大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第184回

2023年07月18日 21時08分55秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第180回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第184回



ゆっくりと下半身を視る。 一ケ所以外どこにも異常が無かった。 異常というか、気になるものが視えたのは・・・頭の中だけ。

「お布団をかけてあげてください」

そう言い残すと場所を移動して残りの二人も同じようにして視る。 医者はあくまでも布団を剥ぎその後布団をかけるという単純な助手役に終わっていた。
三人目を視終ると、一人目の寝台の横に置かれていた椅子に腰かける。

「三人はちょっと疲れたかな」

三人と言っても、休憩を入れたとしても朝から高妃を入れて四人だ。 紫の目で四人も視れば疲れるだろう。

「無理をする必要はない」

後頭部にマツリの声が降り注ぐ。

「うん。 誰にも身体の異常は視られなかった。 でも三人とも頭の中にだけは気になるところがあるから、ちょっと考えたいことがある」

「頭、で御座いますか?」

閃光は腕に受けていたはずだ。 だから両腕に火傷を負っているのだから。

「はい、単なる閃光ではなかった様です」

「紫が言っておった力が巻き込まれたということか」

「それ以外考えられないんだけど、そこのところを深く考えたいし思い込みに囚われずに他の可能性も考えたい。 休憩がてら」

「では一度房を出られてはいかがで御座いましょうか。 単純に目の前を変えることも必要で御座いましょう」

医者の言うことは尤もだ。

「そうしよう、紫」

「・・・うん」

そう言った途端、身体が浮いた。

「え・・・」

一瞬またふらついたのかと思った。 だがそうではなくマツリに抱え上げられていた。

「ちょ、マツリ!」

いわゆるお姫様抱っこである。 けっしてパンダ抱っこではない。

「大きな声を出すな。 疲れておるのだ、歩かせるわけにはいかん」

「歩くくらいなんともないって!」

「声を抑えろ。 朝もたんまりと歩いた。 静かにしておれ」

紅香が慌てて布を上げる。 屈んで布の下を潜るとそのまま医者部屋を出て行く。

「どこ行くのよ、下ろしてよ!」

医者部屋の近くであるからまだ誰も歩いていないが、どこへ行くというのか。 医者部屋から離れてしまうと人目がある。
手足をばたつかせて口でも下ろせと抗議するが、マツリの腕が下ろされることは無い。

「暴れたり大声を出せば余計疲れるであろうが。 静かにしておれ」

「だったら下ろしてよっ!」

「我に手伝えるのはこれくらいのものだ。 手伝わせるくらいさせよ」

「・・・あ」

そんな風に考えていたのか。

既に時折、人の目があったが、それでも人気のないところを選んで歩いているようだ。 小階段を降りると、固まっている下足番に変わって世和歌がすぐにマツリの履き物を用意する。 紅香が紫揺用の履き物を持って二人でマツリの後ろを歩く。
いったいどこに行くのだろうと思っていたら太鼓橋を渡った。 この先には築山に東屋がある。 そこに向かうのだろう。 世和歌が紅香に頷いてみせる。 茶の用意をしてくるということだ。
東屋に座らせられた紫揺。 すぐに紅香が履き物を足元に置き下がる。

「あ、ここって」

「姉上と話しておったところだ」

そうだ、ここで五色の話を聞いたのだった。 五色の力の事を教えてくれた。 シキから教えてもらわねば力の事を何も理解できなかった。 まるで・・・原点に還ったようだ。
シキは困った五色の話もしてくれた。 紫揺もそれにあてはまると。 当たり前と言えば当たり前だ。 北の領土で散々力のことを言われたが、全く意味が分からなかったのだから。 北の領土でシキのように教えてくれていれば話は違っていたかもしれない。

