と世和歌がすぐに動く。 まずはマツリに、次に紫揺に、そして最後は医者に、座るための椅子をさっと用意した。
「有難うございます」と言ったものの、紫揺に座る様子はない。 マツリは気にせず座ったが、紫揺が座っていないのに医者が座ることなど出来ないのであろう。 マツリより目の位置が高くなることを嫌ってか、マツリから離れた所に立った。

紫揺が真上から門番の頭を視る。 左右の腕も指先まで視て胸元から腹に下りる。 そこからは布団が掛けられてある。

「お医者様、お布団をめくって頂けますか?」

医者がすぐに布団をめくる。 どこか安堵している感がある。 手伝いの一つでも出来るからと思ったのだろう。
どこまでめくればいいのだろうかと、紫揺の顔をチラリと見ると瞳が紫色になっている。 初めて見た紫色の瞳。 驚いたのと同時に、その美しい色に魅入られそうになる。

「足先まで視たいので、お布団を剥いじゃってください」

瞳と違った声音と話し方。 医者がハッとして布団を剥いだ。

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