高妃・・・高妃も同じかもしれない。 高妃に付いていた女は ”古の力を持つ者” ではなかった。 それくらい紫揺にも分かる。
高妃は紫揺と同じように、誰にも力の事を教わらなかったのかもしれない。 それでも力の事を知っている者が居たのだろう。 だから紫揺ほど酷くは無かったのだろう、自分の思いで力を出すことが出来ていたのだから。

もし自分が力の存在を知っていてそれを出すことが出来たとして・・・力の詳しいことを知らなかったら・・・。
目を瞑って考える。 自分の体の中を視ることは出来ないが、高妃の身体の中を思い浮かべる。 力を取り上げる前に視た五色(ごしょく)の色を。
高妃の持つ力の色の渦は黒と青が比較的大きかった。

「黒と青・・・。 黒は水、青は雷と風で破壊をもたらす・・・閃光は青の力・・・」

紫揺が一人でブツブツと言っているが、マツリには何を言っているのかは分かる。 今はそっとしておいた方が良さそうだ。

一番小さかった渦はたしか黄色だった。 黄色は山や地。 土や砂を動かすことが出来る。 高妃が力を出していたのは宮の庭。 そこには土や砂があった。

「もし黄色の渦が混じってしまっていたら・・・」

青の力に引き込まれて黄の力がでたとしたら、閃光の中に砂が入ったのかもしれない。 閃光に砂が混じったらどうなる? 閃光は言ってみれば単なる小さな雷。 そこに砂がくっ付くだけ・・・。 火傷をしたところに砂がくっ付くだけ。

「駄目だぁ・・・分からない」

天を仰いで目を開ける。 暑い盛りはとっくに終わった。 気持ちのいい空に糸のような雲が引いている。 上空では風が吹いているのだろうか。

(確か・・・金風、だったっけ。 秋の季語って。 色なき風とかってのもあったっけ・・・)

「焦ることは無い。 茶でも飲んで一息入れればどうか?」

マツリの声に顔を下ろすと、いつの間にか茶が置かれていた。 湯呑ではなくカップである。 この本領でカップのことを何というのかは知らないが、このカップに入っているのだとしたらハーブティーだろう。
一口飲むと爽やかな味がした。 いつもながら感心する。 紫揺の状態に合わせて色んな茶を淹れてくれる。

「美味しい」

「そうか」

もう一口飲むとカップを置く。

「ね、どうしてかは理由が分からないの。 でも一度紫の力を使ってみてもいい?」

“もう一度” とは言わなかった。 紫の目で視る以外のことを言っているのだろう。 だがそれは紫揺の身体に負担を与えるということ。

さっきも額の煌輪は何の反応も見せなかった。 高妃がやったことへの犠牲者が居る。 初代紫はその責を負うといっていた。 でもその責を負うのは “われら” と言っていた。
“われら” は初代紫と紫揺のこと。 それでいて初代紫から何も反応が無いということは、高妃の時と同じに紫揺の力で出来るということ。 それは紫の力以外にない。

「無理はしない。 倒れる気はないもん」

マツリが腕を組む。 暫く目を瞑り眉根を寄せていたが、とうとう大きな息を吐いた。

「止めても無駄なのだろう」

「うん」

どうして元気よく返事をするのか。

「無理をせん、約束できるか」

「うん」

“うん” 民の童か・・・。 別の意味での息を吐いた。

茶を全て飲むと再度医者部屋に向かった。 しっかり抱っこをされてしまったが、今回は最初から大声も出さなければ暴れもしない。 マツリがマツリなりに手を携えてくれていることが分かったから。

誰もが思わず振り返ったり足を止めたりしていた。 マツリは素知らぬ顔で歩いていたが、紫揺は恥ずかしいことこの上なかった。
「あはは」と笑って誤魔化したつもりだったが、あっという間にこの噂が広まったのは言うまでもない。

「え? マツリが紫を?」

噂を聞いた従者が昌耶に伝え、昌耶がシキに伝えた。

「はい、そのまま医者房に向かわれたそうです」

「紫に何かあったのかしら!?」

襖外からまた声がした。

「お方様に御座います」

すぐに襖が開けられ澪引が入ってきた。 何故か千夜も入ってきて襖内に座る。

「シキ、紫がマツリに抱えられて医者房に入ったそうなの!」

「ええ、わたくしも今聞きました。 紫に何かあったので御座いましょうか」

「すぐに見にやらせます」

天祐を抱いている昌耶が言ったが、それを千夜が止めた。

「もうこちらで見に行っております」

昌耶と千夜の視線がぶつかる。
シキと澪引の視線が合い、互いに小さな息を吐く。
菓子では決着がつかなかった。 戦いの目的は違う方へと流れて行っているようだ。

澪引の従者が医者部屋を訪ねたが誰も居ない。

「どなたか居られませんか?」

あの声は・・・紅香と世和歌が眉間に皺をよせ目を合わせる。 すぐに紅香が布を上げ奥の部屋から出た。 立っていたのはやはりあの従者。 酒菓子を食べさせたと偉そうに言っていた、澪引の従者。

「お静かに願います。 こちらに」

言いたいことは山ほどあるし、偉そうに言い返したい。 その為には医者部屋を出なければならない。
部屋を出ると戸を閉める。

「何用で御座いましょうか」

高飛車に言う。
澪引の従者は同じ口調で言い返したい気持ちはあるが、残念ながらこちらは教えてもらわねばならない立場。 ぐっと腹で堪える。

「紫さまが、マツリ様が紫さまをお抱えになられてこちらに来られたようなので、お方様がご心配をされております」

「そうで御座いましたか。 お方様にお伝えくださいませ。 マツリ様がお抱えになられたのは、マツリ様が紫さまを大切にされているだけですと。 紫さまに何かが、ということでは御座いませんと。 ですが今は・・・ああ、それは宜しいですわ。 お方様にそうお伝えくださいませ」

「・・・ですが今は?」

「口が滑りましたわね。 それはお気になさらず、お方様にお伝えくださいませ。 ああ、そうでしたわ、今紫さまは集中されておられます。 お邪魔になりますので中には入られませんよう。 では」

目を細め口角を上げた顔を見せられた。 そして医者部屋に戻ると、入ってくるなと言わんばかりに戸を閉められた。

「くっ! 悔しー!!」

女の戦いはいつまでも続くのであった。

一人目の門番の横に付いた紫揺。 一番最初にもう一度紫の目で頭を視る。
先程と変わらず、頭の前方に黄土色と緑色を合わせたような靄のような物が視える。 だがこの視え方は紫揺特有のものだと知っている、思っている。 これをどう判断するのか、理解していくのか、それは積み重ねて知るしかない。
そうだった、マツリが体調を視る時にはどんな風に視えているのかを訊こうと思って忘れていた。

北の領土の影と呼ばれていた者もリツソの時も、五色の力は関係していなかった。 だから単純にそれを外に出しただけだったが、今回も同じでいいのであろうか。 下手なことをして五色の力が何か作用するのだろうか。
迷いはある。

(でも・・・耶緒さんの時にも迷いがあった)

あの時はどうしても理解できなかった。 それでもやってみた。

(様子を見ながら少しずつ・・・それしかない)

有難くも耶緒の時のように腹に子をなし、ましてや行き場のない内臓ではない。 リツソの時にしたように頭頂から出すことが出来るだろう。
手を門番の頭に添える。

ゆっくりとゆっくりとそして少量ずつ頭頂から霞のような物を出す。 一刻(三十分)が経った。 手を頭から外す。
霞はほんの少し薄くなっただけだ。 今のところ歪んだ五色の力が影響しているような様子は見られない。

「お医者様、身体の具合を診て頂けますか?」

「承知いたしました」

医者が脈をとったりしている間に椅子に座る。 ずっと立ちっぱなしだった。 逆に椅子から立ち上がったマツリが膝をついて紫揺の顔色を見る。

「無理をしておらんか?」

「うん、私は大丈夫。 かなりゆっくりしたんだけど、どうかな、門番さんの身体に異常をきたしてないかな」

心配げな顔で医者の後姿を目に映す。 そして思い出した。

「ね、マツリが身体の状態を視る時って、どんな風に視えるの?」

「視るとは言うが殆ど視えることは無い。 掌に感じると言った方がいいだろう」

「殆ど? じゃ、視える時は?」

「稀に視える時はあるがかなり重症の時だ。 そうだな・・・その箇所に熱を帯びていれば赤く視える、冷えていれば青黒く視える、その程度だ。 掌に感じる方が大きい」

「どんな風に感じるの?」

「単純に言うと、痺れたように感じたり鈍痛を感じたり、色んな痛みや熱や冷えも感じる。 それがどういう意味を成しているのかは・・・場数か」

やはり経験を積まなければ分からないということか。

「そうなんだ」

と、そこに医者の言葉が入ってきた。 異常は見られないと。 そして良き変化も見られないと。
ではここまでは五色の力の影響が全くないのだろう。

もう一人を今の倍の速さで同じようにした。 医者に診てもらうと最初の一人と同じ返事をしてきた。
対象者には無理は無かったようだ、残りの一人も同じようにする。
休憩を挟みながら同じことを繰り返し、ようやく霞が半分ほどまで薄れてきた時、一人目の門番の指がピクピクと動いた。
紫揺が手を下ろす。

「門番さん、聞こえますか?」

紫揺の様子に門番に変化があったのだと、後ろに控えていた医者が回りこんで紫揺の正面に駆け寄った。
脈を取り心臓の音を聞く。 何の変化もない。 小さな光石が付いた棒を手に持つと、門番の瞼を上げ光石を目に近づける。 光石は黒い布で覆われている。 それをさっと外すと、驚いたように光石が光る。
今までも反応が無かったわけではないが、瞳孔に大きな反応があった。

「目に反応が見られます。 それ以外に変化は御座いません」

鈍いが良い兆候ということだ。

「もう少し続けてみます」

再度紫揺が門番の頭に手を添える。
無理のないようにゆっくりとゆっくりと。
更に二刻(一時間)が流れた。
霞は殆どなくなった。
門番の口から呻き声が上がった。

「門番さん?」

門番の瞼がそっと上がる。 門番の声を開き取ることは出来なかったが、それでも瞼が上がった。

「む・・・紫さま・・・」

「良かった、どこか具合の悪いところはありませんか?」

そう言われて初めて腕の痛みに気付いた。

「う・・・腕が・・・」

「痛いですよね、火傷を負われています。 他にはありませんか? 頭はどうですか?」

「ぼう、っとはしていますが・・・痛み、などはありません」

声が枯れている。 何か飲ましてやりたいが、その判断は医者に任せた方がいいだろう。

「あと少し我慢してください。 それからお医者様に診てもらいますね。 目を閉じていて下さい」

一刻足らずで残っている霞をすべて出した。

「私にできることは終わりました。 あとをお願いします」

医者を見て言い終わるや、すぐにマツリに抱えられた。 もう殆ど幼児扱いでなかろうか。 いや、パンダ抱きをされないだけマシであろうか。
紫揺を抱えたまま待っていると、医者からどこにも異常は無いと聞かされた。

「では後は頼む」

「え? マツリ? まだ二人残ってる」

「無理はせんと約束しただろう。 今日はこれまでだ」

「今日はって、それじゃいつまで経っても東の領土に戻れないじゃない」

「もう暮れておる」

「え?」

部屋を見ると光石が輝いている。 窓の外に目を転じると、薄っすらと闇がかかろうとしている。

「あ・・・いつの間に」

「今日はゆっくりと休め」

紫揺を抱えたまま回廊を歩いた。

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